10適材適所*
僕が夏休みだろうと、ウンジュには仕事がある。翌日までに仕上げなくてはならない清書の仕事や覚えておきたい本もあり、僕と散歩して戻ってくると、ウンジュは机を縁側へ出す。今日は月明かりが強い。月明かりによる影が見えるほどだ。明かりをつけて、紙束を写す。
「ウンジュ、母ちゃんが。」
「……!?」
急に崩れそうな我が家の壁から、人影がして声が聞こえてウンジュはビビる。
「テヒ?」
「びっくりさせて悪い、母ちゃんが急に腹痛いって言い出して。結構見てられなくて。」
「……ちょっと待ってて。」
父上の部屋にこっそりと入っていく。
「父上、テヒのお母さんが腹痛で苦しんでいるということなので、一応見に行ってきます。」
「僕も行くよ。」
「ソンイ、頼んだよ。」
「はい。」
ウンジュは小さなカゴに、ホン先生から借りている小さな筆箱セットと雑紙をぽいと入れ、風呂敷で縛ると、テヒについて行く。
「テヒ、お待たせ。すぐに行くよ。」
「ありがとう。」
テヒの家はここから10分程度で、うちよりも山側にある。父親は広く農地を持っていて、立派な畑を作っている。おばさんは10人を越える子供を育てながら、機織りをしているという強者だ。その恰幅のいいおばさんが腹痛で苦しんでいるというので、心配だ。
月夜なので道は見える。テヒが先をゆき、ウンジュと僕は後をついて行く。
おばさんはやはりきつそうで、ウンジュはすぐに脈を診て痛む場所を確認し、触る。腹部というよりは背中が痛そう。冷や汗を流している。体位の取り方、脈や舌の状態、痛がり方など症状を書いた紙をホン先生に届けてくれとテヒに頼んだ。1時間もせずに、ホン先生が到着した。
「あ、先生、お願いします。」
「メモをみたよ。ちょっと、僕も見てみよう。」
「お願いします。」
ウンジュはおばさんのそばを離れて、今度は先生の持ってきた道具の準備を始める。針で痛みが少し収まると良いのだけど。先生は状態を確認していき、針治療をすることにしたようだった。
「準備できています。」
「はい。」
先生が順番に痛みに効くところに針をうっていくと、おばさんの表情が少し和らいできた。すべての箇所に針をうつと、おばさんはようやく人心地付いたようで、身体をおそるおそる動かした。
「はぁ~、痛かった。助かった。」
「それが、申し訳ないが、とりあえず痛みを取っただけなんですよ。」
「え、どういう。」
「体の中に石が出来ていて、それがぶつかって痛んでいると思うんですが、自然に排石されればいいんですけど、どうなるか。」
「また、あの痛みが起こるんですか!」
「はっきりしませんが、とりあえず、薬を処方しますので飲んでみることと、水をたくさん飲むようにして下さい。また、激痛が来たら呼んで下さい。痛みが起こらないようなら、そのまま様子を見ていてくれて大丈夫です。」
「はぁ、わかりました。」
おばさんはとりあえず、痛みが終わってぐったりして、眠そうにしている。布団を整えてあげて、横になるようにと言うと、素直に横になってくれた。
「テヒはお母さんについていてあげなさい。」
「わかった。ありがとうございました。」
「じゃ、テヒ、またね。」
「おう、またな。」
もう、夜中の2時は回っているかもしれない。眠いけど、明日までの仕事がまだあったなぁなどと思いながら歩く。
「ウンジュ、明日は試験は無しにするから、今日の仕事が終わったら、早めに寝ろ。」
「……はい。」
「明日は明日の患者が来るからなぁ。」
「医者って、大変ですね。」
「ソンイ君、人事だなぁ。」
「ウンジュを使って下さい。」
「助かるよ。」
家まではすぐで、ホン先生は挨拶をすると、そのまま立ち去った。
家に入り、父のところへ行く。
「戻りました。」
「ホン先生が来てくれました。大丈夫でした。」
「大変だったな。」
「そういうお仕事ですので、仕方がないのです。」
ウンジュと作業の続きを始め、何とかおわらせると、片づけて、部屋に入って布団に潜り込んだ。眠い。
「ウンジュ、もう行く時間よ。」
「……はい。」
母が縁の外から声をかけてくる。起きあがって、母の用意してくれた雑炊を食べ、髪を結い上げると、着替えて出かける準備を整える。
「では、父上、行って参ります。」
「あぁ、気をつけてお行き。」
「はい。」
ウンジュは家族に挨拶をしてから出かける。
「父上、ウンジュは夜に呼び出しに応じているのですか?」
「あぁ、時々、この辺りの家で困るとうちに声をかけてくる人がいるんだ。ウンジュは何も出来ないけど、とりあえず、駆けつけてはホン先生を呼ぶ様だよ。帰りはたいがいホン先生が送ってくるから。」
「ウンジュは信頼されているんですね。」
「死ぬこともある。ウンジュではなくて、最初からホン先生を呼んでいれば間に合う様な場面に出会わなければいいが。」
「確かに。さて、今日は、僕は屋根の補修をしようかと思っていたのですが、他にお気づきの点はありますか?」
「本屋に挨拶に行っておいで。」
「わかりました。」
午前中に、本屋へ行ってみた。店長と話をしていると、役人がやってきて、ちょっと働かないかと誘われて、屋根の補修の話をすると、そちらはやっておくから、こっちに来てくれと言われ、結局、その場にいた学者的な本好きたち数名と一緒に役所へと連れて行かれた。
「あぁ、これは、大変な感じですね。僕は何が出来るでしょう。」
本棚が崩れていて、書類がバラバラになってしまっている。ここで喧嘩をした馬鹿がいるとのことで、本棚に倒れ込んで、本棚の方が壊れたらしい。そして、数竿の本棚が次々と崩壊したらしい。
「今、本棚の方は新しく作っているが、製本されているものは良いのだけど、バラのものをどうまとめるべきかが問題なのだ。」
「じゃ、表紙があるものと、バラのものを、とりあえず、固まり毎に集めてみましょう。どこに散らばったのかで、だいたい収集も付くでしょう。」
新しい棚を作るというので、散乱した本はまとまりのまま、外にとりあえず出した。表紙があるものは作成年月日順に山を作り直し、バラのものは束でだいたい同じものがそろっているので、束の中で異質なものだけを排除してみた。排除した紙の内容と同質の束を探してという様にやっていくと、だいたいバラの束も仲間同士でまとまらせることに成功した。バラの束は、袋に挟むように収納し、袋に表書きを添える。
何とかその日中に、学者と数人の役人で書庫の散乱の収拾が付いた。学者たちにお礼を渡しているところで、ソンイは申し出た。
「お礼はいらないから、ここの本を読ませてもらうことはできないか?」
「……その方が助かる。」
「じゃ、しばらくやっかいになります。」
ソンイは、学校から持ってきた紙束を背負いカゴに背負い、その日から行政書庫に出入りすることにした。この地域の農作物の出来や、納税状況などが記されている本があることに気が付き、すごく気になったのだ。商店の納税状況や、町にある商店と行商との商いの種類なども、関所の通行時に把握されている。住民の種類も調べればわかりそうだ。
そして、書庫に出入りするだけの日々を過ごすうちに、ジョンミンたちとの約束の日が来た。
「ホン先生、ごめん下さい。」
「あら、兄上。」
「ウンジュ、先生いるかい?」
「えぇ。先生、兄上が。」
「あれ、久しぶり。」
「明日から、ウンジュをお借りしますので、ご挨拶にと。」
「そんな、お借りしているのはこちらの方ですよ。ウンジュちゃんに王都見学させてあげられるなんて、よくできた兄ですよ。」
「だといいのですが。それより、先生に、相談してみたかったことがあるんですが、今いいですか?」
ここ数日の行政書庫の本を読んでいて、農作物の動きに不審な印象を受けていた。どこかで横流ししているのではないかという感じだ。収穫の割に経済が落ち着かない。
「この話はどこかでしかた?」
「いえ、ホン先生だけです。」
「その帳面もこちらで預かろう。」
「……?」
「ソンイ君、結構、ヤバイ領域に足を突っ込もうとしている。」
「……。」
「この帳面に何が書かれているか気になっている奴が、君の留守におじゃまするかもしれないよ。」
「参ったなぁ。父上に一応、言ってから出かけるか。」
「ウンジュちゃん、王都を楽しんできな。」
「はい、お休みをありがとうございます。」
ウンジュを連れて、ホン先生のところを出た。後学のため、領内の情勢・地勢を知っておきたかっただけなんだがなぁ。真実はいまひとつって感じか。
「兄上、明日は早く出かけるんですか?」
「明日は、ゆっくり出かけるよ。みんなと会うのは明後日の予定だ。明日、大学に着いたら、君を図書館へ案内したかったんだ。最高にわくわくすると思うよ。」
「本当ですか、一晩中、読みふけっちゃうかもしれませんね。」
「それでもいいよ。」
「でしたら、やはり、早く出かけましょう。」
「……そうだな、じゃ、早朝から出かけるか。」
「はい!」
帳面についても気になったが、とりあえず、ウンジュは王都に出かけることを心から喜んでくれているみたいだ。図書室という物にも興味がありそうだ。そりゃ、本屋に出入りしてりゃ、読みたい本もたくさんあるだろう。ウンジュにとって、どんな休日になるのか、どんな表情をしてくれるのか、僕も楽しみだ。




