EP.09 バリストン様がキレていました
-28――――月陸歴1521年5月05日
「久しぶりだね、アーク君」
「再びお会いで来た事、光栄に存じます。バリストン様」
俺は、バリストン=デリダルク侯爵の屋敷に訪れていた。
ウルールカ女王国に来るまで、ほんと色々あった。まあそれも全てメハラハクラ王国なんだけど。あそこはマジでイベント盛り沢山だったね~。しかし、ウルールカ女王国に入ってから、ほぼスムーズに旅が出来た。
そして、サイールの町に訪れたので、此処の領主であるバリストン様に一応挨拶に伺った。最初はアポだったよ? いつお会い出来るか確認して欲しいと外の衛兵に頼んだら、直ぐに通された。
尚、俺は左胸に右手を添えて頭を垂れた。左足を下げ右手を上から左下に持って行きながら頭を垂れ挨拶するのは、上位の者に対する初対面の挨拶だ。下位貴族が上位貴族に対しても同じだな。
よって初対面ではないので、そんな大仰な挨拶はしない。だが、この応接室の三人掛けのソファーの隣に座っていたサールナートは、立ち上がりそんな大仰な挨拶をしたのだ。
「お初に目に掛かれて幸甚に存じます。私は、Sランク冒険者のサールナートと申します。以後お見知りおき頂けましたら幸いです」
えぇ~~~~~~!!!
俺の目玉が飛び出るのではないかと思う程、目を丸くしてしまったよ。だってさ、あの変なポーズをしながら芝居掛かった喋り方をしてたサールナートが、超丁寧な言い方をしてるんだよ? しかもさ所作がめっちゃ綺麗だし。俺のような付け焼刃なんかじゃないよ。
「あ~~君が【雨裏慧流】君か。噂はかねがね」
しかもバリストン様が知ってる……だと?
「ところでアーク君、ナターシャ君やエーコ君も一緒なのかね? サヤ君は……いや、失礼。何でもない」
どうやら沙耶が行方不明になったのを知っているようだ。だが、触れない方が良いと判断したのだろう。なら、こちらもそこはスルーしておくか。
「いえ、今は別行動で俺は、他の面々とギルドの依頼を受けております」
守秘義務があるので、詳しくは言えない。Bランク以上になるとこう言った面倒なのが発生する。だから王族の推薦と別の国の王族の同意が必要なのだ。
そして、その為にAランクになって来ると特権も貰える。例えば貴族に準じるとか。準男爵相当の扱いを受けたり。
で、何でサールナートも一緒かと言えば、現在の依頼の上位者だからだ。守秘義務で言えないが上位者の裁量である程度言えたりもする。また貴族等のお偉いさんが横暴な態度を取った際にBランク以下だと立場上弱いからだ。よってAランク以上の者が同行した方が、良い結果になると冒険者ギルドは考えている。
「なるほど。ちなみにここにはどれ位、滞在するのかね?」
「二日を予定しております」
こうやってすかさずサールナートが答える。
「なら、せっかくだから他の面々も呼びたまえ。この屋敷で滞在してはどうかね? それとも二人だけかね?」
「ご配慮頂きあり難き幸せ! 我々を含め九名おります」
あんた誰? マジでサールナートなの?
「ところでアーク君、君のお陰で女王陛下の覚えがめでたい」
「はい? 申し訳ございません。何の話でしょうか?」
「転移者のケン君達の事だよ」
「あ~、この国の預かりにした事ですね」
バリストン様の人柄を見てケン、眼也、静をこの国の預かりにして貰った。それを直接俺は女王陛下に言ったのだ。つまり、転移者三人がこの国の預かりになった手柄はバリストン様という事だ。
「お陰で、当家にローズマリー王女殿下が臣籍降嫁してくださる事が内々に決まりそうだ」
「………………」
「ん? 突然何だね? 何故私を蔑みの目で見て来る?」
いや、だってね。ローズマリーって第二王女だろ? 確か当時十歳にも満たない感じだった。今も成人の十五行ってないだろ? で、バリストン様は四十代くらいに見える。
犯罪臭がプンプンなんですが?
「……失礼ながら、年齢に随分差があるようなので………………」
「うん? 私ではない。何を言ってるのだね? 当家と言ったが、息子の事だ」
バリストン様が慌てたように言う。
「そうでしたか。それは失礼致しました」
「まぁ良い。私は言い方が悪かった」
「ところでバリストン様、何故かお疲れのご様子ですが何かありましたか?」
この応接室にバリストン様がやって来た時から感じていたが、少しやつれた顔をしている気がする。
「ちょっとね。今、姪が来ているのだが、問題があっただけさ」
ふ~と溜息を吐く。
「姪……失礼、ご令姪様ですか?」
目上の人に対しては、確か『ご令姪様』が正しい言い方だったな。
「良ければ少し相談に乗ってくれないか? 出来れば君を少しの間、雇いたいくらいだ」
「申し訳ございません。二重依頼は出来かねます」
規約違反です。
「分かっている。まぁそれだけ面倒な事になってるというだけだ」
「お貴族様の事なので、俺に理解出来るか分かりかねますが、お話しをお伺いする事でしたら」
「あぁ、それで構わない」
「あの……横から失礼致します。発言を宜しいでしょうか?」
サールナートが自分を主張するかのように手を挙げる。
「なんだね?」
「仮にアーク君に依頼するとして、その依頼は何日くらいで遂行出来るものなのでしょう?」
「そうだな……一週間前後と言ったところだろうか」
「左様ですか。でしたら、どうぞアーク君を使って下さい」
「え?」
「本当かね?」
何言ってるの? 良いの? 冒険者ギルドの規約は?
「はい。ただ一つお願いしたき事がございます」
「何だね?」
「我々は、女王陛下に謁見する予定でございます。ですので、良ければ王都に到着次第、謁見出来るように取り計らって頂けないでしょうか?」
なるほど。メハラハクラ王国で、十五日も待たされたからな。そこまで酷くないにしろ待たされると予想したのだろう。
ただね、俺の自惚れじゃなければ、恐らく直ぐ謁見出来ると思うのだけど? 何せこの国が一番俺と知己に感じている筈だから。
「そんな事かね? 取り計らっても構わないが、アーク君なら即座に謁見出来そうだけどな」
あ、自惚れじゃなかった。
「はい。では是非にお願い致します」
「承知した」
「では、私は他の面々をこちらの屋敷に呼びますね。アーク君にご相談なら私がいない方が良いでしょうから」
「うむ。部屋を用意するように伝えよう。九人だったね?」
その後、執事が呼ばれ部屋を用意するように命じる。
態々サールナートが、相談し易いように気を回したようだ。
………………と、そう思っていた。
だが、後から聞いたが事実は違った。のんびりこの屋敷で滞在する為だ。冒険者達は安宿にもある程度慣れており、こんな屋敷で英気を養わなくても多少は平気なのだが、ホサカンは違う。
彼は歴とした貴族だ。旅だって慣れていない。お陰でここまで来るのに少し時間が掛かってしまった。しかも多少は高級宿に泊まっているのに徐々に疲れが見え始めていたのだ。
勿論、仕事なので文句一つ言わないし、『疲れた』等も口にしない。それでも目に見えて疲弊していたので、サールナートは、ここで確り休ませる事にしたのだ。
化かし合いをしてた訳だな………………こわっ!!
「実はね、姪が家を飛び出して来たのだよ」
バリストン様が姪について説明を始める。
「理由を聞いたら、婚約者を義姉に取られたとか」
「NTR!?」
「ん? なんだね? NTRとは?」
「いえ、失礼しました。続けてください」
「義姉は、その婚約者と結婚して爵位を継げと両親に言われたらしい。だが、爵位を継げるのは、私の姪となっている」
「え!? 女性当主は有りなのですか?」
普通、男が継ぐものでしょう? 婚約者がいるなら、その者が入婿してから、その人が継ぐものじゃないのか?
「ん? あぁ~この国は女性君主制だからね。それは問題ない」
「そうでしたか」
確かに、トップが女王だしな。
「そもそもエーコ君とサヤ君は、名誉伯爵当主だろ?」
「名誉?」
「一代限り爵位だが、知らなかったのか?」
「はい。当主にして頂いたのは伺っております」
名誉だったの? この名誉って言葉通りの名誉ではなく一代限りの名誉って制度だったようだけど。
「他の貴族が納得しなかったんだよ。ポっと出の平民に爵位を与えるなんて、と。実際は転移者なので誉れ高き英雄候補なのだけど、君達見た目が黒髪黒目ではないから、言っても信用されないんだよ」
「なるほど」
どうやら、バリストン様にも俺達の事情が伝わってるようだ。前にお会いした際にその説明をしなかったしな。まあ沙耶だけなら信用度があったかもしれないが、俺を含め他の面々の髪と目の色から、転移者と言っても信用されないだろう。
「それに君達は、何か大きな目的があるのだろう? それが終われば爵位なんていらない筈だ。だから名誉にした方がお互い都合が良いと女王陛下は、判断されたのさ」
女王陛下の采配は目を見張るものがあるな。そういう裏事情があったのか。
「話が反れたね」
「あ、申し訳ございません」
「いや、良い。アーク君は、爵位を継げるのは直系だけというのは分かるかね?」
「はい。通常は直系のみ。但しなんらかの理由で血が途絶えた場合は、傍系が爵位を継げるという感じでしょうか?」
「そうだね。前も思ったが君は聡明だ。転移者と聞けば頷ける」
「お褒め頂き光栄に存じます」
まあ昔に王侯貴族制度があったと義務教育の歴史の授業で習うしな。
「それで、私の姪は直系だが義姉は傍系ですらない。よって爵位は継げない。なのに何をトチ狂ったのか姪の父は、義姉に爵位を継がせるとか。貴様にそれを決める権限はないというのに!!」
バーンっ!! とテーブルを殴る。
バリストン様、相当憤慨していますなぁ。通りで少しやつれている訳だ。たぶんついさっきまで、姪から事情を聞いていたのだろう。それで散々ブチ切れて、再び怒りがぶり返したという事かな。
「失礼。取り乱してしまった」
「いえ。仰る通りご令姪様の父親は、何を考えているのでしょうね?」
「全くだ!」
フツフツとまだ憤慨してるようだ。