EP.28 聖人について話しました
「笹山先輩の事を教えてください! 一年前から行方不明なんです」
懇願するかのように俺を見詰める彩音。そう言えば彩音が着ている制服って、俺や沙耶が通っていた亜玖阿中学の制服じゃねぇか?
「歩き続けて疲れたでしょう? 少し休もうか」
「いえ、平気です」
「<収納魔法>」
彩音の言葉を聞かず収納魔法で、テーブルと椅子、それからお茶を取り出す。すると彩音は、目を丸くしていた。
「何を驚いてるの? 手品なんでしょう?」
「貴方意地悪さんですね。火や水とは訳が違うでしょう? 今の」
「まあ座りなよ。じゃあ異世界だって信じた?」
「……何かの幻覚ですね」
俺に促され座ったは良いが、やはり信じない。まあ良いけど。
「ほれ、お茶」
「………………変なもの入っていないですか?」
「何を入れるんだよ? 毒殺か? そんな事せんでもこれで簡単に始末出来るぞ」
そう言って小太刀を抜いて見せる。
「……媚薬とか?」
「場所考えろや! こんなとこで襲うのか? ヤってる最中にまたオーガとか来ても面倒だろ!?」
「だよねだよね。あはははは……」
快活に笑う。そう思った瞬間直ぐに口を抑える。
「すみません……ついタメ口を」
「別にタメ口で良い」
「そうっすか。いや~そっちのが楽なんだよねぇ」
「…………」
「何々? あたし変な事言っちゃったかな~?」
「何というか……軽い」
喋り方が軽くなった。
「軽いとか酷いっすね。あたし、軽い感じなのかな~?」
「いや、見た目とのギャップが……。残念美人?」
「酷いなぁ。美人は良く言われるけどねぇ。あはははは……」
また快活に笑う。まぁこんな状況でも笑っていられるなら良いけど。
「とりあえずお茶」
「毒……」
「入ってねぇよ!」
そう言って飲んで見せる。
「だよねだよね」
そう言ってお茶を飲み始める。
「……美味しくない」
「うるせぇよ! 世界が違うせいで、味も変わるわ」
「めんごめんご。それより笹山先輩の事を教えっちょ」
マジで軽っ!!
「その前に確認するが、お前は何月にこっちの来た? そして沙耶は何時どんな状況でいなくなった?」
「え? 何月に来たってか、今三月だよねぇ? 笹山先輩は、去年の五月頃に三学年の教室がある三階全体が光ったと思ったら三学年全員失踪したんだぁ。まぁあたしは二学年だから二階いたしぃ、後から聞いたんだけどぉ」
やっぱりズレている。
沙耶はまあ良い、沙耶が転移して来たのは同じ四月だから。問題は彩音だ。
「ちなみにこの世界だと六月だぞ」
「は? またまた~~?」
そうコイツと月がズレているのだ。もっと言えば沙耶が転移してから八年くらい経っている。なのにこいつの中では、約一年前だ。
「え? マジで?」
「マジで、だ」
「騙されないからねぇ? それで笹山先輩は?」
八年ズレているとか。最初は星々の世界に召喚されたとか、今話してもややこしいだろう。なら、その辺は追々と話すか。
「去年の十二月に行方不明になった」
「へ?」
目を丸くしたと思ったら一気に立ち上がる。
「なら、どうして探さないのよっ!!」
憤怒の表情だな。表情がくるくる変わる奴だ。
「探しに行く最中だ。ここより西で行方不明なった。だから、その現場にとりあえず向かっている。その途中で月泳さんを拾った」
「あ、そうなんだ」
今度は大人しく座りお茶を飲み干す。
「じゃあ、早く行きましょう」
そしてまた立ち上がる。忙しい奴め。
「待て。ついでだから今後の事を話しておく」
「あ、うん」
また大人しく座る。
「この世界は、あまり敬語に厳しくない。だけど注意しなければいけない連中もいる」
「それは?」
「貴族だ。この世界は王侯貴族制度がある」
「貴族……めんどくさそぉ~」
「転移者は特別視されているから、そこまで気にしなくて良い。特に南のこの大陸では。月泳さんが覚悟を決めれば、良い扱いを受けるだろう」
「覚悟?」
彩音が小首を傾げる。
月光世界には三つの大陸がある。ルナリーナ北大陸、ルナリーナ中央大陸、ルナリーナ南大陸だ。
北大陸は、バイアーラ魔王国と山脈を挟んでキアーラ海王国がある。キアーラ海王国には【付与月姫】ノルンの意向が強く、今まで傍観者でいたのだから、置いておこう。
中央大陸は、ジパーング聖王国とアルーク教国という例外はあるが、北大陸のバイアーラ魔王国の侵攻を恐れ、戦力を欲しているので、転移者を英雄候補として大事に育てようとする意志があった。
では、南大陸は?
北大陸から離れており、戦力として転移者を見ていない。精霊族に倣い転移者を聖人と崇める文化が確立されたというのも勿論ある。
だが、それだけではない。転移者の故郷……地球はこの世界より遥かに優れた文明を持っていた。よって、それを取り入れる事に注力しているのだ。つまり政治に組み込む事を是としていた。
従って聖人は、王と並ぶ権威があると見なされている。政治に取り込まれても構わない転移者は、王と対等に話せる訳だな。
ただ問題もある。ジャアーク王国は、噂では聖人とか政治とか言ってる場合ではないのだ。国は荒れ内乱が酷いらしい。
スイースレン公国は、俺がエーコと沙耶の草を通して見た限り、形上は聖人として敬ってるように見えるが、たぶん取り込んで道具にしようとしてるのではないかと疑ってしまう。
レオン獣王国は力を是としているので、聖人としてそれなりに敬うが、権威はさほどない。よって政治に組み込み敬う傾向が強いのは、ダンダレス帝国だけなのではないかと俺は考えている。
実際ダンダレス帝国に入って知ったが、魔導列車とか言うのが走ってるんだよな。ただ線路は上下線の二本のみで、まだ主要都市を繋いでる訳ではないので、試験運用に近いのかもしれない。しかも運賃が馬鹿高いので乗る気はしなかった。
閑話休題
「そういう訳で、転移者は聖人として敬れている」
「それって此処が、本当にアークっちの言う通り異世界だからだよね? だよねぇ?」
アークっちってなんやねん。まあ良いけど。にしても疑り深い。この話が全部俺の妄想なら物語を描けるわ! (※注 作者の妄想で今、描いています)
「ついでに月泳さんは特に良い扱いを受けるんじゃないのかな?」
「なんで? なんでぇ?」
「この世界は月を神聖視している」
「……くっ………………だらなねぇ~~~~」
凄い溜めたな。まあ確かにくだらないね。月泳だからって特別扱いは。
「じゃあ行こうか……と、言いたいが、此処が異世界だって証明出来るのが、あっちから来た」
「え? 何々?」
「ファーレ」
「主上、お待たせしました」
「っ!?」
「待たせていたのはこっちだ」
ファーレが飛んで来てテーブルに着地した。ちなみに近くにいたのだが、話が区切り良くなるまで待ってくれていた。
彩音が目を剥いて驚いてる。まあ喋るでっかい鳥だからな
「これ、ディスファーレ……通称ファーレだ」
「異界の稀人よ。妾はディスファーレだ」
「あ、どうもどうも。月泳 彩音っす」
反射的に答えたって感じだな。呆然としてるし。
「これが異世界って証明。喋る鳥なんて地球にはいないだろ?」
「……大きな九官鳥だねぇ」
「こんなデカい九官鳥がいてたまるか! ついでに色が違うだろ?」
「冗談だよ。めんごめんご。確かに日本じゃないのかもねぇ」
は~と溜息を吐くとボソっと呟く。
「……帰れないのか」
「だから、覚悟決めないとな、自活する。もしくは貴族に取り込まれる」
「ま、いっかー!」
「軽っ!」
「だってだって、悩んだって仕方ないじゃん!」
「その意気だぞ、稀人よ。いや、アヤネだったな」
ファーレまで乗ってるし。
「鳥さん、話がわっかる~」
「鳥さんではない。妾はディスファーレと言っておろう」
「ファーレちゃん、かっわゆぃい~~」
「可愛い!? あまり愉快な褒め言葉ではないな」
「そっか。めんごめんご」
「主上よ、『めんごめんご』とは何でしょう?」
「ごめんごめんを軽いノリで言った感じ?」
「……まぁ謝罪しているなら、受け入れるかのぉ」
「にしても沙耶と大違いだな。あいつ暫く塞ぎ込んでいたのにな」
フィックス城に暫く引き籠っていた時期があった。その時は見ていられない程にやつれていたな。
「笹山先輩が? 笹山先輩はいつも凛としてて格好良いのなぁ~。そんな事があったんだ」
「まあ何か打ち込んでる時は、前を向いているけど、我に返った時に色々なぁ……」
「そうだったんだ」
「さて夕方になったし、休もうか」
「えっ!? こんなとこでぇ? ちょ! それは簡便かなぁ」
「問題無い。<収納魔法>」
岩の家を取り出した。
「なに、これぇ?」
「野宿用の家。中で寝ろ。俺は外で良いから、ファーレは、念の為に中で寝てやってくれ」
「承知しました」
「アークっちは?」
「だから外で」
「中で寝れば良いじゃん」
「襲われたいのか?」
「あはははは……やっぱ外で寝て」
「最初からそう言え」
その後、簡単な夕食を作り食べたり、他にも色々話し朝早いからと言ってさっさと寝た。