EP.33 鬼が出るか蛇が出るか
「じゃあ行ってくるね」
エドが貸し切りにしてくれた宿にディール夫妻や子供達を残し、ルティナは出発の言葉を掛けた。
ちなみにルティナの家族だけの貸し切りってわけではなくロクーム達の子供や、エリスの祖父もいる。
山みたい巨大なゾウが現れたせいでロクーム達の子供やエリスの祖父は当然住めないからだ。いや、既に家はなくなっていた。
「行ってらっしゃい」
「ママ、気を付けてね」
「直ぐ帰って来てね」
子供達がそれぞれ声を掛ける。
ルティナは、大丈夫! 私はこの子達がいれば帰って来れるし戦える。と、改めて気合を入れた。
そして、アーク達がいるとこに戻る。エドがいないとこを見るに城に戻ったのかな? と、視線を彷徨わせる。貸し切りの件にお礼を言いたかったのだ。
すると、ルティナの視線が止まる。知らない人がいたからだ。誰だろう? と、首を傾げると、それに気付いた見知らぬ者がルティナに近付いて来た。
「君がルティナちゃん?」
ちゃん? 似たよう歳よね? と、内心ムッとするとルティナ。ルティナは現在22歳なので少し年下なのだが……。それでも子供扱いされているようで内心面白くないのだ。
「……えぇ」
面白くないが、それを噯にも出さずに頷く。
「俺は武。オサ……いや。アークのダチだ。乗り掛かった舟って奴で俺も手伝う事にした。宜しくな」
「えぇ……宜しく」
そうアークの友達なのね。でも、いつの友達になったのだろう? 歴史改変をしてからアークに取っての時間は、二年も経って思うのだけど……。
そんな事をルティナを考えると……、
「………」
武がジっと見詰めていた。それに気付いたルティナは、不信に思いながら口を開く。
「えーっと……何かな?」
「あ、いや失礼。不思議な気配を感じてな」
えっ!? 気配? 何を言ってるの? と、増々不信感が募らせる。
「失礼だけど、あんた人間か?」
「な、何? 人間だけど?」
急に何言ってるの? この人は。と、ちゃん付けに加え更に内心イラっと来ていた。
「半分そう感じるだけど、もう半分は違う気配がしてな。悪い急に変な事を言って」
「……いえ」
もしかして半分精霊というのが分かったというの? でも、もう私の中の精霊の力は消えた筈なのに……。なんとも不思議な人だ。と、先程の不信感や苛立ちが一瞬にして武への興味に変わっていた。
「みんな準備は良いでガンスな? さて、じゃあ行くでガンス」
と、そこでロクームが号令を発した。こういう時って何故かロクームが仕切る事が多い。
「いつでも良いでござる」
「問題ない」
「ああ」
「いいよー」
「オーケー」
「行けるわ」
「いつでも良いさぁ」
ムサシ、エリス、アーク、エーコ、武、ルティナ、ナターシャという順番で応える。
八人か……これだけいればなんとかなるかも。と、誰もが強い安心感を覚えていた。
そうしてアーク達は船でチェンルに向かい、そしてそのままゾウを目指した。
「何か空洞があるにてござる」
「中に入れるのでガンスか?」
ムサシがゾウの足に穴がある事に気付き、ロクームが中を覗いた。アーク達は一日掛けてゾウの右前足の目の前に到着したのだ。
「入って調べるか?」
「そうでガンスな」
エリスがそう提案し、ロクームがそれに賛成した。
「いや、待て」
「どうしたのさぁ?」
しかし武が考え込むように顎を撫でながらそれを止める。それに対しナターシャが首を傾げた。
「右前足に空洞があるって事は他の足にもあるかもしれない。それを調べてから入っても良いんじゃないか?」
「そうだな……一応確認しよう」
アークが武の意見に賛成した。それにより全員で右中足に向う。
「あるわね」
ルティナが呟く。
「俺は此処から入ってみる。頭数いるし手分けした方が良いだろ?」
「武がここからにするなら俺もそうしよう」
「なら私も」
武がそう提案しする、アークとルティナがそれに続く。
アークは武を不審に思い、付いて行く事にしたのだ。ルティナは武という人物に興味を持ったので一緒に行くと言った。
ルティナは、少し対面しただけで気配が半分人間じゃないと言われたのが大きいようだ。
「ちょっとーアーク、平気ー? わたしも行こうかー?」
「そうだねぇ……心配だしあたいも行こうか?」
記憶のないアークを心配しエーコとナターシャさんが心配そうに申し出る。
「いや、ルティナがいるんだぞ?」
え? 私? 何で私の名前を出すの? と、ルティナは内心疑問に感じる。
「確かにルティナお姉ちゃんはー、今でも強いけどー」
それでもエーコは難色を示す。
「それに武もいる。たぶん武は相当強いぞ」
「正直タケルさんは不気味なんだよねー」
「エーコちゃんそれ酷くね?」
タケルが仰け反るように言う。まぁ不気味って言われたら確かにそうなるよね。でも、不気味と言えば不気味ね。と、ルティナも少しそれは感じていたので同意見だった。
ルティナは、違和感を感じていた。しかしエーコは違和感なんて程度でない。はっきりとだ。それは……、
「だってー、魔力の波動が全然感じないなだもーん」
確かに……。と、そこで初めてルティナも違和感の正体が分かった。
そう武からは一切の魔力の波動を感じないのだ。それどころか気配を感じない。人は多かれ少なかれ魔力がある。それが体外に漏れ出てしまう。
ルティナも意識すれば多少それを感じ、どれほどの魔力があるのかなんとなく分かる。が、エーコは魔力察知の魔眼で見ただけで、詳しく魔力の強さが分かるのだ。
「エーコ……あたいはタケルとロクーム達を助けに行ったから知ってるけど、かなり強いさぁ」
ナターシャがそう言うけど、魔力の波動を一切感じないと気付くとか不気味で仕方ない。と、ルティナは思う。いや、ルティナだけでなくエリスも言われて不気味に感じ始めた。
「いや、普段隠してるからね。俺はそういうのに長けてるんだ」
武は頭をポリポリかきながら困ったように言う。
「……じゃあまぁ少しそれを解除するよ。そうすれば納得してくれるかもしれないから」
「「「「っ!?」」」」
武がそう言うやいなや一気に圧力を増す。それに気付いたのは、ルティナ、エーコ、ナターシャ、エリス、ムサシだ。
「……凄ーい」
「……確かに」
エーコとルティナがポツリ呟く。
「どうしたんだ? 確かに気配が希薄だったのが、はっきり感じるようになったけど……」
アークは、ぼんやりとしか感じていない。はっきり感じるどころの話ではないのだ。
「凄い闘気だな」
「確かに凄まじいにてござる」
そうエリスが言った通り、闘気が普通じゃない。あり過ぎる。ムサシがそれに同意し、同じように思ってるナターシャ、ルティナも目を見張る。
「魔力は、あまり大きくはないけどー……闘気が凄いねー」
当然エーコもだ。
「まぁ俺は魔法系は得意じゃないからな。じゃまた気配を隠すな」
「ねぇ……それどうやってるの?」
気配がまた消えたのでルティナは聞いてみた。
「簡単に言えば闘気の応用」
魔力を感じるかどうかは才にもよる。ここで魔力を完全に把握できるのはエーコだけだ。
仮にエーコを10とするならルティナは7、エリスは5、ナターシャは3程把握できる。
しかし気配は鍛えている者なら大抵の人は感じる事ができる。それの元になってるのは、その人の持つ闘気量。つまり、武のそれが普通じゃない程、凄まじい量なのだ。
ただ、そういう人は気配を完全に消すのが難しい。なのに全く感じなくなったので、この場の大半の者が驚いた。
「闘気が強いと気配を完全に絶つのは難しいのに応用でそんな事が……」
エリスが呆然としながら発した。
「いや絶っていないよ。俺にはそれは出来ない。俺がやったのは闘気の応用で隠しただけだ」
絶つのではなく隠す? 意味がわからない。と、感じる一同。
闘気が強いと気配が漏れやすいが、絶つのが上手い人なら完全にないにしろ消える。それを得意としてるのが暗殺者だったアーク……尤も今は記憶がないので、できないが。
更に驚くべくとこは、体外に漏れ出た魔力を絶つ事はできない。なのに武からは魔力も一切感じなくなった。
魔力を感じる才があるナターシャ、エーコ、ルティナ、エリス――エーコの場合は見るだが――は、特にそれに驚いたのだ。
「そんな事が……」
エリスがまだ呆然としたまま呟く。
「俺は異世界をあっちこっち渡ってるからな。この世界にはない技術も取り入れている。ただそれだけだ」
「「「「はっ!?」」」」
ロクーム、エリス、ムサシ、ルティナが思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
とは言え、ルティナは、よくよく考えたらアークって例があるから、そういうのもあるのかも?
と直ぐに納得が行った。
「異世界って何でガンス?」
真っ先に突っ込んだのはロクームだ。
「世界はいくつもあってな。此処とは違う世界……つまり異世界も存在するわけだ。俺は色んな異世界を旅してる」
武がそう説明した。そこでルティナは最初に疑問に感じてた事に得心が行った。いつアークと友人になったのだろうと言う疑問だ。
もしかしたら他の世界で友人になったのかもしれない。と、思った。
「……そんな事があるのでござるか?」
ムサシが唸るように発した。
「俺の事はともかく、此処は俺とアークとルティナちゃんの三人で十分だ。みんなは、他の足から侵入してくれ」
武は話を打ち切るように最初の話題に戻る。
ただ若干一名、だからちゃんって何よ? 似たような歳なんだし子供扱いは止めて欲しい。と、内心憤慨してる者もいるが。
「分かったよー。タケルさんは本当に強そうだから、アークを頼むよー」
「俺は可愛い女の子は泣かせない主義なんだ。エーコちゃん」
くさっ! エドと同類? と、エリスとルティナはそんな事を思う。
「じゃあアークは宜しく頼むねぇ」
「了解だ! ナターシャちゃん」
ナターシャもちゃんなのか。見境ないのもエドそっくり。と、同じく二人は内心そう思った。
「俺はお守りされないといけない子供か」
アークが何か呟いてるけどスルーされる事になる。
「じゃあここは三人に任せたでガンス。他のみんなは違う足に回るでガンス」
ロクームがそう締めてアーク達三人以外は他の足に向かった。
「さて鬼が出るか蛇が出るか……」
そう呟き武が右中足に空いてる穴に入って行った。アークとルティナもそれに続く。
ルティナは、と言うと鬼? 蛇? 何の話だろうか……? と、首を傾げながらであるが……。