EP.26 藍玉の激怒
Aブロック会場にある賭博場に十歳にも満たないような小さな一人の幼女がやって来た。トレードマークは、百合の花飾りと言える程に青髪にマッチしていた。
この時間に訪れる者なんて一人しかいない。それはアークに賭けたただ一人の人物だ。アークの行動は武闘派の獣人には耐えがたく嫌われてしまうもののだ。
もっと分かり易く言えば獣人は脳筋の傾向が強い。
それは賭博にも影響している。賢い者ならオッズを見て負けた時に最小限の被害で済むように相手の方にも多少賭けておくものだ。なのに脳筋が故に全てデメックに賭けていた。結果、幼女の総取りだ。
「ちょっとそこのお嬢ちゃん」
「ん? 何だ?」
「その金を置いて消えな」
「何故だ?」
「不当な金だからだ」
「意味が分からぬな」
賭博で賭けをし、それに勝ったから配当を貰う。誰が見ても正当なものだ。幼女もそれを信じて疑わない。心底意味が分からないと小首を傾げる。
「ならば、こっちに来て貰おうか。痛い目にあいたくないだろ?」
「仕方ない。着いて行ってやるぞ。有難く思え」
「お嬢ちゃん、随分と態度がデカいな」
「お主は体も態度もデカいな」
声を掛け、別の場所に移動しようとした獣人の眉がピクピク動く。今直ぐこの場でぶん殴りたいが、騒ぎになるので場所を変える必要がある。それ故に必死に堪えていた。
当然周りにも幼女が連れて行かれるのが見られていた。さぞ幼女は震えてるように見えているだろう。なんせ十人近くの獣人に囲まれているのだから。
小さな幼女をごつい十人近くの獣人に囲まれる。それは異様な光景だろう。しかし、誰もが遠巻きに見るだけで助けようとしない。それはそうだ。十人近くの獣人に自分まで目を付けられたくないのだから。
そうして幼女は、獣人数人に囲まれるように着いて行き、人気のない建物物に入った。
「さぁ、金を渡しな」
「先程も意味が分からぬ、と言ったが?」
獣人達がニタニタと下卑た笑いをする。それに対し幼女は怯える事なく普通に返していた。
そう連れて行かれる間、遠巻きに見ていた者からすれば震えて見えていたであろうが、事実は全くの逆だ。幼女は平然としていた。
「状況が分かっていないようだな。不正に得た金だからよこせって言ってるんだ」
「何が不正なんだ? それに不正なら憲兵が来るのではないのか?」
「不正は不正だ。どんな卑怯な手を使ったのか知らんが四天王が破れる筈がないんだ」
「実際破れていたであろう?」
「それが不正なんだ。あの野郎、最初からインチキばっかしやがって」
「何にしても、お主らに渡す道理はないな」
「なんだとー!? クソガキが調子に乗るなよ! おりゃガキでも女でも容赦しねぇぞ」
獣人達が怒り出し幼女を睨む。
「良かったな。姉上だったら、もうお主らは消し炭だぞ」
「姉上かなんだか知らんが、ここにいるのはてめぇだろ!! さっさと渡さないなら痛い目にあって貰う」
「先程面白い事を言っておったな」
幼女がニヤリと黒い笑みを浮かべる。それに呆気に取られ間抜けな顔を晒してしまう獣人達。
「状況が分かっていなようだな、と」
「ああ、そうだ。状況が分かっていないだろ?」
「それはお主達だ。我が主様を侮辱した事、万死に値するぞ」
ちなみに幼女がノコノコ着いて来たのは、他人を巻き込んで暴れる訳には行かないと思ったからだ。
「もう良い! 全員やっちまえ!!」
そう言った瞬間一斉に幼女に獣人達が襲い掛かる。
「は?」
「所詮はケモノ風情か」
吐き捨てるように幼女が言う。それも上から。この上からと言うのは、文字通り上だ。上空に飛んだのだ。それを見た獣人達の目が点になる。だが直ぐにその身体能力を利用し跳ぶ。
余談だが、獣王国では獣人が獣化した際に種族によって一回りも二回りも大きくなる。それが家の中で飛んだり跳ねたりすれば、直ぐに天井に激突してしまう。
なので、獣王国の家の作りは人族の一般的な家の天井より、四倍は高い。それ故に幼女も自在に空を飛べていた。更に……、
「<目闇魔法>」
目に黒い靄を発生させ、目を塞ぐ。それによりあっさり幼女は獣人達の猛攻避ける。
「ちっ! 目を潰したところで、俺達は鼻が利くんだ」
「そうか。なら<潜水魔法>」
幼女は自らを水玉で包む。本来は水中でも呼吸できるようにする為の魔法なのだが、匂いを外に漏らさないと言う応用で使用した。
「ちっ! 逃げたか」
「ケモノ風情が何を言っておる? 主様を侮辱した事、万死に値すると言ったであろう? 先程の言葉をもう忘れたのか?」
「主だぁ!? あの卑怯者の子分か? 通りでやる事がせこい。目と鼻を塞がないと勝てないってかぁ!!??」
「ケモン風情が、脳筋だから賭博にも負けるのであろう? 情けない」
「んだとぉ!!!」
獣人達は、声の方に向かって拳を振るうが幼女は直ぐに回避して当たらない。それどころか目が見えないせいで獣人通しで殴り合ってしまう始末。
「ついでに言うと鼻は塞いでいないぞ。脳みそ筋肉だから、そんな事も分からぬのか?」
「煩い!」
「仕方ない。我は寛大だから目眩ましの魔法が解けるまで待ってやろう」
「はっ! そんな小細工しないと喚けないような奴は、目が見えればこっちのものだ」
「あ~、主様の元の世界でこんなことわざがあったな。『弱い者程吠える』とか『負け犬の遠吠え』とか。まんまお主らのようだな」
かかかと、幼女は愉快そうに笑う。獣人達は怒りで眉がピクピク震えており、今にも怒鳴り散らしたのだが、それをグッと堪えて目が見えるようになるまでじっと耐えた。
せっかく目眩ましの魔法が解けるまで待つと言われたので、その時に思いっきり暴れるようにと耐える耐える耐える。そうしてやっと見えるようになった。
「ワォォォォォォォン!」
「がぁぁぁぁ!!」
「パォォォォオオン!!」
「にゃぁぁぁん!!」
その瞬間、獣人達は一斉に獣化した。
「<幻多魔法>」
「な、に!?」
幼女が幻魔法を使い十人に増える。
「<百水槍魔法>」
その十人が百の水槍……計千本を展開する。勿論九百本は幻だけど。
「まだやるのか?」
「あ、当たり前だ」
と、言ってる割には獣人達の腰が引けている。
「そうか」
幼女が手を前にかざすと一斉に水槍が飛んだ。
「ぐっ!」
「ちっ!」
「ぬあぁ!」
「ニャーっ!!」
「アォオオンっ!!」
急所は外したが腕や足を貫く。
「まだ終わらぬぞ。<我が大流により始まり、流れしもの。食らい尽くせ、食らい尽くせ、三度繰り返す。食らい尽くせ! 奔流よ、此処に>」
デメックが短縮詠唱させた魔法だ。流石に幼女には短縮詠唱する力はないが、それでも水系上位の激流魔法の中でも最高位の魔法である。
もう獣人達は涙を流し許しを請うているが、全て無視していた。
逃げ惑うものや、漏らして気絶してる者もいて、この時点で死屍累々と言っても良いかもしれない。しかし、本当の地獄はここから始まる。
「<暴食波魔法>」
幼女の足元――正確には空を飛んでいるので、地面にある幼女の影――から水が発生し、それはどんどん大きくなり、近くにいる者を次々呑み込んで行く。呑み込むと渦潮を起こしたかのようにグルングルン回転してうねる。
魔法が納まった頃には十人くらいいた獣人達は一人を除いて完全に意識が無くなっていた。
「……もう゛、がんべん……じて、ぐださい」
土下座を通り越して土下寝までして許しを請う。
「我が主様を侮辱した罪、万死に値すると言ったぞ」
「も゛じわげ……ござい、まぜんでじた」
「では、これ終わりにしてやろう。感謝しろ。<氷山魔法>」
ダメ押しと言わんばかりに氷山を獣人達の周りにいくつも発生させる。
体は水で濡れており、急速に冷える。凍り付いている訳ではないが、体中がかじかんでまともに動けなくなった。
そこで、漸く憲兵がその建物にやって来た。今大暴れたした幼女と顔が瓜二つの幼女と一緒に。
「姉上、遅いではないか」
「貴女がお仕置きする時間を作ったのですよ。それにしてもやり過ぎではありませんか?」
「姉上には言われたくないぞ。それにこれは仕方ないのだ。主様を侮辱されたのだぞ。万死に値する」
「それでもこんなケモノ風情にここまでするなんて時間の無駄ですね。どうせ脳筋の戯言なんですから」
「その通りなのだが、姉上はいちいち言う事が辛辣ではないか?」
と、ワイワイやってる間に獣人達は憲兵に取り押さえられ、幼女も事情聴取を少しされ解放された。