断章 あったかもしれない物語 -side dark-
「ただいま」
狩りに行き、夕方帰って来た時に違和感を感じた。何だろう? 気のせいかな?
「貴方おかえり、ハンターも。寒かったでしょう? さあ早く暖炉で温まって」
いつものように妻であるティーが迎えてくれる。
「ぅ~~~ワンワンっ!!」
我が愛犬ハンターがいきなり吠える。
「ハンターどうした?」
そして駆けて行く。
「ワンワンっ!!」
暖炉の前で吠える。
うん? 何だろうこの違和感。匂い?
「……これは?」
「どうしたの? 貴方」
「水魔法。暖炉を早く消せっ!!」
「えっ!? ……<下位水系魔法>」
ティーが俺が叫んだ事により、面喰いつつも下位水系魔法を暖炉に放つ。
ジュ~~~と、火が消える音が響く。
「これは病を呼ぶ薪だ」
暗殺者をやっていたから知ってはいた。まるで風邪を引くように病に侵され、徐々に体が蝕まれて行く。
俺には必要なかったが、暗殺者が暗殺されたのなれば、笑い話にもならないとダームエルに教えられた。
その時に嗅いだ匂いがこんな感じだった筈。ハンターがいなければ気付かない程のちょっとした違和感程度にしかなかった。
「えっ!?」
ティーが目を丸くする。
「この薪は、いつ手に入れた?」
「貴方が出かけた後よ。商人から買い取ったの」
「念の為、エーコとあと自分に回復魔法を。それといつもの薪が余ってるなら、それを燃やしてくれ」
「わかったわ」
そう言うと俺は家を飛び出した。
「なんじゃ? 血相変えて」
外でラゴスのじーさんにでくわす。
「今朝来た商人はまだいるか?」
「もう帰ったのじゃ」
「その商人が持って来た薪は、病を呼ぶ薪だ」
「何じゃって!?」
「全部処分しろ。それと悪いがじーさん、ティー達の傍にいてくれ」
「貴様はどうするのじゃ?」
俺は答えずに村を飛び出す。
クソったれ。何が目的だ?
俺はウエストックスからの船が止まる浜辺に急いだ。しかし船はなかった。
クソっ! もう逃げられたか。当たり前か。あんなものを置いて行くのだ。直ぐ逃げるわな。
だが、逃がすわけに行かない。あんな物を置いて行ったって事は、何か目的があって村の者を全滅させたかった筈だ。
もし、誰も死んでないとわかれば次は、どんな手を使うか……。
だが、追い掛けようがない。とりあえず帰ろう。
「じーさん、悪かったな」
「ふん! 貴様の為じゃないわい。グランティーヌの為じゃ」
ティーとエーコの見て貰った礼をラゴスにしたが、悪態を付かれた。一年経ってもこのじーさんの態度は軟化してくれない。
「ティー、回復魔法が使えるから心配無いと思うが念の為に2、3日安静にしていろ」
「わかったわ」
「じーさん、目的は何だと思う?」
ラゴスに水を向ける。
「大方魔法を恐れてじゃろう。じゃから、儂らは隠れるようにひっそり暮らしているのじゃ」
「そうか……ところで、悪いが俺は暫く留守にする。ティーとエーコを見ていてくれないか? じーさん」
「貴方どうして?」
「何故じゃ?」
二人が疑問符を浮かべる。
「明日の便で本大陸に向かう。魔導士の村の連中が死んでないと知ったら次は、どんな手を使ってくるか分からんからな。商人を捕まえる」
そう言って俺は次の日、家を出てフィックス城に向かった。
「此処はフィックス城だ。何用ですか?」
門番が二人立っており止められる。
「エド……エドワード王子に謁見したい」
「名を」
「ダークだ」
「暫しお待ちを……」
門番の一人が城に入って行く。暫く待つと戻って来た。
「どうぞ」
門番の1人に連れられ応接間に連れて来られた。そこにエドがいた。
「では、失礼します」
門番が退出する。
「ダーク無事だったか。良かった……一年近くも見なかったから心配したぞ」
無事だったか? やはりこいつは知ってるな。
俺とダームエルはウエストックスで何十人もの刺客に襲われた。それによりダームエルは、この世を去る事に……。
「あれは貴様の差し金か?」
愛用の小太刀を抜く事はしなかったが、殺気をエドに向けた。
「待ってくれ。私や父ではない。あれはウエストックスの町長の独断だ」
「……そうか」
フィックス領には変わりないが、こいつに怒り狂ってもダームエルは戻って来ない。
「住民を怖がらせたという名目で処刑にした。本当にすまなかった」
エドが頭を下げる。
「王子なのに頭を下げるのか?」
「当然だ……雇ってる時限定だったとはいえ、仲間だろ?」
「俺の手で始末できなかったのは残念だが、良いだろう。貴様に怒りをぶつけた所で相棒は帰ってこない」
「相棒? ダームエルか? まさか……」
「ああ、ウエストックスの襲撃で死んだ」
「そうか本当にすまない」
再びエドが頭を下げる。
「詫びる代わりフィックス領の港を封鎖し、病を呼ぶ薪を扱っている商人を捕まえてくれ」
「構わないが……どうしてか聞いても?」
エドが首を傾げる。
「俺はあの襲撃の後、魔導士の村がある島に漂流した。そこで妻と子を儲けた」
「婚姻したのか? だが、その口振りめでたくないのだな?」
「いや、それ自体は良いが病を呼ぶ薪で殺されるとこだったのだ」
もうあの時のように失意の底に沈むの真っ平だ。相棒を失った時の無力感、絶望感を二度と味わいたくない。
「話はわかった。直ぐに手配しよう。それとダークは私とラームジェルグに行こう」
「何故?」
「せめての詫びだ。ララークに効く薬を妻と子の分を注文しよう。ただ貴重な薬故、二つが限度だろう」
「そうか、助かる」
「其方、変わったな」
ん? ああそう言えば。一年も素でいたし仕事じゃないから忘れていた。
「いいや……ダームエルに言われて口数を減らしていただけだ。それに今は仕事じゃない」
「そうか……陽気で良い奴だったのにな」
「ダームエルとは仕事の依頼とかで話した事があったのだな」
「それに酒を酌み交わした事もあった。だからこそ、ラフラカ帝国は余計に許せない」
「やはりウエストックスとラフラカ帝国は、繋がっていたのだな?」
「ああ。ラフラカ帝国に圧力を掛けられ、あそこの町長が暴挙に出たのだ」
「……そうか」
それを聞くと増々俺の手で始末したかった。だが、今更言っても詮無き事。
「では、行くか。帰って来る頃には商人が捕まってるかもしれない」
「ああ」
そうして俺達は、ラームジェルグに向かった。
「いらっしゃいませ」
ラームジェルグの薬屋に入った瞬間、空気がどんよりしているのを感じた。
原因は店員。憂鬱そうな顔をしていた。
「レディ。ララークに効く薬を2つ頼む」
「ララークに効く薬を2つだねぇ。ありがとうございます」
「ところでレディ。如何した? 困り事があるなら、私で良ければ聞こう」
エドも気付いていたのだろう。まぁあんな陰鬱な空気を醸し出せば気付くか。
「お客にそんな話できないさぁ」
「レディから笑顔を奪うのは世界の損失さ」
エドも良くもまぁこんな歯の浮くような言葉が出るな。
「は~……あたいの婚約者が浮気して刃傷沙汰を起こし三人殺したって噂が出回ってるのさ」
「なんと!? それが事実なら許せないね。麗しのレディの顔を曇らせるんど」
「ん?」
なんか引っかかる。
「ちょっとその話を詳しく聞かせてくれないか?」
「ダー……いやアークスもレディを丁重に扱う事を覚えたのか? 婚姻しただけはあるな」
「違う」
何を言ってるのだ? エドは。って、あれ? 俺の本当の名を知っているのか?
「本名知っていたのか?」
「ダームエルから聞いていたからね」
エドが肩を竦める。それにしても今、ダークと言いそうになって引っ込めたな。
ダークは暗殺者として名が知れている。おいそれと名を出すものではない。こう言うとこは気が利く奴だ。
「そうか……。それよりちょっと引っかかる事があるんだが、詳しく聞かせてくれないか?」
そうして俺は、店員から詳しく話を聞いた。
「それ、殺ったのダークだぞ」
つまり俺。
「えっ!? そうなの……かい?」
店員が目を丸くする。
「ああ。去年まで情報屋みたいな事をやっていてな」
勿論嘘だ。情報屋みたいな事をやっていたのは、ダームエルの方だ。
「この町の女がダークの命を救って、助けた代わりに三人の殺してくれと言われたとか聞いたな」
「そうだったのかい? ならあたいは直ぐ婚約者を追いかけないと。婚約者は最近この町を出のさぁ」
そう言うや否や、店員は飛び出て行った。おい! 店番は?
仕方ないのでエドと俺は、暫く店で待機する事にした。そして、先程の店員の母親らしき人が帰って来てやっと解放された……。
「世間は狭いというか何と言うか……」
店を出るなりエドがポツリと呟いていた。
フィックス城に戻ると商人は捕まっており、ラフラカの命令で動いていた事を知った。
その後、一年が経ち、魔導士の村にラフラカ帝国の大軍勢が攻めてきた。恐らく商人が戻らなかったので、直接的な手に出たのだろう……。
俺も必死に戦ったが数が多くて捌ききれず、危うくティーを失うとこだった。しかし、一歳だと言うのにエーコの力が覚醒し大魔力が溢れ母であるティーを守った。
そうして事無きを得るが、それをきっかけにラゴス、ティー、エーコ、そして俺は反帝国組織に所属する事になるのだった……。
アークスはダークの仮面を被る事なく、ティーは死なず、エーコも父母がいる状態で幼少を過ごす。
そして何気に登場していたナターシャは、きっと婚約者を捕まえたでしょう
そんな感じのご都合主義のお話