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13僕の大切な人たち*

 夕方、帰郷すると、貧乏屋敷に空き巣が入ったという噂が流れていた。


「うちか。」

「え?兄上、うちに入っても本当に何もないですよ?」

「僕もそう思う。でも、うちだな。」


 とりあえず、家に帰ってみると、母がプリプリとしながら片づけ作業をしていた。


「ただいま戻りました。」

「あぁ、ソンイ、うちに空き巣が入りました。何を持って行ったのかわかりませんが、気が済んだのでしょうか。」

「誰もけがはしていませんか。」

「寝ている間の出来事で、大丈夫よ。ちょうど、旦那様が空き巣に入られたときは、相手に気がつかれないのが肝心だから、気が付いてもじっとして出て行くのを待っていた方が安全だという話をされていたばかりだったの。まぁ、寝ていて気が付かなかったのだけど、起きていても、じっと寝たふりを続けたと思うわ。」

「母上は寝たら起きませんからね。」

「だから、無事だったのです。」

「まったく、本当によかったです。」


 空き巣が持って行ったのは、ホン先生に見せたのとはまた別のメモノート。内容的に、何の不審点もない、ただのメモ。机の上に題名までつけて置いておいたので、それを持って行ったのだと思うけど、一応、荒らしていった。 

 持って行くべき物は他に見つけられなかっただろうし、部屋の中を見たら同情したくなるだろう。何も持って行ったり非情なことはできないと思う。


 とりあえず、今回のことはこれで終わりにしたい。ノートを見てくれれば、僕が何かに気が付いたなんてことはみいだせないだろうからね。それに正直、誰が何をという具体的なところまで到達していないし。この続きを調べるのは、学生には過ぎるだろう。とりあえず、中断だ。役人になったら、軽く調べなおしてやる。両親を危ない目に合わせたことの始末は、いずれつけてもらうぞ。


 家に帰ると、散らかされた本や、ボロの衣類を片づけるのを手伝いつつ、ウンジュが父上に王都について色々語るのを皆が聞いていた。

 うまれてこのかた、華やかなことなどとは無縁で、村の祭でさえ晴れ着などを身につけたこともない妹が、どんな風に王都を見てきたのか、どれほど刺激的だったのかを語り、見ているこっちまで、嬉しくなってしまう。妙な空き巣騒ぎの塞いだ気分を、完全に霧散させてしまった。


「それで、兄上とお菓子を半分こにして!」


 あぁ、妹よ、みんなの温い視線がツラいから、僕のことはその辺にしておいてくれ。


「どうして、こんなにお兄ちゃん子に育っちゃったんでしょう。」

 祖母の一言に全員が僕をみる。僕のせいではないよ。たぶん、きっと。



 翌日から、ウンジュはまた仕事へと戻っていったが、兄としてはウンジュに少しは楽をさせようと思い、本屋の仕事を一時的に肩代わりできないかと本屋に相談。

 僕はノートを無くしたし、金にならないしと言って、行政書庫の閲覧は通うのをやめて、本屋の片隅で写本をする事にした。答えられる質問にはお答えします的なバイトをさせてもらうことにした。若干、私塾みたいになっていておもしろい。1つの質問、50銭みたいな。

 試しに質問をしてみる役人が時々いて、とりあえず、答えに満足して帰って行った。本の字引みたいな仕事も頼まれる。この話、何の本にあったっけ、みたいなものは、学生の得意とするところだろう。そう言うのはお手の物。

 知識は実家にいた頃とほとんど変わらない気がするが、大学に行っていると言うだけで箔が付いているのかもしれない。


 ホン先生のところの帰りに、ウンジュが書店に寄る。どうしてもウンジュがいいという仕事もあるらしい。そう言うのは嬉しいだろう。ウンジュの筆跡は、妙な色気がある。ジョンミンがわざわざ町まで呼びたいと言い出すくらいには、威力がある。なので、手紙の清書などの短文での受注があるらしい。短い物は、本屋でその場で清書して完成。美しい、薄様の染められた紙にウンジュの文字が舞いおりる。艶やかなくっきりとした文字だが、品位を感じさせる絶妙さ。僕には書けない。


 二人で帰宅すると、母たちとみんなで食事をとる。そして、食べ終わると、縫い作業をしている祖母、母と父とウンジュと5人で、おしゃべりに花を咲かせる。うちは、かなり、豊かなのかもしれない。食べられさえすれば。



 早朝、つりに行く。ウンジュとは別行動。僕は、家を出て、少し、成長したのかもしれない。ずっと、ぎりぎりな気持ちで、貧乏とか家族を養うとか、家を継ぐとか、そんなことばかりを考えて生きてきた気がする。

 釣り糸が引かれた。

「かかった。おおきい。」


 鮒が飛び跳ねる。桶の中に入れて、草で覆いをする。僕も、ウンジュも、この鮒のように桶の中で生きているのかもしれない。もっと、外に出て自由に生きていくことはできないのだろうか。そこまで考えて、ふと思った。動けない父は不自由だったのだろうかと。

 父は不幸な雰囲気は背負っていない。あの人は結構自由に生きている気がする。体が弱いというハンディキャップを幼い頃から持ちながら、それでも強さをみにつけている。


 家に帰って父に聞いてみた。

「父上は幸せですか。」

「はい?」

 珍しい、父の間延びした返事が聞こえた。

「……父が不幸に見えますか?」

 そして、父は逆に問いかけてきた。

「あまり不幸には見えないのです。」

「……うん、まぁ、いろいろと物質的には家族にも苦労かけているし、悪いなとは思っているんだけど。母はあんなだけど、妻は素敵な方だし、君たちは優しい上に賢い。私にできたらと思うことはたくさんあるけど、その辺はそろそろ不惑だ。悟りを開けそうだよ。」

「母があんなとはなんですか!」

 祖母が横から口を出す。

「母は我が家の誇りですってことですよ。」

「妻は素敵?」

 母もノリノリ。

「君がこの家に来てくれたときのことを忘れないよ。」

 いや、父もノリノリだった。

「……父上って、幸せそうですね。」

「幸せだから、もう少し、生きたい。君たちと、もう少し一緒に生きていきたい。」

「……父上、僕はちゃんと王都で有能さを見せびらかして、ウンジュを立派に嫁に出しますから。そう言うのちゃんと見ていていただかないと。」

「君と、こういう話はしたことなかったね。」

「父上はもっと堅い人だと思っていました。」

「まぁ、父親像とかあるし、王族っぽい雰囲気って必要かなと、頑張ってた。」


 本当のところ、父がどの程度苦悩してようと、それを見せびらかす人ではないということなのだろう。なんて潔いのだろうか。


 僕の夏休みは、釣りに行ったり、本屋に行ったり、畑の手入れをしたりと、淡々と平凡に過ぎていった。

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