EP.16 北の洞窟 (三)
三日後エドワードが追加で注文した物資が運び出された。
「不信な点はないか」
それを建物の影から見ていたエドワードが呟く。
護衛も確り付いており、道中で野盗に襲われたという事もないだろう。そもそも、そんな事になれば連絡が来る筈だ。
エドワードはおもむろにロングコートのポケットから方眼鏡を取り出し目に掛ける。
エドワードのモノクルは、フィックスの科学力で作り出された物で、射撃の命中補正と遠透視の効果がある。これによりエドワードは、相手に悟られない距離を保ち尾行を可能にできる。
とは言え、船でフィックス領に渡るので、念の為に掛けたという程度だ。
ちなみに待機していた兵達も船に乗り込んではいるが、思い思いに時間を過ごしエドワードにも物資の方にも接触しないようにしていた。
半日掛かりフィックス領のイーストックスに到着し、そのまま町を出て西に向かった。
「む?」
エドワードが訝しがるのも当然。フィックス城があるのは北西だ。なのに西に向かっている。
これはいよいよきな臭いなったと警戒を強め、相手から見えない遠くから尾行した。
2時間くらい歩いただろうか。一件の掘っ立て小屋が見えて来た。そこに物資を運び込む。
エドワードは見つからないように慎重に中を覗き込んだ。
「フィックスの王もあめぇよな。ちょっと聞き込みをしたくらいで引き下がりやがってよ! しかも追加で注文とかありがてぇぜ」
「ですな」
「これをウエストックスに流せば二重に稼げるってもんだ。ダハハハ……」
「ふむ。私も舐められものだな。だが、追加注文が罠だと知らずまんまとハマってくれたな。さて……」
エドワードは小さく呟くと信号弾を空に上げた。これにより更に遠くから此方に向かって来ている兵達が気付き合流できる。そうすれば一斉にお縄だ。
「やはり三つ目だったか。しかもビルマが横領していたとは……。検品が仕事だから気付かれないと思ったのかね」
エドワードは嘆息した。
そうエドワードが推理した三つ目……運び出された物資が別の所に運ばれる、そうすれば最初に言った犯人の証言が当てにならなくなる。
エドワードは、この三つ目だろうと当たりを付け行動したのだ。
やがて兵達と合流し一斉に捕まえた。
「其方らは尋問し、ウエストックスの誰に流していたか聞き出せ。場合によってはウエストックスの者も捕縛しろ」
「「「「「はっ!」」」」」
兵達は一斉に頷き行動に移った。
この大陸では、いろいろな資源が失われた。ラフラカがもたらした精霊大戦の傷跡が今でも根強く残っているからだ。
このユピテル大陸は崩壊こそ免れたがそれでも酷いもんだった。あの戦いは、この大陸の大地を引き裂き、地形を歪め、水を汚染し、緑を蝕んだ。
結果、様々な資源が失われる。しまいには、この大陸から魔法が消えてしまう有様。
魔法は戦争に使われはしたが、本来は生活を豊かにする為に生まれた。だが、肝心な時に失われてしまったのだ。
資源は無く、魔法で代用する事も叶わない状況である。それでも人々は懸命に生きていた。
エドワードも一国の王として、国民を守る義務がある。それに大陸全土を豊かにしようとフィックスの機械技術にも力を入れていた。
だからこそビルマのような輩は許せないとエドワードは思っている。
そんなエドワードを支えてくれると言ってくれた弟アルフォードは半年前から帰って来ない。そのせいで余計にエドワードの仕事が増えていた。
まあアルフォードの事だ、引き裂けられた大地に挟まれようと、自らの肉体で身を守っているだろうから心配はしていなかったが。
エドワードは再び港町ニールに戻り、事の顛末をアルマとカルマに話し、今後の事について話し合った。
その後、エドワードは酒場に足を運ぶ。港町ニールのワインは格別旨く、時間があれば必ず酒場に寄りワインを嗜む。
「エドワードさん、また来てくれたのですね。いつもありがとうございます」
給仕の女はにこやかにワインを運んで来てくれた。
「いや、君みたいな美しいレディがいたら毎日でも来たくなるよ」
いつものように返す。女が目の前にいたら老婆幼女問わず口説くのは礼儀であると考えているエドワード。はっきり言って見境いがない。
「エドワードさんったら相変わらずお上手ですね」
初めて会った時は初々しく頬を赤く染め狼狽していたのに、今ではさらり返されてしまう。それが少し寂しく感じている。
「また殺られたらしいぜ」
「マジでぇ?」
とその時、隣のテーブル席で物騒な話が聞こえて来た。それが耳に入った給仕の女の表情が曇る。
「最近多いんですよ」
「何かあったのかい?」
エドワードは聞いてみる事にした。
「最近魔物が活性化しているようなのですよ」
「魔物が?」
「はい。特に北の洞窟から来る魔物達が」
「北?」
はて、そんな所に洞窟なんてあっただろうかと首を傾げるエドワード。
「最近浮上して来たのです」
給仕の女が説明し納得した。半年前から島や、洞窟等が沈没したり、または浮上したりと変わった現象が起きるようになったからだ。
「その洞窟から来る魔物が狂暴化してると?」
「ええ」
給仕の女が憂い帯びた暗い表情で答える。
「恐らく…それらを束ねる魔物が、その洞窟に潜んでいるな」
エドワードはそう推測した。
「はい。町の者もそう読んでます。ですから今、その魔物に懸賞金が懸けられているのですよ」
「わかりました」
エドワードは残りのワインを一気に飲み干し立ち上がった。
「エドワードさん……まさか!?」
「そのような魔物を野放しにするわけには行きませんからね」
お代をテーブルに置き、酒場の出口に向かった。
「一人で行くなんて危険です。せめて……」
給仕の女が慌てて引き留めようとしたが……、
「ち、ち、ち……」
給仕の女の言葉を遮り、指を立てて左右に振った。
「レディにそのような辛い顔をさせる輩は、断じて許しませんよ」
「え!? いや、こんな時にそんな事を言われましても……」
給仕の女が引き留めよう言葉を繋ごうとしたが、それよりも早くエドワードは、酒場から出て行ってしまった。
あのような暗い顔をしたレディを見てるのは気が引ける。エドワードは、そんな事を考えながら自分の武器を保管した倉庫に向かう。
「レディは恐らくせめて複数で行った方が良いと言おうとしたんだろうな……」
そう呟きながら大型チェンソーを背中に背負い、剣を左腰に掛ける。
「だが魔物退治だけなら一人で十分だ」
魔物など所詮ラフラカが狂化させられていたに過ぎない。そうラフラカが自然の動物を魔物に変えたのだ。ラフラカが倒れた今でも、人を襲い続けている。
仲間がいたといえ、精霊王を吸収したラフラカを退けたエドワードにそんな魔物など恐るるに足りん。ちなみに精霊王とは、精霊達を統べる王だ。
従って魔物退治だけならエドワード一人で問題無い。そんな風に考えていたが、気掛かりが一つあった……。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「やっぱりこういうのがあったか」
エドワードは、おでこに手を当て、天を仰いだ。
どっかの冒険家ではないのだぞと胸中ボヤき来た道を戻り始めた。
「は~」
溜息を一つ溢し、戻って誰か手伝ってくれる人を探そうと考えながら出口を目指す。
やがて出口の近くまで行くと、一人の男が此方に向かって来た。
「やぁ。君も魔物退治かい?」
エドワードが右手を挙げて軽い挨拶をすると男は思わぬ言葉を返してきた。
「……エド」
「ん? 何故私の名を?」
「いや……フィックスの王だからな」
有名だからと言いたい様子だが、目を反らしてるし何か動揺している感じだ。
そもそもこの男はエドワードではなく『エド』と呼んだ。エドワードと親しい間柄でなくては呼ばれない愛称だ。
そしてエドワードは確かに一国の王だが顔が割れているわけではない。従って彼の挙動や言動は何かやましい事があるように思えた。
「ははは……それは私も有名になったものだな」
しかし、エドワードは深く詮索せず、おどけたような笑いを返し、直ぐ真顔で先程の問いを繰り返す。
「それで、君も魔物退治で来たのかい?」
「……ああ」
随分無口だな。まぁそれでも腕立つ……気がする。足運びとかが只者ではないとエドワードは直感した。
「じゃあ一緒に行かないかい?」
「……それは俺を雇うという事か?」
「はぁ!?」
だが、その言葉にはエドワードも心の底から呆れてしまった……。
よいお年を