EP.14 人生最大の好機を捨てました
季節は四月。体は完全に回復した。いや正確には二月には完治してたんだけどね。
身体がめっちゃ軽い。このキャラは俊敏にかなり偏ってたからな。異世界転移前の身体と比べてヤバいくらいに動く。
「もう四月かぁ。あんたが来てから一年になるね。まぁ目を覚ましたのは半年前だけどね」
「……ああ」
いつものようにキャラに成り切ってぶっきらぼうに返す。
そろそろナターシャちゃんとお別れしようかな。二月には完治していたので出て行こうと思ってたんだけど、何せ寒いから四月まで待ってしまった。
いや正直に言おう。女と二人で暮らすとか俺の人生でこんな幸運な事はない。ついずるずると四月まで居着いてしまった。
ナターシャちゃんが、プリズンであるように俺は暗殺者なのだ。だから一緒にいてはいけない。
なんて理由を付けているが、このままいて素が出て嫌われたらショックだし。あんな可愛い女の子に嫌われるとかマジ最悪だ。
そんなわけで、今夜にでも去るか。ナターシャちゃんにどうお別れを言って良いのかわからないから寝てる隙に……。
「どうしたの?」
おっと心読まれたかな? 何故かナターシャちゃんの桃色の瞳が揺れている。
「いや…なんでもない」
とりあえずそう返しておこう。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
そして深夜、俺は家を出て行く。だが、町に向かって歩きだした直後だ。
「アーク! アーク行かないでー!!」
げ! 気付かれた。しかも悲痛な声という事は泣いてるな。でも振り返ったらダメだ。俺の決意が揺らぐ。
ドンっ! と背中に衝撃が走る。え? 抱き着かれたよ?
やべぇ、背中に柔らかいものが……。ナターシャちゃんってスタイル良いからな。たぶんEカップくらいありそう。それが俺の背中でムニュって潰れる。
今まで生きて来てこんな素晴らしい感触味わった事ないや。直接触りたい揉みたい舐め……いかんいかん。
緩みそうな顔をピシっとして暗殺者ロールプレイで返さないと。
「……どうした?」
「アーク、もう帰らないつもりでしょう?」
「ん? 何故だ?……俺は寝付けなくて外を……」
「ウソ! あんたの目は遠くを見てる。それにあたいが上げた武器を持ち出してる」
俺の言葉遮られた。あちゃ~完全のバレてたか。実際俺の左腰には短剣、右腰にはナイフが携えられている。
「……気付いていたか」
「お願い行かないで」
ナターシャちゃんの顔が俺の肩に埋まり泣いてるのがわかる。涙声で必死に訴えている。
俺も本能で振り返って抱きしめ、家に戻り押し倒せと訴えている。いくら顔はピシっとさせても暴れん棒は素直に半覚醒しているし。
なんとか初号機のように暴走寸前。だがハードルたけええええ!!! ダメだ。俺にはそんな勇気はない。
「……俺はやはり君とは暮らせない」
気付いたらこんな事口走ってるよ。人生最大の童貞を捨てるチャンスが……。
正直ね、俺が目覚めてから半年間理性との戦いだった。今まで引き籠ってた頃は毎日抜いてるなんてあったが、あくまで一日一回だ。
この半年間は一日に五回なんて事があった。そこまで処理しないと確実にナターシャちゃんに手を出していたしね。
「あたいは……あたいは…あんたが……スキ…な、の」
マジで!!?? 超嬉しい。やっぱ人生最大の好機。これはもう振り返って抱きしめて家に戻り押し倒して良いんじゃね?
でも、ナターシャちゃんが好きなのは俺じゃない。ロールプレイをしてる俺だ。素の俺を知ったら離れて行く。コミュ症の俺がまともに話せるとは思えない。
いや、嫌われるだけなら良い。いや良くないけど、ナターシャちゃんを悲しませる事だけはしたくない。
もういっそヤっちゃって良いんじゃね? 嫌われたら出ていけば良いじゃね? と俺の中の悪魔が囁いてるが、悲しませる事だけはダメだと、そっちの方を強く思ってしまった。
理由はわからないが、何故か今そう強く思ってしまった。
何故なら何処まで行ってもナターシャちゃんはプリズンであり、今の俺は何処まで行っても暗殺者なのだから……。
「……ダークと言う名を知っているか?」
だから、これは告げねばならない。まぁ告げるのはここまでが限界だな。あの事が知られれば今以上に悲しませる事になる。
「……金さえ貰えば何でもやる、殺しさえ平気でやる男の名……それがな……」
ナターシャちゃんが、そう呟き息を呑む。
「はっ!?」
ナターシャちゃんが離れる。あ~大きな双山の感触が……残念。だが、それで良い。
「ま、まさか……」
「そうだ! 俺は昔、ダークと呼ばれていた……」
「……ウソ」
ナターシャちゃんが崩れ落ちたような音がした。うわ~めっちゃ罪悪感。でもダークが何をしたか知ったらもっと傷付ける。
だから、ごめんね。
クソ! なんで異世界転移でよりによってアークスなんだよ。自分が暗殺者の体を使う事になった事を呪いたくなる。
ナターシャちゃんみたいな可愛くて俺好み大きいおっぱいの女を好きにできないなんて最悪だ。
「……すまない」
こうして俺は港町ニールに向かった。人生最大の好機。リア充爆発しろと言われるようないちゃいちゃ生活を捨てて。悲しい……。
それにいっそヤっちゃっても良いんじゃねとか考えてしまった瞬間、半覚醒どころか完全に覚醒してしまってるし。
早く港町ニールの宿屋で処理しないとな。しばらくオカズはナターシャちゃんだな。これはこれで罪悪感半端無いな。
そんなわけで、処理したいが為に振り返る事もなく速足に歩いて行くのだった……。後ろ髪を引かれるとはこの事だな。