EP.05 ストーカー
「ただいま~」
スイースレン総合学園に通い始めたニーケル=アストレアは、寮に帰宅した。
緑髪で首を後ろで結っており、長さは肩の下で切り揃えている。黒い眼をトロンとさせ眠そうにしていた。
家の爵位は伯爵で、ニーケルが通うスイースレン総合学園があるジュネーブの町の領主をしている。つまりは、実家は直ぐ近くにあるのだが、学園入学を機に一人暮らしを始めた。
「あ、お帰り~」
一人しかいない筈の自分の部屋から別の声がした。それも男子寮に関わらず女の声だ。それを聞き声の主を見た瞬間ニーケルは顔を顰める。
「なんだよ~。あたしが来てあげたんだよー。喜べよ」
「喜べるかよ! ここが何処か分かってるのか?」
「うん、あたしの家~」
「ちっげー。俺の家だ……正確には男子寮だ」
「にぃやんの家は、あたしの家も同然」
悪びれた様子もなく答える少女。ニーケルと同じ緑髪で三つ編みサイドテールにしている。右肩から前にやっており胸の下辺りまである。年齢はまだ八歳なのだが、少し膨らみがあり将来豊満になるだろうと予想させる。
目もニーケルと同じ黒色で、もう見た目で血縁だと分かるだろう。名をルナメリアと言いニーケルの妹だ。
「またチンケな能力をチンケな事に使いやがって」
「チンゲ、チンゲって下品だぞ、兄者」
そのチンゲ……もといチンケな能力は忍び込むのに優れたものなのだが……。
「言ってねぇ!」
「でも、あたしが来たんだから嬉しいだろ?」
ウィンクをするルナメリア。
「もう良いから、飯食ったら帰れ」
「分かったよぉ~」
「あ、財布を確認しろ」
「ん? 何で?」
「財布を! 確認しろ! 金を出せ!」
区切るように言うニーケル。
「……だから、何でだよ?」
「分かってるんだよ。お前の魂胆は」
「んだよ、ケチなにぃにだぜ」
「じゃあ行くぞ」
「え? もう? 早くない?」
「別に俺一人、学食でも良いんだぞ」
ニーケル一人なら学生寮の学食で安く済む。雑に扱ってるようだが、妹との時間を少しは作ろうとしてるのが伺える。なにせ態々町の食堂に繰り出そうとしてるのだから。
当然だが本来部外者のルナメリアは、学食で食べる事は出来ない。
「何だよもう! そんな事言うなよぉ! 行くよ、行きますよ」
「それより、金あるんだろうな?」
「兄様、ちゅきちゅき」
猫撫で声にニーケルは、顔を顰める。
「ぜってー奢らなねぇー」
「はーいはい、分かりましたー」
「むしろお前が驕れ」
「スマイルなら良いよぉ♡」
「ゼロギルじゃねぇか!」
どうやら、この世界にもマ〇クのスマイル0円の概念があるようだ。
町にくり出し、食事を終える。
「……ほんとに奢ってくれなかった」
「俺は有言実行の男だ」
「そんなの有言実行すんなよ~」
「はいはい。気を付けて帰れよ」
「いや、送れよ」
「お付きの侍女がいるだろ」
「そうだけどぉ」
「では、アリエルお願い」
「かしこまりました」
今まで空気に徹していた侍女が頭を下げる。ちなみにだが、男子寮は基本入れないので外で待機していた。
ニーケルは、家に帰るとグランドパイオンと呼ばれる弦楽器の前に座る。鍵盤を叩く楽器で地球で言うピアノに似た楽器だ。
それを弾き始めると、綺麗な音色が流れる。ニーケルは目を瞑りその旋律に酔いしれる。
気分を良くし、乗って来たとこでサビに突入。しかし、サビに入って数秒で音が途切れる。ニーケルの手が痙攣していた。
「は~」
ニーケルは、溜息を吐く。
その後、夜遅くまで音楽関係の本を読み漁った。
「兄上、おはよ~」
「…………」
学園に向かおうと寮を出た眠そうなニーケルを出迎えたのはルナメリアだ。
「まーた眠そうな顔して。何? 徹夜?」
「……何でいんだよ?」
「にぃにに会いに来たんだぜ」
ウィンクをするルナメリア。
「朝っぱらから来るなよ。ストーカーが」
「家族! 家族だよ! 良いじゃん、別に~」
「は~~~」
ニーケルは、大きく溜息を付く。
「何だよ? せっかく会いに来たのに」
「まぁ丁度良いか。今日、暇か?」
「インタビューと絵のモデルが……」
「放課後付き合え」
「そんな急に言われれも、マネージャーに相談しないと……」
「ちっ!」
「ちょっと待てオイ。今のマジでイラ付いた時の舌打ちだろ」
「クソつまんねぇ。キレそうだわ」
眠気がある中でルナメリアのくだらない言葉のやり取りに疲れた顔をするニーケル。
「もうキレてるじゃん。あのねぇ! 兄上の! そういうの! 怖いんだからねぇ、マジで! 妹のあたしでもチビりますからねぇっ!」
「放課後問題無いか?」
「問題ありません」
「……ほんとお前との会話、無駄が多過ぎる」
《なーに、コミュ症拗らせてのさぁ》
ニーケルの頭の中にルナメリアの言葉が響く。
「うっせーよ! お前だって人見知り激しいだろーが、コラ!」
《いや、当たり前でしょう。初対面からこのノリとか、ただのヤベェー人でしょうが》
「ヤベェーと思ってるなら俺の前でも止めろや。ていうか、だからチンケな能力をチンケな事に使うなって言ってるんだよ」
「家族! 家族でしょう? ありのままのあたしを……」
「小さい頃は大人しくて可愛かったのにな~」
「あの、ちょっと、しみじみに言わないで。兄者? 今のここ最近で一番、胸に来たんですけど」
「何でこうなちゃったかな……」
《だからぁ、止めろよ。もぉぉぉ~!》
「だから、うるせぇー!! 頭の中で声を響かせるな!!」
「分かったよぉ。それで今日、にぃやんの学園が終わった後に再び合流するのは良いけどさぁ、何の用事?」
「親父の誕生日だろ? 買いに行くぞ」
「それは宜しくてよ。ですが、またお兄様がお渡たしにならないのでしょうか?」
「気持ち悪っ!」
「だってー、だってー。家の話題になると機嫌が悪くなるじゃん。だから丁寧に言ったんだよぉ」
「あっそ。ともかくお前からまた渡してくれ」
「分かったよぉ。しょうがないね。出来た妹で感謝しなよ、ニーケルの兄貴ぃ」
「勝手に言ってろ」
そんなこんなで騒がしく話していると学園に到着し一旦別れた。
そして、放課後合流し、またひと悶着あったのは別の話だ。
どーでも良い事ですがパイオンはピアノのアナグラムです