EP.26 スーリヤがキレました
次の試合はルドリスと拓哉か。ぶっちゃけこれが一番楽勝だ。
勝とうと思えば即座に決着が付く。しかし、そうはさせない。
実はルドリスと個人的に話してあった。楽に勝てるがそれはするなと。
俺が学園に真に求められているのは、増長した勇者をどうにかする事、それなのに圧倒的勝ってしまえば自分の未熟差を考えるより、真っ先に相手のせいにして、このままだろう。
その理由もあり、フローラにも課題を出した。と言う訳で二人が出て来た。
拓哉とは多久島 拓哉の事だな。長髪で首の辺りまである。
投擲の能力を得て、短剣を武器としていた。
「では、次鋒戦始め」
開始の合図とともに拓哉がバックステップで後ろに下がった。
「妙な術でやられる前に速攻だ」
そう言って両手で短剣を飛ばしだす。
やはりこいつも俺は言った事が理解していない。メインとなる武器を作り、それは絶対に投げないものだと教えたのに。
それに次の武器を引き抜く速度も微妙だな。
「<雷帝よ、我に力を貸し賜え……中位稲妻魔法>」
まだまだ魔法に慣れていないので、めんどくさい詠唱を行う。詠唱しないと魔力消費が激しくなるし体力も奪われる。
今、唱えた中位稲妻魔法は、ユピテル大陸で言う中位稲妻魔法と同じものだ。
とは言え、ユピテル大陸のとは見た目が違う。ユピテル大陸のは空から極太の雷が落ちて来て縦横無尽に駆け回り、四方に散ると言うものだったが、こっちは掌から極太の雷を飛ばすだけ。
見た目だけで言えばユピテル大陸のが派手だけど、こっちのが一点に集中されているのかもしれない。
その中位稲妻魔法が、今投擲した全てを貫き拓哉に迫る。
「何だよそれっ!? 僕は聞いてません!」
馬鹿か。戦場で『聞いてない』と言って、相手が手を止めてくれる訳がない。
そもそも能力に頼って足腰鍛えていなかったのが問題だ。俺ならこれだけの距離があるなら走って避けられる。
開始時のお互いの距離は10mくらいあり、更にバックステップで下がったのだから。しかし、拓哉はボー立ちだ。
が、中位稲妻魔法は拓哉の前でピタっと止まった。
「ははは……何だコケ脅しか」
違うな。
俺が事前にこれでトドメを刺すなと言い含めてあったのだ。負けたのは、これのせいだと思わせたら増長しっぱなしだ。
それ故、勝った上で鼻っ柱を叩く事が可能なのでルドリスに期待してると言ったのだ。
「良くもコケ脅しとか、僕に舐めた事をやってくれたな」
そう言って投擲の激しさが増す。両手で次々に投げる。
それをルドリスは両手に持った短剣で払い落す。ルドリスは目が良いのだ。
そんなただ投げるだけなんて話にならない。
「何だよ? それ、ズルしてるだろ?」
と言うか、勇者連中は自分の常識外の事は全部ズルかよ。
「は~」
と、ルドリスは溜息を溢した。
俺の思惑を聞いていたので、これで勝ってもダメなのかと落胆したのだろう。
そう言う訳で、ルドリスは左手だけの投擲を開始した。拓哉より速い。圧倒的に速い投擲。
しかも、拓哉が放った投擲に確実に当てて弾いている。だが、それでも両手を使っている拓哉のが数が多い。
それ故に全ては弾かず、無理そうなのは避けていた。ルドリスは目が良いだけでなく、シーフタイプで足も速い。軽々と躱す。
「クソ! クソ! クソ! 何で当たらない」
それはお前が慢心したからだよ。
やがて拓哉の短剣が尽きる。急いで投げた短剣を拾いに行くが……。
足の速いルドリスが周り込み右手に持つ短剣の切っ先を拓哉の首元に当てた。
俺が期待してた通りの勝利だ。これで相手が悪いとか喚いたら、完全な馬鹿だな。
「先鋒も次鋒勝ったぞ」
「しかも同じよう力だったな」
「ああ、そうだった」
「Cクラスは態と相手に合わせて粉砕した感じだ」
「しかも次鋒は、最初の雷みたいので速攻終わらせられたのに、態と相手の土俵で戦ったって感じだな」
「やるな」
「これで少しはSクラスが大人しくなるだろう」
「クソ! この勇者の恥晒しどもが」
恥晒しって言うが恥晒しは、まんまお前だぞ? 自分が出場もしていないくせに文句だけとかさ。
で、次は一番不安なスーリヤと転だ。その二人が出て来る。
転とは天川転の事だな。ボウズ頭で、確か重力系の能力を使っていた。
武器は斧で、能力と武器がマッチしてる珍しい奴だ。重力が増した状態では元々重い斧が更に重くなる。脅威だ。
実際第二試合ではビビって相手が降参していた。
スーリヤは今回は確り槍だ。本気でやる気だな。
「では、中堅戦始め!」
「先手貰うっす」
そう言って転は空中に飛び上がる。自分の立つ地面の重力を軽くしたな。
そして落下する。
「地雷旋」
うわぁ。また中二的な名前付けているよ。
冷静にスーリヤは二歩後ろに下がる。
ズドォォォォンっ!
けたたましい音を響かせ転の斧が大地を割った。
しかし本人も埋まってるぞ。挨拶代わりにしたって事だろう。
これにビビって第二試合では相手が降参していた。
実際仮にスーリヤは動かなくてもダメージにはならなかった。
しかし、地割れが届かない位置を見極め移動したのだ。それにその距離は槍の間合いだ。
スーリヤは槍を構える。
「くっ!」
だが、突けない。
それどころか今にも膝を付けそうだ。なるほどスーリヤが立ってるとこの地面の重力を上げたか。
前より成長してるな。
その間に転が大地から這い出て来た。そして、スーリヤの前に立つ。
「このまま降参するな許してあげるっすよ?」
「誰がしますか」
「でも、降参するなら今度オイラと遊ぶっす。勿論夜の相手もっす」
「下品な……祖国を辱めるだけでなくわたくしもなんて舐められたものですわ」
「祖国? 何言ってるっす?」
「わたくしは、カルラ国、第一王女です」
「ぎゃははははは……」
転が気持ち悪いように笑いだす。
「カルラの王女? なら余計オイラと遊んで貰うっす。姫さんならベッドも楽しめそうっす」
「だから」
ズサァァァァっ!
「きゃぁぁぁぁ!」
斧で左肩から胸の辺りまで斬りやがった。血飛沫がかなり飛んだぞ。刃引きしていてもスーリヤがいるとこの重力を重くしていたからな。バッサリ斬れるわ。
しかも服も斬り咲かれたから、これ動いたら見えるんじゃね?
「今度は顔を傷付けるっすよ?」
「下劣な」
痛みから苦悶の顔で言う。
「そろそろ降参した方が良いです」
審判が止めに入る。それはそうだろ。
左肩から胸の辺りまで、バッサリ斬られて尚且つ仮に動けたとしても服がめくれて乳房を晒す事になるのだから……。
このままではまずいな。白いタオルでも投げようかと、俺も止めたくなってしまう。
「問題ありませんわ」
なのにスーリヤはやる気だ。
これは下手に止めたら怒るだろうな。さて、どうしたものか。
このまま見守るべきかな?
「へ~……姫さんのとこの重力を上げてるっすけど、どうするっす?」
転が嫌らしく笑い。
スーリヤは流石に重力に耐えて立ち続けるのはきついのか片膝を付き出す。
「<炎系中位魔法>」
炎系中位魔法を唱えた。スーリヤは流石は王族だけあって中位でも詠唱がいらなくなって来ていた。
ボォォォっと巨大な炎が転に向かって飛ぶ。
「おわっと」
自分が立つ地面の重力を軽くし大きく後ろに飛ぶ。
大きくってのがダメだな。間合いを掴む事に長けていない証拠だ。
それに自分が立っている地面を軽くした事で、スーリヤが立つ地面の重力が解除され普通に戻ってしまう。
スーリヤは立ち上がる。
「<中位回復魔法>」
中位回復魔法を唱えて傷を塞ぐ。ユピテル大陸での中位回復魔法と同じ効果だ。
「勇者って案外大した事ないのですね。最後までダンスも踊れないとは」
そう言って桃色髪ツインテールの右側を払い除ける仕草をする。相当キレていない?
「何だとぉぉぉ!? やっぱお前は奴隷にするっす」
「あらそう。貴方程度じゃ夜もまともに踊れないでしょうけど」
「だったらやってやるっす!」
転は自分の立つ地面の重力軽くし飛びスーリヤに迫る。
そして重力を重くして一気に落下。今回は脅しではなく完全に直撃コースだ。
当然スーリヤはバックステップで避ける。それも軽やかな動きだ。
「<中位氷結魔法>」
転が落下し自分の立つ地面の重力を上げられる前に中位氷結魔法を放つ。ユピテル大陸では、中位氷結魔法と同じ効果だ。
「ぬぁぁ!」
転の下半身は埋まってるので、上半身の半分、右側が凍り付く。今のは態と右側だけ凍らせたな。
「その程度ですの?」
挑発的な笑みを向ける。うん、完全にキレているね。
「ねぇ、姫さん。見えてるっす」
転が鼻の下を伸ばしつつ嫌らしく笑いながら言う
そう、スーリヤが一気に下がった時に斬られた服がはだけて左の乳房が丸見えなのだ。
「だから? 戦闘中に羞恥心に駆られるのは愚の骨頂。そして、見惚れて何も出来ないのもまた愚の骨頂。そんな事も知らないで勇者をやってるのかしら?」
あ、俺が言った事をちゃんと心に留めていたのか。
「さて、今度はわたくしのターンですわね。簡単にダンスが終わるとは思わない事です」
ツインテールの右側を払いのけそう言う。
「へ?」
スーリヤは近付き槍を構える。
「ちょっと、動けない相手に何するつもりっす?」
「また愚かな事を……戦闘がなっていないからでしょう?」
ブスっ!
左肩を槍でぶっ刺す。刃引きしていても突き立てれば刺さるからな。そこから連続突きで刺しまくった。
「ぐぁぁぁ! ま、ったこう……」
「<下位氷結魔法>」
下位氷結魔法を顔面にぶち当てる。今、降参を宣言させないようにしただろ?
マジでキレているなぁ。
「わたくしの胸部を見た代償がその程度とでも? 頭蓋に刻みなさい。わたくしの名は、スーリヤ=リブ=カルラ! 貴方程度より遥かに高貴ですのよ」
うわ! すげー格好良い事言い出してるな。
しかも傲慢的な。そりゃ乳房を衆目に晒されたのだからキレるわな。
そうして地獄の猛攻が始まる。即死にならない場所を連続で突きを行い風穴を空けまくる。
それでも即死にならないだけで出血多量で死ぬだろ。審判は乳房に夢中で止めないし。
でも、やがて惨状が分かり止めに入る。
「それ以上すれば死にます。中堅戦はスーリヤの勝利とします」
「まともに踊れない殿方はモテませんことよ……「<中位回復魔法>」」
転を回復してやってる。
「確りわたくしの名を刻んで頂けましたか?」
良い笑顔で顔を転に寄せる。
「カチカチ……あ、はいっす」
歯をカチカチさせながら答えた。相当ビビってるな。
これからスーリヤに顔を会した瞬間逃げるんじゃないか?
「それは結構」
そう言って踵を返し歩きだす、しかし途中で止まり周りを見渡す。
「貴方達も頭蓋に刻んで起きなさい。わたくしの名はスーリヤ=リブ=カルラ。貴方達もわたくしの胸部を見たのですから、これ以上下手な事をすればただでは済みませんよ?」
そう観客席に向かって叫び最後に槍を地面にドーンと打ち付けた。
怖ぇ~~。うん、スーリヤだけは怒らせないようにしよう。
絶対それは禁忌だ。きっと世界にとって禁忌だ。
「確かに良い物見れたけどこぇ~~~」
「だが、今の試合凄かったな」
「あんな傷で立ち向かい、隙を見てゾンビ化」
「スーリヤ王女をゾンビって言うなよ。殺されるぞ」
「何より降参を宣言させなかったのはえぐかったな」
「それだけ怒らせる言動をするからな」
「勇者ざまあ」
「あのまま死ねば良かったのに……」
いや、一度しか回復してないでゾンビ化じゃないだろ。
それにスーリヤにゾンビとか言うなよ、と思ったが同じ事を考えている奴もいたようだ。
それにしても蓋を開けて見れば一番不安視していたスーリヤが圧勝か。
違う意味で不安になってしまったが。転の奴、再起不能になるんじゃないか?




