EP.04 授業その②
「さて、ハンネル」
「はい」
教師に呼ばれハンネルが前に出て来る。
「先程『型も何もあったものじゃない』と言っていたが、今の見てもそう言うのか?」
「はい。スイースレン公国の剣術の型にはありません」
「視野が狭い」
「え?」
「ライオスの型はジパーング聖王国の型だ。その型もあったものじゃないって切って捨てて、仮りに遠くない未来にジパーング聖王国と開戦したらどうする?」
探るようにハンネルを見る。
「……どうするとは?」
「型も何もあったものじゃないから負けましたと言い訳をするのか?」
「いえ、それは……」
「せっかく良いお手本があるのだ。ライオスから盗み対応を考えるべきではないのか?」
「……はい」
渋々頷くが、後ろを振り返り一瞬ライオスをキッ! と睨み付ける。お前のせいで怒られただろう、と。
「それと型など本来どうでも良いのだ」
「え?」
「せっかく良い機会なので、先に教えておこう。皆も聞くように。型とは一つの剣術を長年研鑽を積み誰でも身に付けられるようにしたものだ。それを流派という。スイースレン公国流剣術然り、ジパーング聖王国の剣術然り。だが、決まった型がない我流はどうなんだ、ハンネル?」
「……そんなの弱いに決まっています」
「だから視野が狭いと言ってるのだ!」
教師が一喝する。
「結局剣を扱う者次第だ。才に優れ努力を怠らなかった者は我流でも強い。それも自らが編み出した剣術故に型を持った剣術以上の研鑽を積んだと言える」
「では我流でも良いという事ですか?」
「自分に合ってるのならな。が、先程も言ったが流派は長年の研鑽により、誰もが身に付けられるようにしたものだ。それを学べる機会を捨てて我流の道を進むのか?」
「いえ」
「さて、ライオスよ」
「はい」
教師は続けてライオスに視線を向ける。
「ジパーング聖王国の剣術で研鑽を積むのは良いが、学園での授業で評価されるのはスイースレン公国流剣術だ。それを忘れないように」
「はい」
「尤も仮に全学園交流試合に出場した場合、好きに戦って良いがな」
「はい」
「次、サヤ」
「え? は、はい」
まさか呼ばれると思わず戸惑う。
「先程、偉そうに言ってからにはサヤもそれなりに剣術が出来るのだろう? 来なさい」
「え? 分かりました」
沙耶は木剣と盾を入れ替え構える。
「えぇ~~」
「何アレ?」
「どんな構えだよ?」
「おかしいだろ」
生徒達がどよめく。
沙耶の構えは左手に木剣を持ち、右手に盾を持つ普通と逆。更に左足を前に出し木剣を下段で構え、右手の盾を上段で構えたものだ。
それだけでも驚くものなのだが、それ以上に生徒達が目を剥いたのは木剣の持ち方だ。
短く持つ為に鍔の上を持っているのだ。つまり刀身。これが普通の剣なら手が切れているだろう。
(何だ、この構えは? しかし、板に入ってる。ただそれでも何か違和感を感じる)
教師も上から下まで眺め、何か違和感を感じていた。ただ左手に木剣を持ってる事だけは腑に落ちていた。何故なら沙耶の右腰に脇差を携えているからだ。これは左手で抜く証左。
「サヤ、君は普段短い武器を左手に持ってるのだろう?」
「はい」
「なら、腰の剣を抜きなさい」
「え? でも……」
「いや、鞘事だ。鞘を構えなさい」
「……ークなら、サヤだけにって言いそうだねー」
「はい」
ボソっと誰かの声が入るが誰もそれを聞く者はいなく、沙耶は一尺七寸(約51cm)の脇差を手に取る。まぁ鞘に納まってるので、実質一尺八寸(約54.5センチ)と言ったところだろう。
「好きな時に打ち込んで来なさい」
「いえ、先生からどうぞ」
「ならば、遠慮なく。参る!」
突きを行い脇差で防ぐ、そして角度を変え流す。教師の木剣が受け流さると踏み込み盾を振るう
(何だ?)
教師が違和感を感じるのは当然だ。盾で攻撃する場合振るったりしない。体当たりのようにするのが一般的だ。それも体勢を崩す為に。それに基本は盾で攻撃を受け流し剣で斬るというもの。
しかし、沙耶は剣で受け流し盾で攻撃したのだ。正直教師はこの動作に戸惑った。しかも練習とか試しているとかではなく、板に付いているから尚更だ。
「まだまだ」
盾を躱すと再び木剣で攻める。その全てを沙耶は脇差で綺麗に受け流し盾で攻撃に行く。
(短剣の使い方はあんな綺麗なのに盾の使い方は何なのだ?)
更に教師は困惑する。
「あ~もう! やっぱこれ邪魔よ!」
沙耶は盾を捨て出す。正直盾ではやりずらいと感じていたのだ。
「隙やり」
「くっ!」
盾を捨てた隙に突きを打ち込みそれを脇差で防ぐ。が、今までのように綺麗に受け流せなくて体勢が崩れる。
そこを更に教師が踏み込み攻める。流石に男性と女性の差があり、ライオスのように体勢が崩れても踏み込む余力はなかったのだろう。
そこから防戦一方になる。沙耶の受け流しが今までのように出来なくなって行く。
まぁその気になれば闘気や魔法を使えるのだが、教師がそれをしていないので沙耶はしなかった。他にも投擲も考えたが、そんな邪道な勝ち方をしたくなかった。ここは剣だけで勝ちたいという沙耶なりのプライドがあった。
そこで女性らしい身軽さを利用し、後ろにサっと下がる。それも教師の木剣のギリギリ間合いの外。それにより空ぶる。
「まだまだー!」
教師は上段から一気に振り下ろす。
「はっ!」
沙耶は下段から振り上げる。しかし子供の体では大人の力に太刀打ち出来ない。そこで木剣と脇差がぶつかった瞬間、力に逆らわず木剣に押され脇差を一気に下げる。
これにより教師の態勢が崩れ、それにより生じた隙を突き首元に脇差を突き付けた。
「参った」
教師は降参の言葉を口にする。
「ありがとうございました」
「サヤ、君はもしかして二刀の使いか?」
「えぇ。そうですよ」
「通りで最初の一連の動きに違和感がある訳だ。盾で攻撃なんて愚行をしている割には板に入っていた」
「ありがとうございます」
「ははは……」
教師は大笑いをしだし、生徒達は目を丸くする。
「ジパーング聖王国の剣に二刀の使い。今年は豊作だな」
くつくつまだ笑う教師。
「ああ、サヤ。君もスイースレン公国流剣術ではないと評価されないので気を付けるように」
「はい」
「ただでも、短い木剣を用意し左で使う事は許可しよう」
「分かりました」
思ったより二人の相手に時間が掛かり、本日の剣術の授業はそれで終わってしまう。
沙耶の大健闘は、生徒達は興奮させ暫く身動きが取れない程に囲まれたのは言うまでもない。
ただ、その光景を薄暗い表情で見てるハンネルの姿があった。下民だと見下した奴のせいで恥を掻かされたのもそうだが、沙耶が何かと歯向かって来た事が気に食わないのだ。
(私は、公爵だぞ。貴様らとは生まれが違うんだ!)
いや、公爵子息であって公爵ではない。家督をまだ譲って貰っていないのだから。権力が自分のものと勘違いしがちな子供だからこその思い込みなのかもしれない。