EP.33 エピローグ
執務をしていた女王の執務室にノックが響く。
「入れ」
「失礼します」
入室して来たのは宰相だ。
「何じゃ?」
「スイースレン公国の総合学園の学園長より、伝心が来ております。如何しますか?」
「あれから十日経つというのに今更じゃな。一体どのような言い訳をするのやらな」
女王は嘆息した。
「仰る通りです」
「それで何て言って来ておる?」
「『貴国より留学されたサヤ殿について話がある』と。担当の者に代わると伝えてあります」
「うむ。なら、妾自ら相手をしよう」
「はっ!」
宰相は再び執務室の扉を開け、またせていた部下を入室させる。部下は伝心魔道具を持っており、部屋での会話を伝心先に聞こえないように、執務室の外で待機していたのだ。
「こちらです」
部下は恭しく伝心魔道具を女王に渡す。
「エルザニーネ=ティセール=ウルールカじゃ」
たった名乗っただけで、大気が震える……そんな錯覚した。
『は? ……え?』
伝心先で戸惑い声が漏れる。
「現女王であるエルザニーネじゃが何じゃ?」
『……女王自ら?』
伝心先で掠れたような声で呟く。
「まずは名乗らぬか」
『失礼致しました、女王陛下。私はスイースレン総合学園の学園長をしております。アルマリク=ラリックでございます。女王陛下御自らと思わず、驚きました』
「それで、なんじゃ? サヤについてじゃったな?」
『はい。貴国より留学されておりましたササヤマ殿についてお話しておきましょうと伝心させて頂きました。後に改めて書面にてお送りするつもりです』
この世界において国通しにやり取りは、重要度によるが、高い場合は伝心で端的に知らせ、その後に書面を送るというものだ。
勿論同じ国内でも、重要度の高い案件は先に伝心で一報入れるものである。アークが王女サフィーネを保護したとバリストン侯爵に知らせたい際に、バリストン侯爵は極めて重要度の高いものと判断し、先に王宮に伝心した。
「うむ」
『我が国で実施している実習訓練の際にササヤマ殿は、失踪しました。迷子の可能性もあると判断した我々は捜索しましたが、見つけられず、失踪という判断になりました』
「いくらなんでも無理があるではないのか?」
『は?』
女王は呆れた。それはもう心底呆れた。十日もあって、その程度の言い訳しか出来なかったのか、と。
「何故、実習訓練中に失踪するのじゃ?」
『……ササヤマ殿は、毎年全学園交流試合に出場しておりました。その為に目立ってしまったのでしょう。学園内で辟易としていたという報告を受けております』
「ならば何故野外実習中なのじゃ? それこそいつでも失踪は出来たのではないのか?」
『そこまでは……』
「虚言を申すでないぞ」
怒りすら覚えたが、女王は理性的に言葉を返す。
『そのような事はありません』
「他の生徒らを逃がす為に単身、魔獣を引き受けたと報告を受けておるぞ」
『……どうしてそれを』
あっさりボロを出し尚更呆れてしまう。
「当然であろう。それだけ我が国では重要人物なのじゃから」
『えっ!? たかだか伯爵令嬢が?』
「伯爵令嬢? 何を言っておる?」
『失礼致しました。女王国だけはあり、女性も大事にされているのでしたね』
皮肉を言われたようで、再び怒りがぶり返すが、それを抑え込む。
「そうではない。サヤは伯爵当主ぞ」
『は?』
「あやつは、自ら功績を立て妾自ら伯爵としたのじゃ」
『馬鹿な!』
女性蔑視しているスイースレン公国の常識で考えれば、どんな功績があろうが貴族にする事はない。それ故に驚く学園長。
そもそもの話、留学の際の書類に『伯爵』と記載があるのだが、あまり深く考えなかったのだ。『伯爵家の娘』と、本来なら書くべきなのだろうが、記載漏れか大きく見せたかっただけなのだろうと判断され処理されていた。
「事実じゃ」
『………』
「ところでライオスは、どうしておるのじゃ?」
『は? 何故あのような者まで気になさるのですか?』
「当然であろう。あの者は、我が国の孤児院にいた者じゃぞ」
『……いや、しかし平民など、女王御自ら気にする事ではないのではないでしょうか?』
「平民? まぁそうじゃな。のぉ学園長……あやつを学園に入れるのに筋を通したか?」
『は? 筋……とは?』
心底分からないという態度に、女王はスイースレン公国は国としてダメだと、もうほどほど見切りを付けていた。
「身元引受人じゃよ。あやつの身元引受人に直接許可を取って学園に入れたのかと聞いておるのじゃ」
『身元引受人? 所詮平民でしょう? 何を仰っているのですか?』
「そうじゃな。身元引受人も平民じゃ。じゃが、我が国では最重要人物じゃ」
『はい?』
「我が国だけではない。レオン獣王国、ジパーング聖王国、アルーク教国、ブリテント騎士王国の四国も、一目を置いておる」
『なにを……』
「分からなぬか? 下手すると我が国を含め五ヶ国を敵に回すつもりなのか、と言っておるのじゃ」
『そんな……』
掠れたような声を絞り出す学園長。まさか平民の身元引受人の存在が、そんな大きなものだと思わなかったのだろう。
「まぁ良い。もう一度聞くのじゃ。ライオスは、どうしておる?」
『………………野外実習中にクリースティアラ公女殿下を危険に晒し、逃亡を計りました』
「もう一度言うのじゃ。虚言を申すのではない」
『事実です』
「ふむ。では、何故そのような事に?」
『野外実習の際に魔獣に囲まれ、混乱の中にありました故』
「あやつとサヤだけだった筈じゃがな? 魔獣に囲まれたのに真っ先に気付き対応したのは。それなのにどうして混乱に陥るのじゃ?」
『何を根拠に……』
「何度も言わせるでない。我が国の重要人物であるサヤを留学させておるのじゃ。状況把握くらいしておる。尚且つ最重要人物が目に掛けておるライオスがおるのじゃぞ」
『ですが、ライオスが逃亡したのは事実でございます』
「先程から、貴様が言っておるじゃろう。平民、平民と」
女王は嘲り混じりに言う。
『それが?』
「立場弱き者が、冤罪を吹っ掛ける話を聞いていたのじゃ。逃げて当然じゃろう? その程度も分からぬで、良く学園長などをやっておるのぉ」
何より平民を家畜のように扱っているスイースレン公国の考えに賛同出来ぬと言外に含める。
『くっ!』
学園長が歯噛みするような音が響く。
「のぉ学園長よ。貴国でサヤを逃亡者に、ライオスを犯罪者と処理するのは勝手じゃ。じゃが妾をたばかるでないぞ」
『そんなつもりは……』
「運が良いのぉ。ライオスの身元引受人は、何もしなくて良いと言っておったぞ。下手すれば戦争だったのにじゃ。貴国は、長年ジャアーク王国と争ってるようじゃが、そこに五ヶ国が加わるとどうなるか……」
『………』
「あやつが何もしなくて良いと言うのでな。妾もそのつもりじゃった。じゃが、妾をたばかったのじゃ。それ相応の報いを受けて貰うのじゃ」
『何を……』
「我が国との国交を断絶させる。そのように公王に書面で送るのじゃ」
『お待ちを!』
それはスイースレン公国には厳しいものだった。長年ジャアーク王国と争っているが故に他国との交流が命綱にもなっているのだから。ましてや小国なので尚更。
しかし、無慈悲にも女王は伝心を切って話を終わらせた。
「……もっとマシな虚言は申せなかったのじゃろうか」
女王は嘆息した。
「サヤ殿は逃亡者で、ライオス殿は犯罪者……ですか」
宰相が伝心魔道具を女王から受け取りながら、呆れたように言う。
「そう言っておったのぉ」
「アーク殿が寛大な方で、あちらは助かりましたな」
「そうじゃな。まさか我が国を出てから、一年もしないうちに四国と知己を結ぶとはおもわなんだ」
「流石は女王陛下でございます。そんなアーク殿に五年前に色々配慮されておられましたし」
「世事は良い」
「失礼しました」
そう言って宰相は頭を垂れ、退室した。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「は~~~~」
スイースレン総合学園の学園長室にいた学園長は大きく溜息を吐いて天を仰いだ。
「如何したか?」
学園長室には、ハンネルの父であり、現当主のアルビソン公爵がいた。ハンネルより深い紫の髪に緑の目をした者だ。
それと顔を青くしたハンネルが。
「ウルールカ女王国、レオン獣王国、ジパーング聖王国、アルーク教国、ブリテント騎士王国の五ヶ国を敵に回すのかと脅されました」
「は?」
「あのライオスとか言う平民の身元引受人は、余程の重要人物だったらしいです」
「馬鹿な! あの下民が!?」
ハンネルが叫ぶ。
「黙れ!」
それを父が一喝。
「ライオスを入学させる際に身元引受人に確認を取らなかったのが、お気に召さなかったらしいです」
「あの者は家名を名乗らなかったと聞く。なら身元引受人も平民」
「ああ、そうですな。ですが、その平民が一体何をしたのか、五ヶ国から一目置かれてるとか」
「馬鹿馬鹿しい」
「それにサヤは、自ら功績を立てウルールカ女王国の女王に認められ伯爵になった当主でした」
「馬鹿なっ! あの国は一体何を考えておるのだ?」
「私もそう思います」
スイースレン公国での常識では考えられない事なので、理解出来ないのだ。
「それ故にサヤとライオスの動向を全て知っていました。我々で考えた筋書きを虚言だと言われ、国交断絶すると言われました」
「なんと……」
アルビソン公爵は苦虫を嚙み潰したような顔した。その後、ハンネルを睨み付ける。
「クソ! 貴様がもう少し確りしていれば……」
「ですが、父上……」
「煩い!」
ハンネルを庇う為に、自分達に都合の良い筋書きを作っていたのだが、それが裏目に出てしまう。
筋書きを作る際にも、ハンネルは散々怒鳴られていた。
「ですが、シュバイツァー公爵派に隙を与えない為に、これが最善だった筈です」
「うむ。確かにな。この愚息の為に面倒な事になりそうだ」
「公王がどちらに付くか問題ですな」
「国交断絶されては、我々が不利だ」
アルビソン公爵は顔を顰めた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「は~~」
「大丈夫ー?」
学園内でのルリシアの部屋で、ルリシアが溜息を吐く。それをエーコが心配そうに見詰める。
「ごめんなさい。辛いのは貴女も一緒よね」
「そうだねー。ライ君が可哀想だよー」
「そうね。私もなんとかならないか掛け合ってみたけど、相手にもされなかったわ」
「ライ君が魔獣相手に慌てふためくなんてー、あり得ないよねー」
「そうよ」
ルリシアは、憤慨し眉を吊り上げる。何せルリシアは、五年間ずっとライオスを見守って来たのだから。
立場があるせいで、ライオスの側に完全に立つ事が出来なかったが、それでも浮いてるという点で、他人事とは思えなかった。なにせ彼女はハーフエルフ。この国では差別の対象だ。
ルリシアは、やがて目尻を下げ……、
「それにサヤも……」
「たぶん大丈夫だよー。死体があった訳じゃないからー」
野外実習では、不足の事態が起きまくり、避難が先だった。その後、沙耶の捜索が行われる。
エーコもMPが枯渇しており、直ぐに駆け付けられなかった。
それにクーデリアが急激にMPをローゼインに取られフラフラになっていたのだ。ローゼインも慣れて来ていたとは言え、それになりにフラ付いていた。そんな二人を置いて行く事も出来なかった。
結果、真っ先に沙耶が戦った現場に辿り着いたのはアークだ。そこには沙耶の武器とタイタンオーガの死体しかなかった。
ただ、崖があり、そこに何か滑り落ちた痕跡があったので、下に落ちたのだろう事は、判断出来た。アークは、暫く崖下を探したが沙耶を見付けられなかった。
しかも沙耶は闘気が枯渇していたので、闘気から追跡する事も出来ない結果に終わってしまう。
「そうね。信じましょう」
「だねー」
「エーコは、良いのですか?」
「え?」
何の事だろう? と、エーコは小首を傾げる。
「エーコとサヤが、この学園に来たのはライオスの為だったのでしょう?」
「うん」
「辞めちゃうの? エーコもいなくなったら、寂しくなるわ」
「辞めないよー」
「そう……なの?」
ルリシアは、目を丸くする。
「ライ君の身元引受人ってー、わたしの家族なんだよねー」
「そう……だったの?」
「それでー過保護というかー、せっかくの学園生活なのだからー、残り一年ちょっと楽しめってー」
アークは、『学園は楽しいか?』と、エーコに尋ねた。エーコが楽しいと答えると、貴重な経験だし最後まで楽しめと言ってくれた。
勿論それだけではない。アルノワールが暗躍していた。五年前もスイースレン公国近くで、コソコソしていた。スイースレン公国には、何かあるのだろうと判断したのだ。
だから、エーコに残って貰い調べられるなら調べて欲しいと思った。尤もエーコがつまらないと答えていたら、さっさと辞めさせるつもりだったが。
「では、まだ一緒にいられるね」
フっと微笑むルリシア。
「だねー」
エーコも笑う。
「エーコだけは、ちゃんと卒業するの楽しみにしてるわ」
「うん!」
こうしてエーコはスイースレン公国に残る事になった。
しかし、ライオスは無実の汚名を着せられ逃亡してしまう。しかも、草を握り潰してまで。だが、それはライオスの意志だし仕方ないと割り切れた。
それでも沙耶だけは、アークもエーコも気掛かりだった――――。
第十五章終了
第十六章は短い予定ですし、直ぐに再開する予定です
それでも、もっと練りたいので少しお休みします
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