EP.38 ラプラス因子
クーデリアは静止世界を駆使してバリガリスを追い掛ける。が、この称号 加速者を使って繰り出すものは全てHPを消費する諸刃の剣。
いざ戦闘になった際に瀕死では話にならない。故にクーデリアは足だけを加速させる。怒りから咄嗟に使い慣れた自分の全てを加速させる静止世界を使ってしまったが、少し頭が冷静になり、消耗が抑えられる方へ切り換えた。
かつて過去だけに囚われ前を見れなかったクーデリアは、皮肉が利いた名を付けた静止世界だけを使用していた……否、他に考えもしなかった。
が、自分と逆の称号である停止者を持つローゼインが、自分に寄り添おうとしてくれ前を向けるようになって来た。それだけじゃなく停止の応用技で支えてくれた事で、その着想から加速の応用技を編み出しその可能性を広げた。
バリガリスは南に向かう。魔道具武装により短距離転移を多用しているが、これにはMPを消費してる。
勿論そんな事は知らないが、代償無し大きな力を使う事等あり得ないと考えたクーデリアは、焦らずいざ戦いになった時の担保を考え加速者の力を使う。
やがて南にある未開の地に入り込み、暫くしたとこで因縁の相手であるバリガリスに追い付く。
森の空気が張り詰めていた。 木々の間に差す光は、まるで戦場を見下ろす観客のように沈黙している。
「よォ、ガキ。俺様の尻を追い掛けるのは楽しかったか? なァオイ」
愉悦にまみれた顔で振り返るバリガリス。追い掛けて来ていたのは知っていたが、余計な邪魔が入るのが面倒で未開の地である森に入り暫く進むまで、逃げ続けていたのだ。
「………」
クーデリアは、その凍えるような瞳でバリガリスを見据えるだけで何も答えない。その腹にはドス黒いもんが渦巻いてはいるのだが。
そんな張り詰めた状況でバリガリスの左肩に担がれたクリースティアラ公女は息を呑む。
「あの巫女服のガキはいないのか? こないだの借りを返してやりたかったんだがなァ」
「………」
クーデリアは、無言で一歩……また一歩と近付く。
「ガキ一人で俺様の相手をするのかァ? 赤髪の女がいないと何も出来なかったてめェがか? なァオイ」
「………」
余裕の笑みを浮かべ挑発するバリガリス。
「だが、こないだは邪魔が入ったが……」
ペロリと舌なめずりをし……、
「その体を堪能するか。てめェは良い体してるからなァ」
「………」
「………下劣な」
その言葉に反応したのはクリースティアラ公女の方で、クーデリアは無視して剣を抜いた。
「おいおい。こっちには大事な公女さんがいるんだぜェ」
「ヒィ……」
そう言ってクリースティアラ公女のお尻を撫で、彼女は悪寒が走り思わず小さい悲鳴を漏らす。
クーデリアは、無言で剣を振り下ろす。
「オイオイ。マジで公女さんがどのなっても良いのか?」
余りにも躊躇いがなく無慈悲な行動に目を丸くしバックステップで躱す。
「………貴様さえ殺せれば」
初めてポツリと呟く。
「あの赤髪のガキがいなくてかァ? そもそも何故てめェは俺を狙う? 生憎恨みを買い過ぎてなァ、オイ」
「………忘れているなら、わたくしやわたくしの………」
そこまで言って唇を噛み再び剣を振るう。
「ちィ! 公女さん、俺様が遊ぶには、ちと重いなァ……」
人質の意味がないと思い大人しく下ろすバリガリスだが、その言葉に顔を羞恥で赤くするクリースティアラ公女。
「………重い。わたくしが重い」
そうボソボソと呟きつつも巻き込まれないように少しずつ離れた。
「おっと、あまり遠くへ行くとその場で殺すぞ?」
釘を刺すのを忘れないバリガリス。
次の瞬間、クーデリアが加速して瞬時に距離を詰めて剣を振るう。実は一応クリースティアラ公女を気にしてはいたのだ。復讐心が大半を占めてても自国の公女だし。
どうせ避けるのは分かっていたので躊躇いなく振り下ろしていただけの事。何せクーデリアの剣は分子運動を加速した焼き斬る剣。それを危険に思い絶対に避けるのは前回の戦いで痛感していたのだから。
「おっと」
それを短距離転移で少し後ろの飛ぶ。
「次はこっちだ。オラァ!」
間合いが空いてるのに剣を振るうバリガリス。それなのに刃がクーデリアに届く。
寸前のとこで躱す。
「もっと行くぞ」
次々に斬撃を繰り出す。その全てが間合いの外。これも空間を操る剣である魔道具武装の力。
前回クーデリアは、これに苦しめられた。が、今回は思考を加速する事でなんとか対応出来ている。ましてや馬鹿みたいに全身を加速する静止世界を使っていないのでHPの消費が抑えられていた。
「おっと」
だが、嫌らしい事に剣で防ごうとすると全て剣を引っ込める。分子運動の加速により全てを焼き斬る剣でも合わせないと意味がない。前回もそうだがぶっちゃけ剣を当てればクーデリアの勝ちなのだ。
なにせバリガリスの強さの大半は魔道具武装にある。故にそれさえ焼き斬って壊してしまえば良いのだから。
しかし、バリガリスには危険察知のスキルレベルが高く危険を感じて直ぐに剣を引っ込める。
「やるようになったじゃねァか、オイ」
獲物を嬲るかのような愉悦の笑みを浮かべるバリガリスに歯嚙みして睨む。
次の瞬間、バリガリスは消える。短距離転移したのだ。その出現場所はクーデリアの後ろ。反応が一瞬遅れてしまう。
「くっ!」
最初の初撃はバリガリスが通ってしまった。
左腕に軽い裂傷だが……それでもたったこれだけでバリガリスに有利性が傾く。
短距離転移や斬撃のみの転移を駆使しして、クーデリアは甚振られ鮮血が舞い体中に裂傷が走る。
「はぁはぁ……」
クーデリアは既に思考加速を限界まで使い、バリガリスの攻撃に対応していた。 だが、間合いが読めない。剣がどこから来るか分からない。
もう服もボロボロ。何よりベストで抑え込んでいた胸が飛び出す。シャツ越しでもその豊さが分かる。それを厭らしく見るバリガリス。
「やっぱ良い体してるなァ、オイ。あの巫女服のガキが来なきゃ愉しめたってのに惜しかったぜ」
「………」
その発言に近くで様子を見守っていたクリースティアラ公女は顔をしかめるが、クーデリアは変わらず凍えるような青い瞳で睨み付ける。
「やっぱ俺様と楽しまないかァ? なァオイ」
「………………した」
「あァん? 何だって? 俺様とたの………」
「何故両親を殺したのです?」
「その前にてめェ誰だっつてんだろ? 生憎……」
「わたくしはレイジー家の生き残りです」
バリガリスの余計な会話に付き合うつもりはなく言いたい事だけを言うクーデリア。
「レイジー? あァあ~あの時のガキか。思い出したぜ。ガハハハハ………コイツは驚いたぜェ。こんなに成長して………」
「良いから答えてください」
視線が胸に感じバッサリ切り捨てるように返す。
「ちッ! 知らねーよ」
「何ですって!?」
「俺様はただの雇われだ。まぁ雇い主が言うには、てめェの両親は貴族派の有力者でなァ。政治の邪魔者だってさ。奴らが消えれば公王派に傾く、そう言ってたぜ。俺様はただ、言われた通りに動いただけだ。 お前の親は泣き叫んでたなァ……あの顔、思い出すと笑える。実際今は貴族派は窮地じゃねェか。滑稽で笑えるぜェ。なァオイ」
「……醜悪な」
クリースティアラ公女が、静かに呟いた。 その声は、森の空気を震わせるほど冷たかった。
「そうですか」
生命力を削る加速者の力を使い視界が霞み、呼吸が焼けるように熱い。 だが、彼女の瞳は冷静だった。その凍てつくような瞳は戦意を失っていない。何故ならバリガリスを自分の手で殺す事は子供の頃から決めていたから。
「へェ……まだやるのか? 粘るじゃねェ……」
その声が終わるより早く――彼は消えた。 短距離転移。 空間が捻じれ、次の瞬間には背後から剣が迫る。
だが、クーデリアは動いていた。
――ジュッ!
「がはっ!」
焦げた匂いが、森の空気に混じる。 皮膚の表面が焼け、赤黒く変色していた。クーデリアの剣が、バリガリスの右腕を掠めたのだ。しかし、クーデリアは内心イラ立ちを感じた。
これで確り突き刺していれば腕は完全に使えなくなっただろう。それも利き腕が。しかし、バリガリスには危険察知のスキルがあり、それにより直前で躱せた。
「クソがァ!」
毒吐き一旦短距離転移で距離を取る。再び転移を駆使して攻めるが、全てクーデリアに読まれ先に動かれる。それは未来予測するかのように。
「なっ……何だ、この違和感は!?」
今まで危険察知、気配察知、魔力察知そう言った類のものを使っていなかった……なのにいきなりバリガリスの動きに対応し始めたのだ。尤も最初の一撃以外躱してるが。
実はクーデリアは、思考を加速を止めて空気加速に切り替えていた。刀身から空気へと加速させ微細な振動をさせていた。それにより空気の流れを読み短距離転移した際に出現座標を読み取っていたのだ。
しかしそんなやり方もいつまでも続かない。クーデリアは、膝を付いてしまう。 呼吸は荒く、汗が滝のように流れる。加速の力を使い続け体に熱が溜まっていたのだ。
「ご苦労さん……血塗れでよく戦ったなァ。 だが勝つのは、いつだって俺様だろォ?」
「ギャァァァ……っ!!」
血溜まりを作りクーデリアの叫びが森中に木霊する。
クリースティアラ公女は、何も言わず、ただその光景を見詰めていた。
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3章 EP.25
4章 EP.4 EP.11 EP.34 EP.35
5章 EP.18 EP.25 EP.28
6章 EP.10
8章 EP.01 EP.03 EP.12 EP.28
9章 EP.11 EP.15 EP.43
11章 EP.01 EP.22 EP.24
14章 EP.21〇
16章 EP.14
17章 EP.22
以上の場所に挿絵を追加しました。
気が向いたら是非見てください。
尚、〇印はメインキャラのラキアです。




