16大学再開*
大学で講義が始まってしばらくして、グァンシクが寮に戻ってきた。
部屋で本を読んでいると、僕だけの荷物をみて、グァンシクはつぶやいた。
「予想通りだな。ソンイはまじめすぎる。それと、交友範囲がせまい。初日から講義にでる奴は珍しいという情報を知らなかったんだな。」
「お前が教えろよ。」
グァンシクはニヤリと笑むと、荷物をドシっと置き、自身が所属している重量挙げ研究会へと向かった。
そして、次いでジョンミンが部屋へとやってきた。
「よ、ひさしぶり。この荷物はグァンシクか?今、到着したって感じだな。どこ行ったんだ?……ソンイはいつ帰ってきたんだ?ちゃんと生活し始めている感じだな。まじめなんだから。学生はもっと遊ぶべきだって事を知らんな。」
ジョンミンも好きな事をつぶやいて、荷物をおいた。そして、広々とした部屋で大の字でゴロリと寝転がった。
「あぁ、母上も妹もいなくて、やっと静かになった。勉強だって、言われなくたってやるって言っているのに。まったく、うるさいのなんのって……。」
「やあ、みんな!元気に過ごしていたかい?」
静寂を楽しもうとしたジョンミンの所へ、テンションの高いテスクが到着した。
「何を寝ているんだい?今到着したところかい?」
「……静寂が。」
「君の静寂を僕が邪魔したわけだね。ということは、家では相当にうるさい家族に、相当話しかけられていたに違いない。」
「その通りだよ。」
「お兄ちゃん、勉強しなくていいの?」
「その通りだよ。」
「いやぁ、うちも似たようなものさ。うるさいんで、こんなに早く夏休みを切り上げてしまったよ。しかし、ソンイはだいぶ前に到着しているようだね。グァンシクはどこに行ったんだ?重量挙げか?」
「あ、そうか、重量挙げだな。」
「そして、ソンイは読書か。」
「学生の本分は……。」
「お前、今年、科挙及第しちゃいそうじゃない?」
「受けたら、受かるんじゃないかって気がするよ。」
「だとしたら、学生時代は今年だけか。来年は別の奴がこの部屋に1人転がり込むわけか。」
「……なんか寂しいこと言うなよ。」
「まあな。先のことは先のこと、考えなくていいな。」
「そうだよ。科挙がマジで難しいのは確かなんだから。」
テスクも横になり、ジョンミンと二人で天井を見上げていた。
「なんだなんだ、お前たち早いじゃないか。」
「あ、グァンシク。」
「君だって、暇つぶしに早く学校へ来たんだろう?」
「まぁな、これ以上は、家族に耐えられない。うちは小さい兄弟も多いからな。」
「うちは小さくないけどうるさかったよ。」
「うちはオヤジがうるさくて。」
「どこも一緒だな。」
3人が部屋で横になり、久しぶりの近況報告も終え、沈黙が落ちた。
「……いや、この部屋に1人は、ちょっと広すぎると思っていたけど、いるとあれだね……。」
「僕たちがいなくて寂しかったんだろう?」ジョンミンがからかうようにいう。
「……まぁね。せっかく帰ってきたのに、1人じゃ、つまらないだろう?」
「君に、戻る日を教えなかったのは悪かったよ。今日は、これからどうする予定なんだ?引き続き講義なのか?」
「グァンシク、今学期は、全部の講義を取らないで、他のことにも時間を使おうと思ってるんだ。研究会とかに入ってみようかなぁと思って。」
「どうしたんだ?」
「1学期を過ごしてみて、いろいろと僕も考えたんだよ。ここでの生活は思いのほか楽しくてね。」
僕が素直なことをいうと、3人ともが口をつぐんでしまった。
「そう、楽しいんだよ。よし、もっと楽しくするぞ。」ジョンミンが言いながら立ち上がった。
「そうだね。少年老い易くだよ。時を大切にだな!」グァンシクも立ち上がる。
「学は成さなくていいのか?」
寝たままテスクがいい、ジョンミンと僕に両手を伸ばすので、二人が引っ張り上げた。
「楽しくすれば、自ずと学も成るだろう。」
4人でそのまま食堂へ行き、夕食をとりに行き、その後、風呂へ行き汗を流した。部屋の布団を敷き、暑い夏の夜、寝転がりながら、何をするのが楽しいか話し合うことにした。
「じゃあ、まず、ソンイの楽しいこと、行ってみよう。」
「僕の楽しいことって、最近は走ることかな。壮快だ。あとは、実家だと魚釣りは好きだったな。そんなもんだな。」
「金のかからない遊びだなぁ。」
ジョンミンがからかってくる。
「ジョンミンのように、湯水のように金が湧いてくる泉のそばに住んでませんので。」
「じゃ次は僕ね。僕は弓かな。弓をひいている時はなんだか気合いが入るっているか。馬にのって、弓をひきに出かけるのが最近の一番かなぁ。」
「ジョンミンは弓か、私は重量挙げの稽古をしているときが一番かもしれないな。」
「君たち、頭、筋肉なわけ?なぜ、そこで心躍っちゃうの。ここは王都、みやこなんだよ。たくさんの花街で、美しい花がたくさん咲いているというのに、筋トレかい?」
「いや、テスク、女性は確かに美しい。2番街の歌姫からの返歌をもらったのだけど、みてみるかい?」
「え、まじで? すごい、どうやったの?」
「一生懸命、歌を読んで、何枚も送ってみたら、家に返歌が届いたんだ。これだ。」
全員が起きあがり、その歌を覗き込んだ。そして、開口1番に僕が夢を砕いた。
「これ、ウンジュの書いたやつだ。」
全員のワクワク顔が、一瞬でとけてしまう。
「あぁ、そういえば、ウンジュちゃんの手付けはこんなだった……。」
「気づかなかった。」
「夢って儚いね。」
「これは詐欺なので、ウンジュにはこれ以上、この方の代筆はさせないことにします。残念ですが、この方の芸としての歌は秀逸だから、これだけ名を売ればもう大丈夫でしょう。いつもの便を待たないで、やはり早めに手紙を出さないといけないな。」
「ソンイ、ウンジュちゃんに、写本を頼めないかな。」
グァンシクがまじめそうに言う。
「……何を書かせたらいいんだ?」
「……妹たちの勉強の本。無骨な男文字より、こんな雅な文字の方がずっといいと思うんだ。論語とか中庸とか、今度、小学を卒業すると言っていたからあげると喜んでくれそうだ。送ってもらう代金も装丁にかかる費用も含めて支払うから、頼めないかな。」
「そういうのは、かまわないよ。じゃ、本屋にも頼んでおこう。」
話は女性に移っていき、それぞれの婚約者の話や、町の女性たちについての品評会が始まって、その女性たちをほとんど見たことのない僕が興味を失ってしまい、その後、僕のの嫁になる女性の話で若干盛り上がる。
「やっぱり、ソンイでも美人を選ぶのかな。」
「才女でないと、話が通じないんじゃない?」
「王族に嫁げる身分も必要だよね。でも、貧乏に耐えられる人でないと。」
「いつまでも貧乏ってわけでもないだろう。」
「ソンイがどの程度の天才かわからないけど、出世はするんじゃないか?」
「ソンイは栄養が足りてきて、整った顔立ちにちゃんと見えるようになってきたから、会えば、誰だって嫁に行こうと思うんじゃない?」
勝手な評価だ。
翌朝、朝起きて、走りに出かけようとすると、みんなも起きて付いてきた。最初は付いてきたという感じだったのに、やはり鍛え方が違うので、さっさと追い抜かれて、もっと早くと急かされる。僕は顔を赤くしてついて行く。訓練なのだから、多少の負荷をかけていくべきだろう。
水浴びをすると、着替えて、全員で食堂へ行く。
「おはよう、ソンイ君。」
「あ、おはようございます。ヨム先輩。」
「同室生かい?」
「はい。これから食事を。」
「そうか。じゃ、またな。」
「はい。失礼します。」
ヨム先輩が声をかけてきたので、ソンイは挨拶をし返した。
「ヨム先輩と知り合いなのか?」
驚いた顔でジョンミンが聞いてくる。
「ヨム先輩を知っているのか?」
聞き返すと、グァンシクが説明を加えてくれた。
「彼は優秀な学生で有名だよ。お姉さんは王太子殿下の側室だし。」
「……有名な方だったんだ。……図書室でたまに会う人の知り合いで、紹介されたんだ。」
「図書室仲間って奴だね。やっぱり、勉強の虫はちゃんとそういう所で出会うんだね。」
テスクがいやそうな顔で答えた。
お盆に食事の乗った皿を配膳台でうけとり、食事の席に着くと、運動の後でおなかが空いているので、全員ががっつくように食べる。お行儀というものはどこかに置いてきたような様相だが、別に僕らだけの問題じゃない。全員が似たようなものだし、そんなもんだろう。
新学期が始まり、講義にでる人がちらほらと増えていき、大学も通常営業に戻りつつある。4人はバラバラに講義を受講しているので、それぞれが自由に昼間は動く。
新しい授業を受けつつ、午後になると図書館で本を読んだり、研究会に顔を出してみるようにしている。
行ってみたのは、「科挙研究会」「調査法研究会」「上奏文研究会」「法律研究会」「剣術研究会」「体術研究会」である。先生たちも先輩たちも歓迎ムードで、色々と紹介してくれたのだが、結論から言うと、「調査法研究会」と「剣術研究会」に通ってみようと思った。
政策の立案に必要な、現行施策がどういう結果を出しているのか現状分析などをどうやればいいかなど、様々な文書に試行錯誤して取り組んでいるらしい。やってみたかったことなので、やはりこれだと話を聞いて決めた。午後に適当に研究室に出入りして、先生がいれば先生と話をするし、先輩たちとも相談出来るということだった。
剣術研究会と両立できるかと聞いてみたら、何人か剣術研究会にも所属しているらしくて、剣術研究会を休むことなく、こちらの活動も十分に活動可能だとのことだった。
剣術研究会であるが、初心者歓迎といってくれたので、武術に子供の頃からあこがれがあったので、あと半年だけでもやってみたいと思ったのだった。聞いてみると、役人になると役所にもこういう会はあるらしくて、ずっと続けられるから是非おすすめだと言うことだった。
久しぶりに本屋へも顔を出し、2学期のノート作成について相談をした。
「おう、久しぶり。先月は売り上げに貢献してくれてありがとうございました。次回は、5冊じゃなくて、10冊くらい作らないか?」
「10冊は大丈夫なのですが、実は受講講義数を大幅に減らしまして。」
「え、減らしちゃうの?」
「はい。今年受講可能な講義はすべて受講する予定ですが、3学期にも講義を振り分けると2学期はこのメモの講義だけで、18講義になりました。ただ、1学期に受講して、今学期も開催されている講義なんかは、1学期のノートが売れないかなとちょっと思っているのですけど。」
「……それいいね。」
「だとすると27講義分のノートが生産可能です。」
「それ、10冊で頑張ってくれない?」
「1冊いくらになりますか。」
「13文。」
「15でも、売れません?」
「……その通り……、わかった。15で。」
「そうしてくれると、本当に助かります。それと、筆跡が違ってもかまいませんか。この筆跡なんですけど。」
ウンジュの文字を見せる。
「この筆跡、いいね。大丈夫だよ。」
「なら、1学期のノートについては、この字で作るかもしれません。」
ウンジュが、父上と一緒に、教科書を読みつつ、ノートの写本をした方が、彼女の勉強になると思った。教科書にしている本も、ウンジュは既に読んだことはある本ばかりだから、講義ノートをおもしろく感じるだろう。天気のいい週末に、大変だけど、一度、ノートの束をもって家に帰るかな。
8月がすっかり終わりに近づき、虫たちの鳴き方も変わってきた。朝晩は涼しい日も混じるようになり、秋が近づいてきているのを感じる。




