EP.04 ルティナ=プランフォート (三)
ラフラカ帝国による精霊を使った実験はとあるわずか三歳の幼女を見つけたとこから始まった。その幼女を捕まえ、様々な実験を繰り返し心を壊した。
美しい黄緑色の髪で、人間味を感じさせない奇麗な双眸は、ブルームーンストーンのように輝いて見えた。
心が壊れても使い道はあると、隷属の首輪で操り人形にされ兵器として、利用された悲しき犠牲者。
しかし、その者に転機が訪れたのは九歳の頃だ。反帝国組織に救われた。但し心が壊れままで、会話は成立するが、自意識が皆無だった。しかもわずか三歳で親から引き離されて、人としての情緒が育たっていなかった。
それでも、名前だけは憶えていた。
その名はルティナ=プランフォート。人間と精霊のハーフである――――。
九歳までは、隷属の首輪で兵器として利用され、二百人を超える部隊を一人で壊滅させる等、反帝国組織から、恐れられていた。
それはルティナも同じだ。自分の力を恐れ、憎んだ。隷属させらてもそれは確り記憶に残っていたのだ。ただ、前述の通り情緒が育っていなかったので、最初は何とも思わず、流されていただけなのだが。
しかし、歳を重ね情緒が育ってくると自分の力に怯え、憎しみ出すようになったと言うわけだ。
その情緒が育っても、人として大切な、人を思いやり慈しむ心を育たないでいた。それが余計にルティナを苦しめ、葛藤させる事になった。
後に精霊大戦と呼ばれる大戦で孤児となった子供達を何となく面倒を見ていたルティナ。その時点で、思いやり慈しむ心が本当は育っていたのだ。
しかし、本人はずっと気づかずにいた。それを知るのは更に年月が進み、ルティナが十六歳になった時だ。
子供達を保護している反帝国組織にラフラカ帝国の者達が襲撃して来たのだ。その時にルティナは、ただひたすらに子供達を守りたいと思い、憎んでいた力を振るった。
そして、戦いの最中ルティナは幻視する。子供達と一緒に自分が笑っている。そんな幸せな光景を。
――――ああ、これが思いやり慈しむ気持ち……人を愛する気持ちなんだわ。
その瞬間、ルティナは怯えや憎しみではない感情で精霊の力を行使。その結果、ルティナは半精霊化へと覚醒を果たす。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
時は流れ、精霊大戦終結の一年後。ルティナは、二十二歳になっていた。
孤児になった子供からのプレゼントで貰った派手めの赤いリボンを大事にし首の後ろで髪を結んで、美しい黄緑色の髪が良く映えていた。
瞳は相変わらずブルームーンストーンのような人間味を感じさせない輝きを放っている。
胸は、あまりないがスラっとした四肢が彼女を引き立てる。そして、歳は二十二と言うのに、まだ十代と思わせる若々しさをしていた。
彼女は、精霊大戦の後、後に『Jの道』になる『しの道』に家を建てた。
建てたのは二軒。
一軒はディール夫妻……元々此処に暮らしていた夫婦とその子供の三人。
そして、もう一軒はルティナと孤児となった子供達十人の十一人で暮らす。孤児となったのは、精霊大戦の時もあれば、その後も親を亡くし、行き場失った子供もいた。逆に精霊大戦の時に孤児となった子供達のうち何人かは自立し出て行った者もいる。
そんなルティナは、あの戦いの時に精霊王が消え去り、ルティナの中の精霊の力が消えた。お陰で、憎んでいた力が無くなり普通の人間と暮らし始めた。
皮肉な話だとルティナは自嘲する。大戦中は憎んでいる力でも使い、終われは普通の人間になれた事を安堵しているのだから。
そのルティナ達の家から西にあるニュータウン『パラリア』は、精霊大戦後に作られ多くの人で賑わう。ただ難点なのが広過ぎる事だろうか。初めて来た人は迷うんではないかという広い。
尤もニュータウンと言ってるが、過去にこの辺なあったパラリアと言う町の名前を使っているが。
精霊の実験でサバンナを利用するようになり、段々邪魔になり消された町だ。精霊大戦で最初に犠牲になった町と言えよう。
ルティナ達は、出来始めた頃から来ているから迷う事はない。それにルティナは、ここに町が出来て良かったと常々感じていた。
前はルティナ達の家から此処までの倍の距離がある町に行かないといけなかったから。
そんな町でルティナが家に住む半数の子供達を連れて、買い出しをしてる中、珍しい灰色髪の青年とすれ違う。ルティナは懐かしい気配を感じた。或いは、もう消えてしまった精霊の血がそうさせたのか……。
その青年は、ルティナに顔を見られないように俯きながら、横を通り抜けた。
これは間違いなく彼だわ、とルティナは嬉しくなり微笑んだ。
「……久しぶりね。ダーク」
後ろを振り返らずに声を掛ける。
ルティナは、すれ違った瞬間に感じた。彼の気配はダークだと。
「……人違いだ」
即答で答えた時点で、ダークだと言ってるようなものだ。そもそもお互いすれ違った体勢……つまり、背中合わせなのだから、自分の方に話し掛けているなんて事はわかる筈ないのだから。
「ふふふ……昔、一緒に戦ったんだから直ぐわかるわよ」
ルティナ振り返りは、ウインクした。
「ちっ!」
当然後ろを向いてるのダークにはウインクなんて見えないのだが、ダークは自分より気配に敏感で、目を瞑っていても相手が何をしてるのか察する事ができるとルティナは、確信していた。
実際は、其処まで敏感じゃないし目を瞑っていて相手の動きがわかるのは、殺気が籠ってる時くらいのものだろう。これが、とある空手家なら殺気とか関係無く把握したかもしれないが。
ともかく、ルティナのウインクではなく、彼女の言葉にバツの悪そうな顔をして振り返る。
貴方は群れるの嫌う人だからね、と心の中で呟くルティナ。
「そんな邪見にしないでよ。相変わらずなんだから」
「……お前もな」
「……」
――――そんな事ない。相変わらず何かじゃないわ! だって今の私は……!!
「ねぇ? ママ。この人知り合いなの?」
子供がルティナに聞いた。ルティナは振り返り、子供達と目線を合わせ……、
「うん、そうなの。だから、少しお話したいから、貴方たちは少し公園で遊んで来てくれる?」
「はーい、ママ」
「これお昼のお金ね」
そう言って昼食代を子供達に渡す。
子供達が去って行くとルティナは再びダークの方を向いた。
人と群れるの嫌なら、今のうちに何処かへ行けば良いのに、そう言うとこお人よしよね、と思うルティナ。
「ねぇ、お昼食べた?」
「……いや」
「じゃあ一緒に食べよう?」
久しぶりの再会だからいろいろ話したいわ、と内心ルティナは思っていた。
「ああ……構わない」
「じゃあ、あそこにしよう? あそこ美味しいわよ」
と言ってルティナは、とある食事処を指差す。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「じゃあ一年も治療していたの?」
「ああ」
食事処で昼食を食べながら、ルティナは一番気になっていた今まで何をしていたのか聞いていた。
ルティナは今日のオススメA定食を注文。ダークは、固茹で卵五つとライスを注文していた。
噂には聞いていたが、本当にかたゆで卵が好きみたいねと、内心笑うルティナ。
「じゃあ、この町は初めて?」
「……ああ」
「結構迷ったでしょう?」
ルティナは悪戯な笑みを浮かべ訪ねた。
「ああ……買い出しに時間掛かった」
それは、お店があっちこっちにあるので、何処で何を買えば良いか迷うからだ。せめての救いは、所々に案内板がある事くらい。
「ふふふ……ねぇ? ところで一年も療養していて、力とか無くさなかったの?」
ルティナ、おっとり微笑んだあと、話題を変えた。
「……多少なまりは感じだが問題無い」
「良いね」
率直にに感じていた。何故ならルティナは……、
「私はあの後…ラフラカとの決戦の後、力がなくなったの。たぶん精霊に力が消えたせいで。子供達を守ってあげなきゃならないのに……」
ルティナは、憎んだ力を無くした半面、子供達を守れないかもしれない事を気掛かりにしていた。
今のルティナには、子供達を守る力がない。
「……だったら何故此処に暮らさない?」
ダークの指摘は尤もだ。何故ならパラリアは本当に大きな街で当然魔物に対する対策もある。
だけどルティナは、あの家から離れられないでいた。それは……、
「子供達がね……私と出会った場所だからって……私嬉しく……」
言い淀み、それ以上言葉が続かない。ただの言い訳をしているのに過ぎないからだ。
「だが、あそこにいては……」
「わかってるわ! だから迷ってるの! もし、魔物に襲われた時、守って上げられないわ。でもっ!!」
そうそれを一番理解しているのはルティナだ。それでも感情は、それを許せない。故に怒鳴ってしまう。
相談に乗って貰ってるのに、とルティナは、自己嫌悪に陥ってしまう。
「……お前は精霊の力だけで戦っていたのか? 確かに精霊の力も使っていたが、それ以前にお前は魔法剣士として剣を取って戦った筈だ」
怒鳴ったのに気分を悪くする事なくダークは言葉を紡いだ。確かにルティナは、剣を握った。彼女は魔法剣士なのだ。それでも……、
「うん。でも怖いの」
そうルティナは怖がっているのだ。憎んだ力に怯え怖がったように。精霊の力が無くなってもそれは変わらない。人の心とはままならないものだ。ルティナも半分人間なのだから、そう言った感情は強い。
「はぁぁぁ!?」
ダークが怪訝そうに呆れた声を張り上げる。
「精霊の力が消え、急に力が抜け……剣を持つと、いつか子供達を傷付けるんではないかと、魔物を倒す以前にあれは凶器だから……」
また言い訳してしまう。結局はルティナは、自分の力を恐れているだけなのだ。
「……話にならん」
ダークはそれ以上何も言わなくなり、淡々と食事をし出した。
そうだよね。こんな私じゃ話にならないわよね? それにダークに相談したからって何もならないのに私は何をやってるのだろう、と再び自己嫌悪に陥るルティナ。
無言の気まずい空気流れる中、ダークは食事を終え立ち上がった。そして、コトっと何かをテーブルに置く。此処の食事代ともう一つ……、
「……これをやる」
とダークが呟く。其処に置かれたのは短剣グラディウスだ。
「投擲用に買ったが、今のお前には必要だろう」
淡々と言ってきた。
「……だからダメなの」
ルティナは、剣を持つだけで手が震えてならない。
「……確かに刃は人を傷付け、相手を斬るものだが、それは使い方次第だ。誤ればお前のガギを斬るだろう。だが、逆に守る事もできる筈だ。それはお前が一番わかってる事ではないのか?」
「えっ!?」
思わずダークの顔を見上げた。まさか彼がこんな事を言ってくれるなんて……。何か雰囲気が変わった気がする。それに言ってる事は良くわかるわ、と感じるルティナ。
それでも……ルティナは……。
「護身刀だ! ……そう思え」
ダークは迷うルティナに言葉つくす。
本当に変わったな、と感じる。
そして、彼は踵を返し店の出入口に向かった。
「……でも、ダメ!」
言ってる事はわかるが、ルティナは怖がっていた。ルティナは、自分は弱い人間だと思っていた。
精霊の力があった事で、憎みながらも力と向かい合い戦う事ができた。しかし、それを無くし、もう前みたいに目の前の事に立ち向かう勇気がでないのだ。
「……甘ったれるな!! お前、あの時何故ファルコンに乗った!? 一度躊躇っただろ? 何故だ? それを思い出せ!!」
彼は背を向けたまま怒鳴る。
「えっ!?」
その言葉に一瞬戸惑いを感じた。ラフラカ城に乗り込む時に仲間達が乗っていた飛行船ファルコンにルティナも乗り、戦う決意をした。
でも何故?
「今のお前は、その気持ちを忘れている……」
確かにその時の気持ちを忘れているのかもしれないと感じた。
「……そうね。ありがとう……ふっきれたわ」
と言って、振り返るがもうダークの姿はなかった。
「ふふふ……ほんと相変わらずね。厳しくもその場に必要な言葉を掛ける。そしてその後、直ぐ消える。つくづく相変わらずなんだから……」
悩みが晴れたと言えば嘘になるが、大切な何かをダークに気付かせて貰った気がする。
それが何かわかららない。でも、少しだけ勇気が湧いて来た気がした。本当にありがとうダーク。
昔も貴方の言葉に助けられた気がするわ。普段は人とあまり関わらず孤立し、金の為にしか動かない人だけど、本当は凄く優しい人、と思いながら、微笑むルティナだった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ただいま」
子供達と合流したルティナは家に帰って来ていた。
「「「「「おかえり」」」」」
お留守番をしていた子供達が出迎えてくれる。
「お帰り」
「お帰りなさい」
それと隣に住むディールと、その妻カタリーヌも出迎えてくれる。買い出しの間、残りの子供達を見て貰っていたのだ。
「バブバブ~」
そして最後にカタリーヌの腕に抱かれたディールとの子供も声を掛けていた。
そうしてルティナと買い出しに出た子供達が家に入ろうとすると……、
ドーンっ! ドーンっ!
激しい地響きは鳴り響いた。ルティナに取って怖れていた事が起きた。遂にこの家に魔物の群れは押し寄せて来たのだ。
「皆は家の中に。ディール! 子供達をお願い!」
とルティナは叫んだ。
「わかった」
ディールは答えると家に入り、カタリーヌがそれに続く。
一人になったルティナは魔物と対峙した。
――――でも、一体今の私に何ができるのだろうか……?
だが、やはり迷いがある。
【お前、あの時何故ファルコンに乗った!? 一度躊躇っただろ? 何故だ? それを思い出せ!!】
ルティナの頭にダークの言葉が反芻した。
「……守り……たい、から。皆を守りたいから!!」
そうルティナが忘れていたのは、この想いだ。精霊の力が無くなってからなんかではない。ルティナは、この想いを忘れていたから戦う事を躊躇ってしまったのだ。
そう表面的には守りたいと思っていても、心の底では怖かった。
――――だから……そう…だから……。
「だから、私は戦うっ!!」
気合いを籠めて自分を鼓舞するように力強く発するとダークに貰った短剣を抜いた。
そして一気に魔物に突っ込む。
「ハァァァ……ダァッ!」
次の瞬間、魔物を斬り裂いていた。
――――できる! ……やれる!!
「次っ!」
再び気合い籠め、次の魔物に立ち向かう。そう自分が皆を守るんだと。
――――この力で……っ!!
ルナ・ワールド編を読むとわかりますが、ルティナに渡した短剣って実はかなり高性能だったりします