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EP.23 始点憧憬 -side Saya-

 私は勇者召喚とか意味分からいのに巻き込まれた。正直お家に帰りたい。

 私が能力を得ていないから? いや、そんなものはどうでも良い。有ろうが無かろうが私は帰りたい。

 帰りたい理由は沢山ある。沢山あり過ぎる。

 知ってる人はクラスメイトだけ。他の友人・知人に家族にはもう会えない。

 ご飯は不味い。移動が不便だしスマホも使えない。ベッドは硬い。

 最初は帰りたいと思うばかりで、何もやる気なれなかった。ここで暮らして行こうなんて当然思えない。


 そう思っている中、誰も気付いていないけど異才を放っているアークに目を奪われた。

 頼りなさそうに振る剣、気の抜けるような回避が大半の者には目に止まっているだろう。

 だけど、私は直ぐに気付いた。息遣いや時折見せる足捌きが、私達とは一線を画していた事に。

 模擬戦を見ていても回避する時は、全てギリギリのところまで引き付けてだ。フェイントをされた場合を考えると絶対にやらない行動。

 それでも仮にフェイントを掛けても瞬時に反応してしまうだろうと言う絶対的な力の差を感じた。


 最初はただの興味と少しの妬み。次に私の知らない知識がある事から色々学ぶのも有りかと思えた。

 そう最初はそれだけだ。

 なのに私を守ると言う約束を果たしてくれて、回復してくれた。しかも、アークが戦っていた場所より離れていた筈だ。なのに直ぐに駆け付けてくれた。

 胸を見られたのは恥ずかしいが、アークには感謝してしてきれない。


 北の迷宮でも、いちいち突っ掛かるマークを鬱陶しそうにしているが、助言していた。

 やはり精神年齢が二十二歳であると大人の男性って感じで頼りになった。

 何より、迷宮探索の鉄則のようなものを時折教えてくれるのが有難い。

 それも胡春をリーダーと仰ぎ、自分の意見を言うが決定権を任せる器量まである。

 そんなアークに惹かれて行ってるのを感じる。時折頬が熱くなる。

 でも、この感情は憧憬の念だと思う。恋慕の念ではない。初恋を経験していなかったら変な勘違いをして恥ずかしい思いをしたかもしれない。

 はっきり守備範囲外って言われてしまったし、余計な勘違いしなくて良かったとほんとに思うよ。

 それでもこんなに憧憬の念を抱いた人はいない。


 そんなアークが必死にドラゴンと戦う。

 あんな必死な形相……正直怖いとも感じる顔は初めて見る。鍛錬の時も魔物を処理する時も無表情で淡々としていたのに。

 それだけ危険な生物なのだろう。そう思いながら見ていたら……、


「がはっ!」


 アークが端まで飛ばされ壁にめり込み吐血してしまう。

 その瞬間、血の気が引いてしまう。アークが死んでしまう……?


「アーク!」

「アークはん!」

「ユー!」

「……大丈夫だ! 来るな!」


 え? あれで生きているの? 壁にめり込んだのに?

 その後、アークが視界から消える。気付くと先程私が捨てた武器を拾い……、


「<レフト・ファングっ!>」


 斬撃のようなものを飛ばす。

 先程から飛ばしているアレは何? マークの魔法剣とは違うの?

 思考が追い付かない。次の瞬間またアークが消える。


「<下位稲妻魔法(サンダー)>」


 現れたと思ったら、雷魔法を使って牽制していた。


「何なのよ、あれ?」

「ウチに聞かれても、分からへん」


 胡春がそう答える。

 アークが物凄い戦いをしてると言うのだけは分かる。だけど、その内容が全然分からない。

 アークは消えるし、私達が捨てた武器を拾った次の瞬間には投げてるし、魔法とか言うのを時折放っている。

 ちなみに弓は本人も使えないと言っていただけに、矢をそのまま投げている。

 それを当ててるのだからおかしい過ぎる。はっきり言って私達とは次元が違う。あそこまで実力を隠していたとは夢にも思わなかったよ。

 なのに、あのドラゴンは傷一つ付かない。


「来よった。飛ぶや」


 そう言うと胡春は私とマークの手を掴み転移する。

 そして、先程まで私達がいたとこに火炎が走った。

 胡春がいなかったら、とっくにこの世にいないなと感じ、再び血の気が引く。

 怖い。正直この場にいるだけで心臓が圧迫され息が激しく震えた声しか出ない。

 ドクンドクンと鼓動が煩い。何も出来ない自分が悔しい。

 アークは必至に善戦してくれなかったら、もっと激しい猛攻があったかもしれない。

 そんなアークが吹っ飛ばされ、壁にめり込んだと言うのに生きてると言うのも不思議だし、直ぐ様動けると言うのも異様だ。

 まるで夢を見てるかのように……。でも、これは現実だ。だから余計に怖く感じる。

 胡春が繋いでくれる左手の暖かな感触が自分の意識を引き留めてくれていた。


「私にも何か出来ないかな?」


 本当に悔しい。怖がってるだけの自分が嫌になる。


「アークはんがゆうたように、武器を捨てて(ほって)くしかあらへん」


 冷静でいてくれる胡春の存在が有難い。

 声音は硬いが、それでもいつでも転移出来るように集中し、私を気遣ってくれているのが左手から感じる。

 確かに捨てて行くしかない。アークはそれを拾っては投げて活路を見出そうとしてるようにも見える。


「マークはんもボケーっとしてへんで、さっさっとほっていかんかい!」

「ああ」


 マークもただ茫然とアークの戦いを見ていた。

 いや焦りや妬みのようなものも感じる。この迷宮探索が始まってから、時折そう言った視線をアークに向けていた。

 アークが言うには経験を積んで強くなったらしいけど、マークにはそれが納得できないのかも。

 そして今は、その視線が一層強くなってる気がする。アークを睨みつつ、ゆっくりと武器を捨て始めた。


「それを待ってたー!!」


 そうしてある武器をマークが捨てた瞬間アークが叫んだ。そう言えば得意な武器だって言ってたわね。

 だが、直ぐに拾いに行かない。それどころか、先程より慎重になっている節がある。

 もしかしてドラゴンに狙いを悟らせないようにしている?

 先程より額から流れる発汗量も多い。焦らないようにしてるのが返って緊張させてるのかもしれない。

 その後、アークは捨てられた武器を可能な限り投擲せず懐に納めて行く。


「<下位氷結魔法(フリージング)>」


 牽制は魔法でだ。投擲は控えている気がする。

 とくに火炎のブレスには氷魔法を当てて少しでも飛んでくる速さを減衰させていた

 ほんの数秒でもアークには貴重なようだ。何故ならこっちには消えたようにしか見えないスピードで避けられるのだから。

 そうして魔法で牽制しつつ武器を集め、やっとそれ――マークが捨てた小太刀――を、一振り手に取る。

 鞘に収まったままのそれを左手で掴み、右手で先程拾い懐に納めた武器で投擲して牽制。

 ほんの僅かな時間を稼ぎソレを腰に携える。逆手で刀身を引き抜き……、


「<スラッシュ・ファングっ!>」


 右下から左上に振り上げまた魔法剣とは違う斬撃のようなものを飛ばす。


「ぐぁぁぁぁ!」


 先程とは打って変わってやっと傷が入った。数cmくらいだろうが、ノーダメージより格段に良い。

 やはり得意武器となると何かが違うのだろう。


「<ライト・ファングっ!>」


 続けて小太刀を左上から右上に持って行きつつ順手に持ち替え左下に振り下ろし再び斬撃を飛ばす。

 それと同時に足元にあったもう一振りを蹴り上げる。それを左手で掴むと同時に右手にあった小太刀を鞘にしまい懐に納めた投擲で牽制。

 そして、走り込みながら左手の小太刀も腰に携える。

 小太刀ニ振りを同時に抜く。どうやら二振りの小太刀が揃ったようだ。これを狙っていたかのように慎重に行動していたのだと分かる。

 そのままドラゴンに肉薄。


「はっ!」


 飛び跳ね斬り付ける。

 が、もろともせず嚙み砕こうと口を開けた。が。その顔面を蹴り飛ばし更にアークは飛ぶ。

 そして空中で両小太刀を逆手に持ち、背中にぶっ刺す。


「おーらっ!」


 蹴りの反動でぶっ刺した小太刀を引き抜く。


「<下位稲妻魔法(サンダー)>」


 傷口に雷魔法を流し込む。


「ぐぁあああっ!」


 強烈な叫びが耳をつんざく。

 今のは相当ダメージが入ったようね。

 蹴りの反動で飛んだ空中で小太刀を鞘に納める。

 着地するとドラゴンが再び噛み砕こうと口を開けて来た。

 だが、雷魔法のお陰で先程より動きが鈍い。


「食いたければ、これでも食っていろ!」


 投擲用に懐に納めていた武器を口の中に投げ込む。


「ぎゃああああああおおおおおおおおんんっっっ!!!!!!!」


 思わず両耳を抑え顔顰めてしまう。それは胡春もマークも同じだ

 しかし、その叫んだ際に開いた口すらもアークは利用し、剣を突き立て閉じられなくした。

 続けて小太刀を抜きながらバックステップで距離を取ると丸でバンザイをするかのように両腕を挙げ……、


「<クロス・ファングっ!!>」


 X字を描く斬撃が飛びドラゴンの口の中に吸い込まれた。そして全長4mの巨体が崩れ落ちる。


「はぁはぁ……終わった」


 流石に疲れたのか、アークは座り込んでしまう。

 終わってみれば戦略を組み立てながら、戦っていたように思える。全て自分の都合の良いように誘導していたのではないかと思えた。

 それでもギリギリだったのだろう。もう動けなさそうだ。


「終わったみたいね」

「ああ」

「アークはん、ごっついな」

「だが、立てないがな」


 私が最初に口を開きマーク、胡春と続き、アークは苦笑を浮かべながら答えた。


「ほな、ちびっと休みまっしゃろ」

「助かる」

「おい、アークっ!!」


 怒気を孕んだ声で響く。

 またもやマークね。それも今まで一番のキツイ視線を向けている。憎悪と言っても良いような視線だ。


「ユーは剛毅の気道拳みたいなのも使えるんだな。どこまでチートなんだ?」


 アークは、一瞬ポカーンとし……、


「闘気技なら、お前も使ってるだろ?」

「いつ使った?」


 あの斬撃は闘気技と言うのね。


「感覚で技を出せて羨ましいな~。魔法剣の斬撃飛ばしは魔法と闘気を練り合わせたものだぞ」

「……そうなのか?」

「だから、お前は魔法剣を飛ばす時に無意識に闘気を籠めてる」

「その闘気ってのは気道拳のようなものか?」

「闘気を手から直接放出するか剣を通して出すかの違いで、やってる事は同じだ」


 アークは疲れ切った顔をしつつも確り説明している。まずは休ませて上げるのが先じゃないかと思うけど。


「ユーは、本当はアビリティを得ていたんじゃないか?」

「…………………………………」


 尚を続けるマーク。しかし、何も答えないアーク。


「何とか言え!」


 どうやらマークにはアークがどんな状態なのか見えていないようね。自分の事ばかりで、私もうんざりよ。


「止めなよ」

「寝てるの分からへんの?」


 私と胡春が止める。

 そうアークは、寝てしまっているのだ。余程先程の戦闘が厳しかったようね。


「ちっ! 唐突に寝るか? 眠り病でもあるのか?」

「相当無理してたの分からへんの? マークはんいい加減にせい」

「ユーは、何とも思わないのか?」

「助けてくれたはったのに突っ掛かるんはちゃうって思うで」


 胡春とマークが言い合いを始める。

 マークの態度は目に余るけど、気持ちが分からないでもない。私も少しだけアークに嫉妬していたから。

 私は天才と言われ続けて育った。我が家の笹山流薙刀術で既に免許皆伝。大会でも負け無し。

 学校でも武道系の体育で、同学年に負けた事もない。それどころか教師すら相手にならない。

 そんな私のプライドを粉微塵にしてくれた。最初に見た時、勝てないなって思ってしまった。

 初めてだ。見た瞬間に勝てないと感じたのは。それでも本音を言えば勝負したかった。でも、アークの様子から絶対にまともに相手してくれないだろうと思った。

 それが少し悔しかった。


 でも、アークは周りを良く見てるし気を使う人で、約束も確り守ってくれた。

 それじゃ妬んでる私が馬鹿らしいじゃない。だから、直ぐに嫉妬心なんて霧散して行った。

 そして、気付けば憧憬を抱くように……。

 今は無理でも、いつかはアークのようになれたら、と思うよ。


 このドラゴンとの戦いで、その気持ちが一層強くなった。


 早く帰りたい。でも、直ぐには帰れないだろう。


 ならば覚悟しよう。この戦いを見て帰れるまでの指針を見付けた。



 そう……だから、ここから始めよう。私の異世界での生活を――――。

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