EP.06 相棒を見殺しにしました
季節は凍り付くような寒さがある冬の到来間近の秋。具体的には12月24日だな。
「アークス! 十五歳の誕生日おめでとうさん」
「ありがとうよ」
《ダークってクリスマスイヴが誕生日なんだよな。尤も公式では誕生日不明となっており、ダームエルが勝手に誕生日にした日だ》
今日は俺の誕生日を祝ってくれるとかで、ウエストックスの町の店を一つ貸し切りにしている。いつも誕生日は、祝ってくれるのだが、此処まで大袈裟ではない。
が、十五歳は成人の歳だから節目なんだそうだ。
「ほれ初酒だ。飲んでみな」
成人と言えば酒を飲んで良い歳だそうだ。あまり興味ない。が、勧めて来るのだ。飲んでみよう。
「悪くない」
「そうか。だが最初は軽くにしておけ。記憶飛ぶぞ」
ケラケラと、陽気に笑いながら言う。もう酔ってるのか?
「そんな事あるのか?」
「まあ重度だと、な。軽度だと頭痛で済む」
「そうか」
「それでアークス。やっぱりこの仕事続けるのか?」
またその話か? もう何度も聞いた。
「ああ……ダームエルは俺がいない方が良いのか?」
「いや、お前さんのお陰で金をがっつり稼げてるからいた方が良いぞ。だが、何度も言うがこれは真っ当な仕事じゃない」
「今更だ」
「そうか。じゃあ、もうこの話は二度としない。ただ、俺もいつか辞めると思う。その時はお前も考えろよ」
「ああ」
いつか、か。ダームエルは先を見据えてのかな?
「なあ、ダームエル」
「何だ?」
「何故俺を相棒にした?」
ダームエルが目を丸くする。
「何を今更。最初に言っただろ? 能力の問題だ」
「違う。それなら俺に常識を教える必要もないし、真っ当な仕事を紹介するなんて言う必要もない。コキ使い倒せば良い」
「そうだな……」
ダームエルが一気に酒を煽る。そして暫く沈黙が続く。やがて、ゆっくり口を開く。
「……俺は孤児なんだ」
「そうなのか?」
「薄々気付いてるかと思ったぞ」
「何故だ?」
「俺には家名がない」
確かにただのダームエルだな。
「それは言いたくないとかだと思った」
「ハハハ……そう捉えていたか」
何が可笑しいのか暫く笑っていた。
「でだ、俺も散々な事やって来たんだよ。毎日盗みとか、場合によっては殺しとか。食って行く為にな。お前さんと同じだよ」
俺は何も言わずただ頷く。
ダームエルと出会うまでの事を思い出す。今もクソったれだが、昔はもっと酷かった。ダームエルと出会わなかったら、とっくに野垂れ死んでいただろうな。
「だから、俺は自分と同じようなガキは見たくないんだ」
「それで俺を助けたと?」
「そこまで大層な事言うつもりはねぇよ。お前さんとは、良い仕事ができると思ったのは事実だしな」
「子供が悲惨な事になる仕事は避けてたのもそれが理由か? そういう仕事だとわかれば、途中で手を引いたのも」
「まあな」
また暫く沈黙が続く。ダームエルが何かを言おうとして口を開こうとするが直ぐに閉じる。
逡巡してる感じだ。そして、おずおず話し出す。
「……俺さ夢があってさ。笑うなよ?」
「何だ?」
「世界中のガキを不幸にしない事」
「………」
無理だろ。笑うなと言われたし黙る事にした。
「無理だと思っただろ?」
「……ああ」
「俺もそう思う。だけど一つ俺にもできそうな目的があるんだ」
「何だ?」
「孤児院の運営。世界中や大陸中は無理でも、いくつかの町に孤児院を作るくらいなら可能だろ?」
「それなら現実的だな」
「さっき言った、いつか辞める時だ。まだまだ資金がたりないと思うがな」
そうか。
それならこの関係もいつか終わるな。
「お前さん、もしその時が来たらどうする?」
「暗殺者でもなるかな?」
「お前さんらしいな。でも、お前さんには護衛のが向いてる。気配察知が優れてるから敵に襲撃される前に気付ける」
「そうか?」
「ああ……お前さんは、きっとどこかの城で仕えるようなタマだよ。だからその時が来たら、考えてみてくれ」
「わかった」
その日は、ウエストックスの宿で眠った。しかし、無数気配で朝早く目を覚めしてしまう。
ダームエルの宣言通りラフラカ帝国をやり合った。いや、やり過ぎた。
依頼という形で中途半端に反帝国組織に関わっていたのが失敗だったのかもしれない。俺達は最悪の形でしっぺ返しを現在喰らってるようだ。
「起きろ! ダームエル」
「ん?……ふあ~~。どうした? アークス」
欠伸をし、まだ眠気のある眼を擦りながら起きた。
「……囲まれている」
「何だって? 何処の奴等だ?」
眠気が吹っ飛んだようで、一気に起き上がる。
「たぶんラフラカ帝国軍だ」
俺は窓から外を見ながら言った。
「クソっ! また奴等か。だが何故だ?」
「俺達はやり過ぎた」
あるいは反帝国組織に入っていれば、人数がいるので早々襲われないし撃退も可能だっただろう。
「ちっ! どうする?」
「窓を突き破って、屋根を走り抜ける」
「わかった……じゃあとっとと準備して逃げるぞ」
「ああ」
さて気配で感じ取れるのは二百人程度か? 恐らくもっといるだろう。 逃げ切れるか?
俺達は窓を破り、屋根を飛び越えて逃げ始めた。
「<中位火炎魔法>」
魔導士集団までいやがる。数十人いる魔導士が一斉に中位火炎魔法を唱えて来た。
人間サイズはある大きな炎の塊だ。それが数十人で一斉に唱えたのだ。脅威、迫る来る死を感じる。なので、急いで屋根を飛び越え次の家の屋根に移動する。
次の瞬間、先程までいた家が吹き飛ぶ。
逃げるだけでは、いずれ魔法の餌食になる。なので、俺達は飛び降りた。そして、囲まれる。
「クソっ! どこまでもふざけやがってっ!」
ダームエルが毒づき剣を抜く。俺も走りながら小太刀を構えた。
「一点突破だ」
「おお」
プシュプシュプシュプシューンっ! と、俺は正面にいた連中を斬り裂きながら進む。
ダームエルが後ろに続く。
「<中位火炎魔法>」
クソっ! また一斉魔法。
あんなの避けられない。
「くっ!」
「ちぃっ!」
ザンっ!
焼き焦がされ、足が緩んだ隙にダームエルが斬られた。
俺はダームエルを庇うように走る。
ザンっ! ブスっ! プシュっ!
と、もう何の攻撃かわからないが、体中が悲鳴を上げている。
このままじゃ危ないな。ダームエルも似たような状況だ。でも、後少し……。
「ダームエル着いたぞ」
俺は南を目指していた。
「此処って……」
「あんな人数どう足掻いても逃げきれない。凍えるだろうが覚悟を決めろ」
「仕方ない。わかったぜ」
そして、飛び込んだ。海にだ。それでも弓は飛んでくる。
速く泳がないと。しかし、俺達はもう満身創痍。そんな余裕もなく。波に攫われるだけだった。
《うわ! 最悪のクリスマスだな》
何処に流されたのか、気付く陸地が見えた。
俺は、ダームエルを引っ張りながら、陸地に上がると、そのまま浜辺に倒れ込んだ。
「おーいアークス。生きてっか~?」
「なんとかな」
体中が悲鳴を上げているが、なんとか立ち上がる。それに寒くて凍える。
冬に海に飛び込んだのだ。体が冷え切ってる。
「そうか……ごふっ!」
ダームエルが吐血する。
「ダームエル?」
「俺は……ダメ、見たいだ」
「ウソだろ?」
「……指一本動かないだ」
「じゃあ引きずってでも……くっ!」
痛みが走る。俺にもそんな余力はない。俺だっていつ完全に倒れてもおかしくない状態だ。
「なあアークス、ごふっ!」
また吐血。
「喋るなダームエル!」
「お、れを殺して……くれ」
「馬鹿な事を言うなっ!」
「こ、んな……体中が、いてぇ…のに……死ぬまで、ま、てない」
どんどん弱々しくなって行ってる。俺は小太刀を抜く。
そういつものように、機械的に手を動かして殺すだけだ。だけど、ダームエルに出来るわけがないだろ。
「ご、めんな~……ずっと、あや、まりた……かったんだ」
「いきなり何だよ?」
「この道に……巻き込んだ、こと、だ」
「それは俺が選んだ事だ」
「いや、それ、は……せんたくし、と、して……のこ、したから……」
ダームエルが虫の息になって来てる。
「有無をいわ、さず、ひか、りのほう、へ……つれて、いけば……こんな、こと、にも……」
「それは俺だって、もっと上手く立ち回れば……」
言っても詮無き事だろ。俺もだが、ダームエルも。
「だ、から……すぅ、はぁ……これ、は罰、なんだ。だ、から、お前さ、んが、さばい……てくれ」
ダームエルがいつの間にか泣いている。とめどなく涙が溢れている。
「い、ごごち、がよ……すぎた。すぅ、はぁ……おま、えさんと……い、るの、が……だ、から、突き放せ、なか……った。ほんとは、わ、かって、たんだ。ガキに、いつ、までも、こんな事を……すぅ、はぁ……やら、し、ちゃ……いけ、ない……こと、くらい。お、まえ、さんが……十三の、ときに、ほんとは、真っ当……な、ことを、させ、る……ってきめて、たん……だ、けど、な」
どんどん弱々しくなって行く。もうダームエルは助からないだろう。
「だ、から……これは、罰、な、んだ。たのむ……さ、い、ごは……おま、えさん……の手で、逝き……たい」
どうする? 迷う事ないだろ?
相棒が俺に殺される事を望んでる。
最期くらい相棒の望むままにしてやれば良いじゃねぇか。
俺の右手にあるこの小太刀をただ振り下ろせば良い。
このダームエルが用意してくれた小太刀で……。
できるかよっ!!
そんな事できない。
ダームエルは俺に取って相棒以前に――――。
「……必ず助けを呼ぶ」
俺は逃げた。ダームエルを見殺しにした。何が助けを呼ぶだ。
ふざけるなっ!
ダームエル助からねぇよ。
俺は怖かっただけだ。
だから、六年半は連れ添った相棒を見殺しにした――――。
《ダーーーームエルーーーーーッッ!! うわ~~! 悲惨過ぎるだろ! ダークの人生》