EP.09 扇子は百万円しました
記憶喪失の王族に余計な刺激を与えないように死体は片付ける事にした。
王族だけはあり、かなりの人数の死体があったが、どれも悲惨な状況だったし、余計な刺激は与えたくないと説明した。鑑定結果を聞かれたけど、称号に記憶喪失があってよく分からなかったと伝えた。
ちなみに悲惨な死体がゴロゴロ転がっているが、具体的に何が悲惨かと言えば損壊が激しかった。腕しかなかったり首しかなかったり、魔獣に散々踏み付けられた結果だろう……。
エーコに頼み魔法で全て土葬して貰い、魔獣はナターシャの空間魔法に入らない分や、食わない大半は燃やして消し炭にして貰った。
ああ、ちゃんと魔石は取ったぞ。金になるし魔道具の材料になるらしいから。
そんな感じで日が暮れて、ようやく少女が目が覚ます。
「目が覚めたかい?」
「……此処は?」
「メハラハクラとの国境とルマの村の間くらいのとこさぁ」
まずナターシャが話し掛ける。野郎で囲むのは、どうかと思うしな。それにナターシャは薬師としてこう言う時の対応は慣れている。実際俺が記憶喪失になった時に、丁寧な診断をしてくれたしね。
ちなみに余計な刺激を与えないように集団暴走が起きてた事は伏せるように伝えておいた。
「あたいはナターシャ。貴女の名前は?」
「……サ、フィ。サフィです」
一瞬顔をしかめ答える。名前を思い出そうとして頭痛でもしたのだろう……。
「此処で何があったか覚えている?」
「……いえ」
「家とかは?」
「……っう! 分かりません」
頭痛を堪えるように頭を抑える。やはり思い出そうとすると頭痛が起きるのだろうな。余程のトラウマがあったのか、集団暴走が怖かったのかは分からないが。
「あたいらは、旅人さぁ。サフィも思い出すまで一緒に来るかい?」
「……良いのですか?」
「構わないさぁ。旅は道連れ世は情けってね」
それ俺が教えた日本の言葉なんだけどな。パクられたし。
「素敵な言葉ですね」
「あたいもそう思うさぁ。さて、じゃあ他の仲間も紹介するさぁ。入っておいで」
二人がいるのはまだエーコが作り出した岩の蔵。全員外にいたが、二人の声は外まで丸聞こえだったので全員聞いていた。
「エーコだよー。宜しくー」
「沙耶よ。宜しくね」
「剣だ。宜しく」
「……静、です。宜し、く」
「僕は眼也。宜しく」
「アークだ。宜しくな」
「えっと……ナターシャさん、エーコさん、サヤさん、ケンさん、シズカさん、ガンヤさん、アークさん。覚えました。宜しくお願いします」
スカートを摘まみ流麗なお辞儀を行う。記憶が亡くても体に染みついたものは早々忘れないって事か。
しかも一度で全員の名前を覚えるとか流石だな。王侯貴族となれば、色んな者と会うし、名前と顔を一致させておかないと面倒な事になる。そういう習慣も忘れてないのかね?
「さて、今日は遅いし、ご飯でも食べて寝るさぁ」
ナターシャが仕切り、先程の魔獣で調理を始めた。それとテントを二つ空間魔法から取り出し、俺達はそれを組み立てる。
女用テントは密度多くない? ナターシャ、エーコ、沙耶、静、サフィと名乗るサフィーネの五人になってしまった。これはもう一つ買った方が良いだろうな。
その後、食事を摂りテントで就寝の準備を始めた。
「ところでお前ら、これからどうするんだ?」
「どうするとは?」
俺がケンに問うと訝しげに首を傾げる。
「だから腐敗したあの国を出ようとしたんだよな? じゃあその後は?」
「考えてなかった」
だろうな。
「ちなみにアーク達は?」
「俺達には目的があって世界中を周るつもりだ」
「それは、やはり魔王討伐の為に?」
眼也も会話に入って来た。
「それはお前達の仕事だろ? まあ必要とあれば戦うけど、あからさま過ぎてアレは俺達の目的に関係ないと思っている」
魔王を倒せば世界の異変がなくなるとかあからさま過ぎる。そもそも500年周期でやってる事を態々俺達がやる為に呼ばれた訳じゃないだろう。
「その目的というのを聞いても?」
ケンにそう問われ、俺達の事情をかいつまんで話した。
「それ僕達より大変ですね」
「眼也の言う通り大変ちゃ大変だが、俺達は自分の意思でこの世界に来たし帰還も出来る。そこはお前達と違うな。まあ沙耶は日本に帰りたいようだけど」
「そうだな。その点は羨ましいぜ」
ケンが肩を竦めながら言う。
「でだ。話を戻すけど、お前らのこれからをどうするかで一つ提案なんだが、この国が腐敗していないようなら、この国に厄介になれば?」
「この国に?」
「ああ。せっかく女王国に来たんだがら王都見学に行っても問題あるまい?」
おあつらえ向きに、あの王族を助けた事で、余計に王都に行く必要がある。眼也には俺達の秘密だって言ってあるから黙って頷いていた。
「そうだな。それも悪くない」
「なら、俺達の旅はとりあえず王都までだな。まあそれまで鍛えてやるから、国でも重宝されるだろう。なんせ英雄候補だし」
「既に英雄の人に言われても、あまり嬉しくないけどな」
俺を揶揄うように笑い肩を竦めるケン。
「ん? 俺に英雄の称号があるって知ってたのか?」
「眼也から聞いて、エーコに英雄の称号があったのは知ってる。なら、他の三人にあってもおかしくない」
「残念ながら俺はちょっと違うけどな」
俺は大英雄なんだけど。恥ずかしくてこれ以上は絶対に言わない。これ振りじゃないよ? 絶対に言わないよ?
「それにその英雄は、この世界で獲得したものじゃないし、偽物のようなもの。それに価値はないよ。お前達は、この世界で自ら英雄になるべきかもな」
「ちなみに条件は?」
「鑑定による内容を見る限り英雄らしい行動を取るとなってるな」
「曖昧な」
ケンが渋面をしだす。眼也も同じような顔をしていた。
その後、就寝しルマの村を目指し、昼頃には到着した。国境に一番近いってだけはあり、村と呼ぶには大きく、行商人が通るからなのか多くの店が出ていた。
「よし! じゃあ魔道具屋に行くか」
「何買うのー?」
俺の言葉にエーコが聞き返す。
「静とサフィの武器だな」
サフィに『様』を付けるべきだが、王族だというのを知らない体で接する。
ちなみに道中、サフィはあまり迷惑を掛けたくないので、自分も戦いたいと言って来たのである。なので魔法の才がありそうだなーと適当に言っておいた。
まあ実際は、王族に危険な前衛をやらして何かあったら困るからなんだけど。
「……私、の?」
「そう。静のは魔法少女だし、魔法のステッキみたいなのが良いかもな」
揶揄うようにニヤニヤ笑いながら言った。
「……恥ず、かしいか、ら……嫌」
「なら冗談はともかくロッドだな」
「ロッ、ド?」
「武器に宝石が付いてると魔法の威力を微妙にあげてくれるんだ。まあエーコクラスになると、ほとんど効果はないけどな。だから、先っぽに大きな宝石が付いているロッドが良い」
「……そう、なんだ。じゃ……あ、それ、で」
ただこの世界は魔道具というのがあるから、実際はどうか知らないけど。
エーコでも魔力を高める至高のものが存在するかもしれない。
「では、私のは?」
「扇子とか似合いそうだよな」
「僕もそう思う。なんか凄く似合いそう!!」
サフィに問われ答えた。眼也もそれに続く。
正確には鑑定で見て、扇術があったから勧めているんだけど。
「でも、扇子だと宝石があるのです? 宝石は魔法の威力を高めるのですよね?」
「だから魔道具屋に行くんだよ。魔力の通りが良く宝石が装飾のように嵌められた扇子があるかもしれない」
「なるほど。そう言う事ですか」
と言う訳で、魔道具屋に行き武器を買った。
静のロッドは宝石を先に付けるとなると高くなるので、魔獣の魔石が付いたものにした。
サフィはルビーが散りばめられた扇子を買い与える。装飾品としても素晴らしい一品なので小金貨一枚――日本円で言うと百万――とか高かったが王族だと考える、それなりのを買っておかないと後々問題になりそうだ。
ナターシャは訝しげにしていたが、俺と眼也のゴリ押しで渋々財布を緩めてくれた。