12王都散策
朝、目が覚めると王都での朝だった。ウンジュはぐっと布団の中で伸びる。兄の方を見ると、まだ寝ている。
「兄上、図書室へ行きたいです。」
「……行っておいで。誰も、いないだろうし。僕は走りに行ってくるけど、8時の鐘で、ここに集合としよう。」
「わかりました!」
ウンジュは昨日借りていた本を持ち、図書室へと出かけていった。兄はそのまままた寝てしまったようだった。走ると行っていたけど、確かに、食事のせい以外に、兄の身体は鍛えられているように見えた。
「失礼します……。」
図書室は、兄が言っていたとおり、誰もいなかった。扉は開いていて、中に入ると、朝の光の中、昨日よりもたくさんの本があるように見えた気がした。
昨日は王都の地理について読んだが、身体や病気についての本も見てみたかった。ウンジュは部屋の中を行ったり来たりして、ようやく医学書の置かれた場所を見つけた。
「これは、私も読んだ本だわ。」
何冊かは暗唱できる本だった。それ以外に、先生から渡されている本もあった。そして、何巻にもわたる大作もあった。中身を見てみると、ウンジュが覚えた本よりも数倍詳しい内容の本だった。この本を簡単にまとめたのが、ウンジュが覚えている本たちなのかもしれない。
ウンジュは本を何冊か取ると、机のところへとやってきて、腰を落ち着けて本を読み始めた。誰もいない図書室での読書は非常に心地よくて、心行くまで読んでいた。
(大学生っていいなぁ。)
8時の鐘がなり、あわてて宿に戻ると、兄はいなかった。走り込みに出かけたのかもしれない。持ち帰った本を読んでいると、兄は食事を持って戻ってきた。
「ウンジュ、食べたら、着替えて出かけようか。」
「はい。」
兄は走った後、水浴びもした様子でさっぱりとしていた。
食事をして、髪を結い直して、着替えて、部屋を片づける。今日は王都を散策できる。
「なんだか華美な気がして、自分が着ているものが気になるのですが、お集まりになる人に合わせた方が失礼にならないですものね。」
「これは気持ちだから、頂いておこう。」
「はい。できたら、こういうのより、普段着を何着か欲しいですね。」
「ま、そう言うのもわかるけど、彼らには通じない気がするな。普段着がそれ以上のものだからね。」
「……そうなのですね。」
「むこうとしても、失礼のない程度でチョイスしたんだと思うよ。」
兄上の準備もできて、私の心の準備もできて、いざ、出かけることにした。
「おはよう、クソンイ君。そちらが、昨日の妹さんか。そうなると、姫に見えるね。」
事務室にいたおじさんが笑っていた。
大学をでると、兄を知っている人が、一瞬驚いた顔をして振り返る。兄は何もなかったかのように挨拶をして通り過ぎ、私は軽く会釈をした。
そして、貴族街に向かい、この衣装を用立ててくれたという、ソ家の屋敷に向かうことになっている。ジョンミン様の家というのは、今の王妃様の実家である。ジョンミン様の父親の妹が王妃のソテヒ様である。
立派な邸宅で、街道から少し奥へと入るような小道も庭に当たるのだと思うが、喧噪からは離れたところに、丁寧に修繕を重ねられた重厚な作りの屋敷が広がる。
「クソンイという。本日、ジョンミンと約束をしていたのだが。」
兄が伺うと執事がすぐに応接に通してくれ、お茶と菓子でもてなされた。部屋からは広い庭が見え、この家の財力の凄まじさを感じた。代々国家の中枢で働いているというのは、この国ではこう言うことなのだろうとかんじた。
「待たせたかな。」
「いや、ぜんぜん。早く来すぎたのだったら、悪かったのだが。」
「いや、うちも張り切っていて、朝早くからむしろ待ちくたびれている。こちらが妹のヨンギョンだ。」
「お久しぶりです、ヨンギョン殿。こちらは、私の妹のウンジュです。みなさん、お初だと思います。」
「ウンジュです。よろしく。」
おばあさまの特訓。1、言葉は少なく、2、決して深く頭は下げない。でも、3、軽々しくなくゆっくりと動作すること。
「ヨンギョンです。こちらこそ、よろしくお願いします。衣装、お似合いですわ。あなた様を知らないから、どんな衣装が合うのかと、みんなで話しておりましたの。」
「ありがとう。」
「……やはり、王族の姫は、こういう感じなの?」
ちゃんと、おしとやかだったのかしら。兄上を見ると、大丈夫、と目が言っていたから、それで安心した。
待っていると、アングァンシク様とその妹君たちもやってきた。
「私が、アングァンシク、こちらが妹の、ミョンスとハギョンだ。」
「ミョンスです。よろしく。」
「ハギョンです。」
「私はクソンイ、こちらは妹のウンジュだ。」
「ウンジュです。よろしく。」
同族だと聞いている。やはり同じ様な挨拶の仕方になるのだろう。
最後に、ミョンテスク様がいらして、ご挨拶すると王都を散策することになった。今日はこのお嬢様方は、これでも、ふつうの商家の娘のような姿なのだという。そして、初めて兄たちの付き添いのもと、王都をカゴではなく、歩いて散策するのだと説明された。私と同じレベルでワクワク感を感じるのはそのせいなのだ。なぜ、王都に住んでいてこんなに楽しみにしているのかわからなかったのだったが、そう言うことだったのかと思った。
まず、兄たちが連れていってくれたのは、王都の中心街。常に祭のように、大店には人が出入りしているし、隙間隙間で露天が商売している。また、一歩入った裏路地には露天商が立ち並んでいる。布の扱いの多い地域など市のように商品毎に群れて営業している。
布や染められた紙などを見ながら、いつの間にか食料の地域にはいり、何となく美味しそうでお腹が空いた気がした。
「なんか、腹減ってきたなぁ。」
「ジョンミン兄上!」
「私も、賛成だ。どこか、適当な軽食屋はなかったかな?」
「グァンシク、僕がご案内しますよ。」
「テスクはよく知っていそうだ。」
「では、こちらへ。」
テスク様の案内してくれたお店は、高台に建つ見晴らしのいいお店だった。露天をのんびり見ながら歩いていくと到着した。
今日の払いは気にするなと、聞いている。服から何からジョンミン様がもてなしたいという話だったと聞く。お金がないなら食べなければいいのだけど、場を白けさせるのも申し訳ないし、兄上はジョンミン様の申し出を受けることにしたと言っていた。
「この景色、今日の天気もあって、なかなかだろう。」
「テスク様、とても素敵なお店を紹介していただき、ありがとう。」
グァンシクの妹、ミョンス様がさらりとお礼を言う。やはり、ちょっと大人な雰囲気である。素敵だなぁ、なんて思って見ていた。
この店は机に置かれた紙に茶の名前や菓子の名前が書かれていて、好きなものを選べるらしい。みんなが、次々に選んでいき、店員はそれをメモする。ソンイとウンジュもそれぞれ、食べてみたい物を選んでみた。違う物を頼んで、半分こしようとそっと言いあった。
「兄上、これ、もちもちしています。」
「美味しそうだな。こっちのはサクサクしているぞ。ほら。」
兄上が食べかけを私の口の中に突っ込んできた。
「(パク)ほんと、サクサクしてます。甘くて美味しいですね。」
私も半分食べた菓子を、兄上の口元に持って行くと、手ごと食べられた。
「お前のも、もちもちしてて美味しいね。」
お菓子などという物は、滅多にも食べたことがないので、二人で夢中で味わっていると、全員がこちらを見ているということに気が付いた。
「いや、その、自然にいちゃついているというか、仲良すぎだろう。」
「……ジョンミン、何を?」
「いつもそう言う感じなのか?」
「?」
「全くわかっていないという反応だ。」
兄上と仲がよいとは思っていたけど、ちょっと、仲良し過ぎるという反応に、私も兄もちょっと驚いたけど、別にダメってわけじゃないみたいなので、いつも通りにしている。
お茶屋さんでお菓子を食べると、また、市街地へと向かった。今度は曲芸をやっていたりする広場へいった。歩いている人の中には、変わった衣装の人もいて、兄に聞くと、商売や勉強でやってきている外国からきた人だという。ふつうに歩いていて、びっくりした。
「ヨンギョン様、こんなにどきどきしたのはじめてですわ。」
「ウンジュ様は王都初めてですものね。」
「はい、お誘いいただいて本当に嬉しかったです。」
「私もいつもはこう言うところへは来てはいけないと言われておりますの。兄たちと一緒に来ていいなんて、青天の霹靂ですわ。母上たちをどう説得したのかしら。」
たぶん、護衛がついているのだと、そんな気がした。誰かの視線を感じるし、要人というのは子供をさらわれでもしたら、何を要求されるかわかったものではない。それは国難となることもあるだろうから、お金をかけてでも護衛をつけた方がやすく上がるだろう。
私たちはその日、特に何もなく楽しく過ごして午後の2時頃には今度はグァンシク様の屋敷へと向かった。遅めの昼食をご馳走いただけるとの話だった。
到着すると、すぐに座敷に通されて、お膳を出していただいた。お膳のいただき方をおばあさまに教わっていてよかった、と思いながら、もそもそと食べる。決して、がっついてはいけません、という祖母の声が耳に響く。見たことのある食材が、お上品に煮つけられて飾られていた。配膳の仕方で、こうも格式高く演出できるのかと驚いた。
王都の散策を心行くまで楽しみ、兄の友人たちのもてなしを喜び、その日も大学の宿舎へと戻ってきた。
夜は大学の図書室で借りた本を、部屋で読むように言われて、部屋で過ごし、兄上は図書室へ行ってしまった。そして、翌朝は自由に図書室へ行っていいと言われて1人で図書室にこもっていた。昼前に兄が迎えに来て、残念ながら村へと帰ることになった。
兄と一緒に村へ戻れば、また、ホン先生のところへ通う毎日が戻ってくる。それはそれで楽しいので良いのだが、こんなにも色々な本に囲まれて過ごすのは、刺激的だった。
それにしても、他家と比べて、我が家は何があったのか……というくらいの不運引き寄せ体質の家系だなと、どこかで帳尻合わせしてくれるといいのになぁ、などとウンジュは考えいたのだった。




