EP.38 たましい
英雄……それは世界の危機に対し対処した者が得られる称号。
その効力は、『世界の敵』認定した者に対し全ステータスが1.5倍になり、邪を退けられると言うもの。
大英雄は、世界の危機対し何度も対処した者が得られる称号で、『世界の敵』認定した者に対し全ステータスが2倍になる。
勇者ともなると世界の危機に対し対処した回数が二桁になるが、『世界の敵』認定した者に対し全ステータスが3倍にもなるのだ。
余談だが、大英雄以上になると軽い邪の洗脳を受けた者に対し言葉が届くと言う力もある。尤も論理的な言葉ならの話だが。それ故に英雄の称号を持っていた元聖騎士長トモエの言葉が、聖王ジャパネットに届かなかったの対し、アークの言葉が届いたと言う訳である。
そんな大英雄を持つアークでも、薄気味悪いアルノワールに苦戦を強いられている。が、それも無理からぬ事。英雄、大英雄、勇者は、邪をある程度退け、ステータスが跳ね上がるだけ。完全には、退けられないのだ。
邪重力魔法……それは、脳を騙し超重力が体に掛かっていると誤認させる魔法。ある程度退けられるが故に、立ち上がりなんとか攻撃も可能にした。
では、完全に退けるには――――。
そんな中、骨根が唐突に立ち上がった。
「まだ死んでなかったか」
吐き捨てるように言うハッタリック。もう滑らかな笑みも丁寧な口調も何処かに捨てたらしい。
骨根は、俯き表情は伺いしれない。ただ、骨根の真下に雫がポタポタと落ちる。それはとめどなく溢れていた。
「泣いてるのか? もうビオサーラは、虫の息だ。全て貴様と言う存在がいたからだ。貴様さえいなければ、簡単に俺のモノになっていたのにな!!」
そんな事はない。仮に一時期でもハッタリックと結ばれても、このような本性を持っていればいずれビオサーラも目が覚めただろう。『うんざりよッッ!!!』と言われた現実を直視出来ないのかもしれない。
「…………………………ニアは、もういない」
骨根が顔を上げる。その顔は、ただただ悲痛に涙を流してるだけだ。怒り、憎しみと言った感情が出てはいない。
ハッタリックは、何を言ってるんだろうと思い首を傾げる。
「だけど……」
涙がポツン、ポツン、と天に上がって行く。そう見えた次の瞬間、とめどなく溢れる涙が、次々に蒸発して行った。
「熱っ!」
何より体が湯気を発し近くにいるだけで焼かれてしまいそうになる。咄嗟にハッタリックは、二歩三歩と下がった。
「そのたましいは……」
その言葉一つ一つに熱を帯びて来る。否! 熱を物理的に発しているのだ。骨根の手が燃え始め、腹に空いた風穴が炎に包まれる。
「……サーラの中で生きてる」
「さっきから何を言ってやがる!?」
ハッタリックを無視して、言の葉を一つ一つ紡ぐ。その言の葉一つ一つを燃やすかの如く。
「だからッ!!」
ボォォォォォォォッッ!!!!
そして、完全なる炎と化した。服も燃え去る。
「今度は死なせねぇ! もう二度と死なせねぇ!!! 俺様は、もう何も失わねぇっつーんだッッッ!!!」
魂の咆哮を上げ、その炎はビオサーラを優しく抱きしめる。胸に空いた穴は炎に包まれ、炎で形を成す。右側の乳房は、炎で出来上がった。そうして癒して行く。
次の瞬間、バチバチっ! と、骨根の炎の体の中で雷が走る。
「何をしてやがる? その女は、もう俺のモノだ。燃やしてるんじゃねぇ!!」
癒してるのが分からず、ただ燃やしてるのだと思ったハッタリックが、怒鳴り付けた。それに対し骨根は一言だけ……、
「邪魔だ!」
と、言って炎で作られた巨人を思わせる巨大な手で払った。
「ごはっ!」
ハッタリックが、吐血しながら吹き飛ばされる。
この時、骨根に何が起きたか……。
それは、連続で頭に声が響いていた。が、骨根にはそれを全く聞いていない。ただ本能で、自分に何があったか理解した。
まず最初の変化は、あの文字化けした『炎=%』が、文字を成したのだ。
【炎れωるヶ譬谿に荳#⃣艸譏―、譛荳位に螳譏に閾れる。
また~◇龍ヰ無詠唱蜃聖~る炎に<㋽、迚?判謦ヰ気>に蜃譚、逋死◇蜉ヶある】
―――魂に刻まれた嘆きを自覚した時に覚醒する―――
其の真名は……、
《称号 炎=%が炎聖位に変化しました》
この声が響いた瞬間、全ての文字が読めたのだ。二度繰り返すが骨根は、それを完全にスルーした。して、その内容は……、
【炎レベルが格段に上がり易く、最上位に容易に至れる。
またその身を無詠唱で聖なる炎に変え、物理攻撃を無効にでき、癒しの力がある。
魂に刻まれた嘆きを自覚した時に覚醒する。】
そう、その身を聖なる炎に変えたのだ。しかし、それだけに留まらない。次に聞こえたのは……、
《称号 転生者を獲得しました》
武の言葉を借りるなら、魂に刻まれた前世の記憶が肉体に及んだ為に、転生者を手に入れたのだ。
それは、ビオサーラの出会いがそうさせた。前世ので失ったビオサーニアの魂がビオサーラの中にいたお陰で、魂が刺激されたのだ。揺り起こすかのように、甘やかに緩やかに刺激された。
もう此処からが劇的だ。
《称号 英雄を獲得しました》
前世で骨根は、英雄になっていた。転生前の行いから英雄を獲得したのだ。
そして、転移者も転生者もレベルが上がり易く、レアなスキルや称号を獲得出来るかもしれないと言うものだ。違いがあるとすれば、魔王が転移者以外のダメージを軽減してしまうと言う一点だけ。今ここでは関係無いが。
骨根は、『転移者』の恩恵により、炎魔法のレベルが上がり易く、無炎の称号と中途半端とは言え炎聖位の称号を得ていた。つまり、『転生者』の恩恵もあると言う事だ。故に……、
《称号 炎魔を獲得しました》
こうなるのも必然。しかし、これだけではない。
《無炎と炎魔が統合され炎の申し子になりました》
《炎の申し子と炎聖位が統合され炎聖魔人になりました》
まだまだ続く。
《灼熱魔法Lv8は、紅蓮魔法Lv3になりました》
《スキル 稲妻魔法Lv1を習得しました》
前世で炎魔法以外に雷魔法も習得出来たのか、今世で雷魔法も手に入れたのだ。それ故に骨根は、その身を炎と化し、更に雷を走らせた。何度も言うが、骨根は頭の中で響いた声を全て聞き逃したが、感覚で直感で本能で……或いは、魂の力でそれを行使した。
ちなみに骨根にも、未だに邪重力魔法が掛かっている。が、英雄を獲得した事で立ち上がる事が出来た。
それだけではない。その身を聖なる炎にしたのだ。邪魔法を完全に退けられるのは聖魔法のみ。完全ではないが、退けられるのは、英雄の称号と聖なる力を持ったものである。
つまり、御剣 剣の剣聖術でも、ある程度通用すると言う事になる。そして当然骨根の炎聖位も有用。それと英雄で、加算効果を発揮した。
骨根は、そのまま邪炎魔法の壁を突破する。その身を炎に変えているので、例え脳を騙す炎でも、骨根には通用しない。
「これは驚きましたねぇ」
余裕を見せていたアルノワールの薄気味悪い笑みが消え、焦りを見せる。アークも当然目を剥いて固まる。今の骨根は、誰が見ても異常だ。
「スーパー野菜人2かよ!? 燃えてるけど!!」
が、確りツッコミを入れる事を、忘れないアーク。
「はぁぁっ!!」
聖なる炎+雷+龍気の合わさった拳が闇防御魔法を軽々砕く。
そのまま蹴りを入れアルノワールを吹き飛ばす。まぁ拳だの蹴りだの言ってるが炎になってるので、実際は良く分からない。上から攻撃したので拳、下から攻撃を放ったの蹴りと言っただけである。
「アークは、ハッタリックがをやれ! 俺様はこのクソ気味悪りぃ奴を始末する」
「りょ、了解!」
自分は苦労してヒビを入れるのが精一杯だったのに、あっさり骨根が闇防御魔法を砕いたので、目を見開いていたアークが一瞬戸惑う。が、直ぐに縮地でハッタリックの方へ向かう。
骨根は、そのままアルノワールの方へ突っ込む。炎になってるので当然中空からだ。
「これは厳しいですねぇ」
「だったら大人しくやられろやっ!!」
炎で作った巨人を思わせる巨大な拳を繰り出すが……、
「<凍結地獄>」
「ぐはっ!!」
なんとアルノワールは、氷系上位である凍結魔法を越える零度魔法を無詠唱で繰り出した。絶対零度である-273℃の吹雪が巻き起こる。
流石の骨根も怯んでしまう。と言うか炎が弱まる。それでも気合を入れその吹雪を抜けようとするが……、
「<短距離転移魔法>」
アルノワールを捕まえる数秒早く短距離転移魔法で逃げられてしまう。
「ククク……。これは厳しいですね。残念ですがハッタリックさん、ここまです」
声がする方へ振り返るとアークにボコされていたハッタリックを抱えるアルノワールの姿があった。
「では、さようなら。<転移魔法>」
そして、二人揃って撤退して行った……。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「それにしても参りました。流石に最上位を無詠唱で唱えたせいで、あのまま戦うのは厳しかったですね。それに計画も悉くが潰されましたし」
転移先で、ハッタリックに回復魔法を施し、アルノワールは思案する。
またアルノワールは、氷系上位を越える零度魔法を無詠唱で、使用した為にその代償を受けていた。通常より多くのMPを持って行かれていた。
尤も氷魔法のレベルが高ければ、それを避けられるのだが何せ最上位なので、それ以上に高いレベル等存在しない。骨根のように無炎と言った特殊な称号などがあれば、話は変わるのだろうが。
「もう残っている計画は、ブリテント騎士王国とキアーラ海王国をぶつける事。これは……あそこにアークさんがいるから、また阻止されそうですね。となると残りは、ジャアーク王国とスイースレン公国との開戦だけ。ただスイースレン公国にも、アークさんの関係者がいるのが問題なんですよね」
ふ~~と、一度息を吐き黙考し、やがて呟く。
「慎重に進めるしかありませんか。それこそ数年単位で。ククク……。まぁそれはそれで面白いでしょう」
転移先のどこかも分からぬ場所で不気味に笑うアルノワールだった――――。