EP.25 エピローグ
アークの言葉に紆余曲折あったが、内々に話す事が決定した。
紆余曲折とは、サフィーネがいるとは言え女王陛下と個人的に話すのは問題だと言う声が上がったからと言う訳ではない。
そう言う声も上がったが、女王陛下の『良かろう』の一喝で周囲を黙らせたからだ。
では、問題になったのは何かと言うと床を少々汚すと言う言葉だ。そうなると元々汚い場所に行くのが良いが、女王陛下をそんな場所に連れて行く訳にはいかないと言う声が大きかったからだ。
最終的に兵達に宿舎の一角に落ち着く。其処ならば何か問題があっても周りに兵がいると言う理由もあった。
そんな訳で、部屋にアーク、ナターシャ、エーコ、サフィーネ、女王陛下の五人しかいない。
アークは、『お一人で宜しいのですか?』と声を掛けたのだが、『一人ではない。サフィーネがおるのじゃ。それに娘が信じた者を妾が信用せずどうする?』と言われ、アークのその言葉に感服し目を見張った。
「それで内々に話とは、なんじゃ?」
「これからお見せする事は、出来る範囲で構いませんので伏せて頂きたいのです。この事実が広まれば、正直面倒な事になります」
慇懃な対応で答えるアーク。
「分かったのじゃ……って、もう良いかな?」
「はい?」
女王陛下の突然の変わりぶりにアークは首を傾げる。
「正直疲れるのよ。『~のじゃ』とか『妾は~』とか。お主もそう構えぬで良い。今から非公式故、娘の恩人に堅苦しくされたくないのよ」
「ははは……それは有難いです。正直お貴族様への対応とか慣れていませんので」
アークは、苦笑いを浮かべる。
「の、割には確りしていたと思うがな?」
「サフィ……失礼。王女殿下より作法を聞いておりましたので」
「それもサフィで良い。今まで旅をして来て、そう呼んでいたのでしょう?」
「はい」
「ふふふ……お主の素直なとこは好ましく思うよ」
謁見の間では優雅に笑っていたが、今は柔らかく微笑む女王陛下。
「ありがとうございます」
「それから、非公式故に言える事だけど、娘を助けてくれてありがとう」
「あ、あ、頭をお上げください。女王様でしょう!?」
そう言って頭を下げる女王陛下。それにアークが慌てる。無理もない。一国の王が軽々しく頭を下げるものではないのだから。
「ふふふ……今は一人の母としての言動よ。此処に女王はいないわ」
「も~お母様ったら」
悪戯っぽく笑う女王陛下。それに対し頬を赤らめるサフィ。
「さて、先程『もう良いかな?』と言っておきながら、一言だけ女王として述べます」
「……はい」
そう言われ、緊張が走るアーク。
「エルザニーネ=ティセール=ウルールカの名に置いて、この場で見聞きした事は、他言する相手を選定し、伏せる事を誓うのじゃ」
今、初めて語られる女王陛下の名。この国の者なら大抵知ってるが、基本的に『女王陛下』と言っているので、アーク達は知らなかった。態々名を聞くような事もしなかった。
「ありがとうございます」
「それで、何を見せてくれの?」
内心ウキウキしてるのが透けて見える女王陛下。それもその筈、サフィーネから伝え聞くアーク達の実力や、アーク達が神が選んだ転移者だと知り、どんなビックリなものが飛び出すのか期待しているのだ。
「ははは……では、ナターシャ」
アークは、そんな女王陛下を見て苦笑いしナターシャに振る。
「分かったさぁ。<収納魔法>」
ナターシャの収納魔法で取り出されたモノは、果たして……、
「これは……!」
「リセア!?」
女王陛下とサフィーネが目を丸くする。そして、取り出されたのはサフィーネが口にした通りリセアである。但し氷漬けではあるが……。
「実は、サフィがいた現場に、この人だけは五体満足で死体として残っていました。いえ、正確には生きておりました」
「生きていたとは?」
女王陛下が聞き返す。本当に女王陛下は、合いの手を出すのが上手い。お陰でアークは話し易いと思っていた。
「俺が目にした時、サフィの名を呼び必死に這いずりサフィの下に向かっていました。残念ながら直ぐに事切れてしまい回復が間に合いませんでした」
「……リセア」
アークは、その時の事を思い出してなのか、肩を落としながら語った。
サフィの瞳からは、涙がほろりと落ちる。
「サフィは、良き臣下を亡くしたな。最初に拾って来た時は何事かと思ったが、その忠誠心、真に大儀である」
一瞬だけ女王陛下の顔を覗かせリセアの氷漬けに触れる。
「して、他の者は?」
「残念ながら、魔獣達に蹴散らされたのかバラバラでした。五体満足だったのは彼女だけだったのです。そして、死体が腐らないように氷漬けにし収納魔法で、しまいました」
「この者を埋葬せよ、と言う事ね? 当然引き受けるわ」
「アーク、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「いえ、違います」
きっぱり否定する言葉に目を丸くする二人。
「これだけなら何も『内々に』とか『伏せて欲しい』とか言う必要はございません」
「確かにそうね」
「そうですね」
「彼女を蘇らせます」
「「えっ!?」」
この言葉に目を剥く女王陛下とサフィーネ。
「しかし、初めて使う魔法故に、どうなるか分かりません。失敗し死体すらも残らない可能性もあります。なので、ご許可をと思った次第です」
「お願いします。お願い!!! リセアを生き返して!!」
それに飛びつくサフィーネ。
「今、言った通り失敗のリスクがある。ですので女王陛下の許可を求めました」
「分かりました。許可するわ」
「では、このまま蘇らせるのは、生き返ったあと彼女が不憫なので、一度着替えさせましょう」
そうあの時、魔獣達に揉みくちゃにされメイド服がボロボロなのである。
「エーコ」
「分かったー」
アークがエーコを呼ぶとエーコは氷に触れる。そして火の魔法を使い氷を溶かした。
床を汚すとはこの事だ。氷が溶け水溜まりができる。いや、それだけではない。血も付着しているのだ。
「では、着替えをさせている間、失礼します」
そう言って男性であるアークは、一旦外に出た。
その後、ナターシャが収納魔法で、自分の予備の服を取り出し手際良く着替えさせた。
「もう良いさぁ」
ナターシャは、扉を開けアークを呼ぶ。
ぶっちゃけアークは必要ないのだが、どう言う結果になるのか知りたいが故に同席しているのだ。
「じゃあ生き返すよー」
エーコがそう言うと緊張した面持ちで女王陛下とサフィーネがコクリと頷く。
ちなみにアーク達は知らないが、エーコが習得した蘇生魔法には、いくつか制約がある。MP消費が大きいので、そのMPを確保しているのは当然の事。他に死体に大きな損壊がなく腐ってもいない事。
まあここまでなら誰でも予想が付くだろう。しかし、一番の問題がある。
それは肉体に魂が残っているかどうか。この魂が肉体から抜け出すのには個人差があった。具体的に言うと現世に未練があるかどうか。未練が大きくあるもの程、なかなか肉体から離れないが、未練が少ない者は即座に肉体から抜け出してしまうのだ。
今回の場合、凍らせたので、魂が抜け出していなければそのまま残り続けている訳なのだが、果たして……、
「<蘇生魔法>」
エーコが魔法を唱えると青白かったリセアの顔に生気が戻り始める。傷も塞がって行った。
これが巫により、習得した魔法だとアークは思っている。蘇生もしくはそれに近いもの覚えると考えてエーコに巫を選ばした。勿論テンプレによる知識だ。
結果、良いタイミングで覚えたと言えよう。ワイバーン戦でレベルが上がり其処で習得した。
ちなみに実際には癒魔法の上位である生命魔法のスキルレベルを上げれば覚えられる魔法である。
このスキルレベルを上げるのには反復で使用し続けるか巫にしてレベルを上げるかだ。つまり反復で使用し続ければ巫じゃなくても生命魔法を持っていたエーコには習得可能だった。
本来なら巫や一部の職じゃないと癒魔法の上位である生命魔法に至れないのだが、エーコの場合は既に持っていたと言うあべこべの状態からスタートだった。
女王陛下とサフィーネは固唾を呑んで見守る。ややあって、リセアが目覚めた。
「あれ? ここは……? そうだ!? サフィーネ様!? せめてサフィーネ様の盾に……!!」
死んだ時の状況を思い出し叫び出す。
「私は此処です、リセア」
「はっ!? サフィーネ様? お召し物が違いませんか? それに傷もございません」
状況が掴めず混乱するリセア。
「貴女は死んでいたの。でも……でも!!!」
サフィーネの空色の双眸から決壊したかのように涙が溢れた。
「死んでいた……?」
「そうじゃ」
涙を流しまともに話せないサフィーネの代わりに女王陛下が答える。当然、女王としての仮面を被り直す。
「女王……陛下?」
「そうじゃ。サフィも危うく命を落とすとこじゃった。それはお主も覚えておるな?」
女王陛下は、謁見の時とは違いサフィーネを愛称で呼ぶ。
「……はい」
「サフィは、此処にいるアーク達がたまたま通り掛かり助けられた」
「アーク?」
其処で、やっとアーク達がいるのを認めるリセア。
「ありがとうございます。我が主を助けて頂き!」
飛び着くように礼を述べる。
「気持ちは分からんでもないのじゃが、最後まで聞くのじゃ」
「はっ! 失礼致しました」
リセアは慌てて跪き臣下の礼を取る。
「そして、お主は死んでおったが、死体が腐らぬように氷漬けにし、此処まで連れて来てくれたのじゃ」
「なんと!? しかし、私は死んでいたのですよね? 何故今生きてるのですか?」
「そう言えば、何故その場で蘇らせなかったのじゃ?」
今更の話である。女王陛下はアークに向かって疑問を口にした。
「先のワイバーンとの戦いで蘇生魔法を習得しました。つまり、それまで使えなかったのです。しかし、蘇生魔法を覚える見込みがありました。それでも覚えられずサフィーネ王女殿下に落胆させまいと隠していました。申し訳ございません」
淀みなく答え頭を下げるアーク。女王陛下が女王の仮面を被り直したので、念の為にアークも『サフィーネ王女殿下』と呼んだ。
「……と言う事じゃ」
「リセアあああああ!!!!」
其処で堪らずと言った具合で、リセアに飛び付くサフィーネ。
「サフィーネ様……ぅうう……」
リセアも現状を把握し、涙を流しサフィーネを強く抱き締め返す。
それを見たアークは、そっと部屋を出て行く。それに続くナターシャとエーコ。それに倣い女王陛下も部屋を後にした。
部屋には、サフィーネとリセアの二人っきりだ。
「ぅあああ……えぐっ! リセアぁぁぁ……」
「……サフィー……ネ……さま……ぅぅぅ」
お互いに泣き、強く強く抱き締め合う。
流した涙の分だけ……いや、それ以上の絆が二人にあるのかもしれない。
サフィーネは、リセアを理由に勉学に励んだ。言い換えれば利用していたのだ。
リセアは一度サフィーネを冷たい言葉をぶつけ突き放した。なのに侍女になってしまうなんて浅ましい行動を取ったと罪悪感に塗れていた。
そんな歪かもしれない主従。だが、こうして抱き合い涙で顔を濡らす程にお互いを求めている。
それだけお互いに必要な存在と言えよう。
だからこそリセアは、あの集団暴走の時に、サフィーネに圧し掛かり魔獣に踏まれないようにしようと必死に這いずって事切れた。
サフィーネは、リセアを想い陽汝 基無の殺害を思い留まったのだ。
互いの存在は更に大きくなり、きっとこの先の未来も、二人は共に居続けるであろう――――。