EP.35 大英雄でも勝てない相手でした
「スカル、スカル……」
草を覗くと唯一イビル・グラビティとやらが、掛かっていないビオサーラが、骨根の腹に空いた風穴から、流れた血溜まりに入って行く。
俺は、龍気を籠め小刀を振りアルノワールの闇防御魔法を破ろうとするが、全く破れない。
「……ねぇスカル」
弱々しく呟き、骨根の血で真っ赤に染まった手を見て震え出す。
「いやぁぁあああああああっっ!!!!」
そして、絶叫した。血で染まった手でもお構い無く、頭を抱え振り乱しながら。
ビオサーラの赤く綺麗な髪が赤黒く染まって行く。その赤い瞳からは、とめどなく涙が溢れる。
アルノワールなんかに構ってる場合じゃねぇ。骨根を助けないと。今ならまだエーコの下へ連れていけば蘇生出来るかもしれない。
そう思い、空に舞い上がり、炎の柱を越えようとするが……、
「行かせませんよ。<邪氷結魔法>」
氷の壁が現れる。ふざけんな! コイツ、いきなり中空にポンっと氷を出したぞ。なのに地面に落下しない。有り得ないだろ。物理法則を無視してやがる。
「邪魔だっ!! <クロス・ファング!!>」
先程のクロス・ファングより、龍気を籠めて斬撃を飛ばすが簡単に闇防御魔法に弾かれる。
そもそもこの小刀の力を引き出せてないように思える。武に借りたのだけど、折ってしまったあっちの方が威力が出た気がする。
闘気を飛ばした斬撃は、白っぽい銀色。しかし、ある時を境に闇夜ノ灯は、刀身・鍔・柄と同じ真っ黒な斬撃に、光陽ノ影は、刀身・鍔・柄と同じ真っ白な斬撃になった。
が、今は龍気になったお陰か、薄紫が少し入っているが、白っぽい銀色だ。威力が出ていない気がしてならない。
それに大英雄が発動して、ステータスが格段に上がったってのにまだ体が重い。イビル・グラビティとやらの効果がまだ残ってるようだ。ナターシャも隙あらば光の矢を放ってるが、俺以上にきつそうだ。顔がずっと険しい。
キアラとラキアに至っては、踏まれてたヒキガエルように……は、言い過ぎだが、起き上がる事すら出来ず、這いつくばっていた。
再びアルノワールに突っ込む。やはりこっちをどうにかするべきか……。
俺は、落下の勢いも入れて斬り掛かる。
ガッキーンッッ!! ピキっ!
闇防御魔法にヒビが入る。
「やりますね」
薄気味悪い笑みを浮かべながら言って来た。
俺は、ナターシャに目配せをしつつ瞬時に後ろに回る。が、……クッソ! 確り対応して来てやがる。常に俺の方へ闇防御魔法を向けて来た。
斬ろうとするが簡単には行かない。だが、俺は囮のようなもの。ナターシャが本命だ。俺に闇防御魔法を向けて来てるって事は、ナターシャの方は、がら空きって事になる。
「この程度、防ぐまでもありませんね」
なのになんて事無しにそんな事を言い、ナターシャが放った光の矢を手で掴み握り潰した。
強過ぎる。もし俺の元々の闇夜ノ灯と光陽ノ影を持っていたとしても、苦戦を免れないだろう。
「スカル……。お願い目を開けて」
「もうスカル、目を覚まさないでしょう」
草を覗けばハッタリックが、滑らかな笑みを浮かべながらビオサーラに語り掛ける。だが、その目は今までと違い冷たい。
「もうスカルはいない。これで貴女は、私のモノです」
「例え……例えスカルがいなくても……」
ビオサーラは、静かにハッタリックを睨みながら口を開く。
「貴方のモノにはならない。私は誰のモノでもない」
静かに言い切るが、そこに明確な怒りがあるのを感じる。その赤い瞳は、丸で炎がユラユラ蠢いてるかの如く。
さっきもビオサーラを『私のモノ』とか言っていたが、モノ扱いした時点で、お前のモノにならないって何故分からないのかねぇ。
「……………」
増々ハッタリックの瞳が冷たくなり、ビオサーラを見下ろす。
「うっ!」
そして、襟首を掴み無理矢理立ち上がらせる。首が締まり苦しそうに顔を歪ませるが、その瞳の炎は絶えない。
ハッタリックは、何を思ったのかおもむろにビオサーラの右の豊満な我儘ボディを掴む。
「これからは、これは私のモノです。私が自由にして良いモノです」
ニタリと笑う。今までの滑らかな笑みではない。完全に気色悪い笑みだ。ビオサーラもそう感じたのか、胸を揉まれた嫌悪感からなのか、或いはその両方からなのか体をブルリとさせる。
「……汚らわしい」
それでも気丈に、ポツリと呟く。
「汚らわしい? 女であれば誰もが男のモノになるものですよ。そしてやがては、子を成すのですから」
「それをする相手は……私が決めるっ!!」
更にキッ! と、睨み瞳の炎が揺らめく。その怒声により、ハッタリックは怯む。が、それも一瞬の事。
「……痛い」
ギューっと胸を握り潰す。
「……くっ! 女の扱いも分からないの?」
「ならば、口の利き方に気を付けてください」
そう言って、腕の力を抜き厭らしい手付きで撫で回す。
好い加減にしろよ、コイツ。見てると段々腹立って来るな。
え? 俺があの爆乳を好きに出来なかったからだって? そうだよっ!!! 文句あるかッッ!!??
「ア、ークぅぅ……へ、変な事、考えてないかい?」
「そ、ソンナコトナイヨー」
苦しそう言うナターシャ。こんな時でもエスパー力健在。
ともかくハッタリックをまずどうにかしないと。骨根を助けられない。これは、敗北必至。骨根とビオサーラを捕まえナターシャの転移魔法で、逃げるしかない。業腹だがな。
「分身魔法」
なので、分身を数体残し、スキル隠密とFFOコートの隠蔽を使い、中空に浮かんでいる氷を避けるように再び空から、骨根の方へ行こうとするが……、
「だから、行かせませんって。<邪氷結魔法>」
ちっ! 気付かれるか。
「<下位火炎魔法>、<下位火炎魔法>」
自分の小刀へ反属性であるを炎を纏わせ、その次にナターシャに放つ。
「<ファイヤー・クロス・ファングッ!>」「エレメント・ファイヤー・ランス」
同時に放つ。だと言うのにビクともしない。何なんだよ? この中空に浮かぶ氷は。
「アーク、無駄です」
「それは、実体の無いものだ」
妖精姉妹がそう言い出す。
「アークには、直接攻撃の効果は薄いようですが、壁を作るだけなら効果があるようです」
「邪魔法は、脳を騙すものだ。しかし、実体がないからと言って、触れれば傷を負うのだ」
そう言う事か。脳を騙すとか思った以上に厄介だな。氷に触れれば絶対零度に触れたと脳が誤認して凍傷を起こす。炎も同じように火傷を起こす。直接触るのは論外だな。かと言って、脳が騙されているので退かせるの事は出来ない。
「ククク……。流石は妖精族ですね。知識は豊富ですね」
薄気味悪い笑みを浮かべやがって。
電光石火を使うか? いいや、ダメだ! 仮にこの薄気味悪ぃのを倒せてもハッタリックが残っている。アレは短時間で俺がダウンしてしまう。そもそもその短時間で、コイツに勝てるヴィジョンが見えない。
「ビオサーラ、もう諦めてください。今なら洗脳せず思考誘導だけにしますよ」
こっちはこっちで、ニタリと気色悪い笑みをしやがって。
「ふふふ……」
ビオサーラが微かに笑う。
「何を笑ってるのですか?」
「スカルは、私の胸を厭らしく見て、ボインボインを好きにさせろって言うのよ」
「……それが?」
ハッタリックは、真顔になり忌々しそうに倒れたスカルを見る。
「でもね。でも、決して触らないし、私が本当に嫌がる事はしないわ。貴方とは大違いと思ってね」
「……………」
視線をビオサーラに移す。その瞳は変わらず冷たい。いや、それ以上に憎悪に染まり睨み付けていた。
「……………」
ビオサーラは、一度言葉を止め大きく息を吸う。
「私のボインボインを好きにして良いのは、スカルだけよっっ!!!」
言い切ったぞ。この状況で気丈過ぎるだろ。今は我儘ボディを触られているだけだが、次に何されるか分からんぞ。だが、その瞳は揺るがない。揺れるのは炎だけ。その瞳の奥の、そして心に灯った炎だけだろう。
「なら、貴女を殺しその後で、永遠に貴女の尊厳を汚しいましょう」
「ヒィ!」
一瞬怯む。そりゃそうだ。流石に気色悪いだろ。死んだ後に愛でるとか。頭イッてるなこれ。と言うか目的変わってないか? いや、これも邪魔法の影響なのか?
ビオサーラも、それを想像したのか、股から雫が零れ下半身がガクガクしだす。それでもその炎が揺れるが如くの瞳は、ハッタリックから離さない。
「……聖水が勿体無い」
キッショ!! 気色悪過ぎだろ。いや、態と言ってるのか? ビオサーラの心を完全に折ろうとしてるのかもしれない。
「もう良いでしょう? 貴女が従えば悪いようにはしません。いや、必ず幸せにします。私は、貴女を愛してるのですから。出来れば洗脳もしたくないですし」
そうして再び滑らかな笑みを浮かべた。
やっぱコイツ心を折りに掛かっていたようだ。一連の気持ち悪い行動。爆乳を触ると言うめっちゃ裏山けしからん行動から全て。そして落とした後に、甘い言葉で自分のモノにしようとした訳か。
ビオサーラの返事は、果たして……、
「うんざりよッッ!!!」
出ました。ビオサーラの決め台詞。
「なら死ね! この俺が、優しく言ってやってるのにクソ生意気な女がっ!!」
「げほっ!」
ハッタリックが本性を出した。
胸を触ってた手が、そのままビオサーラの背骨から生えた。クソ! 貫きやがった。そして、投げ捨てる。これ左の乳房だったら、心臓を貫いて即死だったぞ。どっちにしろ危険だが。
そこで、唐突にスカルが起き上がった。風穴が空いた腹から血をドバドバ垂れ流しながら。
俯いており、その表情を伺い知れない……。