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14父上の思いつき

 兄と王都に行って戻ってきてから、兄がいろいろとやってくれるので、私はちょっと暇ができた。それを目ざとく気づいてくるのがホン先生だった。


「ウンジュには、お父上の診察を始めてもらってもいいかなと思います。」

「はい……?」


 ホン先生が言うには、私は医学の初歩は修了し、現在、疾患論や薬材などを順番に覚えている最中で、全体を覚えるにはやはり時間がかかり、全体を覚えないと他人にどうこうはできないが、家族の診察と非常時の針くらいはやっていいだろうということだった。


 父上の診察は、朝と夜に2回、じっくりと診察している。

「王様みたいだな。」

「父上、不敬ですよ。」

「はいはい。」


 父上の診察を記録し、2週に一度の往診の時の先生の診察も加えて、答え合わせをしつつ、父上への診察精度を上げていく。何か症状が出ている時と正常時での違いも見極められるようになっていく。

 さらに、間違えて鍼を打った場合に起こり得ることを調べ、その時にどういう対処法が考えられるかも検討してみた。

 兄が写本を肩代わりしてくれたので、なんだか久しぶりにのんびりと借りた本を読み込んでいた。


(のんびり本を読んでいられる学生って、いいなぁ……。)


「ウンジュや。」

「はい、父上。」

「勉強が楽しいか?」

「はい。」

「もっと勉強したいのか?」

「はい。」

「そうか。ホン先生のところは楽しいのか?」

「すごく、刺激的です。患者さんたちは大変なのですが、一つ一つに先生は丁寧に診察をされて、診断を出されていきます。それまでの診断を改める事もありますし、そういうのを私に勉強のために一々話してくださるのです。」

「嫁に出すより、王宮で女官でもした方が幸せかなぁ。」

「女官ですか?」

 私が女官というワードに食いつくと、父上が畳み込むようにさらに続けた。

「人生というのは何が幸せかわからんものだ。王宮で仕事を持って、生きるのも一つ。」

「旦那様、ウンジュを女官にするなんて、ウンジュはちゃんと結婚させます!」

 母上が反対の声を上げた。

「女官はダメか?」

「王宮は心配じゃよ。」

 お祖母様も言う。

「……まぁ、いろんな輩が集まるところだからな。ソンイがいれば、お互いに心強いかとおもったのだがな。」

「女官になるというのは、兄上のお手伝いになることですか?」

「あいつが王宮に出仕するなら、仲間が近くにいるのはありがたがるんじゃないかな。嫁入り修行にもなるしな。」


 女官というものは、話でしか聞いたことがないし、まさか自分がなれるものだなんて考えたこともなかった。女官かぁ、などと思いながら、心はまた本へと戻っていく。

 本は、繰り返し読んでいくと、少しずつ自分の頭に染み込んでいく様な気がする。朝読んで、昼読んで、夜読んでと、同じところを声に出したり、黙読したり、庭を行ったり来たりしながら読んだり。新鮮さは失われていくのだけど、修行のような気持ちで読み込んでいく。兄上も本を片手にうろうろしているから、私たち兄弟の勉強のスタイルは結構にているのかもしれない。

 ある日、聞かれたらそのまま答えられるようになるまで、ひたすら読むという感じ。幼い頃から父にどこを読めとひたすら指示されて、父が聞きたいのだと思って朗読していたけど、本当は私の勉強だったと思う。


 大きくなったひよこがピヨピヨと鳴いている。父が大きなひよこカゴを覗き込む。父は何時だって私たちの為に頭を使う。女官という父の一つの提案。この提案は十分に検討してみる必要があるのではないかと思った。父の口に出した思いつきは、ただの思いつきではない。



 翌日、ホン先生と昼食をとりながら質問をしてみた。

「先生、女官について何か知っていることが合ったら教えてください。」

「女官……?」

「はい、私は王宮で働く女性くらいにしか知らないのですが。どんな仕事があるのですか?年齢制限とか、何歳から仕事ができるとか。」

「女官か。僕は昔、王宮で医者をやっていたんだ。だから、女官の知り合いは多いよ。医者の下で、ウンジュみたいに働いている人もいるし、でもほとんどの人は医者とは関係なく、王族の身の回りの世話をしたり、食事の世話をしたり、儀式を取り仕切っていたり、衣装を作っていたり、女性王族の文書管理をしていたり、女官自体を育てる仕事とかもあったよ。」

「あぁ、王宮で生活するのに必要な仕事を、女性だけで割り振っているわけですね。」

「そうだね。身分的には平民もいたけど、貴族出身の方もいたよ。女性が勉強できる環境ってあまり世の中にはないから、勉強したくて王宮にくる貴族女性というのは少なからずいるんだと思うよ。」

「じゃあ、私も大丈夫ですね。」

「ウンジュが女官?」

「年齢はいくつから大丈夫なんですか?」

「7歳位だった気がする。」

「え、そんなに小さいときから?」

「色々な理由から女官に出される幼子というのがいるとは聞いている。少し年長の者が面倒を見ながら、年長者が育てていくみたいだよ。」

「結構、気の長い仕組みですね。」

「入宮するときに試験が一度あって、受かれば女官として数ヶ月の見習いの後に、すぐに仕事に就く。受からなければ、見習いとして宮中で生活をはじめ、受かるまでそこで見習いをするらしい。見習いしていられるのは、若いうちだけだと聞いたよ。」

「女官かぁ。」

「ウンジュは医者の仕事は興味ないの?」

「すごく興味あります。でも、兄上の役に立つ仕事って考えると、女官もありなのかなって思いまして。」

「あぁ、ソンイ君が王宮に出仕するなら、確かに誰かが宮中にいた方が……でも、このままここにいて欲しいと思ってしまうよ。」

「私も先生から教わることはまだまだありますから、中途半端にはしたくありません。そうなると、女官は無理なんですよね。」

「まぁね。」

「色々と考えてみたいと思います。」


 ウンジュは虚空を見つめて物思いに耽っていた。兄上が科挙に受かったら、王宮で働くことになると思うけど、その時に近くで手助けできる人間として王宮に仕えた方が良いかもしれないという思いと、勉強し始めたホン先生から離れがたいという思いが交錯していた。


(どちらも、選びたい!)


「王宮で医者に仕える仕事も、女官の中にあるのですよね。」

「……やはりそっちに行くよね。女官試験の時に希望すると、医官補助の試験も同時に受けられるらしいよ。受かれば、医者の補助の仕事をしながら、王宮の医学図書館で勉強することが出来る。定期的に研修会もあるから、じっくり勉強できるよ。(あぁ、言わなくてもいいことを教えちゃったよ。ウンジュの目が輝いているじゃないか。結局、僕の手の内にいてくれるような人材じゃないとは思っていたけど、王宮に取られるのか……。)」


 兄上の夏休みが終わると、兄上はまた大学へと戻っていった。3週間位も家にいてくれて、家の事や私のことを色々と世話を焼いてくれた。兄上が本屋のおじさんと話をしていたようで、仕事の調整をしてくれていた。

 兄上が大学に出かけてから、家族を食べさせるという不安感にさいなまれて、闇雲に働くというスタイルで来ていたが、結構限界だったのかもしれない。兄上に仕事を肩代わりされて、ちょっと気が抜けた。本当に困ったら、仕送るから少しは気を抜けと最後にそう言われた。


 自分は父上のひよこと一緒だと思う。もう、かわいいひよこ時代は終わっていて、体もだいぶ大きいのに、まだひよひよ言っている。次期にひよひよ言わなくなって、大人になるけど、まだしばらくは、子供だからひよひよ言ってていいのかな。

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