EP.08 ノアと再会しました
-35――――月陸歴1521年4月28日
ノアは、商人一家を庇うように戦っていた。商人一家は、父親らしき者と母親らしき者と五歳くらいの娘。三人抱き合って震えながらノアを見守る。良く見ると両親は、傷を負っている。
護衛らしき者達は、四人いたが全員倒れていた。ピクリとも動かない事から死んでいるのだろう。
ちなみに何故俺が状況を理解出来たかと言えば神獣使役によるもの。神獣使役を習得した事で、ファーレと思念伝達が出来るようになっただけではなく感覚共有も可能になった。今は目と耳を借りて俯瞰している。
魔獣達は、本能でノアが強いと悟っているのか、商人一家を狙う。お陰でノアは、戦い辛そうだ。それと気になるのが、お得意の魔眼を使用していない。
《ファーレ、ノアに声を掛けて、拒否しないようなら助けてやってくれないか?》
《承知しました》
「手を貸すか?」
「………………っ!?」
ノアは、ファーレを見た瞬間目が鋭くなる。今まで魔獣に向けてた警戒以上にファーレを警戒した。
「ぬ!?」
ファーレの動きが一瞬止まる。魔眼を使ったようだ。
「<水大砲魔法>」
ファーレの弱点である水魔法を唱えノアの持つ宝石剣の先から、水が勢い良くファーレに向かう。
「待つのだ!」
寸前のとこで躱す。
「あ……」
ノアの掠れた声が零れる。
ノアがファーレに意識が向いた隙に魔獣……オーク達が商人一家の下に向かう。
だが、それを燃える羽を飛ばし妨害するファーレ。
「もう一度問おう。手を貸すか?」
「……お願い」
ノアはチラっと商人一家を見てファーレに頼む。なんか俺とノアが出会った未開の地の事を思い出すな。あの時もノアは、後ろにいる者を庇いながら戦っていた。一人で十分なのだが、後ろにいる者を考え苦渋の選択で手を借りてた。
「承知。<炎槍魔法>」
ファーレが参加した事で、言うまでもなくあっけなくオークは全滅した。そもそも十数体だけだったしな。
「助かったわ。ありがとう」
ファーレに微笑む。鈴を転がしたような音が響いた。沙耶と全学園交流試合での会話でも思ったが、それだけ綺麗な声音だ。………………なのにゾワリとほんの少し不快に感じた。
「久しいな、ノアよ」
「え?」
ノアが瞬いた。
「……私と会った事ある?」
「当時の妾は、幼年期だったからな。分からないのも無理無い」
「何時の話?」
「五年くらい前かのぉ。主上と共に会った」
「……主上?」
「終わったの……鳥さんは、イジメない?」
商会の娘が舌足らず声で、二人の会話が中断する。
「大丈夫だ、女童。妾はイジメぬ」
「良かった……お姉ちゃんありがとう」
安心した娘は、小走りにノアの所へ行き足に抱き着く。
「……たまたま通り掛かっただけよ。それより治療」
ノアは娘をそっと離し親の下へ向かう。
「<超回復魔法>」
「「あ、ありがとうございます」」
「なら、妾も手伝うかの。<超回復魔法>」
ファーレは、護衛の一人に回復魔法を使う。どうやら一人だけ生きていたようだ。
そうして俺達の馬車が到着する。
「よ! 久しぶり、ノア」
「……アーク」
にしても今は十八歳くらいか?
「随分大きくなったな」
「あれから五年は経ってるもの」
相変わらず、抑揚のない平坦な喋り方だ。
というかお山の方は小さいな。キアラ達と良い勝負
「………………どこ見てるの?」
蔑みの目で見られた。
「五年……」
その後、何を思ったのかノアはポツリ呟く。
「あれ?」
そう言って今度は、ファーレと俺を交互に見る。
ちなみにだが、俺以外の面々は商人一家に温かい飲み物を用意したり、護衛を丁重に埋葬したりしていた。
「もしかして……」
「そう……俺が主上。ファーレに助けてやれって言ったんだよ」
「そうなのね」
「にしても何故魔眼を使っていなかったんだ?」
俺は、右目と違い茶の左目を見詰める。
「……怖がられたのよ」
「え?」
「見ただけで殺していまうのよ?」
「なるほど」
それは耐性がない者からすれば怖がられるな。見ただけで殺せる……なら、見られたくないってなるだろうな。
「でも、ファーレには使ったよな?」
「……全力でやらないと勝てないと思ったのよ」
相手との実力差も分かるのか。当然か。ノアは、かなり強いしな。真に強い者は、ある程度相手の力量を測れるものだし。
「魔眼で思い出したが、沙耶が初めて参加した全学園交流試合での決勝戦で、相手テイマーの従魔も殺さなかったよな? ルール上問題ないのに」
「え? えぇ。そんな事もあったわね」
「優しいんだな」
今回といい、その時の試合といい。
「……そんな事ないわよ」
そっと目を伏せる。そこに哀愁の念を感じた。
「………………………………ただの自己満足よ」
ポツリ呟く。
「それより、五年前はごめんなさい。態度悪くしてしまって」
哀愁の念を振り払うかのように話題を変えて来た。
「いや、良い。それに沙耶に聞いた」
「……そう。そう言えば彼女……沙耶さんって転移者?」
「ん? そうだ。そういうノアも?」
「えぇ」
「良く貴族の学園に行けたな。貴族に拾われたのか?」
「そうよ。いきなり転移して、右も左も分からない時に助けて貰って……養女にして貰えた」
そこに感謝よりも何か申し訳なさを感じてるように思えた。
「そう言えば、こんなとこで何してたんだ?」
「旅よ」
「旅?」
「……世界を見て回りたいの」
「良く親が許したな。この場合、義理の両親ってなるのだろうけど」
「説得したから。一ヶ月に一度手紙を送る事を条件にね」
「随分良い親に拾われたな。正直あの国は、良いイメージがない。転移者も利用してやろうって気がしてならないんだよな」
なのに養女にして貴族の学園に通わせた。その後も手紙を送ってくれとか、心配してるように思える。
「そうね……あの国の大半の者には辟易するわ」
一層感情を感じさせないように呟く。それじゃなくても元々表情も喋り方も平坦で、感情を感じないのに。それだけスイースレン公国に良い思い出はないのかもしれない。
「あ! そう言えば、あれから沙耶に会った?」
「……卒業から?」
「そう」
「無いわ」
「沙耶の奴、五年生の野外演習で行方不明なったんだよ」
「えっ!?」
ノアが目を丸くする。
「タイタンオーガとか現れてな」
「…………それは相手が悪いわ」
「ノアでも勝てない?」
「今ならともかく、当時だったら勝てない事はないけど………………無傷ではないわね」
「沙耶は倒したは良いけど、たぶん相打ちだったんだよ。で、その後は行方不明」
「……そうなのね」
なんて言って良いのか分からないって感じで目を逸らす。
「でさ、旅をしているなら、もし見つけたら連絡してくれない?」
なので、俺は努めて明るく振舞う。
「良いけど……何処に?」
「ウルールカ女王国のダレスの町にある『食事処 アサシンズ』に手紙を出してくれれば、俺に連絡が来る」
「そう……分かったわ」
そう答えるとジーっと俺を見詰めて来た。何だろう? と首を傾げる。
「ん?」
「そんなに心配なの? もしかして恋人とか?」
「あ~違う違う。沙耶にはやって欲しい事があったから、ウルールカ女王国の王家に頼んで貴族にして貰ったんだよ」
「でも学園は、スイースレン公国よね?」
「留学生って体で、書類を作って貰った」
「なるほどね」
「って訳で、俺にも責任があるって訳」
「……そう」
にしても感情の振れ幅が狭いな。マジで抑揚なく喋るし平坦だ。
ふと、周りを見ると護衛の生き残りが目を覚ましていた。商人一家も移動する準備を終えている。
「ところで、ノアはこれから何処に行くんだ?」
「……護衛の人数が減ったようだし、とりあえず彼らを護衛して町まで行くわ」
「分かった。じゃまた機会があったら会おうな」
「えぇ」
こうして俺は商人一家とノアと別れた。
………………………………あ! 鑑定し忘れてた。どうもノアって引っ掛かるんだよな。