EP.09 プレイヤー
-1331――――月陸歴1517年9月10日
ポーン、ポーンとニーケルはグランドパイオンの鍵盤を叩く。本来指五本、両手合わせて十本で弾くものなのだが、途中で痙攣し、指が動かなくなるのは重々承知しており、指一本でゆっくり鍵盤一つ一つを鳴らす。
そして、紙に何か書き留める。何をしているかと言えば作曲だ。
やがて大きな欠伸をし、窓の外を眺める。
「もう朝か」
いつの間にか夜も更けた事に気付き学園に向かう準備をし、準備を終えると寮を出た。
「ニーケルの兄貴~。おっはおっは」
「……またかよ」
「今、ボソっと言った? ねぇボソっと言った? そういうの傷付くんだからね」
毎度の如く妹のルナメリアが外で待ち伏せていた。ちなみに制服を着ている。
何故ならニーケルは二年生に進級し、ルナメリアが新しく入学して来たからだ。だと言うのに寮から通わず実家から学園に通っている。なのに遠回りにも関わらず男子寮で待ち伏せていた。
「何でお前、総合学園に来たんだよ?」
「またその話ぃ?」
「お前の魔法の腕なら魔導学園のが良いだろ」
「良いじゃん、良いじゃん。家から近いんだから」
「だったら、真っ直ぐ家から学園に行け」
「愛する妹が毎朝来てくれて嬉しいだろ?」
ウィンクするルナメリア。
「ちっ!」
「また舌打ち? 朝から感じ悪いぞにぃやん」
「悪くさせているのはてめぇだ」
「なんだとぉ!? 勝手に悪くなってるんじゃん」
「だとぉ!? 表出ろや!」
「もう表だけどね」
「うっせー。上等だ! やんのか?」
「あぁん? やってやろうじゃねぇか」
毎朝懲りずに喧嘩を始める二人。
「朝から仲が良いですわね」
そこに別の声が響く。
「あ、アリアか。おはよ~」
「先輩、おはようございます。ルナちゃんもおはようございます」
「アリアさん、おはよう」
そこに現れたのはアリア=インシンク。ルナメリアと同じ学年。こっちはちゃんと女子寮から真っ直ぐ学園に向かっていた。その道すがらニーケル達に出会った訳だ。
艶やかな白い髪で腰まである長さ。ウェーブが掛かっているその髪を特に縛る訳でもなくそのまま流している。目は薄紫色。
容姿はかなり整っており、仮にこのまま成長したとして彼女を美人と言わなかったら世の女性八割が美人から外れるだろう事を予想させる。オマケに爵位は侯爵で高位で、領地の経営も他より上手く行っており、お金持ちだ。
難点を言えば、両親共に白い髪もしておらず目も薄紫ではない。そのせいで色々揶揄されている事くらいか。
「それより先輩、わたくしも妹にしても良いのですよ?」
「ルナメリアより、良い妹になりそうだが、毎回お前意味不明だ」
「それだけ先輩に尽くしたいんですよ」
「いや、良いから」
「あの……あのね、アリアさん。妹はあたしがいるから。いつも言ってるけど、にーやんの唯一無二の妹はあたしだけだからね」
「ルナちゃんより良い妹って言っておりましたわ」
うふふ……と笑いながら語る。
「ほんと……マジで意味分からないわー」
「でも、わたくしはルナちゃんを差し置くつもりはございませんわ」
「いや、だからね。そういう問題じゃないのよ」
「は~~」
二人が出会うと毎度同じやり取りでニーケルは、溜息を溢す。
「あ、そうでした。先輩、お願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」
突然話を変えるアリア。これもいつもの事だ。
「ん? どうした?」
「今日の放課後付き合って頂けませんか? 楽器を見たいのですわ」
「あぁ、良いぞ」
「あ、あたしもあたしも」
すかさず手を挙げアピールするルナメリア。
「何でだよ?」
「そうですわ。別にルナちゃんは来なくても宜しくてよ。むしろ邪魔」
いきなり辛辣な言い方をするアリア。
「何でだよ!? 良いじゃん、良いじゃん。あたしも行きたいぃ~」
「うふふ……冗談ですわ。えぇ、ルナちゃんも一緒に行きましょう」
「ちょっとー! アリア~、先に行かないでよ~」
また新たな者が現れた。
「ユミエラ……別に一緒に行く事はないのではなくて?」
新たに現れたのはニーケルと同じクラスで、金目で青く背中まである髪を三つ編みで一本にまとめたクリースティアラ公女と良く一緒にいるユミエラだ。
金髪の縦ロールを揺らしながら走ってやって来た。
「そんな~。私はこんなにもアリアを想っているのに~」
「は~。別に想って頂かなくても良いのですが」
ユミエラは、レーズン男爵家で当然ながらアリアより一つ上。年上とは言え爵位は低位だというのに気安い。領地が隣接している事から二人は小さい頃から良く一緒にいたからだ。
「それより何故いるの?」
「はぁ?」
ユミエラは、ニーケルを睨みながら言う。それに対しニーケルは、いきなり邪険にされ意味分からないという態度だ。
「ユミエラ、いきなり現れて何なんですか?」
その意味分からないユミエラの態度についてアリアが尋ねる。
「赤の他人に視姦されるのは許し難い」
「そんな意見は誰も求めておりません。先輩は尊敬すべき方です。赤の他人ではござません。そもそも何故そのような事を?」
「唯一脳内でスパークする存在」
アリアの言葉にまともに答えず自分の欲望だけを言う。
「何ですかそれ?」
「お・か・ず」
「ちょっとそこの川に顔突っ込みましょうか?」
通学路の横に丁度川が流れていた。
「何? お互いの火照りを冷ましに?」
「色々ツッコミどころがありますが、とりあえず何でお互い?」
「私の性欲は即射性」
「貴女の性欲なんてどうでも宜しいです」
アリアがげんなりした顔で言う。
「まぁ、まぁ。にいやんがいる事だし二人の内密の関係の話は後でね」
「そういう関係ではございません。誤解です!」
横で聞いていたルナメリアが口を挟むとアリアが食い気味に否定した。
「おう……じょ、冗談です」
「ともかくアリア、一緒に行こう」
「はいはい。じゃあユミエラ、行きましょうか」
「エスコートはお任せを」
「いらんがな!」
ユミエラが腕を差し出し、アリアはそれをスルーしたのだが、逆にユミエラがアリアの腕が掴んで来た。
朝から疲れたと思いつつアリアは、歩き出す。
「べー」
アリアの腕にしがみ付きながら歩きだしたユミエラは、ニーケルに向けてあっかんべーと子供っぽい真似をする。実際ただの嫉妬なのだが。
そんな登校の一幕があったが学校に到着した後、学園交流試合の代表者を決める総当たり戦を行う事になっていた。
当然ながらニーケルには、戦いに関する素養がないのか下から数えた方が早い順位だった……。