EP.18 秘めたる想い -side Eco-
家に帰るとナターシャお姉ちゃんが椅子にへたり込んだ。
ナターシャお姉ちゃんは、目の下に隈を作り寝ていないのが分かる。ファルコンに乗っていた時も昼夜問わず外にいたのを知っている。
わたしも気持ちは分かる。わたしにとってアークは、大好きな大切な家族なんだからー。
だけど、絶対に言えない。言う訳にはいかない。今はナターシャお姉ちゃんの事だけを考えていよう。
わたしまでアークの事を考えて倒れでもしたら、それこそアークが悲しむ。
だから、今だけはこの気持ちを抑えようと思う。
「今日はご飯、わたしが作るよー」
そう言ってわたしがご飯を作った。食べ易く喉の通り易いものと思いパスタにした。
でも、ナターシャお姉ちゃんの食が進まない。わたしも吐きそうになるけど、無理矢理口に入れた。
食べ終わるとそっと、ナターシャお姉ちゃんを抱き締めた。
「大丈夫だよー。あのアークだよー?」
「……そうさねぇ」
「二度も世界を救ったんだよー」
「……そう、さねぇ」
気付くとナターシャお姉ちゃんは、涙がポロポロ零れていた。わたしはナターシャお姉ちゃんの頭を引き寄せ肩に乗せる。
服が湿って肩が濡れるのが分かる。それだけナターシャお姉ちゃんは泣いてるんだ。
わたしは溜息が出るのを押し殺す。家に帰ると分かる。いつもいる筈のアークがいない事を実感した。
「エーコ、エーコ……ぅううう」
気付くとナターシャお姉ちゃんがすがり付くに泣いていた。わたしも泣きたいけど我慢しないと。
必至に目に溜まった涙を押し込めた。
暫くするとナターシャお姉ちゃんが寝息を立て始めた。良かったー。今日は寝れそうだねー。
わたしは重力魔法で、ナターシャお姉ちゃんを軽くし、クイーンサイズのベッドに運び布団を掛けた。
「おやすみー」
わたしも自分の部屋のベッドに入り、無理矢理寝ようとした。
しかし、眠れない。最近はなるべくアークの事を考えないようにしていた。自分が倒れればナターシャお姉ちゃんが、どうにかなってしまう。
そう思い、なんとか眠る事が出来た。でも、今は家にいる。アークがいないのだと痛感させられる家に。
そう一度考えてしまったら、寝れる訳がない。
だから体を疲れればきっと寝れると思い、こんな時にサイテーとは考えてしまったが、慰めよう手を下に持って行こうとしたが……、
「は~~~」
大きな溜息が出てしまう。
悶々としてる時、特にアークとナターシャお姉ちゃんの声が響いて来た時等、慰めた。
でも、今はその時程、盛り上がらない。気持ち良くなれる気にもしないし、体も疼かない。よって触る気が起きなかった。
「アーク、アーク、アーク……」
気付くとわたしは枕を濡らしていた。
ナターシャお姉ちゃんを支えなきゃいけないのに。今だけはアークを忘れないといけないのに。
何時間泣いていたのか分からないけど、気付くと寝ていた。
朝、寝不足で少しフラ付きならが起きるとナターシャお姉ちゃんが、ベッドで座りボーっとしていた。
暫くそっと抱きしめる。絶対に自分の気持ちは言えない。ただナターシャお姉ちゃんを支えないとー。そう思いながら、暫く抱き締めた後、ご飯を用意した。
当然ながら、ほとんど食べてくれない。だからひっぱ叩いてでも無理矢理食べさせる。
数日それを続けるとナターシャお姉ちゃんは、少しは食べてくれるようになった。でも、隈がまた濃くなって来た。
わたしは、最初こそアークがいないのを痛感して寝付きが悪かったけど、ナターシャお姉ちゃんの事を考えアレコレしていたら、疲れからかなんとか寝れるようになって来た。
途中からナターシャお姉ちゃんにご飯を作ると、薬を作り港町ニールに売りに行くようになる。
まだナターシャお姉ちゃんに全部教わった訳ではないので、自分が作れる範囲でだ。
アークが帰って来たら、お金が無いなんて事にならないように。それでもナターシャお姉ちゃんの薬目当てのお客さんがいるので売上が芳しくない。
蓄えはあるが、ナターシャお姉ちゃんに相談して別の事に使いたいしー。
一年ちょっと過ぎ季節は五月中旬。この頃になるとナターシャお姉ちゃんが憔悴しきっていた。
そんな時にフィックス城より使いが来た。まもなく改修が終わると。
「やっと終わったようさぁ。行くよ、エーコ」
「ダメー」
わたしはとうせんぼする。
「絶対に行かせないよー」
「何でだい? やっとアークに会えるんだよ?」
「いい加減にしてーっ!!」
「なんだい? 何を怒ってるんだい?」
別に怒ってはいない。ただ強く言わないと絶対止まってくれないと思ったから。
「ブース!」
「え?」
「今のナターシャお姉ちゃん、凄くブスだよー。アークが見たらきっとガッカリするだろうねー」
本当は綺麗だ。憔悴していてもナターシャお姉ちゃんは、凄く綺麗だ。アークが見てもガッカリするとは思えない。でも、今は止めたいとー。
それにナターシャお姉ちゃんの綺麗で長い髪がボサ付いている。最近手入れをしてなかったからなー
「そう……かい?」
「そんなナターシャお姉ちゃんに手を出す気にはならないかもねー」
「えっ!?」
「それにー、アークは別のところで、他の女の人と良い関係になってるかもねー」
ごめんねー、ナターシャお姉ちゃん。本当はそんな事思ってないよ。でも、絶対にそれは言えない。
「そ、そんなぁ」
ナターシャお姉ちゃんが、絶望的な表情をし出す。
「だからー、再びナターシャお姉ちゃんが振り向かせるんでしょー」
「なら、早く行かないと……」
「だーかーらー! 今のナターシャお姉ちゃんは、ブスなんだってー」
「じゃあどうすれば……」
「二日大人しくするー。その間、ちゃんと食べてー、ちゃんと寝てー。アークに再会しても恥ずかしくないナターシャお姉ちゃんでいてー」
「……分かったさぁ」
良かったー。これで、ナターシャお姉ちゃんは、ちゃんと食べて、寝てくれるなー。
それから二日後、わたしとナターシャはフィックス城に向かった。到着したのはその二日後だ。
ナターシャお姉ちゃんは、すっかり元気になってた。良かったよー。
「やぁナターシャ、相変わらず見目麗しいね。エーコは日に日に美しくなって行くね」
謁見の間に通されたわたし達への開口一番はこれだ。エド叔父ちゃんはそればかり。
「改修は?」
焦れたナターシャお姉ちゃんは、即座に本題を切り出した。
「タケルが残したアダマンタイトのお陰で良い感じに仕上がってるよ。あれを貰って半年の間に解析が出来ていて良かったと本当に思うよ」
「じゃあ前回より?」
「ああ、格段に速くなる。アダマンタイトは軽くて丈夫と言う素晴らしい鉱石だったからね。ただそれでも私の予想では一ヶ月以上は掛かる場所にいるのではないかと思っている」
「それでも良いさぁ……あ、エドにこれを」
ナターシャお姉ちゃんは袋をエド叔父ちゃんに渡す。
「何だいこれは? ……これは受け取れないよ」
渡したのはうちにある蓄え全てだ。
「アークの為に動いてくれたんだから当然さぁ。それに改修だって無料だった訳じゃないだろう?」
「アークは仲間だし、当然の事をしたまでだ」
「知ってるだろう? ラフラカ帝国対し共に戦ったのはアークじゃない」
「ああ、中身が違うのは知っている。だが、もう直ぐ二年になるか? ゾウの時に共に戦ったのは紛れもなくあのアークだ」
「そうだとしても、あたいの気が済まないさぁ。エーコも納得してる」
と言うより、わたしがそうしよーってナターシャお姉ちゃんに言ったんだけどねー。
「エド叔父ちゃんの事だから受け取らないと思ったけどー、わたしとしてもアークの事で感謝しても感謝しきれないよー」
「レディの気持ちを無碍にするのもいかんな。では、半分は頂くとしよう。それで良いかい?」
「全部でも良いんだけどさぁ」
全く律儀だよねー。
「おーいエド殿、参上仕り候」
「来たか」
「ムサシ叔父ちゃん? 何でー?」
ムサシ叔父ちゃんが突然謁見の間にやって来てわたしが驚く。ナターシャお姉ちゃんも同じだ。
エド城で国務大臣をしてる見た目は、もうお爺ちゃんだ。だけど、侍としてまだまだ戦える。
髪は白髪で首の下まであり後ろで束ねていた。
「アーク殿がピンチと聞いた故、馳せ参じたにてござる」
「そうなのー? ありがとー」
「なーに約二年前の借りを返すだけにてござるよ」
「エド叔父ちゃん、もしかしてロクーム叔父ちゃん達も呼んだのー?」
「いや、ロクームはアークをあまり快く思っていないので声を掛けていない」
「そりゃ二股クソ野郎だしねぇ」
ナターシャお姉ちゃんがそう言うと、笑いが零れてしまう。こんな時だと言うのに。
「それに子育てが大変らしい。ユキは人間の情勢に関わらないから呼んでも来ないだろう。ガッシュは……アークがいる場所で何があるか分からない。礼儀を問われて面倒になりかねないので声を掛けていない」
「そっかー。じゃあムキムキ叔父ちゃんはー?」
「がははははは……俺か? 俺なら此処にいるぜ」
そう言って新たなに謁見の間に現れたのはムキムキ叔父ちゃんことアルフォードだ。
エド叔父ちゃんの弟で通称アル。エド叔父ちゃんと同じ黄色が強い金髪でモヒカンにしている。
体は鍛え抜かれており筋肉ムキムキだ。そこから、わたしはムキムキ叔父ちゃんと呼んでいた。
「あ、ムキムキ叔父ちゃん、久しぶりー」
「応! エーコも元気そうだな」
そう言ってわたしの頭をワシャワシャ撫でて来る。
「もー。わたしもう十三だよー。子供扱いしないでよー」
わたしが頬を膨らます。
「がははははは……まぁ良いじゃねぇか」
「良くないよー」
「それとナターシャだったか。久しぶりだな」
「えぇ。久しぶりさぁ」
「では、全員揃ったな。改修まであと少し。それまで城でゆっくりしておくと良い」
そうエド叔父ちゃんが締めくくって解散となった。
そして数日後再び飛行船ファルコンで飛び発つ。恐ろしい程、速くなっていた。
前回の四倍以上は速いのではないかと思わせる。
食料も二ヶ月分を積み準備万端。今度こそアークに会える。
やっとだよやっと。やっとアークに会える。もうわたしも我慢しなくて良いよねー?
改修した飛行船ファルコンで、北に飛び一ヶ月ちょっと、アークが消えて約一年と三ヶ月が経ち、ようやくユピテル大陸ではない大陸に到着した。
ファルコンから眼下を覗き、町がある事に気付き、そこへ向かう事にした。
「知らぬ大陸なので最低二人一組で行動した方が無難だろう」
そうエド叔父ちゃんが切り出す。
「エーコとナターシャ」
「分かったよー」
「分かったさぁ」
「私とアルとルティナ」
「応!」
「それは構わないけど何故三人なの? ムサシは?」
「念の為にストラトスの護衛をして貰いたい。ストラトスに何かあれば我々全員帰れないからね」
「そう言う事ね」
「護衛にてござるか。承知仕った」
「では、まずは情報集めだ。各自検討を祈ると言いたいとこだが、もう夜遅い。明日の朝より行動開始だ」
そうエド叔父ちゃんが締めくくる。
そうしてわたしとナターシャは、次の朝からこの大陸で一番最初に発見した町でアークの行方を聞いて回る事になった。
「灰色髪でアークと言う人を知りませんかー?」
「いや、知らないね」
やはりと言うかなんと言う早々に情報は手に入らない。何人もの人に声を掛けた。
「灰色髪でアークと言う人を知りませんかー?」
「アーク? それってゼフィラク兵の?」
「え? ゼフィラク兵とやらは何年くらいやってるんだい?」
「いや、そこまで知らない」
「じゃあ、いくつくらいの人ー?」
「二十代中盤くらいだったかな」
なら、たぶん違う。アークは二十代後半。尤も人の見た目では完全に年齢は分からないので、一応頭の片隅においておこう。他に手掛かりがなければ、そのアークを探すのも良い。
そうして町を歩き続け夕方頃に大きな建物の前に来ていた。
「これって学園かねぇ」
「そうだと思うよー」
「丁度下校してるようだし、此処でも聞いてみるさぁ」
「分かったよー」
学生が知る筈もないと思ったが念の為に聞いておこう。
「灰色髪でアークと言う人を知ってるかい?」
「知りません」
やはり知らないと返事が返って来る。
此処でも何人もの人に声を掛けたが知らないと返って来た。
そうして黄色の瞳で黄色髪の耳が隠れるくらいの短く切り揃えた女子学生を見つけ一応声を掛けた。
「灰色髪でアークと言う人を知ってるかい?」
その女子学生を黄色の瞳をパチパチさせながら間を置き……、
「………………知らない」
と答える。
この人、凄い魔力が高そうー。わたしの魔眼にはそう見えた。他の学生達を遥かに凌駕していそうだけど、詳しく見るのは失礼だねー。
それにしても、反応から何か知っていそうな感じがする。それともただ内気なのかなー?
どっちにしろ……、
「ナターシャお姉ちゃん、そろそろ皆と合流した方が良いよー」
「そうだねぇ」
「ナターシャ?」
黄色髪の女子学生が信じられないと言った面持ちで茫然と呟く。
「あたいの名が何か?」
「じゃあ君は、エーコちゃん?」
そう言ってわたしの方を見て来る。
「そうだよー。でも、何で知ってるのー?」
「そのアークって人、ダークって名乗る事あるかな?」
「ある! 知ってるのかいっ!?」
ナターシャお姉ちゃんが食い入るようにその女子学生に迫ってしまう。
「ナターシャお姉ちゃん、落ち着いてー。怖がるってー」
「そう……だね。悪かったさぁ」
そう言って離れる。
「いえ……」
「それでアークを知ってるのかい?」
「ダークと言う偽名を使い、この学園の教師になってるよぉ」
「「教師っ!?」」
わたしとナターシャお姉ちゃんが目を丸くしてしまう。いや、だってアークが教師だよ。似合わないってー。
でも、やっと手掛かりを見つけたー。
「じゃあ此処にいるのかい?」
「今はいないよぉ」
「じゃあ、何処に?」
「学園長の指示で東に行ったよぉ。詳しい事はボクにも分からないけどぉ」
「そっかぁ。ありがとうねぇ」
「ありがとー」
アークの情報を聞けたのでエド叔父ちゃん達と合流した。
「情報を掴んだのか。それは朗報だ」
「これからどうするんだい?」
「君達は早く会いたいだろ? 直ぐに行くと良い。私達はこの大陸について情報を集めておく。アークも直ぐに帰れない状況かもしれなし、何が役に立つか分からないからね」
そうして東へ東へと進んだ。
重力魔法を駆使して飛ぶように走る。
「あ、アークだー」
「やっと見つけたねぇ」
「ナターシャ? エーコ?」
そして、漸くアークを見つけた。ずっと抑えて気持ちが溢れそう。涙が一気に噴き出しそう。でも、それどころじゃない。何故なら、どう見ても戦争のような事をやってるからー。
死体もいくつも転がっていた。
「大変だったんだよー」
「でも、見つられて良かったさぁ」
アークに駆け寄る。
「エーコ、頼む! こいつを助けてやってくれ」
「分かったよー……<上位回復魔法>」
わたしが何も聞かず……いや、切羽詰まった様子をしたアークを見ていたら、何も聞けずに上位回復魔法をかけた。
そうして、アークの傍に倒れていたアークと同じ灰色髪の人の命を繋ぎ止める。でも、四肢はない。
「ギリギリだったねー。この人から魔法をかけた魔力を感じるよー。わたしの前に誰か延命させたー?」
「中位回復魔法を習得してな。俺が中位回復魔法をかけた」
「そっかー。でも、回復が遅過ぎたねー。残念だけど四肢は戻らないよー」
アークは、いつの間にか中位魔法を覚えたんだねー。
ただ残念な事に四肢は戻らないのは可哀想。アークが延命した甲斐あって助かったのは良かったけどー。
「……それでも弟子を助けてくれた事、感謝する」
アークの隣にいた紅い長髪の人が、わたしとアークに頭を下げて来た。誰だろう?
「それで何でナターシャとエーコがいるんだ?」
「アークを追い掛けて来た以外にあるかい?」
「それは超大変だったんだよー」
主にナターシャお姉ちゃんが不安定になってとか言えない。
わたしも辛くて枕を濡らしたなんて、もっと言えない。無理に寝ようとし寝れなく、体を疲れさせようと、サイテーだなーと思いつつも慰めよういとしてなんて、更に言えないなー。
結局全くのその気にならなかったとは言え、考えてしまっただけでサイテーだったなー。
それからナターシャお姉ちゃんは説明した。とは言え、状況的にじっくり話せないので端的に話した。
ルティナお姉ちゃんがアークの居場所を魔法陣の魔力から感知。
飛空船ファルコンを蘇らせた。
エド叔父ちゃんがファルコンの改修を一年以上行い此処に飛んで来た、と。
「そうか……俺は直ぐに帰れない。やりたい事がある。手伝ってくれないか?」
アークがそう言い出す。
まぁ約一年と三ヶ月もこの大陸にいたようだし、戦争なんてものにも参加していた。色々あったのだろうなー
やりたい事があるなら、わたしは支えるけどねー。
わたしとナターシャお姉ちゃんは、顔を見合わせてお互いにコクリと頷く。
「此処まで来たついでさぁ。構わないさぁ」
「良いよー」
「ありがとう。じゃあとりあえず、この戦場にいる連中を回復してやってくれ。但しあの鎧を着たクソ共は回復しなくて良い。むしろ生きていたら殺すか縛りあげてくれ」
後半底冷えするかのような声音で言いながら、アークが急所に投擲を当てたと思われる兵を指差す。
殺すって……よっぽどアークを怒らせたのかなー。今のアークは暗殺者じゃないし。
ユピテル大陸にいた頃、盗賊を捕まえる際に手加減を見余り殺してしまった事はあっても本人の意思で殺した事はないからなー。
ともかくアークの言われた通り回復をしよう。そう考えわたし達は、動き始めた……。




