EP.19 ナターシャ=プリズン (三)
ダークを救い治療をし、アークと名付けた薬師ナターシャの過去について少し語ろう。
ナターシャは、代々薬師の家系で、薬師としての修行に明け暮れており、将来有望で、また容姿も町一番と噂される程、美しかった。
代々薬師の家系なので、お金がそれなりにあった。それ故、服装も今のツギハギだらけのものとは違い身なりの良い服装だった。
奇麗な白身かかった金色で腰まである長い髪は、日に照らされて美しく輝く。桃色の双眸に見詰められた者は、一瞬時を忘れてしまう。
そんな彼女だからこそ、妬 み嫉み僻みが、あったのは当然の帰結と言えるかもしれない。
それでも直接的な嫌がらせは、滅多に無く影でコソコソ言われる程度だ。
だが、決定打となったのが、町長の嫡子に見初められ事だ。
見目麗しく聡明だと言われている彼に、何度も口説かれた。ナターシャは、身分違いと最初は遠慮していたが、次第に惹かれるようになり、婚約まで至った。
それからと言うものの、悪戯されるのが増え、それは次第にエスカレートして行き、直接的な攻撃まで発展して行く。
ナターシャは、薬師の修行に比べれば大した事ないと、自分に対する事なら受け流せた。
そんなある日、町長の嫡子と別れさせたい町娘達の画策で、とある噂が流れた。町長の嫡子は、女遊びが激しく、婚姻する前に遊びまくっている、と。
それにはナターシャも堪えた。町長の嫡子が信用できなくなり、次第に心が離れて行った。
しかしこれは、町娘達の首も絞めている事にも気付いていなかった……。
そして、痴情の縺れにより町長の嫡子は、連続で殺人したと言う噂はが流れた。
実際に人が連続で三日間死んでおり、ナターシャの心は完全に離れる事になる。町長の嫡子は、失意のどん底に落ち、且つ殺人の嫌疑がかけられ、証拠はなかったが外聞が悪いと言う事で廃嫡され町を飛び出る事になった。
その暫く後にナターシャは、別れさせよう画策した、とある町娘が殺人を手引きしたと知り、人を信用できなくなった。
それ故にナターシャは、家宝の弓であるエレメント・アローを持ち出し町を飛び出た。
その後、その町は流行り病に侵され、ナターシャの母は、ささやかな腹いせで薬を調合せず、町長の嫡子の弟も、それで死に至り、誰も町を継げなくなるどころか、大半がその病で死んでしまい滅んでしまった。
それが今から十一年前の話だ――――。
町を飛び出た十二歳のナターシャ。若さ故の失敗とも言えよう。それでも、彼女の心は傷付き、なるべく人と関わらないように各地を転々とした。
しかし、生計を立てないといけないので、魔物討伐をしつつ薬も売って稼いだ。そんな若さで、しかもまともな戦闘訓練をしていなかった彼女が、それができてしまったのは、家宝のエレメント・アローのお陰と言えよう。
最初は武器頼りに戦い、死の危険もあったが、一応魔法もプリズン家の秘伝と言う事で習得しており、なんとかなったのだ。
そして数年で、まとまったお金が貯まったので、人里離れたとこに家を建ててひっそり暮らす事にした。尤も薬を売ったり、日用品や食料を買いに行く為に町に、たまに出てはいたが。
ちなみにだが、プリズン家の薬は良く効くのには理由がある。勿論単純に腕が良く知識もあるので効くのだが、それだけではなく魔力を混ぜているからだ。
尤も魔力を混ぜた薬は、プリズン家秘伝扱いで馬鹿高く買える者は、少ないのでその薬での稼ぎは少ないのだが……。
ともかく魔力混ぜると言う事は、魔力を扱う技術が、必要なのだ。それ故に、精霊契約を昔から代々受け継いでおり、ナターシャは魔法を使えたと言うわけだ。
飛び出て十年後、ようやく心の傷も癒えた頃にアークを拾う。
人と関わらないようにしていたが、それでも何処か心の中が寂しく感じていており、心の傷が癒えたのもあり、次第にアークに惹かれて行った。
しかし、金の為なら人殺しも厭わない悪名高いダークだと知り、その手を離してしまう。
またやってしまったと、その日は泣き腫らした。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したと。
それは呪詛さながらに繰り返し泣き続けた。否、呪詛だ。自分自身への。
自責の念に囚われた。町長の嫡子を裏切った時と同じようにアークを信用できず、また裏切った、と。
最後まで信用しなかった。最後まで手を取らなかった。最後まで抱きしめなかった。
――――あたいは、また失敗した。
確かにアークはダークと名乗った。でも、それは自分をただ引き離す為だけのもの。もしかしたらまた暗殺者に戻るつもりだったのかもしれない。
そんな危険な事に自分を巻き込めない。そう思ったのかもしれない。
だってアークはあんなにも――――。
と、次の日もう完全に自分の都合の良いように解釈し始めるナターシャ。いや、そうしないと自分の心を保てないのかもしれない。
そして、アークが暗殺者をしたいならやらせれば良い。それは手を離す理由にならない。もう殺しをさせたくないのであれば、させなければ良い。
それは最後まで信用しない理由にはならない。それにアークはきっと暗殺が好きってわけじゃない。だってアークはあんなにも……、
――――優しいのだから。
最後の方は、都合の良い解釈が混ざってはいたが、前向きになり、ナターシャは家を飛び出た。
だから、今度という今度こそ失敗しない。次捕まえたら絶対離さない。それがあたいって女さ。
と、決意を秘めて……。
そうなったらまずは情報収集である。アークの足取りを必ず掴む為に港町ニールに行き聞き込みをした。
結果、船には乗っていないようなので、エド城の可能性が高いと思い至り、今度はエド城に向かう。其処の城下町で漸くアークの足取りを掴む。
エド城に入って行ったと……。
なので、ナターシャは、エド城の城門に立つ衛兵の声を掛ける。
「アークまたは、ダークと名乗る者がこの城に来ませんでしたか?」
「仮に来ていたとしても個人情報なので、お伝えできません」
そうなるか。城に入ったのは確かなのだが、次はどうやって情報を集めるかナターシャはその場で逡巡した。
そうしていたら、野生的な恰好をした者が城を訪れた。
「これはガッシュ殿ではないですか? 国務大臣に御用ですか?」
野生的な恰好をしてる人に恭しくする衛兵。
「ござるござる。ござるにあいにきた」
話し方まで野生的ねと、感想を抱くナターシャ。
「しばし、お待ちを」
衛兵が城へ引っ込む。
そして、野生的な人がナターシャを見た。
「……スンスン」
匂い嗅がれている!? あたいって臭いのかい? と、小首を傾げる。
「おまえ、ダークのにおいするにおいする」
えっ!? まさか……。と、目を剥く。
「アー、いえ、ダークを知っているのかい?」
「しってるしってる」
「詳しく教えて」
「待たせたでござる」
と、其処に侍風の男が現れる。彼が国務大臣だろうか?
「ござるござる」
「ガッシュ殿、今日は如何したのでござる?」
「サラというおんなここにあんないしたあんないした。そのついでにきたぞござるきたぞござる」
「サラと言う御仁が誰か知らぬでござるが、そうであったか……ところで其方の御仁は?」
そう言ってナターシャに視線を向ける。
「ダークのにおいするにおいする」
「ダーク殿のお知り合いでござるか。拙者はムサシ=ガーランドでござる」
「えっ!? え、あたいはナターシャ=プリズン」
急な展開に驚くナターシャ。
「して、ナターシャ殿は何故此方に?」
「ダークを探してる。居場所知っているなら教えて欲しいさぁ」
「ロクリスを紹介したでござるから、そっちには向かったと思うでござるが、それ以降はわからぬせござる。力になれず申し訳ないでござる」
ロクリス? 大陸を股にかけるトレジャーハンターだったかね?
と、人里離れた場所に暮らすナターシャでも知る有名なチームだったようだ。
「たぶんエドのとこだぞエドのとこだぞ」
ガッシュと呼ばれた野生的な人がなんか言ってる?
エド? と、小首を傾げる。
「エドって、此処じゃないかい?」
「エドワード国王の事でござるよ」
ムサシが補足する。
「じゃあフィックス領?」
「そうでござる。だが、何故わかるのでござるか? ガッシュ殿」
「まものまほうつかったまほうつかった」
「なんとそれ本当でござるか!?」
ムサシが目を剥き慌ててる。
確かにそれが本当になら大変……なのか? 再び魔法が使えれば暮らしが豊かになるのでは? と、更に首を傾げるナターシャ。
「ほんとほんと。サラをあんないしたついでにそれいいにきたいいにきた」
「なるほどでござる。ダーク殿もそれに気付いていればエド殿のとこへ向かっているでござるな」
「魔物が魔法を使うと何故ダークはフィックス城にいる事になるんだい?」
「ダーク殿がラフラカを倒した十一人の一人でエド殿もまたその一人だからでござるよ」
え? やっぱりアークが十一人の英雄の一人だったのかい? と、目を丸くする。
「だから、あんな大怪我をしていたんだねぇ」
ナターシャが、しみじみと呟く。
「ん? ナターシャ殿でござるか? ダーク殿の治療したのは」
「え? ええ、あたいよ。でも、何で知ってるんだい?」
「一年治療をしていたとダーク殿から聞いていたでござる」
このムサシとアークは昔馴染みか何かかい? いや、もしかしたらガッシュも含め十一人の英雄なのかも?
そう結論付けるナターシャ。
「それよりも由々しき事態でござる。拙者もできればフィックス城に行きたいでござる」
「何が深刻なんだい?」
「魔法が復活したって事は、またラフラカみたいなのが利用してる可能性があるでござる。従って精霊大戦のような事が起きるかもでござる」
それは由々しき事態ねと、漸く事態の深刻差が理解できたナターシャ。
「なら行きましょう。あたいも案内して貰いたいさぁ。フィックス城には行った事はないんでねぇ」
昔に各地を転々としていた頃にフィックス領を訪れた事があったが、用もないのに態々城に行く事はなかった。フィックス城に城下町があれば話は別だったかもしれないが。
「そうしたいのは山々でござるが、拙者は腰を壊してあまり動けぬでござる」
「それならあたいに見せなぁ。あたいは、これでも薬師さぁ」
「それは有難い。可能なら治療薬を作ってくれぬでござるか? お金は払うし、効き目があればエド殿のとこへ案内するでござる」
こうしてナターシャは、ムサシの腰を診察して薬を調合した。
魔法が復活してるってなら薬に魔力を混ぜれば効果倍増。ってわけで本人に言わなかったがナターシャは、魔力を混ぜた。
その甲斐あって効果覿面。ナターシャとムサシとガッシュは、フィックス城を目指す。
そして、やっと会えた……。
「……アーク、やっと会えたさぁ」
「……ナターシャ」
思わずナターシャの瞳から涙が零れる。
「何故来た?」
だけど、冷たく言われる。
「あんたに会いたかったからじゃいけないかい?」
「おい、ダーク。この奇麗な人誰だよ? お前も隅に置けないな」
ツンツン頭の男がニヤニヤしながらアークを突く。
照れるじゃないかい。そんな事あたいの前でやられたら。と、頬染めるナターシャ。しかし……、
「黙れっ!!」
「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」
アークが怒鳴った。
ナターシャは、体をビクっと震わす。その場にいた全員が驚き目を丸くしていた。
「……帰れ」
「……え? あ……」
再び冷たく言われたナターシャは、硬直し口をパクパクさせ何も言えずにいた。そうしている間に……、
「……エド」
「え? ……ん? あ、何だ?」
突然エドワードが呼ばれ、たじろんだ。
「……客間を借りる。進展があったら教えてくれ」
「ああ、わかった……だが、良いのか?」
エドワードがナターシャに視線を向ける。
しかし、アークは何も言わず、ナターシャの脇を抜けて謁見の間から出て行ってしまった……。