EP.19 stillness -side Cudelia-
真っ直ぐな目だ。
最初は虚ろだった。
しかし、いつからか真っ直ぐ前だけを見るようになった。
真っ直ぐ前だけを見て突き進む。
それは、彼女の長所であり短所でもある。
前に会った時の怯えた目ではなく、もっと前の……真っ直ぐな眼差し。
その真っ直ぐな眼差しでわたくしを見据える。
彼女は何故か、前に会った時より遥かに強くなっていた。
良い師に巡り会えたのか、自分なりの戦い方を見付けたのか……。
いずれにしろまだ少しわたくしの方が上。
だというのに奥の手を出してしまった。
あの目にやられた。
何故なら老師の言葉を思い出してしまったからだ。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
わたくしは、レイジー侯爵の生まれ。何不自由なく育った。あえて贅沢言うならば、侯爵令嬢としての務めが煩わしかったくらい。本だけを読んでいたかったのに。
特に煩わしかったのは、わたくしに取り入ろうする貴族の子が多かった事。
その中で、ローゼイン……ロゼだけは違った。特殊な家庭の中にいたのは後から知り納得した。それからロゼといる時だけは、気が休まったのを今でも良く覚えている。
しかし、わたくしの生活は四年前に一変する。
四年前、両親や家人達が惨殺された。
犯人の男の顔を雷の稲光で見えた事を良く覚えている。あの残忍な顔を……。
きっと侯爵家の没落を狙ったのだろう。取り入りたいが為にご機嫌取りするをする者もいれば疎ましく思ってる者達もいる。侯爵家という高位貴族ならあって然るべきだ。九歳のわたくしにもそれは理解出来た。
そして、惨殺現場に現れるロゼ。そのロゼにわたくしはとんでもない事を言ってしまった。
「ねぇ…………これ……貴女の家がやったの?」
言った言葉は取り消せない。酷い事を言ったと思う。仮にロゼの家がやったとしてもそんな事をロゼが知る筈がない。
わたくしは、ロゼの家庭の事を知っていたのに……。
両親を惨殺した犯人が憎い。それ以上に自分が憎い。
何も出来なかった自分。
ロゼに酷い事を言ってしまった自分。
《称号 加速者を獲得しました》
憎しみが加速したからなのか、そんな称号を得てしまった。
何でこんな称号を得てしまったのか意味が分からない。
何故ならわたくしは、この日を境にわたくしの中の時間が静止してしまったからだ。矛盾の称号。
それから親戚筋を盥回しにされ、アッシュロード子爵家に引き取られた。
そこでは散々言われた。
疫病神、忌み子、呪われた子等々。他にもあった気がするがどうでも良かった。
なにせわたくしの中の時間は静止してしまったのだから。
ただただ憎しみばかりが加速していた。あの日から笑えなくなった。
いつか犯人をわたくしの手で裁きを下してやろうと無茶な鍛錬ばかりしていた。
いや、八つ当たりみたいなものか。
「あぁぁああああっ!!!」
森の中で、剣をぶん回し木を傷付けまくる。そんな毎日だ。
「そんな力任せに振り回すものではないぞよ」
そんな事は分かっている。だが、自分を止められない。
「どちら様でしょうか? お爺さん」
「ほっほっほ……。儂の事等良い。それよりお嬢さん、儂が武術を教えてやろうかい?」
「結構です」
これがお爺さん……老師との出会いだった。
色々有ったが、結局わたくしをこの人を師事するようになる。
しかし、暫くしたある日言われる。
「いつまでそんな剣を振るのじゃ?」
そんな剣?
「儂が武術を教えていたのは、そんな後ろ向きな剣を振らせる為じゃないぞよ」
意味が分からない。
「憎しみに駆られるなとは言わん。お主が追う奴を始末するのも結構」
なら、何の問題もないように思える。
「儂がな、お主に武術を教えたのは、武術をやっていればいずれ前を見据えると思ったからじゃ」
分からない分からない分からない。
わたくしには何を言ってるのか分からない――――。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
分からなかったけど、ロゼの目を見ているといつかの老師の言葉が蘇って来る。
「はぁはぁ……」
体が熱い。汗が滝のように流れる。
ロゼのあの目を見ているとつい焦ってしまい奥の手を使ってしまった。
わたくしの『加速者』の称号で使用した静止世界は、周りが静止したかのように時間が流れる。
その代わりにわたくしの体が熱暴走を起こす諸刃の剣。使用し続ければやがて熱で自分自身が死に陥るだろう。
普段は抑えていたり、斬撃の瞬間に熱を集める程度だったのに……。
だというのにロゼは反応した。静止した世界で動けた。そんな人は初めてだ。
たまに夢に見る。
家族が殺されずに平穏に過ごす夢。
その中にロゼもいて、一緒に笑っているそんな夢。
だけど現実は違う。四年前に酷い事を言った言葉は撤回出来ない。わたくしが復讐だけに生きるのは止められない。またロゼに傷付けるかもしれない。
だから……、
「ねぇ……もうわたくしは、ほうっておいて」
「出来ないわよ!」
ロゼが声を張り上げる。いつもそう言う。
「だって貴女だけなのよ……」
………………わたくしだけ。前にも言っていた。
確かにロゼの家庭環境には問題がある。だけど、わたくしの言葉で前だけを見据えるようになったのはロゼ自身の力だわ。
きっかけはわたくしだったとしても。
ロゼの瞳から涙が零れる。わたくしの為に泣いてくれている。
わたくしだってまたロゼと一緒にいたい。ロゼと笑っていたい。でも、それはきっと願ってはいけない事。
「ねぇ……何で一人で抱え込むの?」
「巻き込みたくないからよ」
何より、再び貴女を傷付けたくないから。
いや、違うな。たぶんわたくしが傷付きたくないんだ。
惨殺現場に現れたロゼが今でも脳裏に焼き付いている。
わたくしのせいで怯えた彼女が……。
そうか……わたくしはあの時に傷付いたのだろう。
思えばロゼだけだった……。
こんなわたくしに向かい合ってくれるのは。
「巻き込んでよ」
「……出来ないよ」
だって……辛い過去は変えられない。
「じゃあ私が勝ったら……剣で私の意思を証明したら…………」
剣を天に掲げながら言った瞬間、ロゼの周囲の複数の氷の礫が舞い上がる。
アレは何? 氷というのは分かる。でも、魔力の流れを感じなかった。
だから魔法じゃない。ロゼは分子運動以外の別の力を手にしたの?
氷の剣を出して来た時かた違和感を感じていた。
「……私も巻き込んで!!」
ロゼが剣を振り下ろし切っ先をわたくしに向ける。その瞬間無数の氷の礫が飛んで来た。
だけどわたくしには加速者がある。わたくしに触れた瞬間、蒸発して消えた。
『剣で貴女の意思を証明しなさい』
それはかつてわたくしが言った事。
今でも証明しようとしている。
彼女は今日を……明日を……見据えている。
わたくしとは違う。
ロゼが分子運動以外の力を手にしていてもまだわたくしは負けない。
「何で? 何でそこまでわたくしを……?」
でも……もしも……それでも負けたら……?
今からでもやり直せるのかな…………?
わたくしは、今からでも笑っても良いのかな――――。