EP.13 destination -side Roseine-
彼女は全てを呪い、そして全ての者を見下すような瞳をしていた。
昔は温かみのある優しい瞳だったのに……。
青という瞳の色と同じように、睨まれただけ凍てつくと錯覚するようだ。
私は、あの凍った瞳を溶かしたい。
その為には、彼女の高みへと届かないといけない。
そんな私がダーク師匠に、氷以外の魔法を使うなと言われたのは皮肉だわ。
自嘲気味に笑ってしまう。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
この日、ダーク師匠に着いて行き学園近くの森に入って行く。私が特訓数日で音を上げ息を潜めていたとこね。
「さて、良くここまで特訓に耐えて来たな」
「イエッサー! これも師匠のお陰です」
そう言うとダーク師匠は微妙な顔をした。
「あの……何か?」
「師匠は止めてくれない?」
「いえ、鍛えてくださっておりますので」
「せめて先生にしてくれないかな? 呼ばれ慣れていなくて」
「分かりました。師」
「………………………………何か副音声で、結局師と呼んでるような」
師が何かボソっと言ってるが、良く聞こえない。
「ともかく今日明日は学園はお休み。仕上げに取り掛かれる」
「イエッサー!」
「とは言え、明日はゆっくり休んで明後日の全学園交流試合に備えて貰った方が良いだろう」
「イエッサー!」
「が、今日は最後の仕上げって事で今まで以上に厳しいぞ。丸一日使うしな」
今までの特訓を思い出し冷汗が出て来てしまう。
最初は体力作りとかランニングを一時間以上。疲れ切ったとこを魔力制御の練習。
ある程度体力が付けば、筋トレや模擬戦まで追加される。しかも師は、速過ぎて捉えきれない。
身体強化の魔法で、楽をすれば魔力察知で気付かれ、あまりに厳しくて逃げ出せば気配完知で追跡されるし本当に辛かったわ。
それ以上に厳しいのかと想像し喉をゴクリと鳴らしてしまう。
「とりあえずこれを全身好きなとこに付けて貰おう」
「造形の花……でしょうか?」
「試合で渡される肩代わりの花に見立てたものだ」
言われた通り全身に取り付ける。背中等手に届く範囲にも取り付けた。数は百ある。
師は、右胸に一つだけね。
「24時間のサバイバルを開始する。ルールは簡単。俺の偽肩代わりの花を叩き落とせば良いだけだ。が、その前にローゼインの全ての偽肩代わりの花を落とされたら負けだな。あ、全魔法を解禁する。身体強化の魔法でも何でも好きに使え」
「イエッサー!」
「これで俺に勝てないようなら、話にならないな。誰に勝ちたいのか知らないがちょっと体力を付けた程度で勝てる相手じゃないんだろ?」
「はい」
その程度で勝てるなら……彼女の高みに届くなら、エーコさんとサヤさんに鍛えて欲しいなんて言わない。
「賭けに勝てば俺にも勝てるだろう」
最初に言ってた、無難な特訓か賭けに出るかの話ね。結局師は、どう賭けているのか分からない。
本人に聞いても、自分で気付かないと意味ないとかで教えてくれなかった。
「では、始め!」
そう言うや否や師は、両手に小刀を持ち私の胸に有った花を二つ斬り咲き、瞬時に離脱し気配を消す。
速い。未だに私は師を目で追う事が出来ない。一番最初に師を試したくて挑んだ時も全く見えなかった。模擬戦もしているが手加減されてなんとか追えるくらい。本気なったら一生目で追える気がしない。
それでも接近すれば気付く。だから集中するんだ。感覚を研ぎ澄ますんだ。森で視界が悪くたって接近すれば関係ないんだし。
「<身体強化>」
いつ襲撃されても良いように身体強化の魔法を掛ける。
それから待つ事一時間。全く襲撃がない。身体強化の魔法をずっと掛けていたせいでMPが心許ないわ。
仕方無いので解除した。
「はっ!」
その瞬間、後ろから襲われ背中に取り付けた花が三つ散らされる。
「この!」
私も負けじと剣を振るうが、もうそこにはいなく師は、姿を暗ましていた。
失敗した。今日丸一日掛けると言っていた。なら一気に私を仕留めるなんて事はしないのだろう。
私の集中力が切れた頃にやって来る戦法か。
今頃になって私が圧倒的に不利なのに気付く。いくら師が花を一つしか付けていないとは言え、気配を消せるのだから、好きな時に攻め、好きな時に休める。
かたや、私は少しでも気を抜けば一瞬で花を刈り取られる。休む事も許されない。
虫の鳴き声しか聞こえない静かな森の中で、私は息を潜め木を背にする。少なくてもこれで後ろからは襲われない。
待つ事数十分。
「来た!」
目の前からやって来る。
「はっ!」
私は剣を振る。しかし、それを小刀で受け流された。あの小刀が相当な業物。初回に私の分子運動で、傷を入れたのに修復されている。かなり良い魔道具武装なのだろう。
そして今、師はまともに受けないように受け流して来る。流石は師……私の分子運動に毎回対応して来ているわ。
だが、まだまだ。
「はっ! はっ!」
スっ! と師が消える。
「これで背面は全部だな」
後ろから声が聞こえる。しまった! せっかく木を背にしていたのに誘い出された。だから堂々と正面から現れたんだ。私も冷静さを欠いていた。
そして振り返るが、再び師の姿がない。
遊んでる。正直そう思った。師が本気なら、きっと開始数分で全ての花が散っただろう。
まさかここまでの実力差があるとは……。
だが、私も負けられない。これを乗り越えなければ、辿り着きたいとこに一生行けない。
いや、今回逃せば二度とあの高みへ辿り着けない、そんな気がする。
私は二度逃げたんだ。だから次逃げたらもう這い上がれない。三度目は無い。そんな気がする。だからもう逃げちゃいけないわ。
「はぁはぁ……」
心臓の音が煩い。あれから10時間が経過しただろう。いやもっとかもしれないし、数時間しか経っていないかもしれない。
日があまり差さない森の中じゃ時間の感覚が狂う。どんどん心臓が早鐘を打つ。
額の汗を拭い疲れ切って倒れそうになる足に鞭を入れなんとか立っている。
もう私の花は半分もない。当然だが師の花には掠りもしない。
「はっ!」
師が来たのが何故か直感で気付いた。
「ほ~」
師が感嘆の声を漏らす。だが、そうしつつも二つ程私の花を散らして姿を暗ます。
やばい。意識が朦朧として来た。まだ私の花は十個はあるが、こんなとこで少しでも意識を失えば一瞬で持っていかれる。
なのに私の意識は闇に呑まれて行く。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「また来たのね」
抑揚が無い声音で言う。その言葉だけで身震いしてしまう。
――――寒い。
「どうしてそんな冷たい目をするの?」
「……それを貴女が言う?」
この目を見ているのは辛い。全てを呪い、そして全ての者を見下すような瞳が。
「言うわ。私には……貴女だけだから」
「……逃げたくせに」
ボソっと何かを呟いてるが良く聞こえない。
「え? 何?」
「良いわ。じゃあ剣を取りなさい。剣で貴女の意思を証明しなさい」
結果は完敗だった。昔から文武両道で、私では敵わないとこがあったが、今では手も足も出ない。それくらいの差が開いてしまった。
そして勝っても、その凍った瞳に変化はない。全てを呪ってるかのような。
何でそうなっちゃたの? 何でそんな眼差しをするようになっちゃったの?
いや、原因は分かっている。でも、またあの温かみがある貴女が見たいわ。
「もうわたくしには関わらないで」
剣に敗れ座り込む私を見下す。その瞳に見て再び身震いが起きる。
――――寒い。
「貴女は貴女の道を歩みなさい」
「でも……………そこには貴女が……」
「忘れなさい」
抑揚を全く感じない声音でピシャリと言われる。
――――寒い、寒い、寒い。
「わたくしの事は、もうほっといて」
出来ないよ。でも、この瞳に立ち向かう力は私にはない。
――――寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い。
私は弱い。これ以上何も言えず逃げ出してしまう。あの瞳から……。
二度目だわ。
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「はっ!?」
わ、わたしは……。
「そうだ! 花」
良かった。十個ある。どうやら意識を失っていたのは、たぶん数秒。師が手を抜いて意識を取り戻すのを待っていたのではなければだけど。
「終わりにしようか」
その数分後、そう言って師が現れる。殺気が今までの比じゃない。
――――だけど寒くない!!
彼女比べたらなんでもない。
「はっ!」
向かい打つ。だか、一瞬だった。一瞬で残り九個の花が散る。速い。速過ぎる。これが師の本気?
でも、負けられないの。彼女に並び立つまでは、逃げたくないわ。
「はぁぁぁ……!」
気合を籠め斬り掛かる。その瞬間、私の周りに冷気が放たれる………魔法を使っていないのに。
確かに師に言われ氷の魔法だけを使い続けた。そのお陰で氷魔法だけはスムーズに発動出来る。氷魔法だけなら魔力制御もそれなりだった。
だから体が覚えてしまったのだろう。無意識に発動させてしまった。
「くっ!」
一瞬師の動きが止まる。今よ! 今がチャンスだ!
私は最後の力を振り絞り踏み込む。
「はっ!」
やった。師の花を左手を伸ばし握り潰した。私の……勝ちだわ。
そう思ったら、全身の力が抜けた。意識が闇に呑まれて行く。誰かに体を支えられたのが分かった。
「……どうやら賭けには勝ったか。……いや、………………完成には…………ないか」