EP.09 小刀は優秀でした
「それより、そのアンクレットはどうだ?」
これ以上余計な事を言うと藪蛇になりかねないので、話を変える。
アルは武から渡された素早さが上がるアンクレットを足に付けていた。それを俺は指差す。
「まだ上手く制御できないな。速く動き過ぎてもつんのめりそうになるし、止まりたいとこに止まれない」
まあ記憶のなかった俺も怖かったしな。
「まあ徐々にで良いとは思うんだが……」
「そうも言ってられないんだろ?」
アルが道の先を見つめそう言った。
「だな。上位氷結魔法が使える三人かユキがいれば楽勝なんだけど、あいつらじゃ下の階層を突破できなかっただろうしな」
正確にはルティナなら半精霊化で低空で高速飛行すればあるいは……。だが、武のご指名で左後足にとられたしな。仕方ない。
ちなみに三人とはルティナ、エーコ、エリスの事だ。
「確かに……って、やっぱ何でお前色々知ってるんだ?」
「あ、いや……エドから戦闘力に関してだけは聞いていたんだよ」
「そうか?」
やべぇ!掘り返してしまった。しかも嘘はつきたくないとか言いながら咄嗟に嘘吐いてしまった。
アルは釈然としないって顔してるし……。
よし! 余計な詮索をされる前に先に進もう。
「じゃ、そろそろ行くぞ」
「応ッ!」
そう言って俺達は立ち上がり走り出した。程なくして標的が目の前に立ち塞がる。
「キキキキキ……」
見た目には普通の猿の二倍くらいの体格がある猿……モンキーデビル。
素早さに長けており、こちらの攻撃がなかなか当たらない。上位氷結魔法による吹雪で動きを鈍らせるのが一番楽な戦いだが、正面からの戦闘は厳しい。ついでに冷気が弱点なので効果覿面。
一体や二体なら構わないが、目の前には何十体ものモンキーデビルがいる。よくもまあこんな超強力な魔物を用意したよな。
「じゃあ手筈通りに」
「応ッ! <オォォォラバスタァァァっ!!>」
ズゴォォォォっ!
アルのオーラバスターが飛ぶ。
それに何体ものモンキーデビルが巻き込まれた。真っ先に篩い分けを行ったのだ。
魔物も個体差があり、モンキーデビルの中でも特に速い個体がいる。それに咄嗟に動けないバカなモンキーデビルも。
遅い、またはバカなモンキーデビルが先に一気に殲滅してしまおうという作戦を事前に立てていた。
そして、何体かの個体は左右に飛びオーラバスターを躱す。またオーラバスターが開戦の合図となり、生き残ったモンキーデビルがこちらを襲って来た。
「ちっ!」
小刀を反転しながら後ろに振るう。
カーンっ!
このダークの肉体を持つ俺が後ろを取らせるとはな。
しかも振るった小刀を爪で弾いてるし。
ズサっ!
「ぐっ!」
クソ! 別の個体に後ろから爪で斬られた。
こいつらの厄介のとこは、速いだけではなく連携するとこだ。
最初に後ろに回った個体の攻撃を防ぐのと同時に正面から来た個体も攻撃してると言った具合に……。
唯一ありがたいのは、攻撃力が低いとこか。
「はっ!」
続けて左右から迫ってる個体がいるのを気配で感じたので、右手の小刀と左手の小刀をそれぞれ左右に突き出す。
ブスっ!
小刀に頭から突っ込んで来て二体とも絶命。このように個体によっては、急旋回できずに狙えるのもいる。もしくはバカで突っ込んだだけって可能性もあるが……。
いずれにしろこうやって着実に数を減らさないとな。まだ二十体はいる。
「ぐっ! がっ! うっ! ぐはっ!」
今度は五体による連続攻撃。前後左右に上からなんて個体もいるが、それらに嬲られる。
いくら攻撃力が低くくてもダメージが蓄積してしまう。
気配察知で動きは分かっているので、致命傷になりそうな攻撃は半身を逸らして対応するのが精一杯だ。
「このっ!」
左側にいた個体を斬り付けようと小刀を下から斬り上げる。
その際に避けられるのはウザいので、闘気をこめより素早く斬り上げた。
プシューンっ! カーンっ! キーンっ! カカンっ!
何だ?
斬った手応えがあったが、それ以外にも、何か違った感触があった。
俺の正面にバリアが張られている!?
いや俺を囲むようにバリアが張られていた。それを展開したような不思議な感覚が左手に残っている。
そこで俺は上に挙げっぱなしになっている左手を見た。
「これはっ!?」
光陽ノ影を中心にバリアが展開されていた。
この小刀、光陽ノ影は防御に優れているとくれる時に武が言っていたな。
そうか! 逃げられないように闘気をこめ素早く振り上げたが、その闘気でバリアが発動したのか。
「ならっ!」
今の内と言わんばかりに右手に持つ闇夜ノ灯を走り込みながら、正面のモンキーデビルを斬り咲く。
パッリーンっ!
それと同時にバリアが砕かれた。さてここからどうする?
闘気を消費し続ければ直ぐにでもバテてしまう。それはこの過去に戻って鍛錬したので良く分かっている。
ナターシャとエーコに再会した後も、いざって時に二人を守れるように、ダークの肉体に振り回されるのではなく、使いこなせるようにと鍛錬した。
その結果、闘気を魔力と同じで使い続ければ枯渇する事を知った。
魔力はまだ良い。魔法が魔力が回復するまで使えなくなる、ただそれだけだ。
だが、闘気は肉体エネルギーを集中して使うもの。つまり肉体のエネルギーを消費している訳で、枯渇すると立つどころか意識を保つのも難しい。
まだモンキーデビルが何体もいるのに、がむしゃらに闘気を使う訳には行かない。
ましてや武から貰った闇夜ノ灯と光陽ノ影が、どれだけ闘気を持っていかれているか分からないのだ。
少し温存しないとな。そう考え、俺は目を閉じ気配を探る事に集中した。余計な視界は不要。
まずは気配だけで、モンキーデビルを感じ、そしてその攻撃を避ける。そうしながら、次の手を考えよう。
「ふ~~」
呼吸を整え、素早く動くモンキーデビルより速く、そして余計な動きをせず最小限の動きで躱す。
この肉体ならできる。そうして避けてると徐々にアルの方へ意識を向ける余裕も生まれた。
気配で感じる。あいつも苦戦している。あいつの打撃を強い。
たぶん武を除いたら、俺達の中で最強。だが、当たらなければどうという事はないと赤い悪魔さんが言ってな。
あ、今戦ってる魔物も悪魔だな。悪魔的速さを持ってるし、そう名付けた奴は知らんが、ピッタリだな。
おっと余計な事を考えるな。アルの攻撃は当たらない。それどころかアルにビシバシ攻撃が当たってる。
あれまずいじゃないか? アルは攻撃だけではなく防御にも優れている。
攻撃が当たる瞬間にその部分に闘気を集中させ、下手な鎧より硬くしてるって聞いた事があるな。
それでも当たる数が多ければまずい。だが、途中で気付いた。
あいつ戦いの中で素早く動く感覚を掴んでいる?
一階層の走るだけの時は、アンクレットによるスピード強化に振り回されていたが、今は徐々に使いこなせるようになっている。
あいつは実戦で、成長するタイプか。そこにアルの真価があるのだな。
やがてモンキーデビルは、俺には攻撃が当たらない、しかも攻撃してこないと判断してか、その大半がアルの方に向かった。
俺の方に残っているのは四体、アルの方は十数体。
さっきまでだと絶望的で、俺が全闘気を使ってでもさっさと終わらせないといけない状態だった。
しかし、今のあいつならあるいは……。
そう考えていたら、アルの右拳によるフックが直撃。捉えられるになったようだな。
しかも、あいつの破壊力だ。掠っただけで絶命させてくれるだろう。
なら、こっちは残った四体を始末するだけ。そう思い目をカっと開く。
「<スラッシュ・ファング>」
挨拶代わりだ。
逆手に持ち直した右手の小刀から発したダークの闘気剣を正面にいたモンキーデビル飛ばす。
一つ。
「<下位氷結魔法>」
左手から小刀を持ったまま下位氷結魔法を左のモンキーデビルに放つ。当然避けようとするが、足に直撃。
冷気耐性が低いので一瞬動きが止まる。それを狙っていた。
そのまま左手の小刀で斬り付ける。
二つ。
残り二体のモンキーデビルは後ろにいる。その二体は俺に一気に間合いを詰め、爪を振るい上げる。
バックステップで、こちらからもモンキーデビルに近づく。モンキーデビルの振り上げた爪は、目算がずれ俺に当てられない。
それを引っ込めようとするが……、
ドンっ!
させない。
エルボーを左後と右後にいるモンキーデビルの腹にそれぞれぶち当てる。
そして振り向と、モンキーデビルは距離を取ろうとしていた。
「<下位稲妻魔法>」
片方に下位稲妻魔法を当て痺れさせた。お前の相手は後だ。
もう一体に向かって距離を詰め、順手に持ち直した右手の小刀を振るう。
ギーンっ! と音を響かせ爪で防がれる。
予想はしていた。直ぐ様、左手の小刀を突き刺す。
ブスっ!
三つ。
あと一体だ。下位稲妻魔法の痺れが消えたのか、こちら突っ込んで来た。
気配で丸分かりだ。俺はしゃがむ。
それによりモンキーデビルが突き出した爪が空を切る。そのまま起き上がりつつ両の小刀を上に突き立てる。
ブスっ!
腹部に二振り刺さり。絶命。
はい四つ。
これで俺の方は片付いた。
「おりゃぁぁぁぁーっ!」
何やってるんだ? あいつは。
アルの方を見ると、アルが一体のモンキーデビルの足を掴み、回転しながら振り回し他の個体にぶち当ててる。
しかも速い。
モンキーデビルが近付けない程に速い。完全にアンクレットを使いこなし始めたな。
その振り回しているのを他のモンキーデビルに当てて着実に数を減らす。しかし、手に持っていたモンキーデビルも灰となって消えてしまう。
当然だろう。ぶち当てたモンキーデビルが絶命したのだ。手に持ってる方も無事ではすまい。
「ふんっ! ふんっ!」
両手が空いた瞬間、右、左と拳から気弾を飛ばす。ほんと闘気の使い方が上手いよな。軽々と気弾を出せるのだから。
俺は、小刀に気を乗せ、斬撃とともに繰り出すというプロセスを踏まないといけない。
まあ素手だから出来るのかもしれないが、一瞬で拳から闘気を放てる。じゃあ俺もこれに合わせるか。
ブスっ! ブスっ! ブスっ! ブスっ! ブスっ! ブスっ!
投擲武器が刺さりまくる。
アルの手に持つモンキーデビルが消えた事により、回避から攻撃に切り替えようとした一瞬の隙を狙ってアルは気弾を放ったのだ。
俺もそれに便乗したという訳だな。その後、残りはアルが片付けた。
まだまだ粗削りで遅いが、素早く攻撃を繰り出せており確実にモンキーデビルを葬っていた……。
だが、しかしあんな筋肉ダルマと模擬戦なんてしたくねぇ。
元々俺より格上だってのに速さまで得たら手を付けられないだろ。頼むから模擬戦なんて申し込んで来るなよ。