EP.32 初めて大英雄の称号が役に立ちました
「邪の気配を感じます」
端的にファーレが言った言葉にピクっと反応したのは、キアラとラキアだ。
「これは厄介ですね」
「まさか邪とは……。主様よ、危険なのだ」
少し緊張が走った声音で姉妹は言った。
「邪とは?」
「相手を洗脳する魔法です」
「それに相手の認識を違えさせるのだ。幻魔法は偽りの虚像で間接的に脳を騙すが、邪魔法は直接脳を騙すものなのだ」
「まぁウチらも知識として知っているだけですが」
「流石四倍ババァ。見識が広いな」
ニヒと揶揄うように笑う。ちょっと空気が重いので、軽くしておこう。まあ俺の実年齢から見れば三倍半ババァなんだけど、どうでも良い事だ。
にしても邪魔法か。ウルールカ女王国の書庫にそんな記述が書かれた本はなかったな。一般的に知られていないのかもしれない。脳を直接騙すとか、これは一筋縄では行かないかも。
あれ? ちょっと待てよ。子の道場にいた雑魚五人は、骨根がビオサーラに取り入ろうとしてるのを誰に聞いたかと尋ねたらハッタリックと答えた。つまり邪魔法とやらで、好意的に受け取ってしまったのではないだろうか?
「こんな時に失礼です。生意気アークは健在ですね」
やはり毒舌で食って掛かるのはキアラだ。ラキアはクネクネして……言及は避けよう。
「で、ファーレ。何で俺とナターシャは、気持ち悪いと感じて、他の奴らは好意的に感じたんだ?」
「お二人共、英雄の称号持ちではありませぬか?」
あ~。そう言えば、英雄の称号の能力の一つは、邪を退けると言うものだったな。
「確かに英雄の称号はあるな。でも、ナターシャは何で顔を青くさせてるんだ? まさか奴がナターシャだけに何か仕掛けた?」
「主上は、大英雄もしくは勇者の称号をお持ちでは?」
「大英雄だな」
「なら、そのお陰です。英雄では、完全に退ける事が出来ず、邪に当てられてしまったのでしょう」
なるほど。邪を退けると鑑定で読み取れたが、どの程度かは、読み取れなかった。そしてナターシャの英雄も、俺の大英雄も同じように『邪を退ける』としか書いてなかった。
にしても、この恥ずかしくて背中がムズムズするような称号が役に立ったのだな。まあいずれは、この称号が重要になる気がしていたが、まだまだ先の事と予想していた。尤もこれは大英雄の能力の一部なのだけど。
「つまり、ハッタリックの奴は、その邪魔法とやらの使い手だっつーのか?」
黙って聞いていた骨根が口を開く。
「邪の気配を感じるだけだ。あくまで気配」
ファーレは、骨根に向かって答えると、俺に視線を向ける。
「これはまずいです。主上、警戒を」
「どう言う事?」
「恐らく、あの者の背後に邪魔法の使い手が控えています。あの者は、邪魔法の使い手の力を借りただけだと推測します」
「うんざりな話ね。ハッタリックだけでも、倒せるかどうかって話してたのに、背後に別の人がいるのね」
辟易した顔で言うビオサーラ。確かにその通りだ。ハッタリックを総力戦で倒そうと話してたのにバックに誰かいるなら、下手するとハッタリックと、そいつの二人を相手しないといけない。
「こりゃ背後にいる奴が出て来る前に、ハッタリックを倒すしかないな」
そう言って俺は、肩を竦めた。
その後、細かい打ち合わせをして、それぞれの部屋で休んだ。
次の日、外で鍛錬のフリで、素振りをしているとハッタリックが、玄関から出て来た。
「おはようございます。朝から精が出ますね」
ゾクリ。滑らかな笑みを浮かべ話し掛けて来る。
「おはよう。ハッタリックは、何処か出掛けるのか?」
「えぇ。パーシヴァル町に用事ががありまして」
「そうか。気を付けてな」
そう言ってハッタリックの肩をポンポンと叩き玄関から、道場の寮に入って行く。そうして、ナターシャの部屋に向かう。
「上手く行ったかい?」
「いや、まだ分からない」
ハッタリックは、俺が叩いた肩を不快そうに振り払う。しかし、それ以上は何もせずパーシヴァル町に向かって走り出す。
「成功だ」
「良かったさぁ」
ナターシャは、安堵の息を溢す。これで第四段階完了。
実は肩を叩いたのは囮。背中にくっ付けた茎から目を逸らす為の。そうこの茎とは、草だ。
第四段階は、草を取り付けハッタリックの行動を覗くと言うもの。子の道場の師範がやっていた事だな。
風魔法で、フウマ・シップウが飛んでいたのと同じで、二番煎じなのが気に食わないが。俺がやろうと思ってた事を、何故他の奴が先にやるからな~。
ちなみに朝早く起きて、ハッタリックがいる部屋の気配を感じるように集中して、動き出したと思ったら先回りして、鍛錬してるフリをした訳だ。
まあ誰の気配か認識する事は俺には出来ないが、『ハッタリックの部屋にある気配=ハッタリックの気配』って事になるので、それで十分だ。尤もハッタリックが俺達の事に感付いて、罠を張り他の誰かを部屋にいさせたらアウトだったがな。
まあともかくダークの気配完知様様だ。
「後はパーシヴァル町に到着するのを待つだけだな」
「だねぇ。ただ町に本当に行くか分からないさぁ」
「だな。口ではパーシヴァル町と言っていたが、実際は関係無いとこかもしれない。いずれにしろ監視しないと。俺の予想では、必ず骨根を罠にハメる仕込みをする」
「前も思ったけど言い切るねぇ」
「テンプレだからな」
そう言って肩を竦める。
そう骨根が優勝したと騙す……もとい勘違いさせる事で、必ず動くと見ていた。それも焦って早めにだ。トリスタン海洋町の事を考えると、仲間に協力して貰うのかもしれない。
ハッタリックは、骨根が優勝したと勘違いし焦ってるのも幸いした。本来なら、索敵気法により、あっさり異物が付いてると気付くだろうに。正直この第四段階は賭けだった。
失敗したら、適当な理由をこじ付けて着いて行く予定だったが、そうなれば怪しまれただろう。
俺の予想では、何が何でも骨根を排除するだろう。それも自分がやっていないとアリバイを用意して。
子の道場にいた雑魚五人を、この道場から追い出したのも、全てはビオサーラを手に入れる為に。誰かを蹴落とせば自分のモノになると考えているのだろうな。
それに加えバックがいると知ったからには、尚更警戒を強めないと。
やがて、ハッタリックがパーシヴァル町に到着する。歩いて半日は掛かる距離を、よっぽど急いでいたのか二時間たらす到着した。そこまで焦っているのかもしれない。
まあなんせビオサーラが、骨根と一緒にいたしな。骨根と一緒に帰って来れば応援に行ったのだと察したのかもしれない。それが嫉妬爆発に繋がったのだろう。
ハッタリックは、パーシヴァル町に到着したその足で、酒場に向かいカウンター席、それも一人の男の隣に座り酒を注文した。
「ハッタリックの旦那。今日はどうしたんだい?」
隣に座っている男が陽気に声を掛ける。
「……スカルが帰って来ました」
それに対し苦々しく答えた。
「へぇ~」
男は、目を丸くする。
「となると、四位以内に入ったのかいのかい? やるね~」
「いえ、忌々しい事に優勝です」
「ほ~。そいつは凄い。で、どうするんですかい?」
「一週間後、師範は王都に行きます。その時にスカルを誘い出すので、始末してください」
ヒュー! 当たりを引いたぜ。やはりテンプレ通りだ。なるほどね。師範が留守の間に事を起こすのか。
「そりゃ構いやせんが……」
「えぇ。勿論報酬は、払います」
「良いねー。じゃ仕事を請け負いやすぜ」
「何人用意出来ますか?」
「獣王国武術大会の優勝者でしょう? 生半可な数では厳しいでしょう。五十人集めますよ。それで不意打ちでも、かませば十分でしょう」
「それは頼もしいですね」
五十人かよ。これはちょっと面倒だぜ。
「にしてもトリスタン海洋町で、奴のフリをして暴れるなんて温い事せんで、最初から始末すれば良かったでしょう」
「えぇ。忌々しいですが、そうしておけば良かったと後悔していますよ」
はい、言質取りました~。やはりコイツの仕業だった。