EP.09 グランティーヌを看取りませんでした
「それにしも寒いな。薪を増やすな」
「ありがとう。アナタ」
「出産したばかりだ。体を休めないとな」
薪を暖炉で燃やすと食事を持って行く。
「今日は俺が用意した。食べたら、寝てた方が良い」
「じゃあ口移しで食べさせて」
「はぁぁ!? 何を言ってるんだ?」
「去年……いや、一昨年になるのかな? 一年と少し前に、あなたが言った事よ?」
「……忘れてくれ」
俺はそっぽ向いてしまう。
追い払おうと適当に言った事を、まだ覚えているのか。
「私のファーストキスを奪っておいて忘れろと?」
「奪ったのは、お前だ」
「その後も、まるではけ口にするように襲って来て。初めてってだけで痛いのに乱暴にされて最悪だったわ」
「なら拒めよ」
「あなたの心と……」
「もうそれは良いよっ!」
まったくと思ったが笑ってしまった。
一年と少し前は酷い事をしたというのにこうなってるのが不思議で仕方ない。
《裏山けしからん!》
「不思議よね。元気になってくれればそれで良いと、身を任したけど、まさかこうなるとはね」
どうやら似たような事を考えていたようだ。
「ティー……んっ!」
触れるだけのキス。
「あなた愛してるわ」
「俺もだ。エーコと三人とついでに一匹で幸せになろうな」
「クゥ~ン」
ハンターがいじけたように鳴く。
「ついでが、ご不満みたいね。ふふふ……」
ティーが微笑む。その隣には無垢な顔をしている可愛い俺のエーコ。俺は幸せを感じていた。
しかし、この幸せは1ヶ月しか続かなかった……、
「ただいま」
ある日の朝、狩りに行き夕方帰って来た時に違和感を感じた。
何だろう? 気のせいかな?
「あなた、おかえり。ハンターも。寒かったでしょう? さあ早く暖炉で温まって」
「ぅ~~~ワンワンっ!!」
ハンターがいきなり吠える。
「ハンターどうした?」
そして、駆けて行く。
「ワンワンっ!!」
暖炉の前で吠える。
うん? 何だろうこの違和感。匂い?
「……これは?」
「どうしたの? あなた」
「水魔法だ。暖炉を早く消せっ!!」
「えっ!? ……<下位水流魔法>」
ジュ~~~と、ティーの水魔法で暖炉の火が消える。
「これは病を呼ぶ薪だ」
暗殺もやっていたから知ってはいた。まるで風邪を引くように病に侵され、徐々に体が蝕まれて行く。
俺には必要なかったが、暗殺者が暗殺されたのなれば、笑い話にもならないとダームエルに教えられた。
その時に嗅いだ匂いがこんな感じだった筈。ハンターがいなければ気付かない程のちょっとした違和感程度だった。
「えっ!?」
「この薪は、何時手に入れた?」
「あなたが出かけた後よ。商人から買い取ったの」
「念の為、エーコとあと自分に回復魔法を。それといつもの薪が余ってるなら、それを燃やしてくれ」
「わかったわ」
そう言うと俺は家を飛び出した。
「なんじゃ? 血相変えて」
外でラゴスのじーさんに出くわす。
「今朝来た商人はまだいるか?」
「もう帰ったのじゃ」
「その商人が持って来た薪は病を呼ぶ薪だ」
「何じゃって!?」
ラゴスのじーさんが目を剥く。
「全部処分しろ。それと悪いがじーさん、ティー達の傍にいてくれ」
「貴様はどうするのじゃ?」
俺は答えずに村を飛び出す。
クソったれ! 何が目的だ? 俺はウエストックスから出航する船着き場に急いだ。
しかし、船はなかった。クソっ! もう逃げられたか。
当たり前か。あんなものを置いて行ったんだ。直ぐ逃げるわな。
俺は家に帰った。
「じーさん、悪かったな」
「ふん! 貴様の為じゃないわい。グランティーヌの為じゃ」
一年経ってもこのじーさんは、俺に悪態を付いてくる。
「ティー、回復魔法が使えるから心配無いと思うが念の為、二、三日安静にしていろ」
「わかったわ」
「貴様、何をそんな難しい顔しているのじゃ?」
「目的がわからない。此処は他の町とは隔絶している。なのに此処の住人を殺して何になる?」
「大方魔法を恐れてじゃろう。じゃから、儂らは隠れるようにひっそり暮らしているのじゃ」
「……そうか」
三日後異変が起きた。ティーが体調を崩した。
「あなた、大丈夫よ。ただの風邪よ」
「病を呼ぶ薪は、最初はただの風邪から始まり体を蝕むだ」
「でも大丈夫よ。回復魔法だってあるんだから」
だけど俺のように毒耐性があるわけじゃない。
「そうだな。でも、念の為にエーコは、ラゴスのじーさんに預かって貰おう」
「そうね。移したら大変だわ」
ラゴスのじーさんのとこにエーコを連れて行った。
「面倒見るのは構わないのじゃが、グランティーヌは大丈夫か?」
「わからない。魔法には詳しくないから回復魔法がどこまで効くのかわからないし、病を呼ぶ薪に効くものなのかもわからない」
「そうじゃな。下位回復魔法は、体内の回復能力が高めるだけじゃ。今は使い手がいなくなった中位回復魔法や上位回復魔法があれば、対象を癒せるから、心配はせんのじゃが」
使い手がいない魔法か。無いものねだりだな。
《いや、ルティナとエリスは使えたぞ。まあ反帝国組織に所属してるわけじゃないから、頼めないか。いや、そもそも思い付きもしないか》
「ところで、他の村人は平気なのか?」
「貴様も役に立つ時があるのじゃな。直ぐに処分したのが幸いじゃった。少し体調を崩したが回復魔法で直ぐに良くなったのじゃ」
「じゃあ何でティーだけ?」
「グランティーヌは出産後故に弱っていたのじゃ。元々体内の回復能力が低下してるのじゃから、下位回復魔法の効きが悪いのじゃな」
「クソっ!」
「貴様のせいじゃっ!」
じーさんが怒りを露にした。が、直ぐに収める。
「いや、それを言ったら、こんなにも可愛いエーコが可哀想じゃな」
「エーコは大丈夫なのか? 生後一ヶ月だぞ。体内の回復能力とやらは低いのでは?」
「たぶん大丈夫じゃ。貴様の子というのが解せんのじゃが、何故かこの子の魔力は高いのじゃ。瞳の色から言って育てば、村一番の魔力保持者になっておるじゃろう」
「そうか……」
体の力が抜ける。
エーコは大丈夫なのか。
「馬鹿者っ! 楽観視するのじゃない。今の所平気ってだけじゃ。まだ予断は許されないのじゃ」
「そうだな。すまない、じーさん。じゃ、俺はティーを看病するからエーコの事は、しばらく頼む。ハンター、何かあっては困るからエーコを守ってくれ」
「ワンワンっ!」
そう言って、俺はハンターを残し自分の家に戻った。
「あ、あなた、おかえり」
事もあろうにティーは食事の準備をしていた
「何やってるだっ!?」
つい怒鳴ってしまいティーがビクっとしてしまう。
「あ、すまない。頼むから休んでいてくれ。俺は、お前に何かあれば今度こそ生きていけない」
「……ごめんなさい」
ティーは、シュンと項垂れ謝って来た。
ベッドまで連れて行き寝かす。
「さっきは、少し脅えていたけど、ティーにも恐怖心があるのだな」
「私を何だと思ってるの?」
「初めて押し倒した時、身じろぎ一つせず俺を真っ直ぐ見据えて来たからな」
「あれは覚悟があったからね。悲観した男の傍にいればそうして来るかもって」
「なん……だって? 馬鹿か」
「貴方の心と……」
「それはもう良い。あの時のお前の、あの態度にイラっと来て、ああなったのだぞ!」
こいつは何かとこれを言いたがるな。心と体が元気になれば、か。
ああ、お前のお陰で良くなったよ。だけど、そのお前を亡くせばまた逆戻りだな。
「あらそうなの? なら怖がれば良かったかな? そうすればもっと素敵な初めてになったかも」
「ああそうだな。あのまま俺は死に、もっとまともな男とくっつき良い初めてに……」
パッシーンっ!!
「………」
えっ!?
ティーが、いきなり起き上がり、引っぱ叩いて来た。
「馬鹿言ってるのはどっちよ!? 冗談でもそんな事言わないでっ!!」
初めてこいつが怒ったな。
「……だが、今も俺のせいでこうなってる。ラゴスのじーさんに聞いた。お前だけなんだよ。病に侵さたのは。たぶん出産後で体力が落ちてたせいだろうと」
「もう治らないみたいに言わないで。それに私はこの一年、凄く凄く幸せだったわよ……」
あ、泣かせてしまった。ティーの美しい顔が歪む。俺はティーを抱き締めた。
「すまない」
「バカ! エーコが生まれて、今も本当に幸せなのよ……なのに、そんな酷い事言わないで」
俺の胸を叩いてくる。
「すまない」
「バカバカ! ねぇ約束して。もし、私がどうにかなってもエーコと幸せになって」
「お前こそ馬鹿な事言うな。まだお前がどうにかなったわけではないだろ?」
「あなたのここ……」
「だから、それはもう良い」
こいつはほんとこの言葉が好きだな。こんな時まで馬鹿らしい。
「今回は違うわよ……あなたの心の平穏が保てるなら馬鹿でも良いよ」
「ほとんど同じだ! それに、お前がどうにかなったら、平穏でいられるか」
「それでも立ち直って、エーコと幸せになって。私以外の女を見つけても良い」
「……今度は俺が殴って良いか?」
「ごめん。後半は無しで……本当は、そんな事になったら嫌だな」
苦笑いを浮かべる。
「まったく」
「ねぇ今日はこのまま私を抱っこして寝てくれる?」
「ああ喜んで……愛してる」
「ありがとう……私もよ」
強く強くティーを抱きしめて寝むりについた。
願わくば良くなりますようにという想いを籠めて……。
だが虚しくても、その願いは届かず、一向に良くならない。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月過ぎ、三ヶ月過ぎ……。
十ヶ月が過ぎても良くならないどころか、悪くなる一方。
本来この病を呼ぶ薪は三ヶ月で死に至らしめるが、回復魔法お陰なのか、もってはいるが、もう限界だろう。
「あ、なた……ごめんね」
衰弱していくティーを見るのは辛い。あの美しかったティーは、今や見る影も無い。痩せこけてしまっている。
「どうした?」
「私は、たぶんダメみたい」
「諦めるな。本来病を呼ぶ薪三ヶ月で死に至らしめる。それが十ヶ月もってるんだ。良くなる! 絶対良くなる!!」
「ねぇ……あな、た、私以外の人を、見付けて……エーコと幸せに……」
「またそれか。お前も、それは嫌なんだろ?」
「嫌だよ……でも、それ以上にあなたが、くるし…むのは……もっといや」
クソっ! もう限界だ。
俺は家を飛び出した。
「どこへ行くのじゃ」
ラゴスのじーさんに引き止められる。
「何の話だ?」
「貴様の最近の顔を見ていればわかる。グランティーヌを捨てるのか?」
「違うっ!! 薬だ! 魔法がダメなら薬を手に入れてくる」
「エーコはどうするのじゃ?」
「今まで通り見ててくれ。いつもすまない」
「貴様の為じゃない」
「ああ……俺の為じゃなくても良い。ティーも、グランティーヌも見ててくれ」
「わかったのじゃ」
俺は薬を手に入れる為に魔導士の村を出た。
二年ぶりくらいに本大陸に戻るな。しかし、その数日後にティーが他界した。
俺は最愛の妻を看取らずに村を出てしまったのだ……。