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19馬と*

 天高く、馬肥ゆる秋。大学へ来て、季節毎のおいしさがあると言うことを知った。秋は果物も芋も何もかもが美味しい。骨々な僕の腕には着実に筋肉がつき、懸垂ももう誰もぶら下がりだとは言えない、正当な懸垂が出来るようになった。

 もちろん勉強をして、研究会にも勤しんでいるが、美味しい物を食べ、運動をして、そして、友達と遊んでいる。


 今日はジョンミンの家へお邪魔して、馬に乗らせてもらえるという話だった。いきなりは乗れないので、手綱を引いてもらって、ゆっくり歩くのに乗せてもらうということだった。

 馬は大きかった。正直、ビビるほど。そして乗るとなると、脚立の上に座っているような状態で、さらにその脚立が揺れながら動くのである。太股だけで馬に優しくしがみつくという芸当が必要がある。

 

「うわ、わ、わ、無理無理、無理。止まって、止まって下さい。」

 数歩、馬を歩かせたところで、完全に敗北宣言をした。

「……ソンイ、君はぶれないなぁ。」

「いや、これ、落ちるから。」

「落ちないって。ヒヨン、彼がしがみつける何かないかなぁ。」

「では、私が乗って、彼は後ろから私にしがみつけばいいのではないでしょうか。」

「……そうしよう。ソンイ、君の前にヒヨンが乗るから、かれにしがみつけ。」

「……わかった、やってみよう。」

 ヒヨンはジョンミンの家の馬番らしい。僕を馬のお尻側に少し動かし、彼は前の方に跨がってきた。馬は彼が乗ったことがうれしいようで、少し鳴いて足踏みをしていて、体を揺さぶり始めた。

「わわ、しずまれ、しずまれ。」

 ヒヨンに遠慮なしにしがみつかせてもらうことになった。すぐにヒヨンは馬を静かにさせて、僕の腕をしっかりと腹に巻き付けさせた。

「では、少し歩かせますよ。」

「はい、よろしくお願いします。」

 馬初体験に泣きそうになりながら、何とかヒヨンにしがみつくことで、歩く馬に乗っていることが可能となった。そして、しばらくそのまま練習し、ヒヨンはもう大丈夫でしょうと、馬から下りてしまい、手綱をひかれて歩く馬に乗っている事が出来るようになった。

 高さと、馬の動き、揺れる向きとかに慣れてくると、少しくらい馬が特別な動きをしてもついていけるようになった。


「お兄さま!」

「ヨンギョン、どうしたんだ、馬場になんかいつもは寄りつかないのに。」

「お母様が、お客様にお茶をお出ししたいとおっしゃって、準備されているわ。」

「お茶?」

「ご迷惑ではないのか?」

「母上がこんなことをすることは滅多にないのだけど、つきあってもらっていいか?」

「……こんな成りで申し訳ないが、せっかくご用意いただいているなら、是非。」

「ヨンギョン、すぐに行くと伝えてくれ。」

「はい、お兄さま。」

 ヨンギョンは花のようにふわふわとした衣装で現れて、可愛らしい仕草でジョンミンとやりとりしている。ウンジュにもこう言う動きを修得してもらうには、どうすればいいのだろうか。このくらいの動きが出来ないと、嫁の貰い手が見つからないなどと言うことになりそうだ。

「ヨンギョンがどうかしたか?」

「いや、君の妹君は可愛らしくお姫様のようだが、うちのウンジュは農民っぽい。どうしたらお姫様チックに振る舞えるようになるのかと、そう思ったんだ。」

「ウンジュちゃんは可愛らしかったぞ?袖のあしらいや裾のあしらいは、高貴な者という感じで、幼いのに丁寧な動きもやはり王族って感じをさせていたよ。」

「……そうか?」

「普段は知らないけど、人前であれだけ振る舞えるのなら、大丈夫なんじゃないの?」

「……そうか。」

「それより、ソンイ、母上のお茶っていうのは、気の張るお茶だからな。作法は知っているのか?」

「一通りはおばあさまから習った。適当にやってみるよ。」

 案内された部屋で、作法通りにご挨拶し、案内されるとおりに座り、定形句的な会話を交わして菓子をいただき、茶をいただいた。


「ジョンミン、母はこんなにしっかりとしたお友達があなたに出来たことを、本当にうれしく思いますよ。」

「……母上。」

「今日は馬に乗らせていただいて、大変感謝しております。」

「ソンイさん、今後とも、こんな子ですけど、よろしくおつき合い下さいね。」

「こちらこそ、末永くと思っております。」

「それはいいわ。ジョンミン、わかったわね。」

「……意味が分からないんだけど。」

 ジョンミンの母上は何が気に入ったのかはわからないが、作法通りにお茶を頂いたら感激してくれた。

 祖母直伝の作法は、結構手堅いのかもしれない。今日のお茶は、実際は初めて飲んだのだけど、飲み方は水でも練習できるから、祖母と何度も練習だけはしている。会話では何をほめ、何を聞き出すのか、使っている道具にはどんなものがあるのか、色々と話には聞いていた。だから、今日のお茶碗や道具が非常に高価な貴重な品だったことはわかった。もてなしてくれているのがわかりやすかったので、それに応えないとと頑張ってみたのだった。

 

「あんなにやる気になっている母上は珍しいんだけど、何を考えているんだろう。」

「……さぁ、君がわからないんだったら、僕にわかる訳ないよ。」

「……いや、マジでわからん。」


 その日はそこまでで終了にし、いったん寮へ戻り、午後は王宮の行政書庫に行くことにした。学生証を出すと、研究のために書庫にはいることが認められている。納税の記録や、工事の進行状況の日誌などが何棟にも及ぶ広大な書庫群に収納されている。

 さながら迷宮であり、一つ一つの文書は読んでも何も示してはくれない。でも、実際の施策の結果としての資料の山なので、何かわかることがあるかもしれないと思って探索しているのである。

 週に何時間もここで数字を眺めて過ごしている。他にも似たような人たちがいて、数字を抜き出してまとめてみようとしている人や、時系列でまとめようとしている人たちがいた。

 とりあえず、塩とか特定の品目について色々と調べてみようかと思った。どこにその書類があるのかを捜すところからであるが、それは書庫の管理人に塩について知りたいと聞くと、だいたいの場所を教えてくれたので、とりあえずその辺を捜索する事からはじめる。

 塩資料を見ていると、どこの地域が産地なのか、品質や収穫量、輸送経路や輸送方法、関わっている業者などもわかってきた。

 産地からの収穫量の報告、輸送量とその価格などをノートにメモしていく。どこの産地のものが何割がどこの地方へという風にまとめていく。地域による需要増による価格の高騰などの様子もわかる。急な高騰のある場合には、水害があったりして、倉庫の浸水などが起きているのを突き止めることが出来るときもある。

 塩は政府が完全に掌握しているため、このような資料を作ることが出来る。需要にあわせて供給量を増減させることも出来ている。塩がどこに動いて何に消費されていくのかは、調べていけばだいたいわかってくる。


 その日は塩調べをしてから、寮へと戻り、剣術研究会へ顔を出して、基礎訓練を受けて、へとへとになったあとで湯を使い、夕食をとってから部屋へと戻った。


「疲れているな。」

「あぁ、今日はありがとうな。でも、へとへとだよ。もう寝る。」

「……お休み。」

「グァンシク、テスクも、おさきに。」

「早いな。おやすみ。」


 疲れきって寝る。これは非常に気持ちがいい。なんて幸せなんだと思いながら、ものの数秒で眠りに落ちる。その後は母と一緒である、寝たら起きない体質である。



 ある日、ウンジュからの小包が届き、その中から贈り物用の写本がでてきた。

「グァンシク、これ、ウンジュから。」

「おぉ、見せてくれ。……美しい筆跡だなぁ。」

「俺にも見せてくれ。」

「ほれ、ジョンミン。」

「……これは美しい。うちのヨンギョンにもあげようかなぁ。」

「え、みせてみせて。」

「ほら、テスク。」

「……あのウンジュちゃんが、この手付けかぁ。2番街の歌姫も霞むなぁ。」

「そんなことないだろう。その方の歌は、一級品だったよ。」

「そうだけどさぁ。」

「うちの妹にももう一冊頼めるかなぁ。」

「送料を負担してくれるなら、いくらでも頼めるけど。」

「じゃ、僕はこの詩集を写本してもらいたいなぁ。母上への贈り物にちょうどいいかも。」


 注文を受けて、ウンジュへと手紙を書く。ウンジュはいつも通り過ごしているのだろうか。父上は元気に寝ていてくれているのだろうか。


 僕に今出来ることは、今を精一杯やる。

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