EP.41 名前を呼んで -side Biosara-
私のビサラーラ。生まれはブリテント騎士王国。
ブリテント騎士王国では十二の騎士が存在し、私の父はその中の『辰の騎士』の位を与えられている。
普段は辰の道場を開き門下生に『龍気心拳』を教えているが、これは次代の辰の騎士を育てているのだ。
そして、国で何かあれば十二の騎士として馳せ参じる決まりがある。
尚、騎士の位を賜る条件はただ一つ。師範より免許皆伝を言い渡され道場を継いだ者だ。つまり、出生は関係無い。なので父は平民の出で私も父も家名は無い。
話は変わるが、今から十年前になるだろうか。私が十歳の頃だ。
酷い嵐の日だったのを覚えている。私は父に連れられ王都の会合に行き、帰宅する際に激しい雨音と雷の音が響き、普段より遥かに揺れる馬車で帰路を辿っていた。
その時に急に馬車が停止し、御者が何か騒いでるのが聞こえた。私と父は気になり雨の中、馬車を降りた。
そしたら狭い街道の真ん中に人がいた。私より少し下くらいの男の子だ。この世界では珍しい純粋な黒髪黒目の少年。
ジパーング聖王国では、黒髪の人は多くいるが、色が薄かったり微妙に他の色が混ざっていたりして、真っ黒な者は少ない。
その少年は雨に打たれ、ボーっと突っ立っていた。それだけで戦慄に私の心臓がドクンと撥ねのを良く覚えている。
服装は、雨で濡れていても分かる程、上等の物のでお貴族様かと思ったが、それにしてはズボンとシャツだけと言うラフなもので、着飾ってはいなかった。
髪は雨に濡れ、へなっているが耳や目に掛からない長さに切り揃えいる。
そして、目はこの世のあらゆる者を憎んでいるかのように酷く荒んでおり、稲光でギラ付きそれが怖く足が震えた。途中から足だけでなく体中震えた。それは雨に打たれ凍えたからなのか、恐怖からなのか、或いはその両方からのかは分からない。
これがまだ八歳だったスカルとの出会いだった――――。
人が良い父は、風邪を引くと言い、無理矢理馬車に乗せた。何を考えているのか終始無言だった。その後、道場で一晩泊めた。
次の日、父はスカルに話し掛ける。私も一緒に聞こうとしたが、どうしてもあの荒んだ目が怖く父の背に隠れていた。
「まず名前を聞こう」
「……何でも良いだろ?」
「それでは互いに困るだろ? 儂はガルバリス。こっちは娘のビオサーラだ」
「困ねぇーよ! 大体見ず知らずの俺様なんか放っとけよ! クソが」
口が悪い。態度が悪い。それでも父は根気強く話し掛けた。連れ帰った手前放っておけないと言うのは勿論だが、彼が黒髪黒目で転移者かもしれなからだ。
召喚させられただけでも勝手に呼び出された被害者だと言うのに、迷い込んだ者はそれ以上の被害者と言える。
右も左も知らない世界。それに加え呼び出された訳ではないので、近く誰もいなくて当たり前。その為に転移者は保護しようと言うのが、この世界の暗黙の了解とも言える。
まぁ国によって違うのだけど。それこそルナリーナ南大陸なんて聖人扱いで、是非とも引き入れようなんてするらしいし。
口は悪い、態度は悪い。それでも徐々に色々話してくれるようになり、父に心を開くようになった。
荒んだ目も一年もすれば普通になっていた。恐らく元の世界で良い生活をしていなかったのだろう。思い出したくないのか、その話題には決して話そうとしなかった。
世話になるのだから、ただ黙っているのではなく門下生となり、父より龍気心拳を教わる事になる。
ただ才能がないのか伸び悩んでいた。それにより次第にサボるようになる始末。
ただ私は、隠れて色々やっているのは気が付いてた。驚いたのは、誰かが教えた訳ではないのに炎魔法を扱っていた事だ。
きっとスカルには炎魔法の才のが大きいのだろう。
口は悪い、態度は悪い。それは何年経っても変わらない。
当時門下生も何人もいて活気があった。その門下生としょっちゅう衝突するのを見掛ける。
口は悪い、態度は悪い。そのせいで喧嘩ばかり。
口は悪い、態度は悪い。そのせいで要らぬ誤解ばかり与える。
私が成人する頃には、私もそれなりの護身術程度には鍛えた。門下生程に正式に龍気心拳を教わってる訳ではないけど。と言うか教えてくれない。
何故ならいずれ私は嫁ぐ事になる。少しでも辰の道場の事が外部に漏れないようにする為だ。
くだらない。本当にくだらない。十二の道場で交流を持ちそれぞれの良いとこ取りをすれば、より国の為になると思うのに。
話は逸れたが、それなりの護身術を覚えたので魔獣の数体や野盗程度には遅れは取らない。だと言うのに私が出掛けると、必ず門下生の何人かが着いて来る。護衛だと言って。
ほんとうんざりだ。方便なのは丸わかり。私と婚姻すれば父に認められ『辰の騎士』に近付くとか浅はかな考えを持って。これなら堂々とサボってるスカルのがマシじゃない。
それに私は、一人で買い物とかしたいのに終始話し掛けられて鬱陶しいったらありゃしない。
ある日、スカルが門下生達と大喧嘩していた。喧嘩はいつもの事だ。しかし、その日は門下生達に殴られまくったのか、次の日見たらスカルはボロボロだった。
そして門下生達全員いなくなっていた。残ったのはハッタリックとスカルだけ。
スカル曰く『俺様が追い出した』の一点張り。何があったのか一切言わない。それには父も呆れた。
口は悪い、態度が悪い。それに加えちゃんと話さないせいで余計に不和生んでいる。それには私もうんざりした。
それから、出掛ける時はスカルが着いて来るようになった。ただ一定の距離を取ってだ。何がしたいんだか。『辰の騎士』の位なんて興味なさそうにしているのに。
まぁいちいち話し掛けられないから、今までいた門下生よりはマシとは思うけど。
ただ、それでも無言で付き纏われるのもそれはそれでうんざりだ。
だから、流石に私から食って掛かってしまった。
「一体何がしたいのよ!?」
「俺様も町に用があるんだよ」
「嘘仰い! 何もしてないでしょう!?」
買い物してる訳でも町を眺めている訳でもない。ただ一定の距離を空けて着いて来るだけ。私がお店に入ると店の外の適当なとこで腰掛け、ダルそうに欠伸をしてる。
撒こうとすれば、龍気心拳の特性から直ぐに場所が分かり、結局付き纏われる。
「良いから何してるのか言いさい!!」
「うっせぇーな! ただの護衛だよ」
「要らないわよ!!」
「お嬢にも対処できない事もあるかもしれねぇだろ!?」
確かに対処に苦労する程に魔獣に囲まれた事もあった。普段は何もしないくせに、対処できないと見極めると必ず手を貸してくれる。『通り掛かった』だけだとか何とか言いながら。
口は悪い、態度が悪い。でも、私目当てで付き纏っている訳じゃないのは分かる。スカルって素直じゃないだけで優しいのかもとか私も考え始めていた。
それでも付き纏われるのは気持ち悪い。今までの門下生のようにうんざりはしないけど気持ち悪い。
「分かったわよ。それなら隣を歩きなさい。一定の距離空けられて着いて来られるのは気持ち悪いのよ」
「ちっ! わーったよ」
舌打ちししかめ面で答える。
「それと名前で呼んでよ」
「………………………………………………言わね」
何故か私の名前を呼んでくれないのよね。もう五年の付き合いになると言うのに。
「何でよ!?」
「お嬢はお嬢だろ? 師範のじじぃの娘なんだから」
名前を呼んでくれないけど、それでも出掛ける時は必ず隣を歩いてくれるようになった。ただそれでもお店とかに入る時は、一緒に来てはくれないけど。
それから一年の月日が流れた時に、いなくなった門下生達が他の道場に鞍替えしている事が発覚した。
それを父がスカルに問い質す。
「知っていたのか?」
「ああ」
「何故言わなかった?」
「あいつらが決めた事だろ? 俺様にはかんけーねぇ」
「他の道場へ行くのは禁止してるだろ」
「だから俺様には、かんけーねぇっつってんだろうが!!」
口が悪い、態度が悪い。六年経っても変わらない。
更に追及すると何でもスカルが次代の『辰の騎士』と内定されたとか言われ、一年前にモメたとか。
当然スカルには身に覚えはないし、普段からサボっている。意味の分からない話だ。スカルも話を大事にしたくなく、ただ黙って殴られただけらしい。
ほんと口が悪い、態度が悪い。
―――――でも、本当は凄く優しいのかもしれない。
だって、それって自分だけが元門下生達にも父にも責められて、他に火の粉が飛ばないように自分だけが我慢してたんじゃない。
ほんと口が悪い、態度が悪い。………………そして、やってる事が馬鹿らしい。