EP.02 ボクっ娘でした
ガタガタと、馬車に揺られる。あれから姫さんの指示に従って、馬車に乗り込んで移動していた。
「どこ行きの馬車に乗ったのか、それ以前に馬車に乗った事も分からない状態ですから、早々追手は来ないでしょう」
「ところで、何処へ逃げるか考えているんだよな?」
「それは……」
おい! 考えてなかったんかーい!
「なーんて。考えていますよ。この馬車は港町ルーク行き。そこから船でシャルラルク村に向かいます」
お茶目に笑いながら言う。
「シャルラルク村とやらなら、隠れていられるのか?」
「領主が遠縁で信頼出来る方です」
「そこまで、どれくらいだ?」
「港町ルークまで四日、船旅で二日、シャルラルク村まで一日。一週間と言ったところでしょう」
マジかよ。やっぱこの大陸は広いな。
「でも、逃亡するなら髪の色を変えないとな」
「でしたら、港町ルークで染め具を買いましょう」
「あ! 肝心な事を忘れていた。金は?」
「ご安心ください。今、わたくしが身に付けているアクセサリー類を売れば当面の資金になるでしょう」
そう言えば馬車に乗る時に何か手渡していたな。あれは宝石類だったのかな?
「流石は姫さんだ。逃亡先といい、色々考えているな」
「恐れ入ります」
少し顔を赤くし微笑む。
やっぱ、姫だけあり礼一つ言うのにも気品があるな。
ただ顔を赤くしたのも絶対態とだろ。そう言う教育をされているのに違いない。
「ただあまり長居は出来ない。染め具と即時貰える食い物を買って、さっさと船に乗ろう」
「分かりました」
「メシは適当なものでも平気なのか? 王宮暮らしだったのに」
「覚悟は出来ております。それにいずれ庶民の食事にも慣れるでしょう」
「立派な事で」
「恐れ入ります」
また顔を赤くしてるし。
そう言うのコントロール出来るものなのかね。
「後は名前だな」
「偽名を名乗るのですね。アーク様は何が良いと思いますか?」
「フローラ」
「即答ですね。由来等をお聞きしても宜しいですか?」
「クロセリスとクローリスは一文字違い。そしてクローリスは、勇者がいた日本では別名フローラと呼ばれており、花の女神の名だ」
「まぁ。お花の女神様ですか。それは素敵ですね」
姫さん改めフローラの顔がパーっと明るくなる。感だが、こっちの表情は素だな。
「偽名を名乗るついでと言ったら何ですが、言葉遣いも普通にして宜しいですかね? 城ならともかく外ですと窮屈に感じます」
「ああ、いつまで丁寧に話すのは疲れるだろうし、素性を隠すのに必要だな」
「ありがとうございます。ではアーク、君の名前はどうするんだい?」
いきなり呼び捨て? しかも君?
言葉遣いを崩した瞬間フレンドリーになったなおい。別に良いけど。
「ダーク」
「ダーク? 何か暗い感じの名前だね」
悪魔の名前をしてるよりマシだっつーの。
まあともかく、今の俺の武器は小太刀だしダークが丁度良いだろう。
「暇だ」
「そうだね。馬車での四日の旅は長いから」
「しかも腹減った」
「それはごめんよ。考えてなかった」
フローラは港町ルークまで、行ければなんとかなると考えてたようで、それまでの四日の旅の食事は考えていなかったようだ。
「まあ四日食べなくても死にやしないけどな」
「そう言って貰えるとボクも嬉しいよ」
「ボクぅっ!?」
「え? 何?」
フローラが目をパチクリさせながら小首を傾げる。
「姫でボクっ娘って属性多いな」
「ボクっ娘? 属性?」
「戯言だ」
「そう。兄上の口真似をして育ったからボクなんだ。やっぱわたくしのが良いかな?」
「いいや! ボクで良い! むしろボクが良い! 是非ともボクで! ボクっ娘最高ッ!!」
「……随分食い気味だね。それにまたボクっ娘って言った。それ何? 気になるよ」
「男の一人称を使う女だよ」
「それが良いんだ。ダークは変だね」
「いや、日本から来た男子の大半はそれが良いと喜ぶぞ」
完全に偏見だ。好みにもよるだろう。
「召喚された勇者達に挨拶した時、男の人から強く胸に視線を感じたけどダークもそうだし、召喚者はえちえちな人多いよね」
「この世界の男だって、それは見たくなるだろ」
と言いながら、ジーっと大きな胸の谷間を見る。
「ほらまた」
「覚悟出来てるんだろ?」
嫌味ったらしく笑ってやる。
「……そうだけど。でも視線を感じると気になるよ」
「巨乳に生まれた宿命だ。それにそんな谷間を強調したドレスを着てるんだ。見てくださいって言ってるようなものだろ」
「釈然としないなぁ」
フローラが辟易してるのか、げんなりとした。
「あ、そう言えば魔王討伐した者にフローラをやるとか王が言ってたな」
「父上……」
「嫁にするのも、奴隷にするのも好きにすれば良いとか言ってたぞ」
「奴隷……ボクを何だと思ってるのさ」
「で、野郎共はめっちゃ盛り上がってたぞ」
「げ!」
想像したのか渋面になった。
「俺が連れ去ったと知られたら視線だけで殺すように睨まれるな」
「どうせダークも盛り上がってたんでしょう?」
蔑みの目で見られる。
「興味なかった」
「胸ばかり見て来るくせに?」
「胸は見てないぞ。脱げば見るだろうけどさ。俺が見てるのは谷間」
「同じだよぉぉ!」
「まあどこを見ていようが本命がいるから興味ないな」
「ふ~ん。胡春さんあたり?」
「中坊かよ。お前とあんま変わらんわ!」
「じゃあ誰なの?」
「言っても分からんだろ。この大陸にはいないし」
あ~あ、ナターシャに会いたいな。
「そっか。勇者召喚でもう会えないんだよね。ごめんね」
「そうと決まった訳ではない。言っただろう? この大陸にはって」
「え? でも日本は、この世界にないよ?」
「いつ俺が日本から呼ばれたって言った?」
「いや皆、日本からだったし」
「確かに生まれは日本だよ。ただ勇者召喚に巻き込まれた連中は、ある学校に所属してる者。つまり俺は所属だけはしていたが、住んでいるのは、この世界だよ」
「そうだったんだ」
フローラが目を丸くし驚く。
「どうにかしてユピテル大陸に帰るよ」
「ユピテル大陸? 聞いた事ないな。そもそもボクはこの大陸しか知らないし」
「あ、フローラには期待してないから大丈夫」
「あ、それ酷いよー」
プクーっと頬を膨らます。
もう気品の欠片もないな。言葉遣いを崩した瞬間、所作とかも崩したな。
「……何か失礼な事を考えてない?」
「ソンナコトナイヨー」
「も~……絶対考えてたよぉぉ!!!」
「そう言うば、お前いくつなの? 中坊と似たような年齢に見れるけど」
あからさまに話題転換。
なんかボクっ娘になってから幼く見えるようになったんだよな。姫様モードの時は高校生くらいに見えたけど。
「あー話題転換して逃げたなぁぁぁ!!! ついにで失礼な事考えたでしょうぉぉぉ!?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
エスパーめ。
「絶対そうだよ」
「で、いくつなんだ?」
「女の子に年齢聞くなんてダークは失礼だね」
にしし……と笑っていやがる。うざっ!
「じゃあ答えなくて良いよ。どうでも良いし」
「どうでも良い言うなぁ! 十四だよ。九月六日生まれの。勇者達と一緒だね」
中坊だった。
「ふ~ん。あ、今思ったけどシャルラルク村とか言ってたのに村長じゃなく領主なの?」
「うん。あの島は村一つしかないけど、島全体を管理してるから領主って扱いなんだよ。って言うか話題がコロコロ変わるね」
「細っけー事は気にするな。そのシャルラルク村に着いたらどうするんだ? 領主に庇護して貰うのか?」
「いや、そこまで迷惑はかけられないよ。ボクも働くつもりだよ」
「働くって姫さんなのに何か出来るのか?」
「う~ん……そこが問題なんだよね。ボクに出来るのは魔法だけ。だけど魔法を使えば直ぐにデビルス王家の者とバレる可能性がある」
「あ~、そう言えば魔法の契約は王家の秘伝だったな」
「そうだよ。だから少し考えないとな」
フローラが悩ましそうにする。
「家政婦」
「いや、ボクは家事なんて出来ないよ」
「慣れれば出来るだろ。流石にドジっ子属性までないだろ?」
あったら属性が豊富過ぎる。
「属性って何? 魔法の属性とは意味合いが違うよね?」
「戯言だ」
「また戯言だ、ね。まあ良いや。慣れれば出来るかもしれないけど、慣れるまで誰が雇ってくれるのさ?」
「俺」
「え?」
「だから俺だよ。ワリ〇だよ」
「ワリ〇って何?」
「悪い奴」
「それってさ、結局ボクの体目当てって事だよね?」
視線が冷たくなる。
確かについワリ〇なんて戯言を言ってしまったしな。
「覚悟は出来てるんだろ?」
またまた嫌味ったらしく笑う。
「出来てるよ。だけど最初に要求されてないのに後からやっぱり、とかって言うのは際限がないって事だよね?」
良く分かってらっしゃる。
ちょっとだけ、先っぽだけとか言って最後までヤっちゃう奴だね。
「まあ目の保養くらいは期待するけど、それ以上は望まないよ」
「目の保養って何? 脱げとか言うんだよね?」
「あのさ、俺にえちえちとか言ってたけど、実際はフローラの頭の中ががえちえちなんじゃね?」
「む~」
顔を真っ赤にして頬を膨らます。分かり易い奴。
「今、分かり易いとか思ったよね?」
「ソンナコトナイヨー」
マジでエスパーだ。
「ともかく目の保養って言っても寝間着姿を見たりとかその程度だよ」
「それくらいなら……って、一緒に住むつもりぃぃっ!?」
「え? そんな驚く事?」
「当たり前だよ。未婚の女が男の人と一緒に住むなんてはしたないよ」
「覚悟は……」
「はいはい。出来てますよ」
遮られた。
「冗談はともかく。お前さ、一生隠れ住めると思ってるの?」
「それは……」
「いつかは追手が来るかもしれないだろ?」
「確かに」
「それにゼフィラク国に意味もなく戦争仕掛けたんだろ? シャルラルク村が侵略されない保証は?」
「は~……ダークは何が言いたい訳?」
大きな溜息を溢す。
「帰る目途が立つまで守ってやる」
「そう言って、ボクを口説いて……」
「そうやってえちえちな事を考えるフローラでした」
「む~」
再び顔を真っ赤にして頬膨らます。
今度は俺が遮ってやった。にしてもこいつ面白いな。
「分かったよ。住み込みでダークの家政婦をするよ」
「娼婦のがお好みなら……」
「し・ま・せ・んー!」
「これはあれだな。夜な夜な一人で慰めてる声が……」
「聞・こ・え・ま・せ・んー!」
おっとナターシャがいれば矯正、ペッシーンコースの事を言ってしまった。
流石にこれは言うべき事ではなかったな。実際目が怖い。食い気味に返されたし。
「これでもボクは、そう言う事をした事ないんだからね」
「知識がめっちゃ豊富そうなのに?」
やば! また矯正、ペッシーンコースな事を言ってしまった。
目が怖い。さっきより怖い。底冷えする目だ。黄色の双眸で睨まれる。
「……ダークって余計な言葉ばかり言うよね?」
「はい、ごめんなさい」
「も~。これで体目当てじゃないとか信じろと言うのが無理があるよ」
「信じろとは言ってないぞ。ぶっちゃけ裸とか見ちゃったら襲うな」
「ほら~」
「いや、まず裸でうろつくな。その場合迂闊なフローラの責任だからな」
「はいはい。分かったよぉ」
投げ気味にそっぽ向いて返して来た。
「って言うか実際問題、俺もアテがないんだよな。だから態とデビルスで捕まった訳だし」
「そう言えば、ダークなら素手でもデビルス兵を制圧出来そうだよね? なのに捕まってたね」
「捕まる前に王に聞いたんだよ。三食昼寝付きの牢屋生活かって」
「え? そんな事聞いたの? ダークって可笑しい。あはは……」
むっちゃ笑われたよ。そんな可笑しいかな?
「で、それは保証してくれたから、まあいいかと思って捕まった訳。食うに困らないし」
「いや、それでも捕まるかな?」
「行くアテもないし」
「それはそうだね」
「って訳で、家でメシ用意されてるなら俺としても有難い訳だ」
「ふ~ん。でもさ、ダークは何をする訳?」
「う~ん? 狩りかな? まあどう言う場所なのかによるけど」
「狩猟の仕事もある村だし、ダークなら出来そうだね」
「じゃあ決まりだ。家にボクっ娘がいると分かれば張り合いがめっちゃ出るな」
「何でボクっ娘のとこを強調するかなぁぁ!? ボクって言ってるのが恥ずかしくなるじゃん」
「ははは……」
それが面白いんじゃん。




