EP.29 次のピース
時は、ユキの住む炭鉱の出入口が開通した辺りに遡る。此処サバンナでは、ユピテル大陸で起きている異変の対処する為のピースを埋めるべく奮戦する者がいた。
「ええーい! 鬱陶しい。サンダースピアー」
その者の名はサラ=マンデーラ。ユグドラシル大陸のあるイクタベーレの王妃であるプリセン=ディーネ=イクタベーレの護衛でやって来た者だ。
ディーネ王妃がイクタベーレに籍入れの際に従者として着いて行くには、貴族の位が必要でサラはマンデーラの家名と男爵の爵位を与えられたと言うのは別の物語なので、今は語るべきではない。
今、語るべきは何故護衛でやって来たそのサラがサバンナで暴れているかだ。
「<レイス>、<レイス>、<レイス>……」
先程のサンダースポアーで中空に上がり、大量の狂暴な動物達にユピテル大陸で言う下位氷結魔法クラスの魔法を連発する。
尚、サラの持つサンダーランスは、特殊な槍でサンダースピアーと言う言葉をKeyに電撃を発する事が出来る。その電撃が放たれる勢いで、体を浮き上がらせたのだ。
レイスで氷を出し次々に狂暴な動物にぶつける。もう相当な数を葬っていた。しかし、その死骸から匂いを発し、更に動物達が寄って来る。ぶっちゃけキリがない。
サラは、こういう危険こそ冒険と言って好むタチだが、流石に何時間も戦い続けるのはきついと考え始めていた。いつになっても数は減らず次々に動物がやって来る。
「おまえサラだな? おまえサラだな?」
サラが地面に着地すると、そこに見覚えのある人物が、いつの間にかいた。サバンナで育った野生人であるガッシュだ。
一旦ノースパラリアに戻り休息を取るべきと考えていたので、正直有難いとサラは思った。
「ぬ? お主はガッシュか? 久しいな」
「ひさしぶりひさしぶり」
「ああ……だが、ゆっくり話してる場合ではないな……ふん!」
襲って来た共謀な動物をサンダーランスで突き刺し、そのまま槍を振り上げ、槍に刺さった動物を吹き飛ばすかのように槍を振り下ろした。その動物は他の数頭の動物の激突し怯む。
ガッシュも傍に寄って来た動物を精製した長爪で突き刺して行く。闘気で爪を精製しているのだろうが、感覚でやってのけてしまうのがガッシュだ。
ちなみにこの二人が面識があるのは、以前アークが引き合わせたからだ。歴史改変前のサラにガッシュに引き合わせて欲しいと頼まれて。
「いいにおいだ、いいにおいだ」
クンカクンカとサラの匂いを嗅ぐ。実にやらしい……もといサラの匂いを嗅いでるのではなく、サラが持っていものを嗅いでいた。
「相変わらず良い鼻だな。手伝ってくれないか? あとでやろう」
「わかったわかった」
サバンナは弱肉強食の世界。ガッシュは基本的に無関心。強者なら生き残ると人が襲われても助けないのだが、今回は違った。
顔見知りのサラだったので助ける事にした……そうだったら、実に素晴らしきかな。現実は違う。サラが持つ好物のチキンに釣られただけだ。
「しぃ、しぃ、しぃ……」
ガッシュは中空に上がり、駆けながら精製した爪で次々に切り裂いて行く。空を地面のようにして蹴って駆けているのだが、先程と同じくなんとなく出来ている。それがガッシュの得意とする立体軌道だ。
「相変わらず見事の腕だな。なら私も……サンダースピアー、サンダースピアー、サンダースピアー……」
サラも槍の能力を使い中空を駆ける。歴史改変前のサラがガッシュと引き合わせてくれとアーク頼んだのは、この簡易版立体軌道をガッシュから見て盗む為だ。歴史改変前のサラの思惑通り、歴史改変後のサラは、簡易版の立体軌道をモノにした。
そして、次々に槍で突き刺すか、電撃をそのまま動物に放つなどして倒して行く。やがて動物達が全て倒された。
本来なら死骸の匂いなどで引き寄せられて直ぐにまた襲って来る。そのせいで、サラは際限なく戦い続けていたが、今回はガッシュがいる。ガッシュがいれば、やって来る可能性がグッと下がるのだ。
「サラほのおつかえるか? つかえるか?」
「使えるぞ」
「これ……したいも、のこらないほど、もやしたほうがいいぞ、もやしたほうがいいぞ」
流石にガッシュがいても、暫くすると腐敗で匂いがきつくなり、動物達が寄って来てしまう。と、ガッシュは判断した。
ちなみにだが本来の動物なら、その程度で寄って来たりしない。しかし、今は何かの異変が起きているのか、通常より遥かに狂暴化しているのだ。そんな狂暴化してる動物だと、死骸の匂いからやって来てしまう可能性があるとガッシュは思った。
「承知した。<ファーガ、ファーガ、ファーガ……>」
ユピテル大陸で言う中位火炎魔法クラスの魔法で、次々に燃やして死体も残らない程に消し炭にして行った。
「これでにおいでやってこないぞ、やってこないぞ」
「そうか……ところで戦ってる間、増える一方だったがガッシュが来てから、動物達が寄って来なくなったな」
「おれここでそだった。たぶんおなじにおいしてるから、おなじにおいしてるから」
ガッシュがいると寄って来る可能性がグッと下がる理由がこれだ。ガッシュがサバンナで育ったので、動物達に匂いを覚えられている。そして、弱肉強食の世界の頂点にいるので、誰も進んで喧嘩を売りに来ないと言う訳だ。
尤も自分から寄って行けば襲って来るが。動物達は本能でガッシュに近付こうとしないが、近寄って来た際に逃げると言う理性がある訳ではないのだから。
魔物でもたまに襲って来たが、他の人間程に頻繁ではない。
ちなみにガッシュもサバンナで生き残こる為に自然と鼻が良くなり、サラが持つチキンの匂いが遠くからでも分かった。
「ふむ。そんなものか」
「サラ、チキンくれ、チキンくれ」
早速と言わんばかりに強請る。
「ああ、約束だからな」
そう言ってチキンを渡す。ガッシュはそのチキンをガツガツ食べ始めた。
「むしゃむちゃ……もっとくれ、もっとくれ」
「今は数が限られているが、私を手伝ってくれたら、いくらでも食わせてやるぞ」
『……エドが』と、最後にボソっと付け足す。
「わかったわかった。なにをするんだ? なにをするんだ?」
「とりあえず休もう。私は動物達の相手をし続けて疲れた。ガッシュがいれば寄って来ないみたいだし、傍にいてくれないか?」
「わかったぞ、わかったぞ」
ガッシュが頷くとサラが野営の準備を始め、焚火を起こし、その前に腰を落ち着けた。ガッシュも焚火を挟んで反対側に座る。
「さっきの話をする前に聞くが、先程動物達が狂暴化した原因はわかるか?」
開口一番サラがそう言う。
「わからないわからない。ただまもののにおいがまざってる、まざってる」
ガッシュは、昨日辺りから魔物の匂いが混ざってると感じていた。
「流石だな……実は近々魔物に変貌するらしいんだ」
「それはたいへん、たいへん」
「それでアークに頼まれてな。精霊大戦を終わらせた者達を集めるのに協力してるのだ」
そうサラがサバンナにいるのは、アークの差し金だ。ユキの時と同じく何やら暗躍していた。
「わかったわかった。エドのとこへいけばいいのだな? いいのだな?」
「待て待て……話は最後まで聞け。問題は集まれない者がいるって事だ」
「だれだ? だれだ?」
「今回私が頼まれたのはルティナ殿だ」
「ルティナ? ルティナ?」
「ああ。魔物に変貌した直後、魔物の大軍勢がルティナの家を襲う」
「それたいへんたいへん」
いくらルティナが強くても精霊の力を無くしたので、大軍勢を退くの大変だと、ガッシュでも理解出来た。
「ああ、大変だ。そこで私と共にルティナ殿と一緒に暮らしてる者達をフィックス城まで護衛をお願いしたいのだ」
「わかったわかった」
こうしてサラはガッシュを引き入れルティナのとこに向かう事になった。
「それが終わったらエドが大量にチキンをくれるってさ」
「ほんとか? ほんとか? たのしみだたのしみだ」
「ふふふ……お主は変わらんな」
サラが微笑む。
「サラ、きれいになった、なきれいになった」
「なっ! お主からそんな言葉が出るとは思わなかったぞ」
いつも凛としているサラにしては、珍しく狼狽える。そう言う褒め言葉を良く言われる容姿をしているので慣れてはいるが、流石にガッシュに言われるとは思わなかったのだ。
「まえははりつめていたぞはりつめていたぞ。やわらくなったやわらくなった」
再び顔が引き締まる。今の言葉で何故ガッシュが、そんな事を言ったのか得心が行ったからだ。ガッシュの言葉は、有体に言う口説くとは程遠いものだった。
女を口説くとは程遠いように思えるガッシュだからこそサラは狼狽えてしまったのだ。
「む……そうか。きっと信頼できる仲間が出来たからかもな。ガッシュで言う大戦を終わらせた英雄達のような」
「それはよかった、よかった」
ガッシュは人付き合いは難しいと思う。何か勘違いさせたと言うのはガッシュも察していた。何を勘違いかまでは分からないが。ともかくガッシュがサバンナから離れられない理由の一つだ。
まぁ一番の理由は慣れ親しんだからだけど。
「……ありがとう、ガッシュ」
少し気恥ずかしくなったサラは、その後暫くは口を閉ざしモクモクと食事を開始した。ガッシュにもチキンをもう一個貰えたので、それをガツガツ食べる。
ちなみにだがエド城が復興してから、時々ムサシがサバンナに遊びに来ては、ガッシュに沢山チキンをあげているが、毎日ではないので、こうして一日に何個もチキンを貰えるのは嬉しく感じていた。
「ところでガッシュ」
「なんだ? なんだ?」
「今日はここで寝るのだが、交代で見張りをしてくれないか? また動物に襲われたら堪ったもんじゃない」
「ねててだいじょうぶだだいじょうぶだ。きけんなのがよってきたら、おれがけはいできづくけはいで、きづく」
「そうか……では頼んで良いか?」
「いいぞいいぞ」
「すまぬ。それとアークから伝言がある」
アークとはダークの事だなと直ぐに察する。前にサラと一緒にチキンを持ってサバンナに来た時にアークと名乗っていたからだ。ガッシュは匂いでダークだと直ぐ分かったが、頑なにアークだと言い張ってた。
「ダークから? なんだ? なんだ?」
「そのダークと呼ぶのは止めてくれだと。ダークだって知ってるのはごく一部だから、特に他の人の前では、ダークと呼ばないで欲しいみたいだ」
「ならアークか? アークか?」
「そうだな。本人がそう呼ばれたいって言ってる」
「わかったわかった」
その後、サラが寝ると言いテントに入って行った。ガッシュもテントの中で一緒に寝るように誘われたが断った。
サラの気配が間近で感じてしまい、肝心の迫ってくる危険な動物の気配を感じ辛くなったら意味がない。なのでガッシュは外で寝た。