EP.12 沙耶と再会しました
ロア学園で暫く教師を続けてたある日、たまたま裏庭の方を歩いていると一人で鍛錬している者がいた。上の下くらいありそうな整った容姿で、キリっとした目付きにポニーテールにした女子生徒。
「あれは……沙耶か」
懐かしい顔だな。学園に来たは良いが会ってなかったしな。
「ス~~~」
沙耶は薙刀を正面で構え大きく息を吸う。
「はっ!」
まずは左下への振り下ろし。次に右上への振り上げ、右から横薙ぎ。
クルリと薙刀を右脇から背中に回し左脇から出し鋭く真上に振るう。続けて真上で大回転。からの左下への振り下ろし。
そこから返しの刃で振り上げ、突き込みの連打を行い再び正面で構えた。
「ハ~~~~」
大きく息を吐き出す。
今の一連の流れを一セットとし、何セットも繰り返していた。
やっぱ沙耶は凄いな。あまりにも洗練された動きだ。あれが沙耶がやっている薙刀術の型なのだろうか。
それに何セットもやり、飛び散る汗がまた輝いて見える。沙耶は容姿がかなり良い方だし、つい見惚れてしまうな。
「ん?」
やがて俺の視線に気付く。
「あ、悪い。邪魔するつもりはなかったんだが、あまりに見事な動きだったので見惚れいた」
「いえ、ありがとうございます」
そう言って綺麗なお辞儀をしポニーテールを揺らす。
漫画ならバッグに『凛!』とか出そうな綺麗な所作だ。
「あの……最近赴任されたダーク先生ですよね?」
「ああ、そうだ」
俺の事を知っていたのか。そう思っていたらジーっと見て来た。
「何だ?」
「知ってる人に似た雰囲気がありましたもので。失礼しました」
アークだと疑っている?
「ダーク先生は闘気って、ご存じですか?」
「知ってるぞ」
「宜しければ扱い方を教えて頂けませんか?」
「必要無い」
「……それは私がSクラスだからですか? それとも私には扱えないのでしょうか?」
言葉は丁寧だが、視線が鋭く若干怒っている声音だ。侮られていると思ってるのかね。
「何を言ってるの? 教えるまでもなく扱えているから必要無いって言ったんだけど?」
「えっ!? いつですか?」
「え~っと珍しい武器だね。それはグレイブ?」
「いえ、薙刀です」
まあ知ってるけどね。アークと知られない為の小細工だ。
「そう薙刀ね」
「ダーク先生も似たようなもの持ってるじゃないですか。良ければ見せてくれませんか?」
「小太刀か」
俺は一振り抜き柄を沙耶に差し出す。が、受け取らない
「アークよね?」
何故バレた?
「アーク? いや、俺はダークだ」
「同じ系統の武器なのに薙刀を知らないなんて無理があるよ。そんな知らないフリをすれば逆に怪しむよ」
なん……だと? ちっ! 裏目に出たか。ミスったな。
鉄仮面で声がくぐもっているので、まだバレないだろう。誤魔化すか。
「そ、そんな事もあるだろ」
「声が焦っているように感じるよ」
「そんな事ない」
「そもそもこの小太刀って、あの迷宮で拾ったものだよね? 同じものを持っていればバレるよ」
しまったーーーーー!!! モロバレじゃんかよ。
「違うと言うなら、その鉄仮面外してみてよ」
ニヒっと沙耶が意地悪く笑う。
「は~……降参だ。アークだよ。久しいな。胸見せびらかし沙耶」
「見せびらかしてないよ!! そう言うとこ変わらないわね。それで鉄仮面は外さないの?」
苦笑いを浮かべた後、真面目な顔になり俺の鉄仮面をジーっと見て来た。
「お前、俺があの後どうなったの知らないのか?」
「お姫様を誘拐したって聞いたよ」
やっぱりそんな話になっていたか。
「だから、勇者達に顔を合わす訳にはいかないだろ」
「ふ~ん。そもそも何で攫ったのよ? 好みじゃないみたいな事を言ってたよね?」
「色々事情があるんだよ。今度説明する」
「そう」
「それより闘気の話は終わりで良いか?」
めんどくさいんで、話題を戻す事にした。
「いや、教えてよ。約束したでしょう?」
「だから、必要無い」
「それは何でよ? って、さっきと同じやり取りじゃないのよ!!」
沙耶が目を剥く。
「何処の流派から知らないが、その流派の型を今やってたのだろ?」
「そう。笹山流薙刀術の型の反復」
「笹山流? お前の家、道場なのか?」
「あれ? 言ってなかったかしら?」
「それは同情する」
「つまんないわよっ!!」
身を乗り出し俺を睨み付けて来た。ちょっとしたボケなんだから流せよ。
「その型をやってる時、かなり闘気が流れているぞ」
「えっ?」
目を丸くする。
「お前、相当頑張ったな。前より格段に闘気の流れが良くなっている」
「前から扱えていたの?」
「いや、闘気ってのは言わば体内エネルギーなんだよ。体を動かそうとする力。勿論筋肉も必要だけど、人間は微弱ながら闘気も流し体を動かしている。ここまで良いか?」
アンナにはざっくりと言っただけだけど、沙耶ならもっと詳しく話すか。今の沙耶なら知っておいても良いだろ。
「えぇ。初めて聞くけど」
「あくまで微弱だからな。地球じゃ研究されてないんじゃないの? もしかしたら中国で良く言う気は、闘気かもしれないけど」
「なるほどね」
「その闘気は慣れ親しんだ動きに流れ易い。戦いの場合は、慣れ親しんだ武器でも同じだ。沙耶は最初から薙刀を振るう時だけ、闘気の流れが良かった。迷宮での魔物狩りとか」
「アークにはそれが分かるの? 誰にどれくらい闘気が流れているとか」
「いや、正確には分からない。俺にはそれを推し量る力が持っていない。俺がやっているのは気配察知で漠然と漏れ出た闘気を感じ取ってるだけ」
「なるほどね」
沙耶が神妙に頷く。
「ちなみに推し量れる人っているの?」
「俺が知る限り二人だけ。闘気は極めるのが困難なんだよ。極めればそれも出来る。俺には今以上扱えないので無理だな」
武とアルの事だ。
「あんな凄い斬撃を飛ばせるのに?」
「そうだな……100点満点のテストで例えるとアレが出来て60点~70点。及第点とかじゃねぇのか? 俺はそこまでだ」
「本当なの!?」
沙耶が目を剥く。
「まあそんな話は、今は良いや。沙耶がもっと扱えるようになったら、色々応用を教える。今は話を戻そう」
「そうね」
「沙耶は、あの時より格段と闘気の流れが良くなっている。たぶんその型の動き限定だろうけど」
「自分では良く分からないよ。確かにあれから、時間があればひたすら薙刀を振るって来たけど」
「じゃあ試すか。<下位氷結魔法>、<下位氷結魔法>」
下位氷結魔法で氷の塊を二つ出し地面に転がす。
「これをいつもと違う型で斬って。さっきの型では右から左に払っていたけど逆はあまりやらないんじゃないの?」
「そうね。左から斬り払う事はないよ」
「じゃあそれで斬ってみて」
「分かったよ……はっ!」
少しだけぎこちない動きだが鋭い一閃だ。俺の氷が真っ二つに斬れる。ただ切断面があまり綺麗ではない。
「もう一つの方は、いつも型で。ただし20%くらいの力加減で」
「分かったよ……はっ!」
右上からの袈裟斬り一閃。先程よりトロトロと遅い一撃だったが、流麗な動きで真っ二つに斬れた氷の切断面も真っ直ぐで綺麗だ。
「前者は力を入れて斬ったのに雑な切断面。後者は力を入れていなかったのに綺麗な切断面」
「そうね」
「これが闘気の差」
「なるほどね。ただ前者はやり辛い、振り辛いと思っていたけど、闘気が全く流れていなかったのか」
「全くではないけど。前者が1とするなら後者20は流れていたな」
「前者では流れている事には、流れていたのか」
氷の切断面を見ながら沙耶がブツブツ言う。
「って訳で必要無いだろ?」
「何でよ!? アークみたいに斬撃飛ばしたいよ」
食い気味に迫って来る。
「えっと、沙耶さん。先程から思ってたけど、そんなキャラだったっけ? もっと落ち着いた雰囲気があったと思うんだけど?」
そう言うと沙耶が顔を赤らめて離れた。
「ご、ごめんなさい。少し焦ってて地が出ちゃったのよ」
「地? 沙耶ってあれが素だったの?」
「えっ!? 聞き返すとこそこ? そうよ。恥ずかしいけど、言いたい事があるとズバっと言っちゃう性格なのよ」
「俺はそっちのが良いと思うぞ」
「そう?」
「少なくても俺は、そっちのがやり易い」
「え? ありがとう」
照れたよう笑う沙耶。そこで揶揄うようにボソっと呟いてやる。
「……落ちたな」
「落ちてないわよ!? あんたムカ付くよ!!」
「良いね。そうやってズゲズゲ言う方か良いな」
「…………………………………私は良くない気がするよ」
「で、何を焦ってるんだ?」
「先にそっちを聞くでしょう?」
は~と沙耶は呆れながら溜息を付く。
「あんたがいなくなったせいよ」
「俺?」
「色々教えてくれるって言ってくれたじゃない。でも、いないのよ? 独学じゃ限界があるよ」
「って言われても、俺も好きでこうなった訳じゃないから」
「何があったのか知らないけど、これから色々教えてよ。アーク」
「良いけど、今はダークな」
「はい。ダーク先生」
そう言って柔らく微笑む。




