EP.18 サフィーネが色っぽくなっていました
-16――――月陸歴1521年5月17日
「面を上げよ」
謁見の間に厳かな声が響く。ウルールカ女王国女王陛下だ。
女王様は、歳を感じさせず相も変わらず艶やかで美しい。カールの掛かった深紅の髪で水色の目をしている。
俺、サールナート、ホサカン、アルファ、ベータが面を上げる。尚、パーティー『槍の愛好家』の面々は、道中の護衛なので、謁見の間にはいない。
ちなみに王都メルーシに到着したのは昨日だ。バリストン様は、約束通り確り話を通してくれていた。到着したら、時間を問わず城門にいる衛兵に声を掛けるように言われたので、その通りにしたら、以前使わせて貰った離宮に案内された。
そして、次の日の午後一には直ぐにこの場に通された。
「して、此度の謁見は何用じゃ?」
本来なら、簡単に要件を伝え謁見を取り付けるのだが、今回は特例。バリストン様が手を回してくれたので、内容は全く存じていない。
「ブリテント騎士王国宰相補佐のホサカンと申します。此度は、ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
「うむ」
「まずは、我が国の書簡を」
ホサカンは、兵に書簡を渡す。受け取った兵は、危険がないか一通り調べ、恭しく女王様に渡す。それに女王様が目を通す。
「話は分かったのじゃ。じゃが残念ながら難しいとしか言えぬのじゃ」
「それは……?」
「アークなら、分かるのではないか?」
女王様が、俺に水を向けて来た。
「はっ! 恐れながらメハラハクラ王国との問題があるからではないでしょうか?」
「その通りじゃ。五年程前にお主にも話したな? あれから変わらず緊張状態が続いておる。勿論休戦に向けて話を進めてみるのじゃ。じゃが彼の国は、それを受け入れず戦争が本格化する予感しかせぬのじゃ」
「では、そのまま話を進めて頂けましたら幸いに存じます」
ホサカンが頭を垂れる。
「うむ。代わりと言ったらなんじゃが、暫くあの離宮を使うが良い」
「はっ! 有難き幸せ」
「して、お主等は今後どうするのじゃ?」
「次はダンダレス帝国に向かう予定です。その国が終われば一旦国に帰る事になります」
「うむ。ならば我が国からダンダレス帝国に話を通しておこう。そう時間を掛けずに謁見出来るようにな」
「女王様におかれましては、ご配慮頂きありがとうございます」
再びホサカンが頭を垂れる。
「して、アークよ」
「はっ!」
「サヤの事は残念じゃったな」
「女王様には、格別にご配慮頂きましたのに、真に申し訳ございません」
「それは良い。エーコの方はどうじゃ?」
「学園生活を楽しでいるようです」
「それは何よりじゃ」
こうして謁見が終わった。
謁見の間を出ると懐かしい顔の者がいた。
「アーク様、お久しぶりです」
この国の第一王女であるサフィーネだ。艶やかな髪で、サイドを三つ編みで後ろに流したハーフアップにしている。パッチリ開いた愛くるしい水色の瞳。
もう十八歳になったのだろうか? 随分成長された。胸も大きくなっておりDくらいありそうだ。城の中なので、簡易のドレスだが胸元を強調された大人っぽいものを着るようになったようだ。
「お久しぶりです。お美しくなられましたね。サフィーネ王女殿下」
左胸に右手を当て頭を垂れる。
「いや、ですわ。アーク様ったら、お上手ですね」
サフィーネが俺に寄って来て肩をはたく。それだけの事なのに不快感を出している者が数人。護衛と思われる兵と、身なりの良い男。その身なり良い男が特に俺を睨んでいる。
「それから私、立太子しましたの」
「立太子? あぁ~確か……王太子になるというものですか? いえ、女性なので王太女ですね。それはおめでとうございます。これからは、サフィーネ王太女殿下と呼ばせて頂きます」
「これはサフィーネ王太女殿下におかれましては、ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」
「同じく恐悦至極に存じます」
ホサカンが左足を下げ右手を上から左腰に下ろす所作をしながら挨拶すると、続けてサールナートも同じ所作を行う。アルファとベータは、隅に控えていた。
「貴方達は?」
「これは申し遅れました。ブリテント騎士王国宰相補佐のホサカンと申します。覚えて頂けましたら幸いにございます」
「Sランク冒険者のサールナートと申します」
「ホサカン様にサールナート様ですね。宜しくお願い致します」
サフィーネがカーテシーを行う。五年前よりも洗練されたな。
「アーク君、先に離宮に戻っているよ」
サールナートがそう言うと四人は、離宮の方へ向かって行く。
「アーク様、久しぶりにお会い出来た事ですし、お茶など如何ですか?」
「よろこ……」
「本気ですか!?」
俺の返事を遮るように叫ぶ身なりの良い男。
「何か?」
「こんな下賤な冒険者など」
「彼は私の命の恩人です。その発言を撤回なさい。それに冒険者がどれだけ大変かご存知あっての発言ですか?」
まあサフィーネは出会った時、記憶喪失で王族だとは知らないって体で接し、一緒に旅をしたからな。どれだけ過酷なのか分かってるのだろう。
にしてもこの男は、何故こんなに当たりがキツイのだ?
「ですが、先程お茶をされたばかりでしょう?」
「アーク様がいらっしゃるのを知り、中断したのですから再開しても宜しいでしょう?」
何かモメているな。
「………………サフィーネ様のご婚約者様です」
そっとサフィーネの専属侍女のリセアが耳打ちしてくれる。
「リセアも久しぶり。元気だった?」
「お陰様で。この命、アーク様があってのもの」
これ文字通りなんだよな。リセアは一度死んでいる。それをエーコが蘇生魔法で蘇らせたのだ。
「とにかく、貴女は高貴なるお方。平民と慣れ合うのは良くありません」
「サフィーネ王太女殿下、お気持ちは大変嬉しく存じますが、旅の疲れもありますので、今回は辞退させて頂きます」
モメてるので、俺が引こう。その方が良い。
「アーク様!」
「はい」
「そのような他人行儀な呼び方は止めて欲しいと言いましたよね? 昔のようにサフィとお呼びください」
「なっ!?」
再びサフィーネが、俺の方に寄って来て軽く睨み付けて来る。その発言に驚いて目を丸くし、直ぐに俺を睨んで来るサフィーネの婚約者。
それにしてもサフィーネが、やけに色っぽい。少し頬が赤くなっており、目が潤んでいる。
「はぁはぁ……」
それに呼吸も少し荒い。何か嫌な予感がするな。
「失礼」
「え?」
俺はサフィーネの手を取る。いきなりだったので、元々赤かった頬が更に赤くなった。
「アーク!?」
「き、貴様! サフィーネ様に触れる等!! 下賤な冒険者の分際で!!」
婚約者が煩いな。
「サフィ、体調が悪いのでは? 熱があるようだけど?」
「そうね。少し熱いわ。今日は部屋に控えようかしら」
汗がつたり胸の谷間に流れる。むっちゃエロい。
にしてもこの短時間で様子が、変わり過ぎだ。体調が悪いってだけじゃ片付けられないぞ。
「<毒解除魔法>」
「え?」
「サフィ、毒を盛られただろ?」
「あれ? なんか急に良くなりました」
俺の言葉で騒然となる。そりゃそうだろ。侍女や護衛を連れていながら毒が盛られたのだから。
「申し訳ございません。直ぐに犯人を捜します。アーク、これにて失礼しますわ」
「その必要はございません」
「それはどういう……」
サフィーネの言葉に答えず。一人の侍女の所へ行く。
「失礼ですが、その右脇のポケットに何が入っていますか?」
「えっ!?」
侍女は、目を丸くしつつもポケットから瓶を取り出す。
「失礼。<鑑定>……ただの化粧水でしたね。失礼しました」
いちいち『鑑定』とか言わなくても良いのだが、何をやってるのか分かり易くした。
続けて俺は一人の護衛の所に向かう。
「貴様は何をしている?」
「左胸の内ポケットを拝見しても?」
婚約者は無視だ。
「一体何を?」
「疑われたくなければ、そのポケットに入ってる瓶を出した方が良いですよ」
「………」
訝し気にしつつも護衛が瓶を取り出す。
「<鑑定>……ポーションですね。失礼しました」
「だから、貴様は何をしている?」
婚約者が俺の肩を掴んで来る。
「見て分かりませんか? 怪しい瓶を持ってる人に出して貰ってるだけです」
「そんな事、貴様がせんでも良いだろ!?」
「証拠隠滅の時間を与えない為でしょう。そんな事も分からないのですか?」
「なっ!? き、貴様! 誰に口に聞いてる?」
「知らないし、知りたくもない」
「誰かこの無礼者を捕らえろ」
「それは構いけど、お前も出してくれない?」
「な、何を?」
婚約者が狼狽える。思えば最初から怪しかったんだよな。さっさと俺とサフィーネを遠ざけようとしてるような感じだった。
「残念だ。もし犯人なら影響が少ない者から、声を掛けていたのだけど、やっぱりというかなんというか、お前が犯人だろ?」
「何を勝手な事を……!?」
「アーク、どういう事ですか?」
「恐らくあの毒は媚薬だ」
「び、媚薬!?」
サフィーネが驚くのも無理ない。それも婚約者に盛られたのだから尚更。
「な、何を証拠に?」
「だから瓶だって言ってるだろ。さっさとそのズボンの右ポケットに入ってるの出せ」
「か、勝手な事を言うな! 誰かコイツを捕らえろ! 処刑にしてやる」
「護衛の皆さん、聞きましたね? ズボンの右ポケットです」
はい、サフィーネのが権限が上です。何せ王太女で時期女王に決定したのだしな。護衛達が婚約者のポケットをあさろうとする。
「は、放せ! 貴様達は、俺よりこんな下賤な冒険者を信用するのか?」
「いえ、王太女殿下のご命令なので」
そうして赤い液体の入った瓶を取り出された。