EP.35 警鐘が鳴り響きました
ナターシャを追いかけ、門へと向かう。彼女は門番にギルドカードを差し出し、身分を確認されると、すんなり通行を許された。
俺もそのまま後に続き、町の中へ足を踏み入れる。
「ナターシャが地底に行ってる間のことを話すから、適当な茶店に入ろう」
「分かったさぁ」
通りに面した茶店へ入り、席に着いて茶を啜りながら、これまでの経緯を順に話した。
「サヤがねぇ……」
やはりそこが一番気になるようだ。仲間として長く共に行動していたのだから当然か。
「リズレーティ様が城内に同行してくれるのは有難いが……」
「何か問題があるのかい?」
「恐らく利用されてるだろ」
「利用?」
ナターシャが首を傾げる。
「この町はスイースレンの馬鹿共がいて問題ばかり起こす。俺をこの町に留めて起きたいんだよ」
「あ~アークに鎮圧させたいんだねぇ」
「ああ」
俺は頷くとお茶を含み再び唇を湿らす。
「Aランク冒険者は準貴族扱いだからな。隣国の貴族となら良い勝負だ。そこにこの国の貴族であるリズレーティ様が裁定を下して俺は不問になる可能性がある」
つまりは揉め事を起こして問題はない。だから、問題があればどんどん介入して欲しいという意思表示なのではないかと俺は思った。
奴らが問題を起こし、それを止めるのが平民だと問題が起き奴らが不問となってしまう。それでは町が荒れてしまう。そういう事だろう。
「相変わらず鋭いねぇ」
「テンプレだ」
「でた。またてんぷらとやらかい?」
呆れた顔をされる。というか……、
「食い物じゃないぞ」
「はいはい。何でも良いさぁ」
「そんな訳で利用されてやるしかないな。この国では聖人は重宝されている。転移者である沙耶に簡単には会えないだろうからな」
「分かったさぁ」
「その後なんだけど、来年のエーコの卒業を待って、ウルールカ女王国とメハラハクラ王国との戦争に参加する。ナターシャもそれで混ざるか?」
「当然さぁ」
鼻息を荒くし、目を輝かせるナターシャに、思わず苦笑が漏れる。
「問題はロクームとかだよな。全くあの馬鹿は何をしてるのだか」
「全くだねぇ。エリスもいるのに」
お互い溜息が出てしまう。
「そう言えば魔王の子はどうだ?」
「なかなかのやんちゃ坊主に育ってるさぁ」
「は?」
「え?」
俺が間の抜けた声を上げるとナターシャが首を傾げる。
「男なのか?」
「そうさぁ」
「スクルドって名前だよな?」
「そうさぁ」
草越しでは男か女か分からなかった。そもそも赤ん坊だったしな。
「女神の名前だろ!?」
「そうなのかい?」
…………まあ異世界だし突っ込んでも仕方ないか。でも、スクルドって名前で男と思わないだろ。
シグルドならともかく……いや、縁起が悪いか。妻をNTRされて仲間共々無実で殺されてって。
「ただいま」
「お帰りっす」
「アー兄、お帰り」
茶店で話し終えると、宿へ戻った。
「アークっち、綺麗な人を連れて帰ったっすね。アークっちも隅に置けないだから。このこの〜」
彩音が肘で突いてくる。……どんどん遠慮がなくなったな。
「うわ〜〜。綺麗な人だな〜」
小僧は顔を真っ赤にしている。
「小僧じゃないやい」
もうテンプレだな。
「あんたらがアークが保護してる二人かい? あたいはナターシャ。ナターシャ=プリズンさぁ。宜しくねぇ」
「ナターシャっち、よっろ~」
「……ナターシャっち?」
「へへへ……」
ナターシャが小首を傾げる。唐突に妙な渾名を付けられたせいで、どう反応して良いのか分からないといった感じだ。
一方で彩音は悪びれる様子もなくニヤニヤと笑い、小僧はというと顔を真っ赤にして視線を泳がせている。ほんと、ブレないなこの二人。出会った時からこのノリはまるで変わらない。
「……小僧じゃないやい」
次の日の夕方――。
妙な気配を感じた。何だこの気配……? 魔獣でもない。いや、生き物の気配ですらない。
ナターシャがすっと顔を上げた。俺の表情で察したのだろう、その顔に緊張が走っている。
「どうしたんだい?」
「……何かおかしい」
「どうしたんっすか? ご飯ならさっき食べたっすよね? …………不味いのを」
「そういう表情じゃないだろ、彩姉。まぁ異世界のご飯は不味いのは同意だけどさ」
次の瞬間……、
カンカンカンカンカンカン……っ!!
町全体に警鐘が鳴り響いた。重い音が何度も響き、宿の壁を震わせる。
「うわ〜……なにこの音? BGM変わりそうな雰囲気っすね。いよいよクライマックス?」
「今そんなこと言ってる場合かよ!?」
「力入りすぎ、瑠二っち。肩ガッチガチっすよ〜?」
「誰のせいだよ!?」
「何が起きてるんだい?」
彩音と小僧が騒ぐ中、ナターシャだけが冷静に俺へ視線を向けてきた。
「……町が囲まれている」
「魔獣かい?」
「いや、分からない。感じたことのない気配だ。キラーマシンに近い感じだな」
「ロビン?」
ドラ〇エじゃねぇよ、小僧。
「……小僧じゃないやい」
「数は?」
「数えるのも馬鹿らしくなるほどだ」
それが北門、西門、東門の三方向から押し寄せている。この町には南門はない。南は未開の地のため、変な魔獣が押し寄せて門を突破されるのを防ぐべく、外壁だけが築かれているのだ。
「え〜、何それ〜? まさか敵襲とかっすか?」
「……来たんじゃないかい?」
ナターシャも気付いたようだ。
窓の外を見ると、遠く外壁沿いで警備兵たちが松明を掲げ、北・西・東の門へ向けて合図を送っているように見えた。
「暫くは外壁が持ちこたえるはず。………様子見ってところかい?」
「憲兵や騎士もいるし、部外者が出しゃばるべきじゃないしな」
頷いてさらに気配を探る。
だが、少し経った後――宿の真下の通りから、不気味な軋み音と悲鳴が響いた。外壁は破られていない。それなのに、町中のあちこちで同じ気配が膨れ上がっていく。
窓の下を覗くと、人形のようなものが次々と姿を現しているのが見えた。
「な、何で中に……!?」
小僧が声を上げる。
「……潜んでたか、あるいは別の侵入経路。転移魔法は……これだけ大きな町なら阻害の仕掛けがある」
「そうだねぇ。だからあたいは町に直接転移しなかったさぁ」
「……この世界って人型人形が動く世界なんっすか?」
彩音が窓の外に身を乗り出しながら呟いた。
「おい! 顔出すなって! 目が合ったらどうすんだよ!?」
「惚れられたりして〜」
「惚れねぇよ! てか、ふざけんなよマジで!!」
「まぁまぁ〜。アークっちとナターシャっちがいるから、ウチらは大人しく観戦席で良いっすね〜」
「観戦席なんかねぇーよ! 隅っこにいろっての!」
「は〜いは〜い、瑠二っち先生怖~いっす」
「誰が先生だ!?」
保護対象二人が煩い。……というか、この状況で緊張感がなさすぎるだろ。まあ、ガチガチになっているよりはマシか。
にしても東門が手薄だな。外の連中が雪崩れ込んで来たら、この町はいよいよ危ない。
こうなれば仕方ないか。
「俺が出る」
「当然、あたいも……」
「いや、ナターシャは念の為にこの二人の護衛も任せる」
「一人で大丈夫かい?」
「様子を見て来るだけだ。それに此処は四階で、弓使いの独壇場だ。窓から仕留めてくれ」
一瞬、ナターシャが目を細めたが、確り頷いた。不承不承ながら納得してくれたようだ。
「……分かったさぁ」
「アークっち、気を付けてっす」
「アー兄、頼んだ。……………………小僧じゃないやい」
いや、今回は心の中でも思っていなかったんだけどな。
俺は頷き、窓を蹴って外へ躍り出た。着地と同時に東門へと走り出す。
その背に、鐘の音と人形たちの奇怪な音が重なっていった――――。