EP.07 ユピテル大陸について (三)
「チカっ!」
ミクが叫ぶとミクの肩を掴んだチカが一気にサラの方に向かった。サラは槍を背に背負うとミクの足を掴む。
ミクとは反対の方向……トロールを見据える。そして急上昇。
ちょっとサラがいなくなったから誰が子供達を守るの? と、内心ルティナは焦る。
ヒューンヒューンヒューン……ブスブスブスっ!
ミクが放った矢が子供達やディールを狙った魔物達に突き刺さる。 えっ!? いつの間に?
ついさっきまで槍を持っていたのに弓を構えていた。サラの方へ一気に向かった時に持ち替えたのだろうか?
さっきも弓から槍へ。ミクの武器の持ち替えが早い過ぎる。と、ルティナは目を見張った。
「矢が残り少ないから、早くしてね」
「ああ」
ミクは真下を睨み子供達を守ろうとしてる。サラは、そのミクの真逆の方向を向きトロールを睨む。
どうするの? 何をするの?
「<精霊の名において、闇を凍り付かせる……>」
ちょ~~~~~~~~~~~~~~!!! えっ!? 魔法?
ダメよ。魔法は使えない。精霊王はいないのよ。
「<……鳥魔よ!我が力とならん!>
尚も続く詠唱。空間が蠢く。あれは精霊の騒めき?
魔法とは精霊との契約で、精霊の力を行使する技法。故に魔法を使う時、精霊が騒めいて空間が蠢く。尤もそれを感知できるのは、魔法の才があるものだけど。
だからルティナは何故? と困惑する。精霊はいないのに、何故騒めくの?
まさか……? そして、サラは詠唱を終えるとミクの足を離す。本当に……?
「<ダイアモンドダストーっ!!>」
サラが両掌を前に突き出すと掌から巨大な……チカより大きい、人が三人乗れそうな氷の鳥が飛び出た。
何この魔法? ルティナは、見た事が無かった。いや、それよりも何故魔法を行使できるの?
あり得ない。精霊も精霊王もいないのに。そんな事を考えてると氷鳥がトロールに直撃し凍り付かせた。でも、凍り付いた程度じゃトロールは倒せない。
「はっ!」
続けてサラは背中に携えてあった槍を抜き放ち後ろを向く。
「<サンダースピアーっ!!>」
サラの持つ槍は、電撃の力を秘めた特殊な槍だったようだ。槍の刃先から電撃が飛び出す。
しかし、狙いが真逆。だけど電撃が放たれた勢いでサラが吹き飛ぶ。
なんて使い方をするの? と、ルティナは目を見張る。
そしてサラは反転。
「<電光一文字ーっ!!>」
パッリーンっ!
凍り付いたトロールが砕け散った。何なのこれ? 本当にこの人は何者? 凄過ぎる。と、ルティナは、目を剥いてしまった。
そして、トロールがやられた事で残りの魔物も撤退して行く。
「ふ~……終わった~」
ミクが右手でおでこの汗を拭いながら降りてくる。
「ああ。流石にあの数はな……って死体は?」
サラが魔物が死体がない事に驚く? 本当に何も知らないのだろうか……。
「あれれ~。本当に死体が無いよ~」
ミクは素っ頓狂な声を上げる。魔物は倒されると灰になって消える。死体が消えてるのに気づかない程、本気で戦ってくれた事にルティナは、嬉しく思う。
だけど今はそんな事より……、
「何で貴女、魔法が使えるのよっ!?」
とルティナは、サラに詰め寄ってしまう。
「ん? この大陸では、魔法は使わぬのか?」
「なっ!? ……この大陸? ……それに魔物を知らないようだけど、貴女達は何者なの?」
先に感謝すべきだと内心ルティナは、わかっていても、つい詰め寄ってしまう。
「あ、すまぬ。ルティナと言ったな? 私達は此処とは違う大陸……ユグドラシル大陸という所から来た。だからこの大陸の事はまだ、良くわからぬ」
「ち、違……う大陸?」
「うむ」
なるほど。それなら納得行く。でも、魔法は使える筈はない。だけど少し落ち着いた。
本来なら最初に言わないといけない事があると感じ……、
「す~は~」
とりあえず深呼吸。
「助けて頂いた事、お礼を申し上げます。それといきなり詰め寄ってしまいすみません」
ルティナは、頭を垂れた。
「良い。通り掛かりのついでだ」
「それとミクさんだったわね?」
ルティナはミクに水を向けた。
「ミクで良いよ♪」
「じゃミク、貴女にもお礼を……ありがとうございました」
ミクにも頭を垂れる。
「良いって事よ~♪」
ミクは、満面の笑み浮かべて返した。
「お姉ちゃん達ありがとう」
「ありがとう」
「助かったよ」
子供達も続く。
「「ありがとうございました」」
ディール夫妻も頭を垂れた。
「にゃはははは……良いって良いって」
ミクが顔を赤らめる。大勢にお礼を言われた事はないのかしら? と、内心微笑ましく思うルティナ。
「それで、サラさんだったわね?」
再びサラの方を向く。
「私も呼び捨てで構わぬ」
「わかったわサラ。それでさっきの事だけど……」
「魔法の事か?」
「ええ。貴女達の大陸では、どうやって行使しているの?」
「ん? ……精霊との契約でだが?」
サラが怪訝そうに首を傾げる。
このユピテル大陸と同じだ。ただ、精霊の力を吸い取り実験で無理矢理魔導士を生み出す事はしていない。尤もそんな事をするのは、ラフラカくらいで、他にいて堪るかと思うルティナ。
「この大陸と同じね。じゃあ魔法の力はどこから生まれるか知ってるよね?」
「精霊の力を借りて」
「そうね……でもね。この大陸には精霊はいないの?」
「はぁ!?」
サラは、素っ頓狂な声を上げる。
「一年前に大きな大戦が起きて、精霊の頂点に立つ、精霊王が倒れたの」
ルティナは簡素に説明した。
「精霊王?」
サラが首を傾げる。
「知らないの?」
「私達の大陸では、知らぬ名だが?」
「精霊を統べる王なんだけど、精霊王の存在によって精霊も存在できる。だけど精霊王がいなくなると同時に精霊達も消えてしまうの」
「うむ。話が読めたぞ。精霊を巻き込んだ大きな大戦が過去に起き、魔法が無くなったと?」
「そう」
「では、私の魔法は、この大陸の精霊の力ではなく、ユグドラシル大陸の精霊の力を借りてるのでは? 元々私はユグドラシル大陸で契約したし」
「そう……なのかな?」
何か腑に落ちない。精霊は大陸事に宿る。だから大陸が変わると、その大陸に宿る精霊の力を借りる事になる筈。何かを見落としてる? と感じるルティナ。
一応ルティナも半分は、精霊なのでこう言った知り得ない事も知っていた。
「それで、先程戦っていたのは魔物と言っていたが本当か?」
思考を巡らしてるとサラが違う話をし出した。
「ええ。さっき言った大きな大戦でラフラカって人が精霊王の力を吸収したの」
「吸収? ……この大陸での大戦は、かなり大事だったなのだな」
「ええ。それで絶大なる魔導の力を得たラフラカは、動物を狂化したの」
「ん? 待てよ? 先程精霊王は倒れたって言ってなかったか?」
サラが怪訝そうな顔をした。
「ええ。正確には精霊王の力を吸収したラフラカを倒したの。だから事実上、精霊王は消えた事になる」
「そうなると魔物の狂化は薄れていくのでは?」
サラの推測は正にその通りだ。魔導の実験で手始めに動物を狂化した。しかし大元となった精霊がいなくなれば狂化は薄れて行く。しかし……、
「ええ……日を重ねる度に薄れて行ったわ。でも、ここ最近また狂暴化したの」
「となると何らかの理由で精霊が復活したのでは?」
「そんな事って……!?」
――――あり得ない。
「ただの私の推論だ。気にするな」
サラは別大陸の事情にあれこれ言うのは、良くないと思ったのか、そう言い出した。
「ささ。話が纏まったとこで本題に入ろう」
ルティナとサラが話している間、黙っていたミクが口を開いた。気の抜ける喋り方だけど空気は読めるのね。と、ルティナ内心感心した。
って言ったら失礼か。あれだけの援護ができるんだから洞察力はあるしね。
「本題?」
ルティナは首を傾げた。
「うん。このサラはあたし達の大陸を統べる女王の命で大使として来たの。あたしは、ここまで運んで来ただけ。だから明日には帰るの」
「そうなの?」
「うん。でね、この大陸の出来るだけの情報とあたしとチカの寝床と食事を用意してくれない? 勿論タダでとは言わないわ……はいこれ」
そう言って直径20cmくらいの袋をルティナに手渡される。
「そ、そんな助けて貰ったのだから、こんなものなくても……」
と言いつつ中身を見た。
「って、ええーっ!?」
あまりにもビックリな中身に仰天。様々な鉱石が入っていた。
「そんなに驚く物? 大陸が違うから貨幣が違うだろうと思って、それ持って来たんだけど?」
ミクは不思議そうにし、ルティナを見た。
「驚くよ。さっき言った大戦で、この大陸の鉱石は、ほとんど失われたの。だから、こんな高価な物受け取れないよ」
「良いって良いって……あたし達の大陸じゃそこまで大袈裟な物じゃないから」
ミクはそう言って袋を押し付けてきた。
「じゃそんなわけで、この大陸の情報を教えて♪」
更には勝手に話を進めて来る。何てマイペースな娘なんだろう? 少し引いてしまう。
「あのー、話をするなら俺達の家でどうぞ。ルティナの家は吹き飛んじゃったし」
ディールに声を掛けられ外で立ち話をしていた気付く。そうしてディールの家の中で続きを話す事に……。
ルティナは精霊大戦の事やラフラカの事等、この大陸の知る限りをサラとミクに話した。
ミクは興味津々に色々聞いて来るが、サラはじーっとルティナを見て何かを考え込んでいる。
「ねぇサラ? さっきから黙ってるけど、どうしたの?」
とミク。
「いや……ルティナ、お主……」
何かを言い掛けて止める。
「何?」
「あ、すまぬ。何でも無い」
「ちょっと言い掛けて止めるなんて気持ち悪いよ~」
とミク。
確かに気持ち悪いかな。と、ルティナも思った。
「いや失礼だが、お主本当に純粋な人間か?」
「えっ!?」
もしかして精霊とのハーフだって気付いた?
「いや、すまぬ。なんだかお主から不可思議な気配を感じてな。たぶん勘違いだ。忘れてくれ」
なんて鋭い。サラも魔導の使い手だけあって何かしらを感じ取ったようだ。
「え、えぇ」
言おうか迷ったが、今のルティナに魔導の力は無い。ただの人間だ。だから止めておこうと思い留まった。
「この大陸の事は大体わかった。私はユグドラシル大陸の大使として、この大陸と友好関係を築く為の橋渡しとして参った」
サラもそれ以上何も言わず話を進めた。
「素敵な女王様ね」
他の大陸と友好関係を結べれば何かしらの恩恵を大陸にもたらすかもしれない。
「うむ。素晴らしい方だ。で、まずはこの大陸を統べる者と会談したと思ったのだが……」
先程この大陸の事を話した際に、統べる者がいないとも話していた。この大陸は各領地をそれぞれの王が統治してるのだ。いや、王がいなく統治されていない領地ある。
「……そう言った者がいないなら、誰と渡りを付けたら良いのか……」
サラが首を捻り悩む。
「さっき話したラフラカを倒した十一人の中に王様がいたのは知ってるわ。名前はエド……エドワード国王よ」
エドならきっとこの話を受け入れてくれるだろう。相手は女王……つまり女性であるなら無碍にはしないだろうな。ふふふ……と内心笑ってしまうルティナ。
ちなみにルティナもその中にいるとは話していない。
「その者にはどこに行けば会える?」
「う~ん。厳しい道のりで分かり易い道のりと、安全だけど分かり辛い道のりどっちが良い?」
「前者だ! 厳しい道のり。面白そうだ。良い冒険になる」
「冒険? あははは……サラって面白い」
「むっ! ……そこまで笑う事はなかろう」
サラが眉を寄せる。
「ごめんごめん。前者の方を教えるねわ。まず北のサバンナを目指す……」
と、分かり易い方を教えた。まあ厳しいと言ってもサバンナだけだ。それを言うとサラは嬉しそうに微笑む。余程冒険が好きなのかな?
「わかった。行って来る」
サラが立ち上がる。
「ってちょっ! もう日が暮れているわ。そうなれば余計サバンナは危険になるわ」
「面白い! その方が冒険になる。世話になったルティナ」
そう言ってディールの家から出て行ってしまった。
「あーなったらサラは、止められないからな~」
まるで他人事のように呟くミク。
「変わった人ね」
つい溜息が零れてしまう。
「せっかくサラさんの食事も用意したのに……」
カタリーヌが残念そうに呟きミクの方へ視線を向ける。
「ところでミクさん」
「はい?」
「寝床はこんなとこで大丈夫? この人数だから狭いわよ」
「大丈夫大丈夫♪ 横になれるスペースがあれば十分だから」
ミクが満面な笑みで答えた。
「こちらこそ貴重な鉱石をありがとうございます」
カタリーヌが頭を垂れる。
「良いって良いって。と言うかちゃんと渡さないと、何で渡さなかったんだって、あたしが怒られちゃうよ」
そんな理由だったのかと、内心呆れるルティナ。
その後、ミクは子供達と遊んでくれた。子供達もチカに乗れたりして楽しそうだった。
ただ直ぐに夜を迎え暗くなってしまったので残念がっていた。
そうしてミクが泊まり次の日を迎えた……。