EP.13 流石男爵位ですね -side 伯爵令嬢-
早朝に訪れたアツカマシイ男爵邸。
ドタバタ煩いですね。使用人達が何やら騒いでいます。叔父様も後から合流した叔母様も顔を顰めています。流石は男爵位ですね。躾ががなっていません。
この男爵邸だけは、叔母様にも来て頂いました。わたくし達は西のバルデル子爵領に行きました。その後、南東にあるこのアツカマシイ男爵領に来た訳です。
つまり最初のいたデリダルク侯爵領――正確にはデリダルク侯爵邸があるサイールの町――より、ほぼ南に位置します。遅れて出発した叔母様でも、十分合流出来ます。
尚、アツカマシイ男爵は王都で文官をしており、ほとんど邸におりません。なので男爵領を取り仕切っているのはアツカマシイ男爵夫人。ですが朝は優雅に過ごしております。
そんな貴様の都合なんか知るか!
「アンネルジュ」
「失礼致しました」
また叔父様に黒い考えが読まれていまいました。
調度品も広さも劣悪な応接室に通されて一時間掛かり、漸くアツカマシイ男爵夫人が現れました。
派手な化粧……下品です。豪奢に見せかけたドレス……貧相です。流石は男爵位ですね。
そもそも一時間も待たせて何を見た目だけ取り繕っているんですか?
「デリダルク侯爵様、侯爵夫人、それからアンネルジュ嬢。ようこそおいでくださいました」
「初めまして。ベレッタお義姉様の妹のアンネルジュです。本日はお義姉様の結婚のご相談でお伺い致しました。わたくしは、男爵夫人と面識がないので、叔父様にも着いて来て頂きました」
「そうですか。気が早いようですが結婚のお祝いですね? それにしても朝早く来られてビックリしてしまいました」
お互いニコやかに挨拶を交わします。
というか、そこまで朝早くないでしょう? たかだか朝九時です。平民の皆様は朝六時起床なんて当たり前ですけどね。優雅な生活をしているのですね。だからこの男爵領が発展しないのでしょう。
「あれ? 伝達ミスですかね? 先触れを出した筈ですけど。驚かせて申し訳ございません」
「そうでしたか」
まぁ出していませんけどね。あんなお継母様の実家なんて知りません。それと結婚のお祝いとは一言も言ってませんけどね?
そもそもわたくしが、ノットリオ様とお義姉様の事を聞いたのは三日前ですけど、もう知ってるのですね。つまり、わたくしが知る前から周知だったのですね。
「どうやらお義姉様の婚約の事をご存知のようですね」
「えぇ。本当におめでたい事です」
ピキっ!
叔父様が睨みつけます。ニコやかに話していた男爵夫人が、何か粗相してしまったかしらという感じでオロオロしています。わたくしは、笑顔のまま続けます。
「アツカマシイ男爵夫婦も賛成されているのですね」
「え? えぇ。主人もめでたいと言っておりますわ。お相手のノットリオ様も領地経営を学んでおられるとか」
「そのノットリオ様は、わたくしの元婚約者とご存知で仰ってるのですか?」
男爵夫人の顔がこわばる。
「それはアンネルジュ嬢が、この結婚に反対と仰るのですか? 賛成しているとお伺いしましたが?」
言ってませんが?
「それはいつ伺ったのですか?」
「三ヶ月程前だったと思います」
まだわたくしが学園の寮暮らしをしてる時ではありませんか。少なくてもそんな前から不貞があったのですね。
「わたくしが聞いたのは三日前ですけどね」
「え?」
「まぁそれは良いでしょう。お二人が想い合っているなら、反対は致しません。ただそれについてアツカマシイ男爵夫婦は、どうお考えなのかと思いまして」
「と、仰いますと?」
「アツカマシイ男爵家は、我がカーマイン伯爵の乗っ取りをお考えですか?」
男爵夫人が、一瞬固まり慌てて口開きます。
「一体何を根拠に? 私達は、そんな大それた事など……」
「そうですか。お義姉様が次期当主と考えて応援してるのかと」
「違うのですか? ベレッタは、カーマイン伯爵家の第一子ですよね?」
どうして勘違いしているのでしょう? あのバカは婿だというのに。
「アツカマシイ男爵夫人は、カーマイン伯爵家の現当主は誰とお考えか?」
今まで黙っていた叔父様が口を開きます。
「それはベレッタやアンネルジュ嬢のお父様ですよね?」
「いいえ、正式な当主はアンネルジュです。我が姉、アンリエッタがなくなった時点でアンネルジュに相続しております。あの男は、当主代理に過ぎません。またアンネルジュに何かあった場合は、傍系にあたる私達の子に継承権があります」
「……そうだったのですか?」
寝耳に水といったご様子ですね。
「アンネルジュを排し、私達を差し置いてベレッタを当主にと、アツカマシイ男爵家主導で乗っ取りを考えていると思いました」
「わたくしもビックリしましたわ。アンネルジュを差し置いて、そんな大それた事を考えてるのかと思いましたわ。そんな事がまかり通ったら醜聞の的ですわ」
顔色が悪くなるアツカマシイ男爵夫人に畳み掛けるように叔母様が口を開きます。叔母様は、社交界で影響力があります。そんな叔母様が、これを口にしたらアツカマシイ男爵家は、一瞬で消し飛ぶでしょう。
それが分かったからなのか男爵夫人の顔が真っ青になります。
「いいえ。我が家はその件には関係ありませんわ。そもそもベレッタもその母親も我が家に関係ありません。もう家を出た者ですから」
即座にお継母様を切り捨てました。そうしないと没落しますからね。まんまとかかりましたね。
「なら、良かったわ。ベレッタが当主に相応しくないという噂は聞いておりますでしょう?」
「え、えぇ」
やはり叔母様もあの噂をご存知のようですね。
「では、アツカマシイ男爵家は、乗っ取りを考えていないのですね?」
わたくしは、笑顔のまま念を押します。
「も、勿論です」
「でしたら、口出し無用でお願い致します。わたくしは、これはまで面識がなかったアツカマシイ男爵家に次期当主などのご意見を頂くつもりはありません!」
真顔でピシャリ言い付けます。
「……はい」
「アツカマシイ男爵家が、乗っ取りを考えていないようなので良かったです。もしそんな事を考えているようでしたら、我が侯爵家と徹底的に争わないといけなくなりました。うちの事業からも手を引いて貰わないといけなくなりましたし」
叔父様が怖い事を言います。そう叔父様が手掛けている事業にアツカマシイ男爵家も関わっております。アーク様も、そこから外す事を仄めかすというご意見を出されていましたが、仄めかしていませんよね? はっきり告げておりますね。
「では、アツカマシイ男爵家とお義姉様が無関係なら、結婚祝いのご相談するのは間違いですね。お邪魔しました」
そもそもそんな相談とは言ってませんでしたけど。
「変な気を起こさないでくださいね。もうお会い出来なくなるのは……いえ、会えなくてもどうでも良いですね。興味も無い家ですし」
「アンネルジュ、黒い考えが口に出ているぞ」
「失礼致しました」
叔父様に窘められてしまいました。
最後に見たアツカマシイ男爵夫人は、真っ白に燃え尽きているようでした。
ざまぁ!!
そんな訳で、本日は一日ゆっくりこのアツカマシイ男爵領の高級宿で休みます。
次の日、北東にある我が伯爵領を目指します。叔母様は北のご自分の邸に帰られます。今回、社交界での醜聞の的だと脅して貰う為に来て貰っただけですから。
………………………………それにしても高級宿にしては貧相な宿でした。
――――流石は男爵領ですね。