EP.15 アガースラとの交流 -side Norn-
本当に客人と持て成して貰えた。
まず部屋と服を与えられた。部屋はベッドとテーブルと椅子が二つだけがある簡易のもの
それから続けて確り食事も貰えた。それも魔王手ずから運んでる来る。それも三食。
最初の頃は、全てを諦めていたので何も考えられなかったが、三日も経てば他の事にも思考を回せる。
「少しやつれたな。確り食え」
魔王はそう言い食事を置く。野菜スープのようだ。
魔王の種族は黒魔族だーね。金髪の金目で、なかなかの美丈夫。背中まである髪を首の後ろで結っている。耳の上から生えた角は、途中で曲がり真っ直ぐ上に伸びていた。真っ白で綺麗な角で40cmくらいある。
「ではな」
それだけ言い部屋から出て行く。
此処に来てから、魔王が何かを話していたが、全く聞いていなかった。今は漸く頭に入って来たという感じだーね。
そして野菜スープ……不味い。というよりただ茹でただけで味がしない。当然だろう。魔王国には調味料がないのだーから。
「最近は確り食っているようだな」
そう言っていつものように食事を置いて行く。今日は魔獣焼き。どうせ調味料がなく臭みが酷いものだろう。だけど、無いよりはマシだーね。
「ではな」
「……を……ーの」
「何か言ったか?」
一週間経って漸くワタシは口を開いた。久々に喋るせいか上手く言葉に出来なかった。
「……何故、ワタシ……を助けたーの?」
「言ったであろう? 戦意無き者と戦うのは主義に反する」
「……そう」
「ではな」
魔王が部屋を出て行く。
「変わりないか?」
また次の食事の時に魔王手ずから持って来て、食事を置いて行く。
「戦意無いとか有るとか、魔族は関係ないんじゃなーい? 人類種を絶滅しようとしてるねーえ」
「今日はいつもより喋るな」
そう言うと黙考を始める。
「そうだな……余の考えが魔族の総意という訳ではない」
「なら何故ワタシ達の領域に攻めるような指示をだーすの?」
「余は出していない。ただ好きにさせているだけだ」
「同じだーね」
「……人類側からすればそうだな」
それだけ言うとまた部屋から出て行く。背中が少し寂しそうに見えた。
魔王が指示を出していない、か。ワタシ達が思っていたのとは少し違うのかーもね。
次の食事の時にワタシは引き留めた。もしかしたら、ワタシ達は重大な勘違いをしていたのかもしれない。
「待って欲しいねーえ」
「何だ?」
「魔王は忙しいーの?」
「人類側が攻めて来なければ暇だな」
「なら、少し話さなーい?」
「良かろう」
そう言って魔王が目の前の椅子に座る。
「だいぶ目に生気が宿って来たな」
「お陰様でねーえ」
「ならばいつでも出て行って良いぞ。案内人も付ける」
真意が見えないねーえ。何故そこまでするのか。
「さっさと出て行って欲しいわーけね」
「いや、居たいなら居れば良い」
「何故毎回魔王自ら食事を持って来ーるの? 部下に任せれば良いじゃなーい?」
「なるべく奴らの意思を曲げたくない。中にはノルンを殺せと言う者もいるからな」
「魔王が客人として持て成すと言ったーのに?」
「それでもノルンを目の前にすれば、憎しみから手を出すかもしれない。余はそれを止めろとは言いたくない」
「貴方には憎しみないのかーい?」
「……人類側にはないな」
金目が揺れる。何か含みのある言い方だーね。
「そうなんだーね」
「ではな」
もう話は終わったと判断したのだろう。魔王は立ち上がり部屋を出て行った。やはりあの背中は寂しそうだ。何故かそう思った。
「魔王も食事を摂ってるのかーい?」
「ああ」
次に食事を持って来た時に聞いてみた。
「なら、次から一緒に摂らないかーね?」
「……本気で言ってるのか?」
金目を丸くし正気を疑うような声音だ。
「本気だーね」
「良かろう。次回は余の分も持って来よう」
そう言って部屋を出て行く。
何故そんな事を言ったのか自分でも不思議に思った。ただあの寂しそうな背中が気になった。
「美味しいかーね?」
「味など気にした事ないな」
本当に自分の分を持って来て食べ始めた。今日のメニューは味無し野菜スープだ。
「ノルンはどうだ?」
「正直に言えば不味いねーえ」
「ふむ……調理に問題があるのか?」
「調味料だーね」
「何だそれは?」
調味料の存在を知らないのだーね。人類側から帰って来た魔族もいるだろうに。そう言った報告を受けていないのかーね?
「簡単に言えば味を付ける粉だーね」
「ほー。人類側では当たり前にあるのか?」
他愛も無い話をするようになった。それでも時には実になる話もある。
「余は、人類側の領地に興味はない。下の魔族は別だがな」
「下から、攻め込めとせっつかれないのかーね?」
「あるが、余自ら動く気になれん」
「魔王は、実りある大地に住まう人類側に負の感情はないのかーい?」
「……無いな」
哀愁纏う声音で吐き出す。最初の頃に背を見せた時に感じた寂しさがあるように思う。前に『人類側には憎しみはない』と言っていた。あの含みのある言い方が気になる。
「ノルンは、魔王はただ人類側に狩られる為にいる装置だという事を知っているか?」
「………」
知らない。聞いた事がないねーえ。
「ただ人類側が一丸とさせる為に生まれ……そして、殺される為だけの存在。それが魔王だ」
「えっ!?」
ワタシは目を剥いてしまった。そんな事に為に存在している? 誰がそんな事を? いや、決まっている。そんなの分かり切っていた。
「余が許せないのは、そのような装置にした神だ」
「……アガースラ」
「ふっ……やっと呼んでくれたな」
魔王……いや、アガースラがニヤリと笑う。たったそれだけの事なのに頬が熱くなるのを感じる。
「誰もが余を魔王という装置にし、誰もそう呼ばぬ」
「アガースラ、人類側に憎しみはなーい。ライラとも真正面から戦ったーあ。敗者でも丁重に葬ったーあ」
「ああ」
「戦意が無くなったワタシを持て成してくれていーる」
「………」
「なのに何故、アガースラが自らアラタを殺したのかーね? あの四魔将と呼ばれている黒魔族二人で十分アラタを殺せたーね。違ーう?」
あの戦いで、それだけが引かかっていた。
「あの若者か……確かに四魔将二人に殺されたであろうな。実力は拮抗していたが、間違いなくあの者は、勢いがなくなったであろう」
「なら、何故だーい?」
「余なりの慈悲だ」
「慈悲?」
「あの者は、聖属性の力を出した」
飛剣神聖だーね。
「あれはMPを食うものだ。あの者は、間違いなく最後は苦しみながら死んでいたであろう」
MP……すなわち精神。MPを一気に消費すれば精神が疲れる。ワタシも経験があーるね。そうなるとフラフラになり、立ってるのも辛くなる。だからアガースラは、そうなる前に楽にしたんだーね。
こうしてワタシは、アガースラへのわだかまりは消えた。確かに仲間は、全員殺された。だけど、殺そうとするからには、そうされる覚悟があって然るべきだーよね。
それにアガースラは、言わば正当防衛のようなもので、自ら戦いを挑んだのではない。それにある種の経緯を持って戦っていた。特にライラに対してそうだーね。
こうしてワタシは、もっと魔王アガースラを知りたいと思い、暫くここに留まった。そうして十年アガースラと共にいた。
朝、目覚めると隣にはアガースラがいる。アガースラも丁度目が覚め金目の双眸がワタシを捉えた。
「おはよーお、アガースラ」
「ああ……ノルン」
ワタシ達は、朝から抱き合った。不老のワタシが誰か想うようになるとは思わなかったねーえ。
「アガースラ」
「ノルン」
ふと、アガースラのワタシの背中に回した手が緩む。
「来たのだーね」
「……ああ」
この十年で知ったが、魔王は一定領域内の侵入者を感知出来る。それもバイアーラ魔王国全域だーね。今までにこういう事が度々あった。つまり、ワタシ達が攻めて来たのも全てお見通しだった訳だーね。
ただ今回は、何故かアガースラの表情が硬い。
「ノルン……お別れだ」
「えっ!?」
「余と共にいてくれた事、大義で……いや、感謝する」
「……アガースラ、何を言ってるのだーい?」
「此度の戦……余では勝てぬ」
そうしてワタシだけを逃がす為に動き出す。その為に必要なハルピュイアを呼び出す。頭から胸まで、人型の女。下半身が鳥で、手にあたる部分が羽根の稀有な魔族だ。
「お呼びですか? 魔王様」
「ノルンをキアーラ海王国まで運べ。危害を加える事は許さぬ」
「はっ!」
命じるのを嫌うアガースラが、『称号 魔王』により命じた。それだけ本気でワタシを逃がそうとしてくれているのだーね。
「……アガースラも一緒に」
泣きそうなのを堪え、何とか絞り出す。
「ノルンも知っているであろう? 余は行けぬ」
魔王の目尻が下がり悲しそうに呟く。それだけワタシを想ってくれているのが分かる。それが嬉しいと思うと同時にそれ以上に悲しい。次に思ったのが神への恨みだ。神が魔王を変な装置にしなければ一緒に居られたのーに。
「ノルン!」
アガースラが強くワタシを抱き締める。
「済まぬ……済まぬ」
それだけを絞り出す。
「アガースラ、アガースラ……」
それからワタシから離れる。
「其方は生きろ」
金目で確りワタシを見詰め言葉を繋ぐ。
こうしてワタシだけが生き残りヴェネツィア山脈を越え、キアーラ海王国……祖国に帰って来た。
それから直ぐに妊娠してる事に気付く。
「<鑑定>」
お腹が大きくなった段階で、嫌な予感がしたので、鑑定をしてお腹の中の赤ちゃんを調べた。
「……やっぱり」
それが的中し、忸怩たる思いで時を止める魔道具を用意し、生まれたワタシとアガースラの子をそれに入れて眠らせた……。
――――願わくばこの子が健やかに育てられる時代が来ますように。