EP.29 リスポンダー
《お兄ちゃん、助けて!!》
「っ!?」
ニーケルの頭にルナマリアの声が響く。
普段なら、またチンケな能力でふざけていやがると判断しただろう。が、ルナマリアは『お兄ちゃん』と言った。
彼女は、ある歳を境にそう呼ばなくなった。呼ぶ時はよっぽど切羽詰まった時。よって緊急性の高いものだと判断した。勿論焦り混じりの声音だったのもあるが。
ちなみに彼女は気を失う瞬間、兄であるニーケルに伝心を送った。彼女は『伝心者』の称号を持っており、特定の者だけに伝心出来る。その対象はニーケルだ。これがチンケな能力のうち一つ。
「<spiritoso>」
ただちに称号『旋律』を発動。
ニーケルは、かつて神童と呼ばれていた。
楽器の扱いさえ覚えてしまえば、あとは完コピでどうにか出来てしまう。
誰かが楽器で曲を演奏すれば、一度聴いただけでほぼ全く同じよう弾けてしまう。まぁほぼというのは体格の問題だな。小さいが故に体が届かなく上手く弾けない。それ以外は完璧だ。
しかし、そのカラクリはなんて事ない。旋律の称号を持ってたが故。音楽に愛された少年だった。
そんな彼が音楽を捨てないといけなくなったのは皮肉な話だ。自分で選んだ事なので、本人はなんとも思っていないが。
そして、その旋律の称号は汎用性が高い。人の音を聞けるのだから。人の音……そう言われると息遣いの音、心臓の音、歩行の音が連想されるだろう。
しかし、それだけではない。人の魔力を音として捉えれる事も可能。人の魔力にはそれぞれ波長がある。エーコのその魔眼でなら、見分けが可能だろう。ニーケルも似たような事が出来る。
しかも、ある程度遠くに居ようが旋律の称号で奏でた音……spiritosoで、人の耳には聞こえない音ではあるが、人から漏れ出た魔力が反応し共鳴する。
それにより遠くの音を識別出来る。ただし、欠点もある。識別出来たどころで誰の魔力の音か分からなければ意味がない。
しかし、今回攫われたのは妹のルナメリア。幼少に頃より共に過ごし息遣いの音、心臓の音、歩行の音、そして魔力の音、全てがニーケルの中に刻み込まれていた。
よって即座に居場所の方向が分かった。尤もその音を聞き取ったのはこの称号を持つニーケルだけだが。まぁ耳が常人より遥かに良ければニーケル以外でも聞こえたかもしれない。
また魔獣や草木にいたるまで全ての生き物に魔力がある。その全てを聴きつつ目的の音だけを聞き分けられた。これは称号の力だけでなくニーケル自身のセンスでもある。
「悪い。急用が出来た」
「「「「「はぁ?」」」」」
「俺はサボったって言ってくれれば良いから」
全員怪訝そうに見てきたが知ったこっちゃない。ニーケルは駆け出した。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「チョロい仕事だったぜ。最初に殺った嬢ちゃんと少し遊べば良かったぜ。なァ?」
バリガリスは、抱えてるルナマリアに問い掛ける。当然ながら腹パンで気絶してるのに返事は返って来ない。
「なら、俺が遊んでやるよ」
バリガリスと下へ辿り着いたニーケルは呼吸を整え、タイミングを見計らったかのように飛び出した。走って来たので、汗で緑の髪をおでこに張り付かせている。
「誰だお前? さっきの連中の中にいなかったよなァ? どうやって俺のとこに来た?」
「自分が攫ってる奴の事を調べてないのか?」
「アストレア家の令嬢だろ?」
「それだけか? ルナマリアの持つチンケな力は?」
「はァ! 知るかよ。面白れぇ力があるってなら、実際に見せて貰った方が愉しみだからなァ」
逆立った茶色の髪を撫で、酷く歪んだ愉悦の笑みを浮かべる。自分に絶対的な自信があり、相手がどんな力を持っていようがそれを粉砕してぶっ殺すのが、バリガリスの愉しみなのだ。
「ろくに調べないと、しっぺ返しを食らうぜ」
「はン! そいつは面白ぇ。やってみ……」
「<mosquito>」
「……なぁ!? なんだァ!? こりゃ~~っっ!!!」
バリガリスの耳に不快な音が響く。
思わず耳を塞ぎバリガリスはルナマリアを落としてしまう。一瞬だが強烈な音をバリガリスの耳に響かせた。強い音となればそう何度も使えないが、まずはルナマリアを離して貰う必要があった。
そして、剣を抜き斬り掛かる。
「クソがぁ!」
バリガリスの剣が軽々それを防ぐ。たったそれだけ。一合剣を交えただけでニーケルの指が痙攣し剣を落としてしまう。グランドパイオンのような繊細な動きをさせないといけないものだけでなく剣ですら、まともに扱えないのだ。
「なんだァ? 威勢が良い割にはお粗末だな。オラ!」
「がはっ!」
ニーケルを蹴り飛ばす。ニーケルは吹っ飛ぶ前になんとかルナマリアをひっ捕まえ一緒に吹っ飛ばされた。そのまま後ろにあった大木に背中を強打。ルナマリアは前で抱えていたので問題はない。
「っぅ~!? …………<agitato>、<perdendosi>」
「ワォォォォォォォンっ!!」
「ぐるぅぅぅっ!!」
「がぁぁぁぁっ!!」
「何だァ!?」
近くいる魔獣達を引き寄せる。その上で自分達の気配を消す。そうする事で魔獣達はバリガリスだけを狙う。これも旋律の力だ。
「クソがっ!!」
バリガリスは応戦で手一杯になる。その隙に……、
「ルナマリア起きろ! <Animato>」
旋律で目覚めの音を奏でる。
「ぅん……お、お兄ちゃん!」
「逃げろ! 奴の狙いはお前だ」
「うん」
短い会話を交わしルナマリアの姿を消える。これがニーケルの言うチンケな能力のもう一つ……『視覚阻害』の称号。
「はァはァ……消えた? どういう事だァ?」
魔獣を片付けたバリガリスは息も切れ切れにニーケルを睨み付ける。これは魔獣達に苦戦したからではない。小賢しい事をされたイラただしさから息切れをした。
「だから、言っただろ? ろくに調べないとしっぺ返しを食らうって」
「てめェ!」
挑発で意識を自分に向けさせる。なにせルナマリアのは本当にチンケな能力なのだから。
この称号は『見る』というのを阻害する称号。見ているのに見ていない結果を齎す。これだけ聞けば優秀に思えるのだが、要は目に頼らなければ良いだけ。
魔力の流れを見たり、気配を感じたり、まぁこの二つはそれなり技術がいるものだが、簡単なのは足音を聞けば良い。
いると分かってしまえば、見つけるのも容易な可能性がある称号。それ故に挑発して自分に意識を向けさせたニーケル。
ルナマリアの伝心者と視覚阻害の二つの称号は、兄であるニーケルと常に一緒にいたいという願望から得たもの。兄が大好き過ぎるのだ。まぁ深堀りすると闇が深くなるので言及は避けよう。
「俺の仕事の邪魔をしゃがって。どうなるのか分かってのかァ!? あァ!!」
「へ~。どうなるんだ」
凄むバリガリスに内心死んだなと思いつつ挑発するニーケル。
「はっ!」
「がはっ!」
剣を一振り。距離が離れているのに丸で空間の隔たりを越え、ニーケルの左肩口から袈裟斬りされたかのように裂ける。だが、浅い。
「なァ、楽に死ねると思うなよ」
剣の刃を舐める。甚振る気マンマンだ。
「それは貴方よ」
別の場所から返答があった。クリースティアラと同じ青い髪で普段は彼女と同じく三つ編みでまとめてた少女。ただし今は完全に解れ変な癖が付いたポニーテールにしている。現れたのはクーデリアだ。
「あァン?」
「漸く見付けた」
「さっき、ビビって動けなかった嬢ちゃんじぇねぇか」
ビビってた訳ではなく驚いてただけだ。いきなり自分の標的が目の前に現れたのだから。だが、律儀にそんな事を言うつもりはない。代わりに……、
「貴方、動けるますか? わたくしあの人に因縁がありますの。だから、わたくしに任せて頂けないかしら?」
「………あぁ。分かった。人を呼んでくれる」
「ありがとうございます」
そんな事出来るかよ、と言おうとしたが突然現れたクーデリアの真剣な表情を見て引っ込める事にした。それを察したクーデリアは、微笑み礼を言う。が、その表情は硬い。
それに体中から汗が噴き出ていた。ニーケルは自分以上に必死に追い掛けて来たのだろうと感じた。
「だけど、これだけはしておく。<energico>、<ritenuto>」
「なんだァ!? 今度は何をしやがった?」
「あらぁ? ありがとうございます」
別々の反応したのを見届けたニーケルは左肩を抑えながら去っていた。旋律の汎用性が高いと前述も述べたが他にも効果があった。それはちょっとしたバフやデバフを掛ける事だ。
音楽を聴いて力が抜けたり、逆に高揚したりというのがあるだろう。その現象を旋律で最大に引き出したのだ。それでも魔法によるバフやデバフに比べたら天と地程の差があるのだけど。