EP.23 オープナー
「奥様、もう少しです。頑張ってくださいませ」
「ぅんんん! ぅぅぅぅん!!」
「ヒッ・ヒッ・フーですよ」
「ひぃぃぃ! ひぃ!! うぅぅぅぅ!!」
長い時間格闘する
それは陣痛が始まり20時間に及ぶ死闘だった。女は何度も何度も気絶しながらやっとの思いで産み落とす新たな生命。
「おぎゃー! おぎゃー!!」
「奥様、良く頑張りました。生まれましたよ。元気な女の子です」
「……はぁはぁ……良かった」
助産師は、生まれたての赤子を湯に付け綺麗にすると力なく微笑む女の傍に寝かす。
女は出産後の倦怠感を感じつつも何とか手を伸ばし赤子の頬に触れる。
「貴女は、はぁはぁ……。わたくし達の光……導く光よ」
赤子はアリアと名付けられる。それは女に取って光だったからだ。ただこの瞬間までだが……。
「生まれたか! でかしたぞ。良く頑張った!!」
「はい……あなた」
興奮気味に赤子の父親が部屋に入室して来た。
「どれ? 俺の赤子を見せてくれ…………」
男は赤子を見て固まる。ややあって……、
「誰の子だ?」
底冷えするような低い声で女に言う。
「誰ってあなたとわたくしの子ですよ」
「髪の色も瞳の色も違う」
女は桃色の髪に緑の瞳をしており、男は紫の髪に金の瞳をしていた。
が、生まれて来た赤子は、白い髪に薄紫の瞳だった。
この男の言葉が決定的に光が闇に変わる。光と名付けられたアリアという名は、もう皮肉でしかなくなった瞬間だ。
「貴様、誰のガキを孕んだ!?」
「何を言ってるの?」
「黙れ! 誰だと聞いてるのだ!?」
男は怒鳴る。
「奥様は出産したばかりです。今は休ませて上げてくださいませ」
「煩い! 貴様は黙っていろ!」
「きゃっ!!」
助産師は殴り飛ばされる。
「孕む事でしか役に立たない女が、俺以外の子を産むとは……っ!!」
「……そんな風に思っていたのですね」
女は涙を流す。
この国は男尊女卑の国。それでもこの二人は誰から見ても仲睦まじく見えるものだった。
女も愛されてると思い妊娠が分かった際も大いに喜んだ。
だが、実際はどうだ。表面上は女を愛していたが、根底にあるものは結局、女は子供を作る為の道具だった。
この二人の関係はこれが決定打となり、崩れ落ちる。仮初の愛も特殊な子が生まれただけで終わってしまった。
「それの何が悪い!? 女等所詮男に媚びる事しか出来ないだろ!?」
「……酷い」
「どっちが酷いのだ!? 誰の子だ? 俺の子以外を産む貴様のが酷いだろ!?」
「だから、あなたの子だと言ってるでしょう!?」
「じゃあ何だ!? このガキの髪と目は」
「そんなのわたくしに分かる訳がないでしょう!?」
言い合いが暫く続く。20時間の死闘に耐え抜いた結果がこれだ。やがて体が限界を迎え、女が気絶する事で言い合いが終わる。
そして、女は病弱でベッドから滅多に動けない体になってしまった。
本来なら回復魔法をかけ直ぐに休ませるのが、この世界の出産方法なのだが、それをして貰えなかった。
尤も平民や貧乏貴族は回復魔法をかけて貰えないなんてザラだが、それでもゆっくり休ませて貰うのが当たり前の事だ。
なのに、女は20時間も耐え抜いた挙句、限界まで男と言い合いをしてしまった。当然回復魔法もかけて貰っていない。
こうなると女からすればアリアは憎しみの象徴以外の何者でもなくなってしまったのだ。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
アリアが六歳の頃に、自分の家……侯爵家のパーティーが開催された。
父親であるインシンク侯爵の誕生パーティーだ。
貴族とは権威を誇示する為に度々パーティー等が開催される。そこで出される料理やパーティー内容で、自分達が優れているとアピールしてるのだ。
インシンク侯爵もそれは同じだ。ただ違うのが夫人がいつも不在な事だろう。病弱で動けなく滅多に顔を出さない。その度に役立たず等と罵られる有様。
それはアリアにも同じで、邪魔だから何もするなと罵られ厄介者扱い。本来なら最初の挨拶等、父であるインシンク侯爵の隣に並んだりするものだが、それすらさせて貰えない。
だというのに侯爵家に近づこうとする者が後を絶たなくアリアに声を掛ける。その相手をする事すらインシンク侯爵からすれば目障りなのだ。
アリアの存在自体が汚点としか思っていない。だというのに欠席を許さないという理不尽な有様だ。
それ故にアリアは、グランドパイオンを常に弾き続ける事にした。一応侯爵家なので教育が確りしており、グランドパイオンを始め色々な芸事を嗜んでいる。
それはパーティーに出席した貴族達が聞き惚れる程には……尤も六歳にしてはという但し書き付くが。
パーティー会場に綺麗な旋律が鳴り響く。
アリアは知ってる曲を弾き続ける。そうすれば誰も自分に話しかけて来ないだろう……と。パーティーになるといつもアリアは、こうやってやり過ごす事を覚えた。
尤もダンスパーティーでは、プロの演奏家が音を響かせるので、そうは行かないがそれはそれで踊れないと誘いを断りなんとかやり過ごす。
今日のインシンク侯爵の誕生パーティーもいつものようにやり過ごしたのだが……、
「連弾宜しいでしょうか?」
いつの間にか自分の右後ろに立っていた少年に声を掛けられる。断る事も出来るのだが、それはそれで父に何を言われるか分からない。故に……、
「どうぞ」
そう言って左にズレる。少年が右後ろに立っていたので、自分は左側に移動したのだ。少年は必然的に右側に座る。
グランドパイオンで連弾を行う際に基本は左側の者が低い音が鳴るので主旋律を奏で、右側の者が高い音が鳴るので副旋律を奏でる。
アリアは、何の曲か告げずに弾き始める。少年は慌てる事なくその主旋律に合わせたメロディーを奏でた。それも耳心地の良いものだ。
(やりますわね)
内心関心するアリア。これなら難しい曲もいけるのではないかと、次の曲は少し難易度の高い曲にした。勿論、また何も告げず主旋律を奏でる。
少年は、やはり慌てる事なく、それに合わせた副旋律を奏で始めた。
やがて副旋律がテンポが少し早くなる。丸でついて来いと言わんばかりに。
本来なら主導権を握るのは主旋律を奏でるアリアだ。アリアがアップテンポにすれば、それに合わすのが副旋律を奏でる右側に座る者なのだが。
アリアは、少し焦りつつも合わす。気付けば主導権を握ってるのは副旋律を奏でる少年になっていた。
(何なのですの?)
アリアには、少年が態とやってるように思えた。下手な者と連弾すればテンポが変わり、それに合わすなんて事もするのだが、少年が下手でそんな事をやってるように思えなかった。
なにせ少年は、アリアが慌てて遅れればそれに確り合わせるのだから……。だが、それでも主導権を握ってるかのように奏でる。
本来右側に座る者を主役になるように立てるように左側に座る者が奏でるものなのだが、今回は丸で逆になったかのようにアリアは感じた。
(楽しい)
ただ時間を潰す為に弾いていたグランドパイオンが楽しいと思い始める。少年がそうさせた。何より少年が奏でる旋律が心踊らせる。
(えっ!?)
しまいには少年が曲を途中から切り替えた。それも唐突にではない。先程まで奏でていた曲と今奏で始めた曲のメロディーラインが重なる部分を利用して、自然に切り替えたのだ。
アリアは必至にそれに食らいつく。
(パイオンでこんな事が出来るなんて……)
そんなお遊びにも思えるが、明らかに高等テクニックにアリアは内心舌を巻く。
やがて二人で弾むように奏でる。その頃には貴族達が注目していた。アリアは汗を散らしながらそれに気付いた。
丸でパーティー会場全体が一体になったような高揚感がに包まれる。
(楽しい。楽しい。楽しい)
それに自分のグランドパイオンの技術力がアップしてるかのような錯覚までし出す。否、少年がアリアの実力を限界以上に引き出しているのだ。
そんな楽しい時間も唐突に終わる。副旋律を奏でていた少年の音が突然止んだ。何事かと思いアリアは、右側に視線を送る。
「えっ!?」
少年の両手が震えているのだ。それに少年の顔が何かを堪えるように歪んでいた。やがて……、
「ぅぅぁああ……っっ!!」
苦痛に喘ぐ少年。そのままグランドパイオンの椅子から崩れ落ちる。
アリアは、何が起きてるのか分からず、ただただ見てる事しか出来なかった……。