EP.05 沙耶が元気になってました
「ところで胡春は、何でそんな妙な勘違いしてたんだ?」
「これや」
テーブルに伏したまま、髪を解いた時にテーブルに置いたリボンを指差し、俺を見詰める。
「こないなもんくれた、にーちゃんは初めてや」
「いくらなんでもチョロ過ぎない?」
「それだけぇやあらへん。直接かわえぇとかゆうてくれたのアークはんだけやったし」
「それだけ?」
「アークはんは、いらん一言は多いんやけど、ツッコミ易いボケかましてくれて楽しかったんや」
そう言って顔を上げ太陽を思わす眩しい笑みを浮かべた。
「おお。いや、そんな真っ直ぐ言われると、それはそれで照れるな」
「そこで照れるなや。ウチもはずいやねん!」
「話を戻すけどフローラがルドリスを受け入れないのは、フローラが俺に気があるからとか意味不明な勘違いしてるからそう思ったの?」
「やかましーわっ!! 見るからそないな様子やったやないか」
「違う。アイツは自分にそう暗示を掛けていただけだ」
「なして?」
「それは次会う機会があれば本人に聞け。それを暴露する趣味はない」
「アークはんは大人やな」
は? いきなり何言ってんだ?
「そないアホな子を見る目ぇをやめい!」
「俺が大人? 元引き籠りコミュ症のダメ人間だぞ」
「そないやったかもしれへんけど、ウチはそない思ったんや。そないとこもええなって思ったんや」
「そうかい」
「あとはフローラはんが忙しいから、あんまりルドリスはんの相手ぇしてやれへんさかい」
「あ~それはありそう」
なにせまだまだ手探り状態であろう共和国の国家元首だもんな。
「にしても胡春と沙耶とやった共和国の授業が適用されるとはな」
「そやな」
二人で笑ってしまう。ただ国の在り方の一つでやった授業だ。その授業を聞いてまさか、フローラがそれを踏襲するとは感慨深いと言うかなんと言うか。
「で、何でまたフローラが国家元首に?」
「そら国民の支持やろ。頑張っていたらしいから、評価されたんやろ?」
「押し付けられただけだろ。初代国家元首なんて問題だらけだし、王族以外がいざ政治をやれって言われても無理やし」
「アークはんは情緒があらへんな」
「やかましーわっ!」
「ウチの真似しぃな!」
「にしても初代国家元首になったんなら共和国の名をフローラにされたくないだろうな」
「未来の歴史家に自意識過剰なんてゆわれてしまうやろうな」
胡春がクスクス笑う。確かに未来もそうだし、現代でも自意識過剰国家とか言われるかもな。
「他の勇者連中とかどうなったんだ?」
「アークはんにゆうて名前が分かりそうな漣川はん、豪山はん、多久島はんは、三人でパーティー組んで冒険者になってるわ」
蓮司、剛毅、拓哉は冒険者になったのか。
にしてもユピテル大陸には、冒険者なんて職はないがルシファー大陸にはあるのだな。
「マークはんは、山籠もりしてるわ」
「は?」
「沙耶はんにやられたのが堪えたらしくてな、鍛えるってか言い出したようなんや」
「それはまた極端な」
「他もそれぞれ仕事を見付けたりしとるなぁ。中には野たれ死んだのもおるんやけど」
ほんの一瞬目が陰る。
「あーあと、椎菜はんは権力者に取り入って上手い事やってるわ」
「椎菜って誰?」
「コギャルや」
「あ~。てか、あいつ同調する事しか出来なかっただろ?」
「………………体や」
渋面で答える。
「パパ活?」
「そやな」
「あいつの前でエーコの話をチラっとした事があるんだけど、どうせパパ活だろとか言われたんだけど?」
「そやの?」
目を丸くする胡春。
「それで自分がしてたら世話ないな」
「せやな。せやけど、アークはんは自分がしたかったってか思うってへん?」
なんか厭らしい笑みで言って来てるな。
「何で?」
「おっきーやん。おっきーの好きなんやろ」
確かにあいつは大きかったような……気がする。覚えていない。
「それ以上にケバいの嫌い」
「そやの?」
「それに大きければ良いって訳じゃない。下手なの揉むより胡春のを揉みたいわ」
「やから、いらん一言やねん!」
再び弓で小突かれる。
「それじゃ俺は、少し沙耶に会って帰るわ」
「さよか」
二人で客室を出るとエドに出くわす。そのエドは何故か胡春を見て目を丸くさせた。
「コハル、その髪良いね。丸で清流のような黒くて艶やかな髪が際立ち、それこそコハルだからこそ目を惹き付けると言っても過言じゃないね。例えるなら天使が舞い降りて来たような……」
いつも以上に饒舌じゃね? 胡春も苦笑を浮かべ目が引き攣ってるじゃん。そんなエドに俺は問い掛ける。
「ちなみにエド。初めて会った時と今とどっちが似合う?」
「それは当然今さ。勿論最初に会った時も素晴らしかったが、コハルの美しい髪は長いからこそ良い。それに眼鏡も今のが際立っている」
「そら、おおきに」
「よし! 俺の目に狂いはなかった。胡春、どうだ? そっちのが良いって言われてるだろ?」
「………………もう嫌や。この人」
ドヤ顔してやるとげんなりした顔で呟かれた。
その後、胡春と別れ最近通っている客室の前に来てノックする。
「はい」
「入るぞ」
一言告げて中に入ると椅子に腰掛けている沙耶がいた。
「また来たのね」
「来て欲しくない?」
「別に」
「じゃあ来て欲しかった? 寂しかった?」
「な訳ないでしょうよ!」
目を剥く。
俺も椅子に腰掛ける。
「太ったか?」
「アンタほんとムカ付くよっ!! 女の子に言う事?」
「薙刀をぶんぶん振り回してる奴が女の子? はん!」
「鼻で笑わないでよ」
「いや、沙耶には華があるし」
「意味分かんないし、つまんないわよっ!!」
前のような調子が戻って来たようだな。
「じゃあまあ言い方を変えるか。前のような体付きに戻ったな」
「言い方が厭らしいよ」
「それは沙耶の頭の中が厭らしいから」
「煩いよっ!! アンタのそう言うとこ、ほんとムカ付くよっ!!」
「さいですか」
肩を竦める。
「それより、ありがとう」
「は?」
「だから、その馬鹿にしたような顔止めてよ」
「いきなり何を言い出すのかと思ったから」
「ずっと心配してくれていたから」
頬を赤らめる。
「もう良いのか?」
「うん。まだ色々整理を付けたいけど、もっと前向きになれたよ」
「そう」
「アークのお陰だよ」
「エドだろ?」
「彼もだけど、アークには励まされたよ」
「前来た時に素直に礼なんか言えないとか言ってなかった?」
ニヒと嫌らしい笑みを向けると睨まれた。
「確かに言い方には問題あるし最悪だったけど、心配してくれてたのは事実だから」
「そうかい」
「いつもありがとう。思えば召喚されれから、ずっとアークには助けられてばかりよ。アークは……」
「『アークは私のヒーローだよ』とかテンプレな台詞吐くなよ?」
「言わないわよっ!! そんな恥ずかしい台詞言う訳ないじゃん」
耳まで真っ赤にして言われても説得力ないけどな。
「じゃあ何て言おうとした?」
「うっ! アークは私の……ゆう……しゃ……」
ボソボソ言ってるが、その内容は……、
「一緒じゃねぇかっ!!!」
「止めてよ。自分でも思ったんだから。うぅ~~」
両手で真っ赤にした顔を覆い呻きながら、左右に振った。
「どうせなら『アークは私の愛する人よ』とかにしろよ」
「それこそ言う訳ないでしょうよっ!!!」
立ち上がり部屋の隅に立て掛けられていた薙刀を手に取り俺に突き出して来る。
「そっちのがお前らしい。さっきの耳まで真っ赤にして唸る乙女チックな感じだとキショいねん!」
「う、煩いよっ!!」
は~~~と大きく溜息を付いて椅子に座り直す。
「それにこの場合、意味が違っていたよ」
「ヒーローと勇者が?」
「そうよ」
「まあどうせ勇者召喚と掛けてるんだろうけど。俺も勇者召喚された一人だし」
「………………察しないでよ。恥ずかしいじゃないのよ」
弱々しく言う。
「どっちもお前のキャラじゃないんだよ。キショいねん!」
「煩いよ! それにさっきから胡春みたいな言い方しないでよ」
「胡春が乙女ちっくになっていれば可愛いと思うからな。そう思ったら自然と胡春が言いそうな事が頭に浮かんだ」
「ふ~~ん。胡春にご執心ね。フローラから乗り換えたの?」
なんか嫌らしい笑みをしていやがるな。
「俺には最初からナターシャとエーコがいる。お前すら入る隙間は1mmも無い」
「アンタの隙間なんて死んでもゴメンよ」
「あっそ。ともかく乙女ちっくなキャラが合うのは胡春だ。お前じゃない」
「悪かったわね。男勝りとか勝気とでも言いたんでしょうよ?」
「誰もそうは言っていないんだがな。お前は常に凛としてろ。そう言うキャラだって思っただけだ」
「えっ!?」
沙耶が目を丸くする。
「ずっと引き籠っていたけど胡春より沙耶のが……」
俺は自分の左胸を拳で叩きながら……、
「ここが遥かに強いと思っているぞ」
そう言うと沙耶は顔を赤らめながら俯き……、
「アークはんは口が上手いでんがな」
「お前こそ胡春の真似してんじゃねぇ!」
「そもそも、心が弱いって散々言ってたじゃないのよ!?」
「何で言いまくってたか、もう分かってるだろ?」
「そりゃ……まぁ」
「まあ元気になって何より。じゃあ帰るな」
そう言って立ち上がる。
「アーク、ずっと助けてくれてありがとう。アークは……」
「またテンプレな台詞か?」
「素直な気持ちよ」
「何だ? 言ってみな」
沙耶も立ち上がり真っ直ぐ俺を見据えて来る。その佇まいは、さっき言った通り凛としていた。
「アークは私の憧れよ」
「……………………………………気持ち悪っ!」
「言うと思ったよ」
げんなり呟き肩を落とす。
「だけど、さっき程テンプレな台詞じゃないかもな」
「もう二度と言わないから安心して」
「あっそ」
「だから、ちょくちょく来なくても良いよ。もう私は大丈夫だから」
「そうだな。しょっちゅうド貧乳眺めに来ても面白味がないしな」
「最後まで余計な一言が多いよ。まぁそれがアークらしいか」
そう言って柔らかく微笑む沙耶だった……。




