15静かな大学*
夏休みは一息つけた。なんだか、色々と背負っていた物をおろしてみることが出来たのかもしれない。友人の顔を期待して、寮の部屋をあけたが、誰もいなかった。
僕は律儀にも夏期休業終了日までに、実家から大学へと戻ってきたが、話を聞くと、そんな生徒は2割程度とのことだった。講義が始まっても、しばらくは自由に夏休みを過ごしている強者が2割ほどいるとのことだった。
部屋を片づけて、ノートを片手に、図書館へ行く。時間があったら読みたいとメモしていた本を探し、閲覧席で開く。
文字を目でおいながらも、2学期の講義はどうしようかと、まだ迷っている。また、全講義をくまなく修得してもいいのだけど、講義ノートでの収益は見込めるけど、もっと気になった先生の講義に時間を割きたい。具体的な政策や法案の立案についての研究会に誘われていて、それにも参加してみたいし、そのためには王宮の行政図書館で記録を見たりもしてみたい。
「読んでないな。」
「……殿下。」
「何を考えていたんだ。」
「2学期の講義の受講を減らそうかと。」
「……少し時間を作ろうという事か?」
「はい。行政図書館での調べ物の時間を作ったり、政策立案や法案作成についても研究会に参加してみたいとも思っていて。」
「お前、俺の所で働けばいい。どうせ、寮費の支払いが気になっているのだろう。」
「まだ、あと3ヶ月分残っていて。」
「寮費は払ってやる。まぁ、講義ノートは適当に販売して小遣いでも稼げばいい。とりあえず、俺の仕事について詳しく説明をする。今日は暇だな?」
「……はい。」
「じゃあ、ついてこい。」
図書館でぼんやりする物ではないのかもしれないと、殿下に半ば拉致られながら歩いていた。大学と王宮をつなぐ小さい門の前まで来ると、兵士はさっと門をあけた。
門をくぐるとそこに、おじさん2人と老若の女官たちが4人程度待っていて、殿下にさっと頭を下げた。
「?」
「……いや、リアル王太子だなと。」
「まあな。テイ、ちょっと離れててね。」
「はい。」
そのおつきの集団は離れて付いてきている。
「ふつうに話してくれていい。」
「……いいのか?」
「……俺の年は17、お前の2つ上だ。ユンと呼ぶのは家族だけだ。呼びたいか?1学期の試験の答案を見た。僕の気に入った答えが多かった。」
「あんなの、耳障りのよい言葉をを並べただけですよ。」
「……そう言うと思った。」
「はぁ。」
「僕も耳障りのよい言葉が欲しい訳じゃない。全員が食えない国の宗主になるのは気が進まないんだ。」
「……ならやめるんですか?」
「王太子として立太子されてしまっているから、僕がやらないと、政治が混乱する。」
「なら、全員が食えるようにするのに、混乱は起こらないと?」
「まぁな。大きな反発が起こるだろうなぁ。……でも、働いたのに食べられないって、どうなんだろう。」
「僕も生活レベルの差がありすぎるとは思っていますが、既得権益を持った貴族と折り合いをつけるのは、相当に難しいと思います。今あるパイの分配方法を変えることは難しい。新しいパイが必要になるのです。」
「なあ、僕の仕事を手伝わないか?父上から部分的に実務に関わるように指示されていて、何人か部下をつけられて勉強させてもらっているが、なかなかうまくはいかない。」
「僕はあと半年は、自分のやりたいことをやりたいのです。殿下のご期待に添えなくて申し訳ないのですが。」
「ダメか。じゃぁ、今まで通り、適当に手伝ってもらうことにするよ。」
「しかし、授業料免除生徒の寮費免除を検討しないといけないな。」
「そうですね。寮費も免除だったら、実家に仕送りが出来ます。」
「それでも仕送りが発生するのか……。」
「妹が稼いでくれているので、すこしでも負担を軽くしてあげたいのですよ。」
「……貧困というのは、世知辛いな。」
「そうなんです。」
殿下は苦そうな笑顔を見せる。
「殿下、戻りました。」
「あぁ、ヘジョン、僕は今、ク ソンイに振られたところだ。」
「ク ソンイです。」
「あぁ、噂の。僕はヨム ヘジョンです。」
「ヘジョンは大学の3年生だよ。」
「講義室でお見かけしたことがあります。」
「僕は、スイカ祭の時に、君に気が付いたよ。ごちそうさま。ところで殿下、例のものを手に入れてきました。」
「ソンイもせっかくだから見ていけ。」
「これです。」
「何ですかこれは。」
「花街の2番街の売れっ子芸妓の恋文です。彼女から手紙をもらえる人は少なく、この手紙を手に入れるのも大変でした。でも、この字を見るだけでくらっときそうです。」
「……ここは筆跡研究会かなんかですか?」
「……この字の良さがわからんのか?」
「あのですね、これは、夢を壊してしまって大変申し訳ありませんが、妹の筆ですね。こんな仕事につながっていたとは、やはり手紙の類は今後は断らせましょう。」
「……ウンジュの字、なのか?」
「まさか、そんなはずは。」
「この本は妹の写したものです。ご覧下さい。」
ソンイは持っていた袋の中の紙束の中から、ウンジュの手による部分を探して差し出した。
「この字が普通に漢詩を綴っている……なんて、優雅なんだ。殿下、ウンジュ様という方は美女なんでしょうか?」
「……美女?……普通の女の子って感じの、日に焼けた感じの、体力ありそうな……。」
「うちの妹は、正直言って、農民という感じの娘です。色気とか艶っぽいとかそう言うのとは無縁の、ただの子供です。」
「この字は、詐欺だろう。」
「これで食べているんで。」
「……だから、手紙の返事が遅いのか。」
「ウンジュは、夕方に本屋で代筆の仕事をこなしていたので、王都との往復で2日くらいかかっているんじゃないでしょうか。ただ、この方の文才が秀でているのは確かですね。艶っぽいのに品が失われていないので、ウンジュに代筆を許可してしまっていました。」
「やめさせるのか?」
「……続けさせるわけには行きません。王族の姫の手付けがこのような形で流布されるのは好ましくありません。」
「……王族の姫の手付け……優雅な響きだな。」
ヨム先輩は妄想を逞しくし、殿下はウンジュを思いだしていた。
「豪快な字を書きそうなあの手から、この手付け……マジか?」
帰りは、ヨム先輩と一緒に、おしゃべりしながら大学へともどってきた。
「君が一位だと、全員で獲得品を山分けに出来るところがいい。どこにも偏らないんだから、意外と理想的だよ。」
「あれは、びっくりしましたよ。みなさん、力を出し惜しみされたんですか?」
「本気で言ってる?」
「冗談です。僕は座学は得意なんですよ。」
「そうみたいだな。その点については、もうだれも疑うまい。」
「でも、今学期は研究会とかにも入ってみたいんです。」
「殿下の手伝いをされればいいのに。」
「誰かの為に目的をもって調べるのではなくて、なんとなく位の理由で、自由にとことん調べ物をしてみたいんです。仕事に就いたら、そんな時間は取れないと思いますし。」
「……それなら、それぞれの研究手法を比較検討するような研究会とかもいいんじゃないか?」
「確かに。先輩はどこの研究会に入っているんですか?」
「僕は科挙に受かるように、科挙の研究会に入っているよ。過去の出題内容を吟味して、今後に備えるという感じの会だよ。」
「科挙も大切ですよね。」
「そういえば、殿下は大学に来ては、人材を探している感じだよ。君が殿下の誘いを断ったことに驚いているよ。」
「ヨム先輩はずっと殿下のお手伝いをしていらっしゃるんですか?」
「僕の姉は殿下の側室なんだ。それでお近づきになってね。今日みたいな下世話な好奇心を満たして差し上げている程度だよ。」
「僕は、図書室で時々調べ物につきあわされていました。勢いがあるから、ついつい、つきあわされちゃうんですよね。」
「ははは、ま、王になる器だからね。」
「確かに。」
図書館へは戻らずに部屋に戻る。ウンジュへの手紙に、手紙類の代筆はしないようにと書き付けた。
夕方になっても、我が部屋は誰も帰らずに静かなものだ。左右の部屋も誰も帰ってきていない様子で、遠くで人の気配がする程度だった。
講義室に行き、棚に置かれた講義の案内を一枚ずつめくってみた。
1学期は全部取ってみようと、特に取捨選択をしなかったので見ようとも思わなかったが、授業の内容についてや試験の方法に至るまで、細かく案内されていた。そして、後ろの方の頁には、研究会の案内が色々と入っていた。
どの研究会も、参加してみて、双方の同意のもとに入会が許可されるとある。教授との相性というのもあるだろうからね。
おもしろいことに、研究会の案内も最後の方になると、体力づくりやら剣術やらも含まれていた。
剣術・体術……初心者でも参加可能とある。師範が来るのは夕方から毎日1時間、それ以外に自主トレのメニューが1時間……。結構、大変そうだが、興味はある。
講義内容についても調べていると、毎学期開講される単位もあるようで、1学期に取ってしまった場合は履修済みであるから再履修は出来ないようだ。3学期まで、もう時間割がでていて、週に1日完全に休みにするとか、そういう予定に合わせて取っていくことも可能なのかもしれない。
それと、考えてみれば、1学期履修済みで2学期開講単位については、1学期のノートが売れるかもしれない。今学期は全く別のことをやるとは思いにくい。だいたい似たような内容になるはずだから、写本しておけば、売れる可能性はある。講義に出なくても収入になるかもしれない。
3学期の時間割を、授業が午前中に全部固まるように選択してみて、1、3学期に履修する単位を2学期の時間割から除いてみると、1日3時間程度の穴あきの時間割が出来る。研究会は時間割の7時間目に当てられている。
週に1~3回程度集まるらしい。結構、数限りなく存在していて、外国の古典文学を扱っている会や、演劇を扱っている会から、数学や天文学や運動などまで、色々とあるようだ。とりあえず、学期開始の明日から、あちこち顔を出してみようと思った研究会の開催曜日をメモ帳に写した。
運動系か舞踊系の研究会にも、入ってみたいという好奇心が疼く。体を動かすということが、あまり興味の中に入ってこなかったが、体力大会を経て、動くことが結構楽しいと思うようになった。縄跳びとか球投げをしている学生がいて、マネしようとしたが全く出来ない現実もあり、運動が得意だとは思えないが、単純に体を動かすことは楽しい。
日も暮れかけていて、誰もいない寮に戻る。お湯を使いに行き、風呂を済ませてから食堂へ行き、また部屋に戻る。4人でごみごみと生活していた場所を1人で占有出来るのは広くていいが、少し寂しさを感じた。
来年、卒業してしまうと、ここを出て行かなくてはならない。生活費を考えると、早く仕官してしまった方がいいとは思うけど、ここでのんびり生活する事が出来るなら、その方が楽しそうだと思う。4年くらいここに滞在する人が多いというけど、ここは学問の場でもあるけど、本以外からも色々と学ぶ事の出来る場なのかもしれない。




