EP.09 いろいろ試してみました
俺が目覚めて半月が過ぎた。まだ体に違和感があるが普通に動けるようになった。
それまでの間にやっとこれは現実だというのがわかった。フルダイブ型MMORPGの中なら左腕を上から下に振るとメニュー画面が表示される。そこにはステータス画面やログアウトボタンがあるのだが、それがない。
FFOやってたんだけどなぁ。目覚めて異世界転移しているのではないかと疑念が沸いていたが、あり得ないと切って捨てた。
そうまだ決めつけるのは早いとは思っていたが、徐々に確信めいてきている。
何故なら、これは高梨 治の肉体ではない。視界に入る肉体等をを見れば鍛えているのがわかるからな。当然俺は筋トレすらしていない。
それにチラチラ視界に入る髪がグレーだ。黒髪ではなく灰色髪なのだ。高梨 治どころかこれは日本人ですらないな。
それに声も自分のものとは思えない。
「これは驚きさぁ。もう動けるのかい?」
朝、ナターシャちゃんと顔を合わせたら驚かれた。半年も目を覚まさなかったのに、目を覚まして半月で動けているんだもんな。
「……ああ」
相変わらず不愛想に応える。だって俺、コミュ症だしな。まともに会話ができるとは思えない。毎日顔を会せるが口数を減らしている。
「じゃあ朝食にするさぁ。動けるなら今日はリビングで食べましょう」
「……わかった」
毎日俺に合わせてベッドで食事だったもんな。
ただ、はっきり言って不味い。人生の初の女の子の手料理だし嬉しさがスパイスになり、美味しく食べてるが、味事態は不味い。
黄色やら赤やら緑のクリームのようなものがお皿に乗っている。最初は胃に優しい離乳食かと思ったがナターシャちゃんも同じ食事だし、これが普通なのだろう……。
黄色は薄い卵っぽい味、赤は薄い肉っぽい味、緑は薄いキャベツっぽい味。全部薄い。
俺はリビングに向かい、その食事の実体を知る。
ナターシャちゃんはチューブのようなものをギューっと握り、クリームのようなものをお皿に出してるのだ。
女の子の手料理だと思ってたのに………………俺の純情を返しやがれぇぇぇぇーー!!!
心の中で絶叫してしまった。
それを見た瞬間一気に不味く感じてしまった。
一体このメシは何だ? 何故チューブから出している? 普通の食事はないのか?
「合成食材しか食べれない嫌な時代になったものさぁ」
俺の心を読んだかのようにナターシャちゃんが答えてくれる。
合成食材ねぇ……。
「これも精霊大戦の傷跡さぁ。ラフラカにも困ったものだねぇ」
精霊大戦? ラフラカ? それってFFOの設定だろう。どういう事だ?
ラフラカがクロードを併合し帝国を起こし、精霊大戦を引き起こした。その際に大災害を起こし大陸は分断され、様々な資源が失われた。
そもそもそれ以前に奴は、動物で魔導実験をして魔物に変えた事で、動物を食べる事にもできなくなったんだよな。
やはりここはFFOの中なのか? いや、でも痛みは本物だしメニュー画面も呼び出せなかったし、もうわけがわからん。
食後はお茶を用意してくれた。ナターシャちゃんが急須を使って淹れてくれたから、こっちは合成食材とかではなく本物か?
そう思ったのだが……薄い。
「資源が限られているから、お茶っ葉も節約さぁ」
そういう事なのか。
「本来ならもっとマシな食事もできたのさぁ。高額だけど食べれない事もないしねぇ」
「……なら食べれば良い」
「それをあんたが言うかい?」
桃色の目を細めジト~っと見られた。
え? 俺のせい?
「治療薬はあたいが作れるけど、材料はタダじゃないというのにさぁ」
「……すまない」
半年も治療してくれていたんだもんな。そりゃ金もかかるか。マジごめんなさい。
「なーんて冗談さぁ。元々贅沢していなかったし」
そう言って悪戯っぽく笑い出す。
「さて、あたいは買い出しに行って来るけどアークは大人しくしてなぁ。半月で動けているけど、本来なら数ヵ月かかるものだし、何があるかわからないから家でゆっくりすると良いさぁ」
「……そうさせて貰う」
ナターシャちゃんは、そのまま出て行った。
正直助かった。いろいろ確認したかったしな。まずは此処がどこなのか……。
とりあえず外に出る。
「はぁぁぁ!?」
どこよ此処? 潮の香りが鼻腔をくすぐる。それもその筈、海辺にポツンと建つ家。今時こんなのないだろ? まさか過去にタイムスリップしたのか? いや、それは異世界転移と同じくらい荒唐無稽だな。
次は部屋の物色だな。何が何処にあるか知っておいて困らないし。この場所を示す地図もあるかもしれないし。
というかスマホとかタブレットくらいあれば良いな。まぁここまで来ると期待できないけど。この家は木造だし古めかしい建築様式だしな。
「えっ!?」
自分一人しかいない家に見知らぬ男がいた。灰色の髪に同じ色の瞳した男だ。
俺が、右手を挙げると男は左手を挙げる。
俺の動きをトレースしている? ……いや、これ鏡か。という事はこれ俺?
待て待て待て待て待てー!!!
これ、俺がFFOで愛用してたキャラじゃん。
ってことは、このキャラの設定っぽく受け答えしてたのは正解だったのか?
いやいやいや! そういう問題じゃないよ! 俺、やっぱり異世界転移してるやん。マジで?
その後、俺はいろいろ試した。
結論から言って俺が育てたキャラの能力がある。魔物を素手であっさり倒せるし、わざと噛まれたけど痛くもないし傷も付かない。尤も元々負っていた傷は、まだ完治していないし痛みも多少あるけど。
にしてもやっぱり魔物は、食べれないな。せっかく仕留めたしナターシャちゃんに何か作ってあげられたのに。動物ならそれができただけに残念だ。
でだ、俺の予想だがエンディング後だな。崩れ行く城に残り、瀕死の重傷で生存しナターシャちゃんに助けて貰ったってとこか。
つい一緒に暮らすと言ってしまったが、コミュ症の俺がどうやってナターシャちゃんと接すれば良いのか……。
そもそもナターシャちゃんの家名ってアレなんだよな。はっきり言って一緒に暮らすのは悪手。
まぁでも傷は完治させたいし、このまま無口キャラで通して一緒に住むしかないか。
にしても何で突然異世界転移なんてしたんだろ……まったくわけがわからん。