EP.29 ルドリスとアンナの真価
ゼフィラク&カルラ軍の特記すべきとこはまずスーリヤ王女の母、ブラーフマナ王妃の部隊だ。
彼女は魔法を使い、率いている兵は弓を使って牽制をしていた。後方部隊としては、素晴らしい動きだとエドワードは感じていた。これにより最前線にいる者達が動き易い。
ちなみにボレアース国王と副官であるアベリオテス王子は、エドワードと同じく後方で俯瞰しながら全体に指示を飛ばしていた。そして、それぞれの部隊はその指示に従い敵兵と交戦。士気も上々。
次にエドワードが目を見張っていたのがゼフィロスだ。一人で突っ込み次々に斬り伏せて行く。しかも恐ろしい程の剣速で見えない。
傭兵としてゼフィラク国に雇われているとエドワードは聞いていた。しかも確り戦果を上げるので、特に指示も出さずに好きにやらせているのだとか。
しかも実力のある者の方へ勝手に行ってくれるので、必然的に犠牲者が減っていた。エドワードの中でアルフォードを彷彿とさせていた。アルフォードも同じ事をしているからだ。
そのアルフォードだが、アンナに指導しながら戦っていた。
「覇気って分かるか?」
そうアンナに語り掛ける。
「……いえ」
そうアンナは答えつつ迫ってきた兵の顔面に右拳を繰り出す。
「見てろよ……ふんっ!」
ドンっ!
アルフォードの周りの大気が破裂し足元の地面は円形上に砕け、足首まで大地に身を沈めた。更にアルフォードの周りの大気が揺らめく。
「えっ!?」
「これは闘気解放つって、爆発的に体内の闘気を解放する事で身体能力が大幅に上がる。ふんっ!」
そう言いながら敵兵の盾を殴る……が、寸止めした。
だと言うのに盾は砕け突風が起き、周りにいた数十人の兵も含めまとめて吹き飛ばされた。
「……凄いです」
アンナがそれを茫然と眺めてた。
「これはアークにも出来ないだろうな」
「確かに見た事ありません」
「ただこれは見た目でも闘気が爆発したって分かるだろ?」
「はい」
「ここまでやらなくて良いんだよ。なんて言うかな……とりあえず普段の状態に戻すな」
そう言うとアルフォードの周りで揺らめいていた大気が静かになる。
「さっきの下位互換のようなものが覇気。こっちは爆発的な攻撃力、防御力、瞬発力はないが、それでもそれなり発揮出来る。アークが出来るのはこっちだな」
「つまり、まずそれを出来るようにならないと話にならないと言う事です、ねっ!!」
そう言いながらアンナは回し蹴りをして近寄って来た敵兵を二人まとめて吹き飛ばす。
「いや、それは誰でも出来る。必要なのは強弱だ。俺達のような闘気の使い手は強めるようにしないといけない」
「なるほど」
「気配とも呼ぶ。アークは気配と呼んでる事が多いんじゃないか? 何せアークの気配察知能力が高いからな」
「確かに気配と言ってた気がします」
「でだ。さっきのように見た目で分かるものじゃない。感じ取るものだ。今から覇気を強めるから、それを感じ取れ」
そう言ってアルフォードは闘気を少しずつ解放した。
「……なんとなく分かりました。アルフォード様の闘気が漏れ出たのが」
「……アルフォード様っての何とかならない? そう呼ばれたのなんて何十年もの前で慣れない」
読唇術で言葉を読んでいたエドワードもそう思っていた。
「いえ、王族の方ですし」
「そう言われてもな、俺は王族らしい事なんてしてないし、国を支える兄貴を支える為に鍛えただけだ。アルって気軽に呼んでくれ」
「……分かりました。ではアル様で」
その言葉にエドワードは吹き出してしまい、スーリヤ、ナターシャ、胡春に訝しげにされてしまう。
「今はそれで良いか。じゃあ続きな……この覇気を基本的に全身から漏れ出ているものだ。闘気を強めれば、それを周りに感じ取られてしまう。アンナも俺の途中まで強めた覇気を感じ取ったようにな」
「はい」
「で、この全身から漏れ出る覇気を自在に操る初歩が、目から発する事だ。殺気に闘気を乗せるとも言うな。アークも使っていた威圧って技だ」
「うっ!」
そう言うや否や威圧を出し苦悶の顔をし敵兵が固まる。その敵兵を拳打。
「はい。ダーク先生も使っていましたね。勇者達を騙らせていました」
「闘気をある程度自在に扱った時の初歩の技が威圧。覇気は無意識に出してしまう事が多いが、扱いが長けて来ると自在に強めたり弱めたり出来る」
「そして極限まで強めると闘気解放と言うのになるのですね?」
「そうだ。よしじゃあここからが応用だ。着いて来い」
「はい……え?」
返事を返すのは良いが目を丸くし出すアンナ。アルフォードが目を瞑ったからだ。
尤もアンナはアンナでアルフォードの方を見ているのに、横から来た敵兵をぶん殴っていた。無意識に索敵気法を使っているのだ。まぁ無意識なので精度は悪いが。
「はっ! はっ! おらっ!」
その状態で敵兵を次々に倒し始める。そして目を開ける。
「今のは闘気で周り一体を感知した」
「素晴らしいです。ダーク先生が言ってました。闘気の応用で空間把握が出来るようになると」
「本来なら目隠しをして教えてやりたいが、ここは戦場だしそれは難しいだろう」
「そうですね」
「だから、やり方を教える。意識しながら戦ってみろ」
「はい」
そうして説明を始めた。
闘気が漏れ出た覇気を意識的に膜のように周りに広げると、そん膜の何が起きてるのか把握出来る、と。
アルフォードの得意とする索敵気法だ。当然アンナと違い完璧な精度だ。
ユピテル大陸で、あれが出来るのは現在ではアルフォードだけしかいない。昔ならアルフォードの師匠がいたが、残念ながら故人だ。
これが使えると更に応用で、敵が自分のどの部位を攻撃して来るか瞬時に分かるともアンナに説明する。
――――さてさて、この戦でアンナはどこまでアルフォードに着いて来れるだろか……。
と、そんな事をエドワードが思っていると……、
スっ!
「はっ!」
「ごふっ!」
一瞬で会得して目を丸くした。まぐれの一回なら、先程から精度は悪いがやっていたが、アルフォードに具体的に教わってから出来始めたのだ。
今も、後ろからアンナを槍で狙われたが、スっと最小の動きで躱し、後ろを見ずにそのまま相手の腹にエルボーを叩き込んだ。相手は吐血し、そのまま倒れた。
「フィスト・ファングっ!」
続けて自分を狙っていた弓兵に向かって拳の気弾を飛ばし弓事敵兵を砕く。
「フィスト・ファングってアークの闘気技の名前から取ったのか?」
アルフォードが、そう突っ込んでいた。
「はい。技名を言う事で一気に闘気を収束させられ放てると聞いたのですが、今更名前を変えるのはやりづらそうなので」
アンナが恥ずかしそうに言う。
「まぁそうだな。闘気技は名前を変えてしまうと収束させるのに時間が掛かってしまうからな。ふんっ!」
アルフォードがそう答えつつ裏拳をし、そこから気弾が飛ぶ。名前を叫ばず、名前すら付けていないのにアルフォードは簡単に収束出来てしまう。
勿論小さめの闘気技に限るが。特大の闘気技はオーラバスターと言う名を付けていた。
「この程度ならアル様のように名前を付けず飛ばしたいです……フィスト・ファングっ!」
そう言って再びアンナが闘気技を飛ばし近寄って来た敵兵を粉砕。
アルフォードの無言の闘気技と同じ大きさだ。アンナとしては、アルフォードを真似して何も言わず使いたいののだ。
それに本来なら名を叫ばない方が良い。相手に何をするか悟られてしまうと、アルフォードも言い出す。
「アンナなら直ぐ出来るかもな。たった今教えた索敵気法をもうマスターしてるのだからな。アークが言った通り闘気の申し子だ」
「ありがとうございます。でもまだまだです。あたしの索敵気出来る範囲はアル様より狭いと思います」
「ほーそんな事もわかったのか?」
アルフォードが感心し目を丸くする。
「はい。あたしの闘気を膜のように広げた範囲にアルフォード様の闘気も感じられます。あたしより広い範囲に広げてるのが良く分かります」
当然読唇術で会話を読んでいたエドワードも驚いていた。どこまで天才なんだ? と。
「がはははは……これは面白い。出来ればこのまま鍛えたいな。俺を越えそうだ」
アルフォードが豪快に笑い出す。
アルフォードですら長い期間修行して会得したのをこうもあっさり習得したのだ。これから先が面白そうと感じるのも必然かもしれない。
アルフォードがアンナに指南しながら戦っている頃、ルドリスが戦場のど真ん中を走り抜ける。
エドワードに敵軍をかき乱すだけかき乱せと命じていたのだ。アークには及ばないが速いと、エドワードは感心して見ていた。
戦場を一直線に突っ切る。
「ぐはっ!」
「がはっ!」
それも次々に投擲を行い敵兵を蹴散らす。
アークは気配を感じ見ずに投擲出来るが、ルドリスにはそれは出来ないが、それでも目が良い。
見て、狙って、投げると言うアークより、『見る』と言う行動が余計な分、遅いがそれでも確実に敵兵を倒して行ってるのは感嘆に値するとエドワードは思った。
それも確り隙を狙っているので、そうそうに防がられる事は無い。
「はっ!」
投擲の弱点である武器を一時期手放すと言うのを右手の短剣を投げず振りながら突き進む事で補っている。
アークの教えだろうと瞬時にエドワードは理解した。
自分は両手の武器を投げて瞬時に次のを抜けるので、それをそのままやらせているのではなく、段階的に出来る事を増やそうとしてるのが良く分かる。またルドリスもその教えを確り守っていた。
「しっ!」
右手で斬る、左手は投げるを繰り返し、前へ前へ突き進む。そうして敵陣の奥深くでかき乱し始めた。
次々に短剣で斬り咲き、投擲で刺し殺す。ルドリスのお陰で多少は敵兵達の陣形が整い出すのが遅い。
カーンっ!
やがてルドリスの投擲を弾かられた。まぁ今まで上手く行き過ぎたとも言える。そう言う相手がいてもおかしくない。
いくら目が良く隙を付いてるとは言え、気配を感じる者だっている。または索敵気法が使えるのかもしれない。
いずれにしろルドリスでは厳しい相手だ。武器も槍で、短剣とではリーチの差で相性が悪い。
「くっ!」
苦悶の表情をし相手の槍の突きを躱す。紙一重だった。その後、連続突きがルドリスに炸裂し出す。
「くぅぅぅ!」
それを何とか右手の短剣で往なし反らし続ける。そして隙あらば左手で投擲を行う。
カーンっ!
それを軽々槍で弾き連続突き。それもさっきより速い。
「まだまだー!」
ルドリスがそう叫び自分に喝を入れるようにし、右手の短剣だけで往なし続ける。
それでも頬、太もも、二の腕などに掠り鮮血が飛ぶ。
――――あの槍使いは部隊長クラスだな。そんな相手に良く忍んでるとルドリスを褒めるべきだ。
致命傷は全て避けている事からエドワードは感心した。
「……やるな」
槍使いが尚も突きを行いながら語り掛ける。
「近くに槍使いがいましたんで、ね!」
そう言って左手で投擲
スーリヤの事だ。同じクラスなので何度も模擬戦をし来た経験が活きたと言える。ただ悲しい事にスーリヤより数段上の相手だ。
「ほ~」
感心の言葉を溢しながら、半身を反らし投擲を躱す。その際に突きも止めていない。
「でも、貴方のが数倍手強い。そう言う訳ですから……」
そう言ってルドリスは逃げ出した。正確には後方に戻って来ようとしていた。敵の陣形が整い出したのも確認しながら、ルドリスは戦っていた。
「はっ! はっ! はっ!」
今までの隙を狙ったものではなく、完全に牽制の為に左手で投擲を行い、戦線を離脱し始めた。
しかし、槍使いは巧みに槍を振り回し防ぎながら追い掛けて来る。
「逃げるな!」
「逃げるなって、私が受けた命は貴方と戦う事ではないのですが……」
そう言いながらも逃げられないと悟ったのか短剣二刀流で待ち構える事にしたようだ。投擲も無駄ならニ刀流で応戦。
「おらららーー……もっと行くぞ」
連続突きの苛烈が増す。二刀流になった事で捌ける量が倍になったので掠りもしないくなる。
しかし、同時に攻撃も出来ない。ルドリスは隙あらば短剣を振るっているが、リーチの差で届かない。
「いつまで続くかな?」
槍使いルドリスを嘲笑いながら突き続ける。
それを見ながらエドワードは悩む。胡春に頼んでルドリスを回収して貰うべきか、せっかく部隊長クラスを足止めしてくれているのに、それを無駄にするのは得策ではないかも、と。
「なん……だと?」
どうするかエドワードが悩んでいたら戦況が動いた。ルドリスが右手の短剣を投げたのだ。
槍使いは、今まで右手の短剣を投げなかったので警戒していなかったのだろう。
なんとか首を右に倒し首筋を掠る程度で済んだ。しかし完全に槍は止まってしまった。その隙にルドリスは後退。
投擲などを行わず全力下がり始めた。完全に敵側が陣形を整って来たのだ。命令通り戻る事を優先した。
「また逃げるのかっ!」
追い掛けるが追いつ掛けない。ルドリスは足が速い。それもあって、かき乱す命令をしたくらいだ。
「ふんっ!」
しかし槍使いは槍投げを行う。これにはルドリスは驚き、目を見開き躱す。が、足が止まってしまう。
「はっ! これで終いにしてやる」
槍使いは剣を抜き振り上げならルドリスに向かって突き進む。
だが残念だから、あの剣はルドリスに届かないとエドワードは確信していた。
先程からルドリスが右手に新たな武器を持たせないで、素手のままと言う事を不思議に思えば良かったのだが、敵の槍使いはそこまで気が回っていない。
ブスっ!
「なにぃぃぃ!?」
先程からルドリスは投げた右手にあった短剣に繋いであった糸を引いていた。
攻撃でもっとも気が緩み隙が生まれるのはトドメの一撃の時。
槍使いが勝ちを確信し剣を振り下ろそうとしたその隙を付いて一気に糸を引いて短剣を背中にぶっ刺した。
刺さるとルドリスは糸から手を離し次の武器を空いた右手持たせる。
「奇策があろうとも絶対に右手の短剣は投げるなと言う教えでしたので、これだけはしたくありませんでした」
プッシューンっ!
「ぬぁぁぁぁっ!」
最後にそう言って、両手の短剣を上段から振り下ろし槍使いを斬り咲いた。
見事な戦いだった。かき乱すだけで良かったが部隊長クラスを倒すとは良い戦果だと、エドワードは思った。
そうしてルドリスが戻って来る。
「申し訳ございません。少々手古摺りました」
「いや、良い状況判断能力だった。右手の短剣を投げた事はアークには内緒にしておくよ」
「それは嬉しいですね。ありがとうございます」
「さて、まずは治療しいとな。ナターシャ頼む」
「分かったさぁ……<下位回復魔法>」
全て掠り傷だったが、突かれた場所が多くかなりの血が流れていた。とりあえずは、ナターシャの下位回復魔法で傷を塞ぐ。
「ありがとうございます」
「良いさぁ。アークがちゃんと教えられているのか心配だったが、確り教えられているのが見れて良かったさぁ」
「ダーク先生は我々一人一人に合った課題を出してくれておりました」
「なんだか照れるさぁ」
――――いや、教えてたのナターシャじゃないでしょう? 顔を赤くしてモジモジさせてさ。まぁ自分の男が褒められて嬉しかったのだろうけど。
とかエドワードは内心思いつつ肩を竦める。
「さて、傷の治療はしても失った血は戻らないし、戦いでの疲労は回復出来ない。なのでルドリスは後方で休むと良い」
「はい」
「まだ戦えそうなら他の部隊長の指揮下に入るように」
「分かりました」
そう話していたら丁度怪我人を連れた胡春が転移で戻って来た。
「コハル、ルドリスを後方に下げてくれ。その後、次の作戦に進む」
「わーたでぇ」
――――なかなか良い具合にコトが進んだ。ここから私も攻めに転じよう。スーリヤもうずうずしてるようだしな。




