EP.16 追憶 -side Safīne-
幼き頃だったので理由は覚えていません。ただ城での生活に嫌気が差して王宮を飛び出したのだと思います。王女教育が大変だったのは、良く覚えています。
誰も見つからず抜け出せた事に浮かれ、下町を歩いていた時にリセアと出会いました。
服はボロボロで、単純にお金がないのかと思いましたが、良く見ると顔や体に痣がありました。家での生活が良くないのだろうと察せられました。
彼女を助けた後、城の兵に見つかり直ぐに王宮に連れ戻されました。
その際に……、
「あの子、周辺を調査してくださらない?」
城に戻そうとする兵に、そう声を掛けました。
「今は王宮にお戻りください」
「それは分かっております。ですから頼んでるのでしょう?」
「……かしこまりました」
何故そんな事をするんだ、と訝しげに首を傾げながら答える兵。
もし、あの子が孤児院にいる者なら孤児院では、暴力を振るう環境だと言う事です。国が運営する孤児院が、そんなのでは宜しくない。
しかし結果は……、
「リセアと言う者の家は、両親が暴力を振るい、お手伝いで稼いだ賃金を奪っているようです」
「……そう」
侍女がそう説明してくれた。
孤児院ではないのなら手が出せませんね。
「サフィーネ様は、まさかあの娘を助けられたいのですか?」
「いいえ」
私はかぶり振り……、
「そんな事をすれば他の人も同じようにしないといけなくなります。それでは際限がありません」
「分かっていらっしゃるようなので、私から言う事はありませんね」
それでも私は気になりました。
それに私は第一王女なので、いずれこの国の女王となるのが運命です。なので、下町の者がどんな暮らしをしてるのか知らないといけないと言う子供ながらに使命感に燃えていた気がします。
今、思えばお恥ずかしい事です。
しかもそれを女王であるお母様や王配であるお父様に熱弁に訴えました。
三歳の私は何をしているのでしょう? 本当に恥ずかしい限りです。
そうして近くに護衛を置く事を条件に度々リセアに会うようになりました。
自分が第一王女だと言う事を伏せてです。なんて狡い女だったのでしょう。
でも、お陰で王女教育に今までよりずっと身が入ったのも事実です。リセアに何もして上げられないけど、せめて彼女が大人になる時に、今より良い国なるようにと。
そうして一年が経つ頃に気付きました。自分の愚かしさに……。
私はリセアを理由に王女教育に身を入れ、国の未来を考えているのです。
自分の事ばかりですね。当のリセアは私と会う時に他愛の無い会話をするだけで、愚痴一つ溢しませんでした。
そして、決定的だったのは、もう一年が過ぎた時です。
「最近元気ないですね。如何なさいました?」
「いえ、何でもないよ」
「良ければ話して頂けませんか? 話すだけで気が楽になる事もあるかもしれません」
「貴女にはきっと分からない。ほっといてください」
そうですね。貴女を理由に日々勉学に励んでいる私には分からないですね。本当に申し訳なく思いました。
その日は眠れませんでした。頭の中でリセアの言葉が反芻して。何で私は分かろうとしなかったのでしょうか……。
そうして数日後、事件が起きました。
リセアが飛び込み自殺をしようとしたのです。
其処で私の思いの丈をぶつけました。貴女を分かりたい、と。
そして、遂にリセアの家の事情に口を出してしまったのです。その時の会話は今でも良く覚えています。
「貴女は、今では一人です」
「はい」
「歳も七歳で働けない」
「……はい」
「其処で選択肢が二つあります。一つは孤児院に行く事です。食事は少ないですが、今よりは多いでしょう。それに衣食住が確りしております」
其処で一度言葉を切ります。
本当は、選択肢は一つしかないからです。尤もそれは私にとってはですが。
家の事情に口を出した以上、リセアを囲うしかないのです。何故なら、ただ助けただけなら、他の者も同じようにし、際限がなくなるからです。
このまま孤児院に行かれたら、私は良くて王位継承権が下がる。悪くて廃嫡です。
ですが、これは私への罰なのでしょう。リセアを理由にして来た自分への罰です。
「二つ目は?」
「私に忠誠を誓う事です。ですが、これはあまりオススメしませんね。何かあれば私の盾となり命を散らさなければなりません。私の命とならば誰かを殺めないといけません。なので孤児院のがオススメです」
それでも私は誠実でありたかった。愚痴一つ溢さない強さがあったこの娘の前では。
「この身の生涯を全て貴女に捧げます」
それなのにリセアは私に忠誠を誓ってくれました。私は泣きたいのをグっと堪えました。
そうしてリセアを王宮に連れて行き、貴族教育を受けさせました。
私は、お母様にこってり叱られ王女教育が更に厳しくなり、時間があまり取れなくなりました。
それでも私は嬉しかったです。リセアと言うきっといつまでも寄り添ってくれる侍女が手に入り……いいえ、友と呼べる者が出来た事にです。
時間があまり取れない中で、様子をたまに見に行きます。
今まで平民だったので、大分苦労していますね。それでも一生懸命に学んでおり、それがまた嬉しかったです。私は幸せ者なんでしょうね。
彼女を理由にした狡い女なのに……。だからこそ私もリセアの為になる事をしましょう。
私は子に恵まれないサフメルディ伯爵に面会を申し込みます。
第一王女と言う権限は使いたくなかったのですが、他はそうは思ってくれません。よって面会は次の日に叶いました。
「サフメルディ伯爵、面会に応じてくださり大変感謝致します」
ドレスのスカートの端を摘まみお辞儀を行う。
「王女殿下の命とあらば」
サフメルディ伯爵は跪き臣下の礼を取ります。
「止めてください! 本日は第一王女としてではなく、ただのサフィーネとしてお願いに参りました。難しかもしれませんが、どうかサフィーネ個人としてお話を聞いて頂けませんか?」
「分かりました。では、そのように」
ニヒと笑いサフメルディ伯爵は、ソファーに腰掛けます。気さくな方ですね。
「今、王宮で平民を貴族教育しております」
「平民ですか?」
何故平民をと言う感じで訝しげに首を傾げます。
「私の侍女にしたいのです。ただ問題がございまして……」
「それは?」
「現在七歳です。残り二年弱で形にしたいのでございます」
「なるほど。学園ですね」
「そんな平民ですが、サフメルディ伯爵にお願いがございます」
「貴族教育ですか?」
話の流れからそう捕らえたのでしょう。間違ってはいませんがそれだけではありません。
「いいえ。勿論それ込みでのお話なのですが、養子として迎い入れて頂けませんか?」
「その平民を我が伯爵家に入れると?」
「……はい。大変心苦しいのですが、お願い出来ないかと思いまして」
私は申し訳なさそうに頭を下げます。
「喜んで!」
「えっ!?」
今、なんと言ったのでしょう?
「ですから、喜んで」
「宜しいのですか?」
「その者は王女……いや失礼。サフィーネ様の侍女候補なんですよね?」
サフメルディ伯爵なりにサフィーネ個人として接してくれてるのでしょう。
その心遣いに感謝します。
「はい。正直に申し上げればあの娘……リセアが侍女になってくれませんと、きっと私の王位継承権が下がります」
なので、私も誠実に本音を話しました。
「リセアと言うのですか? 良い名前ですな。私としましては是非ともサフィーネ様は、そのままでいて欲しいです」
「そのままとは?」
「誠実であって欲しいと思っております。また継承権が下がるのも好ましくありませんな」
ああ、こんな私でも誠実と言ってくださるのですか? 我満を言いに来た私を。
「まぁ私としましても、我が家からサフィーネ様の侍女が排出されるのは好ましいですな。なので是非とも養子に迎い入れます」
サフメルディ伯爵がそう言ってくださいました。
これで増々リセアに会えなくなりました。しかし、伝え聞く話では貴族教育を熱心に学ばれてるとか。
これなら学園に入っても伯爵家の娘として恥ずかしくない、と。
嬉しい限りです。
しかし、私は生涯の友であり私専属の侍女となったリセアを七年後失う事になりました――――。